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婚約破棄されましたが、おかげで聖女になりました  作者: 瀬崎由美


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第十六話・国王陛下との謁見2

 私と王子の顔を交互に見回して、ケイネル神官はひどく狼狽している。

 それもそうだろう、神殿に属するべき聖女が王族である第三王子と婚約だなんて王家の神殿への干渉の布石でしかないのだから。国家と宗教を別と考える王国民の多い中、混乱を招くのは避けられない。


「し、しかし、聖女様は神殿の預かりとなりますので……」

「まだ十代のアイラ嬢の身は肉親の元にあります。父である男爵からも同意を得られておりますので、この婚約のどこに問題が?」

「と、とにかく、聖女様のご婚約に関しましては、一旦持ち帰らせていただき司教と相談させていただかないことには――」


 あくまでも正式な求婚であると主張する王子に対し、代理の立場では判断できないとケイネル神官は額に浮かび上がった汗を袖で拭ってから、私の隣で頭を抱え始める。

 神殿は私のことを生涯に渡って囲い込んでおくつもりだったのだから、この婚約の話は寝耳に水だ。

 王家に嫁ぐとなればその身の拠点は王城か、或いは国内に点在する宮殿のどこかになるのだろう。


「ハァ……何てことだ……」


 滞りなく謁見が終わったと思ったら、それ以上の問題が浮上してきたのだから嘆きたくなるのも当然だ。

 神殿に属する聖女が王家に嫁ぐことにでもなれば、遠巻きながらも神殿が国政に関与するという印象を民に与えてしまう。

 そして当然のことながら、パトリック様の目論見通りに王家の後継争いにおいて神殿が第三王子派に名乗りを上げたと捉えられてもおかしくはなくなってしまう。


 ——せめて第二王子であるアロン様の方だったらって考えておられるのでしょうね……


 優勢と言われている兄王子が相手なら、そこまでの混乱は起きないだろう。

 けれど、パトリック様との婚約となると、流れが大きく変わってしまう。いわゆる下剋上に加担することになり、第二王子に付いている貴族達とは敵対することになる。

 支援者からの寄付で成り立つ神殿としては不安材料でしかない。資金力のある貴族とは上手くやっていかなければ運営が立ち行かなくなるのが目に見えている。


「アイラ様の聖女認定を取り下げるべきか……」


 混乱からか聖女の存在は無かったことにという暴挙を口にした神官に、それまで黙って話に耳を傾けていた国王が執務官の方を顎で示してから言う。


「それは無理だな。すでに聖女顕現の報告書は提出された後だ。国に対して虚偽の報告をしたという罪を神殿が負う覚悟があれば別だが」

「そ、それは……」


 王子の登場が全ての報告後だった理由が分かり、ケイネル神官が顔を青褪めさせる。

 私との婚約は私が聖女であることが大前提での話。ただの男爵令嬢ではそもそも身分が釣り合わない。

 パトリック様だけでなく国王自らも、聖女である私を王家へと取り込もうとしているのだ。もうどこにも逃げられそうもない。


 先に退室する国王を見送った後、青い顔色のままヨロヨロと歩く神官と共に私も応接室を出る。

 その際、まだ部屋に残っていたパトリック様が私の元へ近付いてきて、手に何かを握らせてから耳元で囁いてくる。


「次に会う時には、これを」

「?」


 私が問いかける間もなく先に出て行ってしまう第三王子。

 その後ろ姿に視線を送った後、私は自分の手の中を確かめた。硬く冷たい感触のそれは、深みのある青色の石が金の装飾で縁取られたブローチ。

 パトリック殿下の髪と瞳の色であしらわれたそれを身に着けるのは、婚約を受け入れるということに繋がるのだろうか?

 私はどうして良いのか分からず、隣にいる神官の顔を見上げた。


「どうしたら良いのでしょうか?」

「さあ、私には何とも……」


 もうこれ以上の厄介事は勘弁してくれとでも言いたげに、ケイネル神官は虚ろな眼を天井へ向けていた。

 私達は来た道を戻りながら、交互に溜め息を吐く。


「なんにせよ、私が一番心配なのは、驚きのあまりに司教が寝込まれはしないかということだけです」

「きっとビックリされるでしょうね……」

「ええ。それは間違いなく」


 私へと頷き返しながら、ケイネル神官は少し考えた後に声を潜めて私にだけ聞こえるように呟いた。


「ただ、聖女だからと神殿のような窮屈なところに閉じ込めてしまって良いのだろうかと思うところもありましてね。特に森は何も無くて、お若いアイラ様には退屈でしたでしょう」

「ええ、とても……」


 ヴァルツが上から降ってくる前はさらに何も無くて、息が詰まるような日々だった。聖女として生きるのなら、あれが毎日延々に続くのだ。想像するだけでも嫌気がさしてくる。


「神殿と言えど、王家から提案された婚約は断ることはできないでしょう。我々も何だかんだと王国民ですから」

「ですよね」

「ただ、第三王子というのがね……あ、いや、これ以上は不敬になりかねないので申し上げられませんが――」


 テンパり過ぎて饒舌気味になった神官が慌てて自分の口元を押さえる。

 城内で王族の悪口なんて口にしているのがバレたら大問題。飲み屋で酔っ払いがくだを巻いて愚痴るのとは全く違う。

 私は「それは分かります」とでもいうように、神官へ向かって静かに頷き返した。

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