第十五話・国王陛下との謁見
父が男爵位を祖父から継いだ際に王城を訪れた時の話は子供の頃に何度も聞かされた。でも、目の前にそびえ立つ城壁は私が想像していたよりもずっと威圧感があった。
馬車が一つ目の検問を通過すると、緊張で胸がドキドキと騒ぎ始める。
今日の訪問は私だけで、ナナとヴァルツは神殿でお留守番だ。
向かいに座るケイネル神官は真剣な表情で手元の書類に目を通していて、気軽に話し掛けられる雰囲気ではない。元々真面目な性格な上に、国王との謁見の補佐という予定外の任務を科せられて彼もそこまで余裕がないのかもしれない。
事前に王城側から通達があったという本日の段取りの資料をブツブツと小声で読み上げて繰り返し確認していた。
馬車を降りて長い回廊を歩いた後に私達が案内されたのは、玉座のある王の間ではなかった。
父が爵位の継承許可を賜ったという王の間も見てみたかったけれど、そんな場所での作法なんて習ったこともなかったし、私は心の中でホッと胸を撫で下ろす。
神殿に用意してもらった客室よりも少し広い部屋の中央には大きなソファーとテーブルがあり、壁面には美術品や花が飾られている。ちょっとした応接室といったところだろうか?
さすがに王城ともなると規模は違うけれど。
「聖女様がまだお若いこともあり、格式ばった謁見は控えていただけたようですね」
部屋を見回してからケイネル神官も私と同じくらい安堵の表情を浮かべていた。
彼も堅苦しいことはそこまで慣れてはいないのかもしれない。促されるままソファーへ並んで腰掛けて、私達は緊張の面持ちで国王の到着を待った。
ほぼ時間通りに訪れたということもあり、応接室の入口扉はすぐに叩かれた。
私と神官は慌てて立ち上がり、扉の向こうから入ってくるこの国最高位の人物へと深く頭を下げる。
「ああ、楽にしてくれて構わない。今朝こちらへ着いたばかりだと聞いている、さぞ疲れていることだろう」
穏やかな声に促されて私は顔を上げる。
学園の玄関の壁に飾られた肖像画で国王の顔は知っているつもりだったけれど、あれはかなり若い頃の物みたいだ。
おそらくは父よりも一回り上くらいだろうか。末息子のパトリック様の年齢を考えると当然か。
殿下と同じ深い青色の瞳だったけれど、陛下の髪は栗色だ。どうやらパトリック様の髪色は王妃様の方らしい。
「お初にお目にかかります、陛下。アイラ・ロックウェルと申します」
「うむ。数百年ぶりの聖女顕現と言われて、そなた自身も驚いたことだろう」
想像していたよりも優しい国王の言葉に、「はい」と短く答えて頷き返す。
陛下に促され席に座り直した私は、隣にいる神官によって神殿が私のことを正式に聖女に認定したと報告しているのを黙って聞いていた。
「つきましては中央神殿にてお披露目の儀を執り行い――」
「ああ、そういう細かいことはサーパスとでも打ち合わせてくれ」
「畏まりました。こちらは改めて宰相様にご説明させていただきたいと思います」
この陛下の自分のペースをあくまでも崩さない姿にどこか既視感を覚えながら、私は国王達のやり取りをただ静かに聞いて過ごした。
聖獣が生まれた時の話を問われた際も、その場にはいなかったはずのケイネル神官が目撃者達から聞き込んだ話で代弁してくれたりと、私は最初の挨拶以外ほとんど言葉を発する必要はなさそうだったから。
一通りの報告事項も済み、そろそろ謁見の時間も終わりかと思った時、入り口扉が二度叩かれる音が聞こえ、部屋の隅に控えていた執務官が対応に向かったようだった。
陛下の次の予定の時間が迫っているのかと、急いで退室するつもりで神官が手持ちの資料をまとめ始めたが、なぜか国王は私達へそのままと両手で制してくる。
「第三王子パトリック殿下がいらっしゃいました」
対応に出ていた執務官の言葉に、私は驚いて入り口扉の方を振り返る。
見覚えのある従者には隅に待機するよう指示した後、パトリック様はズカズカとソファーのところへやって来て、そのまま当然のように陛下の隣の席に腰を下ろした。
そして、斜め向かいで驚き顔をしている私に向かって、にっこりと微笑んで見せる。
森の神殿で会った時には見たことがない、社交的な王子スマイルに私は嫌な予感がする。
予定外に王子まで現れたことに、ケイネル神官は目をぱちくりさせていた。彼が手にしている資料には他の王族との対面予定は記されていなかったのだろう。
「ええっと……?」
王子の突然の登場に困惑したケイネル神官がなぜか私の方を見てくる。
そういえば、第三王子から求婚されたという話は神官達には伝えていなかったから当然だ。
報告しようにも本気かどうか確証が持てなかったから言うに言えなかっただけなんだけれど……
「殿下とは森の神殿でご一緒することがありまして」
私の短い説明に、神官は「はぁ」と納得していなさそうな相槌を打ってくる。
かと言って、国王の御前でどこからどこまで説明して良いかが私にも分からない。この場は適当にただ顔見知りになったくらいのことを言って流すべきだろう。
「書庫などで何度かお会いすることがあり、本をお勧めいただいたり――」
「で、ロックウェル嬢——いや、アイラ嬢には俺から求婚して、ちょうど今朝方に父君であるロックウェル男爵から受諾の返事をいただいたところです」
「はっ⁉」
殿下が胸ポケットから出した封書を受け取った国王陛下が、中の手紙を確かめてからケイネル神官へとそれを差し出してくる。
陛下が特に驚いていないのは、事前にそのことを伝えられていたからなのだろう。
求婚自体が初耳だった神官が驚きのあまり硬直して動けなくなってしまったのは当然だ。
そして、父が求婚を受け入れる返事をしたことを知らなかった私は、短い叫びにも似た声を上げてからパトリック様のことを見る。
彼は悪戯が成功した時の子供のような無邪気な表情でこちらを向いて笑っていた。




