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婚約破棄されましたが、おかげで聖女になりました  作者: 瀬崎由美


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第十四話・中央神殿

 神殿が用意してくれた馬車に乗り込むと、私は侍女と向かい合って座る。来る時に乗って来たのよりも大型のキャビンは、身体を丸めれば座面でも横になれそうなほど余裕があった。

 ヴァルツは私の隣に置かれたクッション入りのカゴの中で丸くなっている。抱っこしてあげてもいいのだけれど、黒い猫毛が洋服に付いてしまうととても目立つ。

 取り急ぎで猫のベッドに良さそうな蔦製のカゴを探してもらって、適当なクッションを入れてみたら意外と気に入ってくれたみたいだった。


「王都まで二日半とおっしゃっていたかしら? 領へ帰るよりは早いのね」

「途中の宿で二泊もするんですよね? 朝もゆっくりですし助かりますね」


 ご高齢の司教様の身体を気遣ってか、一日を通して馬を走らせる時間は短めだ。来た時は陽がある内はずっと馬車に揺られていたことを考えたら、天と地の差。

 宿に付いた時には完全にお尻の感覚が消え失せているというのは二度としたくない経験だ。

 パトリック様から早馬だと丸一日で着くと聞いていたから、王都と森の神殿はそこまで距離はないのだろう。

 王都が近付くにつれ、森林や田園ばかりだった風景が賑やかな街並みへと変わっていく。

 ついこないだまで大樹に囲まれていたから余計に、人と建物の多さに圧倒されてしまいそうになる。


 二軒目の宿を出て約半日。

 昨日立ち寄った街も大きいとは思っていたが、さらに巨大な街並みが窓の外に広がっていた。

 窓枠に張り付いて景色を眺めるナナの姿に私は密かに安堵する。無理して付き添ってくれているのではという懸念はまだ付きまとっていた。でも、キラキラと瞳を輝かせている侍女の無邪気な表情に、本当に王都に来たがっていたのだと確信してホッとしていた。


 ——ナナだけでも、帰らせてあげないと……


 生まれた時からずっと一緒の乳姉妹。いなくなるのは寂しいけれど、自分に課せられた運命にまで付き合わせたくはない。

 ほとぼりが冷めた頃に彼女だけでも領へ戻してあげようと心に誓う。


 馬車は大通りを走り続けた後、静かに車輪の動きを止める。しばらく待つと扉が外側から御者によって開かれて、私達は恐る恐るながら外へと顔を出す。

 馬車の前にそびえ立っているのは白い壁の背の高い建物。門の前でなびいている旗は森の中の神殿で見たものと同じ、世界樹を模した教会の紋章が掲げられている。

 おそらくこの場所は、この国で一番大きいと言われている中央神殿だ。


「聖女様、お待ちしておりました。長旅をお疲れ様でございます」


 扉を開いた御者の後ろから、年配の神官が顔を覗かせてから頭を下げて来る。

 促されるまま外へ出た私は、前を走っていたはずの司教様の馬車を見る。お付きの方に支えられながらゆっくりと降りている最中の司教様は、長距離移動が身体に触ったのか少し顔を歪めさせているように見えた。

 本来はこの中央神殿で静かに静養して過ごされている方なのに私が聖女となったばかりに無理をさせてしまったのかもしれない。


「まずはお部屋へとご案内いたします」


 黒色の神官服は医務室で出会った神官のと同じ形だったから、彼は神官医でもあるのだろう。神官の中でも医学に長けた者は高官の扱いになる。この神殿では司教様に次ぐ立場なのかもしれない。

 ケイネルと名乗った神官は神殿内をぐるりと大まかに説明して回りながら、二階に用意されているという部屋へと案内してくれた。


 一般の参拝者は立ち入りが禁じられているという扉を抜けて現れた階段を上がり、長い廊下を進んだ先の扉。それが押し開かれると落ち着いた木目調の家具で統一された客室が広がり、後ろを歩いていたナナがハッと息を飲む声が聞こえてくる。

 まるで高級な宿かと間違えそうになる部屋は森の神殿のものよりさらにゆとりある間取り。

 部屋中に漂う甘くフローラルな香りは、壁際に置かれた花瓶に赤や黄の季節の花が活けられているからだろう。


「後ほど、アイラ様専属にお仕えさせていただく者が参ります。それまで今後のご予定について説明させていただいても?」

「はい。今日は夕刻前に王城での謁見があるとは伺っていますが……」

「そうなのですが、司教はあの通りご高齢でして、戻ってすぐに城を訪問というのは厳しく……おそらくは代理で私が付き添わせていただくことになるかと存じます」


 本来なら森の神殿には彼が赴くはずだったが、歴史に残る聖女顕現という大事に司教様ご本人が強く希望されたのだという。


「ここで大人しくお待ちになっていれば良かったのですが、年甲斐もなくはしゃがれて――」


 「おおっと!」と口が滑ったとばかりに笑って誤魔化すケイネル神官。父と同じくらいの歳の神官の冗談めいた言葉に、私は声を出して笑ってしまった。その笑い声で目を覚ましたのか、腕に抱えていたカゴの中から黒猫がにゅっと首を伸ばす。

 それまではただの黒色の毛玉のようだった存在が急に動き始めたことで、神官がギョッと驚いた顔になる。


「そ、それはもしや……」

「世界樹の実から生まれた猫です」


 丸い顔の二つの金色の瞳にじっと魅せられた後、彼も他の神官達とまるっきり同じ反応を示し、祈りのポーズのまま目を潤ませていた。

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