第十三話・司祭様との面会3
聖女は聖獣と共に、ということは私はヴァルツと一緒にいれば問題ないのでは思い、王との謁見や神殿でのお披露目が終わった後は一旦ロックウェル領へ帰ることを願った。
司教様の困り顔を見て申し訳ないという思いはあったけれど、さすがに金輪際一度も自宅へ戻らないというわけにはいかない。
「家族や友人達にはきちんと報告もお別れもしたいですし……」
なんならその猶予期間を使って今後のこと――要は、神殿での退屈な軟禁生活を回避できる方法を考えたかった。
私に対して求婚を口にしていた第三王子も、司教様を前にして口数がいつもより少ない。強引に礼拝堂へ突撃してきた割に、司教様と私の話を黙って横で聞いているだけだ。
父へ向けて便りを送ったと言っていたけれど、それも本当かどうか分からなくなってきた。第二王子を退けて王太子になるなんて言っていたけど、それだって本気じゃなかったのだろう。
——そうよね、王族から求婚されるなんて、そんなロマンス小説みたいな話があるわけ……
この森の神殿での退屈しのぎに揶揄われただけだと気付き、私はパトリック様から目を逸らす。そもそも王族が初対面の相手に勢いで求婚だなんてあり得ないことなのだから。
この場に立ち会っているのだって、単なる好奇心からの野次馬でしかないのだろう。
私は皆には気付かれないよう、小さく溜め息を吐いた。
さすがに膝の上のヴァルツは息がかかって不思議そうに顔を上げて私を見ていたが、司教様はお付きの方へのこの後の指示でお忙しそうにしていた。
そんな時、隣に座っていたパトリック様が私の耳の傍に顔を近付けてきて、小さな声で囁いた。
「俺も今日中にここを発つ。次は城で会えるのを楽しみにしている」
私は驚いて王子のこと振り返り見たが、パトリック様は何も無かったかのように司教様達へと話しかけている。
一体、何なんだろうか、この王子?
「こちらへ向かう時、先の氾濫で流されたという橋があり迂回させられることになったが――」
「ああ、そのようですね。我々が通る時にはすでに新しい物が架けられており、滞りなく渡ることができました」
「そうか、なら来る時よりも早く王都へ帰ることができそうだな」
王都へのルートを確認し合っている姿に、私は少し驚く。
私はここへ来るまでどの道を通って来たかなんて気にもしていなかった。
馬車に揺られ、あとどのくらいで着くのかと時間ばかり確認していて、外の景色すらロクに眺めてもいない。
けれどパトリック様はしっかり見てきたかのように近隣の領の様子を詳しく語っている。
「王家の馬車は目立つからな。それに、遠征の時は自分で馬を走らせる方が早い」
「えっ、殿下がご自分で……?」
「まあ、珍しいかもしれないが、身分を晒しながら走るよりはよっぽど安全だ」
王家の紋章を掲げながら移動するよりマシだというパトリック様にも一理はある。
王太子がまだ決まっていない今、王位継承権を持つ彼はどこで命を狙われるか分からない。沢山の従者を引き連れて身分を明かしながら旅をするのは危険極まりない行為だ。
そう言えば、この神殿の中でも彼の傍には従者が一人ついているかどうか。書庫にいる時もいつも一人だったように思う。
今も礼拝堂にはパトリック様だけが入って来られたけれど、お付きの人は外で待機しているのだろうか?
割と単独で行動していることが多いから、彼が王子だということをつい忘れてしまいそうになる。
先程到着したばかりという司教様の体調もあって、続きは王都でも話す機会はあるからと私達は面会を終えた。この短い対面で分かったのは神殿側が私とヴァルツは神殿の庇護下にいるべきだと考えているということだけ。
そして、時代とともに薄れつつある国民の信仰心を呼び戻す象徴として存在することが望まれている。
部屋へ戻ってからも何も話さない私のことを、ナナが不安そうな顔をして見ているのに気付く。
私が聖女になったばかりに侍女である彼女まで領へ帰る機会を逃してしまったのだ。
一度でも帰郷できれば、その時に侍女だけでも置いていけるのにと思ったけれど、当面は王都に滞在しなければならないと言われてしまった。
「本来なら、戻りの馬車の手配を頼んでいたはずのにね……」
王都はロックウェル領とは真逆の方角で、途中で立ち寄ることすら叶わない。両親へ宛てた手紙はもう着いた頃だろうか?
神殿からも事情を説明する書簡を送ってくれたとは聞いたけれど、それを目にして父や母はどう思っただろうか?
「ナナだけでも、帰ってもいいのよ?」
侍女にだって家族がいる。仕事とはいえ、私に付いて王都に行く必要はない。向こうでは専属の人を雇ってくれていると言っていたし、別に私は一人じゃ何もできない箱入りご令嬢ってわけでもない。到着までの数日くらい何とかなる。途中で社交行事があるわけでもないのだから。
そう強がって言った私のことを、ナナは頬を膨らませて怒ってくる。
「何をおっしゃってるんですかっ、王都なんてそうそう行けるものじゃないんですよ! 帰るにしても、一旦は付いて行きますってばっ!」
長年一緒にいた乳姉妹がこんなにもお上りさんだとは思ってもみず、私は吹き出しそうになるのを必死で堪えた。




