第十二話・司祭様との面会2
「この世が完成し、いつしか世界樹は命を生み出さなくなりました。けれど、世界樹は気まぐれに新しい実をつけることがございます。ただ、その実は長い年月をかけて結実することで、以前の物とは比べ物にならない力を帯びており、それから生まれた存在は聖獣と呼ばれるようになりました」
「その力とは一体、どんな……?」
私が聞き直すと、司教様は少しばかり表情を曇らせた。あまり良い物ではないのだろうかと私は不安になってくる。
「聖獣の誕生はこの世に終末を与えるとされております」
「えっ……?」
つい先程、平和の象徴だの光の化身だのと言われていたから、てっきり良い力かと思っていた私は焦って膝の上の黒猫のことを見返す。
ゴロゴロと喉を鳴らしながら目を閉じて眠りにつこうとしているヴァルツと世紀末が結びつきそうもない。
「この子は、そんな危険な存在なのですか?」
「そうなのです。聖獣の誕生はとても危険に満ちており、世界樹はその力を制御できる使役者が現れた時にだけ実を落します。その使役者こそが聖女や聖人であり、無事に生まれ出た聖獣は世界樹の分身として我々の信仰の対象となるのです」
「つまり、あの場に私がいなかったら……」
他の実と同じようにいつの間にか消滅して、この黒猫は生まれてはいなかった。
実が熟したタイミングで私が世界樹を参拝したのなんてただの偶然だ。そもそも、元婚約者のセドリック達が婚約破棄騒動を起こさなければ私がこの神殿を訪れることは一生無かったかもしれない。
それはとてつもない確率で起きた奇跡だと気付き、私はぶるっと身震いする。
「でしたら、私に課せられた役割とは何なのでしょうか?」
やはり以前の聖女のようにこの神殿で世界樹信仰に身を捧げて生きることが望まれているのだろうか。
私は恐る恐ると司教様の顔を伺った。司教様は私のことをじっと見てから、困惑の表情を浮かべながら口を開きかける。
と、閉められていたはずの入り口扉が勢いよく開き、外で待機していたはずの神官が慌てた声を上げた。
「お、お待ちくださいっ! 只今、ご面会の最中で――」
そのあまりの騒々しさに私は何事かと振り返る。
司教様も驚き顔で目を剥いておられるし、礼拝堂の隅に待機していたナナとお付きの神官も呆気に取られていた。
「神殿が一方的に聖女を囲おうとするのはあまり褒められたことではないぞ、司教」
現れたのは第三王子のパトリック様。
まるで隠れた悪事を暴いてやったかのような言い草だったが、ここは神殿内の礼拝堂で悪事も何も私達はただの面会の最中。褒められるべきではない無作法は明らかに王子の方だ。
いきなり乗り込んで来たパトリック様は悪びれもせず、私の隣にどかっと座ると足と腕を組んだ。そして、顔だけ横を向けてから私へ向かってニヤッと悪い笑みを浮かべてみせる。
さすがに司教様を前にするからか、今日の第三王子は略式の礼服を身に纏い、色素の薄い金色の髪は緩やかに後ろへと流していた。
「てっきり俺も誘ってくれるかと思っていたんだが?」
「そんな約束をした覚えはありません」
そう言ってふいっと視線を反らした私のことを、パトリック様は特に何とも思っていないようで平然としている。
司教様もようやく目の前の暴君の正体に気付いたらしく、恭しく頭を下げる。
「これはこれは、第三王子殿下でしたか。しばらくの間はこちらにいらっしゃるとは聞いてはおりましたが、お会いできるとは思いもよりませんでした」
「ああ、こうして聖女とも司教とも会うこともできて、運が良かった」
居座る気満々のパトリック様には司教様は呆れ笑いを浮かべていたが、特に追い出すというつもりもないようだ。
落ち着いて私へと向き直し、さっきの問いに答えようと言葉を紡ぐ。
「そうそう、聖女の役割とは何かというお話でしたか。聖女は聖獣と共にあり、聖獣は世界樹と共にあり――」
「それはつまり、この神殿から出るなということでしょうか……?」
私が焦って聞き返すのを、隣のパトリック様が「ほらな」とでも言うような顔をしてくる。前の聖女と同じようにここで生涯を送ることを神殿側は望んでいる。
私は窓から見える世界樹を眺め、その下に眠っているという以前の聖女のことを思った。
前の聖女がどれほど信仰心が厚い人だったのかは知らないが、少なくとも私は自分から進んでここに参拝に来ているわけじゃない。
本当なら領境の山荘辺りでのんびりと謹慎生活を送っていたかったのに、母の余計な提案でこんな何も無いところに押し込められたのは完全な予想外。
そんな私の気持ちなどお構いなしに、司教様のお付きの神官が近付いてきて今後のことについて説明し始める。
「早速ですが、聖女様には明朝より王都へ向かっていただき、三日後に王との謁見。その後は中央神殿でのお披露目を行っていただく予定でおります。当面は中央神殿内で過ごしていただくことになりますので、只今専属侍女の選定を急ぎで指示しておりますが、幾分急なことでして――」
スラスラと言い訳を交えながらも受け入れる準備は着実に整っているとの報告に司教様も満足そうに頷いている。
私は自分の意志とは関係ないところで話が進んでいくのをただ茫然と聞いていることしかできなかった。




