第9章:目覚め
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## 1
朝日が昇る前。
城の中庭で、ヒロはイヴと向き合っていた。
「まず、意識を集中してください」
イヴが静かに言った。銀色の髪が朝の風に揺れている。
「ナノマシンは、あなたの意思に反応します。ただし——制御するには訓練が必要です」
「どうすればいい」
「小さなものから始めます」
イヴが手のひらを開いた。その上に、小さな金属片が乗っている。旧文明の部品の欠片だろう。
「これに、意識を向けてください。触れようとするのではなく——語りかけるように」
ヒロは金属片を見つめた。
何も感じない。ただの金属だ。
だが——
目を閉じる。呼吸を整える。意識を、その小さな欠片に向ける。
——動け。
沈黙。
何も起きない。
「焦らないでください」
イヴの声が聞こえた。
「最初は、誰もができません。感じることから始めてください。金属の中に、何かがあることを」
ヒロは再び集中した。
金属片。冷たい。硬い。だが——
その奥に、何かが——
「ピピッ」
ハチの鳴き声で、意識が途切れた。
「……くそ」
「十分です」
イヴが金属片を仕舞った。
「初日としては、上出来です。明日も続けましょう」
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## 2
城下町が騒がしかった。
訓練を終えて部屋に戻ると、窓の外から人々の叫び声が聞こえた。
何かがおかしい。
ヒロは窓を開けた。
通りに、人が走っている。荷物を抱えた女が子供を引っ張っている。商人が慌てて店を閉めている。
「ヒロ!」
サヤが駆け込んできた。弓を背負い、矢筒を腰に帯びている。
「帝国軍だ。国境を越えてきた」
心臓が跳ねた。
「どれくらいの——」
「わからない。だが、斥候の報告では百は超えている」
窓の外で、鐘が鳴り始めた。低く、重い音。警戒の鐘だ。
「ピピッ!」
ハチが警告音を発した。センサーが何かを感知している。
「城壁へ行く」
ヒロは工具箱を掴んだ。サヤが頷く。
「レンは?」
「すでに城壁にいる。タカミチ殿と共に」
二人で部屋を飛び出した。
廊下を走る。城の兵士たちが武器を持って走り回っている。怒号と足音が響いている。
城壁への階段を駆け上がる。
頂上に出た瞬間——
「……なんだ、あれは」
ヒロは絶句した。
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## 3
城壁の向こうに、軍勢が見えた。
だが——それは、この時代の軍隊ではなかった。
金属の巨人だった。
人の形をしているが、二倍以上の大きさ。全身が鋼鉄の装甲に覆われている。動力鎧——旧文明の兵器だ。
三十体以上。隊列を組んで、ゆっくりと城に近づいている。
地面が揺れている。装甲の足音が、地響きのように伝わってくる。
「神器……」
タカミチが呟いた。顔は青ざめている。
「これほどの数を、一度に……」
城壁の上に、東嶺国の兵士たちが並んでいた。弓を構え、槍を握っている。だが、その手は震えていた。
恐怖が、空気を支配していた。
「覚醒者殿」
タカミチがこちらを見た。
「何か——手はありますか」
ヒロは動力鎧を見つめた。
旧文明の技術。あの装甲は、弓矢では傷つけられない。刀も通らない。
だが——
内部には制御システムがある。電子回路。動力炉。
もしナノマシンで干渉できれば——
「わからない」
正直に答えた。
「試したことがない」
「ならば、試すしかありません」
タカミチが剣を抜いた。
「全軍、構えろ!」
兵士たちが応える。だが、その声は小さく、震えていた。
動力鎧が、さらに近づいてくる。
百メートル。
五十メートル。
「放て!」
タカミチが叫んだ。
矢の雨が降り注ぐ。数百本の矢が、装甲に当たって弾け飛んだ。
何の効果もない。
動力鎧は止まらない。
そして——
一体が腕を上げた。
肩部に装備された砲身が、こちらを向く。
「伏せろ——!」
ヒロが叫んだ。
轟音。
城壁が爆発した。
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## 4
石と土が飛び散る。
兵士たちが吹き飛ばされた。悲鳴が上がる。
ヒロは地面に這いつくばっていた。耳が鳴っている。視界が霞んでいる。
「ガウッ!」
ハチが吠えた。立ち上がり、敵に向かって威嚇している。
「くそ……」
立ち上がる。足が震えている。
城壁に、穴が開いていた。兵士が数人、倒れている。動いていない。
「衛生兵!」
タカミチが叫んでいる。顔に血が流れている。
サヤが弓を構えた。矢を放つ。装甲の関節部を狙う。だが——弾かれた。
「効かない……」
レンが城壁の影から飛び出した。短剣を構え、装甲の足元に飛びかかる。だが、装甲の腕が振り下ろされ——
「レン!」
ヒロが叫んだ。
レンは間一髪で転がり、攻撃をかわした。だが、地面に亀裂が走った。
力が違いすぎる。
「後退! 城内へ——」
タカミチが命令を下した。
兵士たちが走り出す。城壁から階段を駆け下りる。
動力鎧が城壁を乗り越え始めた。
金属の手が壁を掴む。石が砕ける。巨体が、城内に降りてくる。
城下町が見えた。
人々が逃げ惑っている。母親が子供を抱えて走っている。老人が杖をついて歩いている。
間に合わない。
動力鎧が、彼らに向かって歩き始めた。
「止めろ——!」
ヒロは走り出した。
サヤが叫ぶ。
「ヒロ、待て!」
だが、足は止まらなかった。
動力鎧の前に飛び出す。
「来るな!」
人々に向かって叫ぶ。
「逃げろ! 早く——」
動力鎧の腕が振り上げられた。
巨大な拳が、こちらに向かって振り下ろされる——
ヒロは横に跳んだ。拳が地面を叩き、土が跳ね上がる。
「ピピッ!」
ハチが飛びかかった。装甲の足に噛みつく。だが——蹴り飛ばされた。
「ハチ——!」
その時。
建物が軋んだ。
振り返ると——
古い木造の家が、倒れかけていた。動力鎧の一撃で、柱が壊れたのだ。
その下に——
子供がいた。
五歳くらいの少年。泣きながら、動けずにいる。
建物が傾く。
あと数秒で、崩れる。
——間に合わない。
体が動いていた。
考えるより早く。
走る。建物に向かって。
「逃げろ——!」
叫びながら、子供に飛びつく。
小さな体を抱えて、突き飛ばす。
子供が転がる。建物の外へ。
その瞬間——
轟音。
建物が崩れ落ちた。
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## 5
痛い。
背中が、焼けるように痛い。
瓦礫の下敷きになっている。重い。息ができない。
何かが背中に刺さっている。鉄筋だろうか。温かいものが流れている。血だ。
「……っ」
声が出ない。
視界が暗い。木材と土に埋もれている。
——死ぬのか。
そう思った。
だが——
遠くで、子供の泣き声が聞こえた。
助かったのか。
それなら——
「ヒロ——!」
サヤの声だ。
瓦礫が動く。誰かが掘り起こしている。
光が差し込んだ。
サヤの顔が見えた。泣いている。
「馬鹿……なんで、お前が……」
「……子供、は」
「無事だ。だが、お前が——」
動力鎧の足音が近づいてくる。
地面が揺れる。
サヤがヒロを引っ張り上げようとする。だが——
「重い……くそ……」
レンが駆けつけた。二人でヒロを引き上げる。
背中から何かが抜ける。激痛が走った。
「がっ……」
「動くな! 出血が——」
レンの声が遠くなる。
視界が霞む。
動力鎧が、こちらを見下ろしていた。
腕が上がる。砲身がこちらを向く。
終わりだ。
——彩花。
娘の顔が浮かんだ。
——約束、守れなかった。
その時。
胸の奥で、何かが——弾けた。
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## 6
熱い。
体の中が、燃えている。
血液が沸騰するような感覚。全身の細胞が、一斉に叫んでいる。
「うっ……あ……」
頭が割れそうだ。
視界が歪む。世界が、違って見える。
動力鎧が——見える。
外装ではない。その内側が。
回路が見える。電流の流れが見える。制御システムが、光の糸のように浮かび上がっている。
——止めろ。
意識が、そう命じた。
動力鎧が——止まった。
砲身が下がる。腕が力なく垂れ下がる。
駆動音が消えた。
「……なに?」
サヤが呟いた。
動力鎧が、動かない。
まるで——電源が切れたように。
ヒロは立ち上がった。背中の痛みが遠い。
周囲を見る。
他の動力鎧も——すべて止まっていた。
三十体以上。すべてが、その場で停止している。
「何が……起きた?」
タカミチの声が聞こえた。
兵士たちが呆然としている。
敵は——動かない。
勝ったのか?
だが——
頭が痛い。
激しい痛みが、脳を貫く。
「ぐ……っ」
鼻血が出た。温かい液体が唇を伝う。
視界が真っ白になる。
「ヒロ!」
サヤが駆け寄る。
だが——
体が崩れ落ちた。
地面が迫ってくる。
意識が——遠のく。
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## 7
目を開けた時、天井が見えた。
白い天井。医療室だ。
体が重い。背中に、包帯が巻かれているのがわかる。
「……っ」
動こうとすると、激痛が走った。
「動くな」
声がした。
イヴだった。椅子に座り、こちらを見つめている。
「傷は深い。肋骨が二本、ひびが入っています。背中の傷は——あと数センチずれていたら、脊髄を損傷していました」
「……何が、起きた」
「覚醒です」
イヴが静かに言った。
「あなたの体内のナノマシンが、目覚めました。極限状態が、トリガーになったのです」
動力鎧。
あの時——確かに、何かが見えた。
「俺が、止めたのか」
「はい。三十二体の動力鎧、すべてを」
イヴの目が、こちらを見つめている。
「ですが——代償がありました」
鏡を差し出された。
顔を見る。
鼻の下に、乾いた血の跡。目が充血している。
「制御できていませんでした。ナノマシンが暴走し、あなたの体に負荷をかけた。もう少し長く続けていたら——」
言葉が途切れた。
「死んでいた、ということか」
「……はい」
沈黙。
ヒロは天井を見つめた。
力を得た。
だが——使えば、死ぬかもしれない。
「訓練が必要です」
イヴが言った。
「制御を学ばなければ、次は——あなた自身が壊れます」
「……わかった」
「それと」
イヴが立ち上がった。
「城下町の人々が、あなたに感謝しています。子供を救い、敵を退けた。彼らは——あなたを英雄と呼んでいます」
英雄。
そんなものじゃない。
ただ——
目の前で死なせたくなかっただけだ。
「休んでください。明日から、また訓練を始めましょう」
イヴが部屋を出ていった。
一人になる。
窓の外から、街の音が聞こえる。人々の話し声。笑い声。
生きている音。
ヒロは目を閉じた。
背中が痛む。
だが——
生きている。
それだけで、十分だった。
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**【第9章 完】**
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*次章予告:*
*サヤとの距離。*
*夜、二人きりの会話。*
*そして——能力が、再び暴走する——。*




