表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/20

第4章:夢と歯車

---


## 1


村は静かだった。


盗賊の襲撃から三日が経った。傷ついた者たちも回復し始め、日常が戻りつつあった。


だが、ヒロにはまだやることが残っていた。


納屋に横たわるハチ。バッテリーが切れて動かなくなった相棒。


「待ってろよ」


毎日、ヒロは納屋に通った。ハチの横に座り、どうすれば直せるか考え続けた。


問題はバッテリーだ。旧文明のバッテリーは、もう手に入らない。充電する方法もない。


——いや、待て。


ヒロは考えた。


充電する方法はある。発電すればいい。


問題は、発電機がないことだ。この時代には電気そのものがない。


だが——発電の原理は単純だ。コイルの中で磁石を回転させれば、電気が生まれる。


手回し発電機を作れないだろうか。


---


## 2


朝。


林に向かうと、サヤがいた。


弓を持ち、木に向かって矢を放っていた。矢は正確に的に刺さっている。


「……来たか」


サヤが振り向いた。


「今日も訓練する。来い」


「え?」


「弓だ。お前が使える武器は弓しかない。ライフルの弾はあと1発だけだろう」


それは確かだった。


「……なぜ、俺に教えてくれる」


「借りを返している」


「借り?」


「お前が盗賊と戦った。村を守ろうとした」


サヤは目を逸らした。


「それだけだ」


ヒロは弓を受け取った。


サヤが近づき、姿勢を直してくれた。


「足を開け。肩幅より広く」


言われた通りにする。


「弓を上げろ。腕が震えるな」


弓を引く。腕が震える。弦が重い。


「力で引くな」


サヤが近づき、ヒロの腕を掴んだ。手が冷たい。


「押せ。左手で的を押し出すように。右手は添えるだけ」


言われた通りにする。確かに、力の入れ方が変わると楽になる。


「放て」


矢を放った。


的の二メートル下に突き刺さった。


「……最悪だ」


サヤが言った。表情は変わらないが、声にかすかな呆れが混じっている。


「だが、最初はそんなものだ。明日も来い」


それだけ言って、サヤは去っていった。


背中を見送りながら、ヒロは思った。


——なぜ、教えてくれる?


昨日、命を救おうとした。それが理由だろうか。だが、あの時自分は何も救えなかった。誰かが代わりに盗賊を倒してくれただけだ。


——借りを返す、と言っていた。


だが、借りなど作った覚えはない。


複雑な気持ちを抱えたまま、村へ戻った。


---


## 3


夕暮れ。


訓練を終え、林を出ようとした時。


「……待て」


サヤが呼び止めた。


「なんだ?」


「少し、話がある」


いつもと違う、静かな声だった。


二人で木の根元に座った。夕日が山の向こうに沈みかけている。空は茜色に染まっている。


長い沈黙。


「……お前」


サヤが口を開いた。


「家族は、いたのか」


「……ああ」


予想外の質問だった。


「妻がいた。娘も」


「……そうか」


サヤの横顔を見る。何かを堪えているような表情。


「……私も」


小さな声。


「両親がいた」


「いた、というのは——」


「三年前。盗賊に」


言葉が途切れた。


ヒロは何も言えなかった。ただ、夕日を見つめた。


「父は、私を逃がすために戦った。母は、私を抱えて走った」


サヤの声が震えている。


「でも、追いつかれて——母は、私を崖下に突き落とした。自分は囮になって」


「……サヤ」


「私は、何もできなかった。ただ、落ちながら——母が刺されるのを、見ていた」


沈黙。


風が吹いた。木々がざわめく。


「だから、借りがあるなんて——本当は違う」


サヤがこちらを見た。目が潤んでいる。


「お前が、村を守ろうとした。たとえ失敗しても、逃げなかった。それが——」


言葉が途切れる。


「——羨ましかったのかもしれない」


ヒロは——


手を伸ばした。


サヤの肩に触れた。


「俺も、何も守れなかった」


「……え?」


「妻も娘も。眠りについて、目が覚めたら——500年経っていた」


サヤの目が見開かれた。


「お前は——」


「みんな、もういない。誰も」


胸の奥が痛んだ。初めて、誰かに話した。


「だから——今度こそ、守りたいと思った。この村を。お前たちを」


サヤが黙った。


長い沈黙。


「……馬鹿だな」


小さく、サヤが笑った。泣きそうな笑顔。


「自分のことも守れないのに」


「そうかもな」


「……だから、私が守る」


サヤが立ち上がった。


「お前を。守る」


夕日が沈み、薄暗くなっていく。


サヤの横顔が、夕焼けに照らされていた。


——綺麗だ、と思った。


「帰るぞ」


サヤが歩き出した。


「訓練は明日も続く。さぼるな」


「ああ」


後を追う。


胸の奥が、温かかった。


---


## 4


日が沈み、夜が来た。


囲炉裏の火を眺めながら、眠りに落ちた。


——パパ。


白い空間に立っている。


目の前に、娘がいた。


彩花。七歳の姿。あの日と同じ笑顔。ピンクのワンピースを着ている。靴のマジックテープが外れかけている。


——パパ、約束したでしょ。


「彩花……」


手を伸ばす。だが、触れられない。彼女の体は霧のように揺らいでいる。


——待ってるから。


「待ってる? どこで?」


——約束だよ。


娘の声が遠くなっていく。姿が薄れていく。


「待ってくれ——!」


目が覚めた。


暗い部屋。囲炉裏の火は消えかけている。老婆の寝息が聞こえる。


額に手を当てる。汗をかいていた。冷たい汗。


「彩花……」


声にならなかった。


——待ってるから。


その言葉の意味が、わからない。彩花は500年前の人間だ。もう、どこにもいない。


なのに——あの夢は、なんだったのか。


眠れなくなった。


起き上がり、外に出る。月が高い。満月に近い。銀色の光が村を照らしている。


ふと、納屋の方に目が向いた。


扉が、少しだけ開いている。


——閉めたはずだ。


胸がざわついた。


足音を殺して近づく。扉の隙間から中を覗く。


——誰もいない。


月明かりが差し込む中、ハチが横たわっている。変わらない姿。


だが——何かが違う。


ハチの横に、見覚えのないものが置かれていた。


---


## 5


小さな金属の箱だった。


手のひらサイズ。表面には、旧文明時代の刻印がある。知っている刻印だ。自分がかつて働いていた企業のロゴ。


——なぜ、こんなものが?


手に取る。重い。中に何か入っている。


蓋を開けた。


中には——電子部品が詰まっていた。


コイル。コンデンサ。回路基板の断片。そして、小型のモーター。


心臓が跳ねた。


——これは……。


手回し発電機。


この部品を組み合わせれば、手回し発電機を作れる。発電機があれば——ハチのバッテリーを充電できる。


誰がこれを置いた?


周囲を見回す。誰もいない。足跡もない。まるで幽霊のように——


思い出した。


盗賊との戦いで、誰かが矢で敵を倒していた。姿を見せない射手。


老婆はサヤだと言っていた。だが、本当にそうなのか。


もしかして——別の誰かがいるのではないか。


だが、考えている暇はなかった。目の前にあるのは、ハチを救う手段だ。


工具箱を取り出した。


---


## 6


コイルとモーターを組み合わせ、発電機の骨格を作る。


夜通しの作業だった。


指がかじかむ。息が白い。だが、手を止められなかった。


旧文明時代の電子工学の知識がよみがえってくる。発電の原理は単純だ。コイルの中で磁石を回転させれば、電気が生まれる。


問題は効率だ。ハチのバッテリーを充電するには、十分な電圧と電流が必要だ。


何度も調整を繰り返す。コイルの巻き数を変え、磁石の位置を調整する。


夜明けが近づく頃、ようやく形になった。


手回し式の発電機。ハンドルを回すと、小さなLEDが点灯した。


「よし……」


ハチのバッテリー端子に接続する。ハンドルを回し始める。


最初は何も起きなかった。腕が痛くなるほど回し続けた。汗が額を流れる。


そして——


赤い、弱々しい光。


——バッテリー残量 5%。


「……!」


まだ十分ではない。だが、起動には足りるかもしれない。


起動スイッチを押す。


ウィーン……


駆動音がした。かすれた、弱々しい音。


ハチの脚がピクリと動いた。


頭部のセンサーがゆっくりとこちらを向く。赤いカメラアイが、ぼんやりと点灯する。


「ピ……ピピッ」


——鳴いた。


「ハチ……!」


ヒロはハチの体を抱きしめた。冷たい金属の体。だが、その中で何かが動いている。


生きている。


「すまなかった……迎えに来るのが遅くなって……」


「ピピッ」


ハチが弱々しく首をこちらに擦りつけた。まるで「大丈夫だよ」と言っているように。


涙がにじんだ。


この世界で、最初の仲間。500年前から一緒にいた、唯一の存在。


「もう離さない。約束する」


ハチが弱々しく尻尾を振った。


---


## 7


「どうした」


声がした。振り向くと、サヤが納屋の入り口に立っていた。


ハチを見て、警戒の色を浮かべている。手が弓に伸びかけている。


「俺の相棒だ」


ヒロはハチの前に立った。庇うように。


「動くようになったのか」


「ああ。発電機を作って、バッテリーを充電した」


サヤの目が一瞬、驚きで見開かれた。だが、すぐに元の無表情に戻った。


「……便利な相棒だな」


「ああ」


サヤがハチに近づいた。警戒しながらも、興味があるようだった。


「ピピッ」


ハチが小さく鳴いた。友好的な挨拶。


「……噛まないのか」


「噛まない。俺の仲間には敵意を持たない」


「仲間、か」


サヤが小さく笑った。


「変な奴だな、お前は」


「よく言われる」


二人で納屋を出た。


外は朝日に照らされていた。灰色の空にも、わずかに光が差し込んでいる。


新しい一日が始まる。


---


**【第4章 完】**


---


*次章予告:*

*東嶺国からの使者。*

*技術顧問としての招聘。*

*そして——闇に潜む密偵——。*


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ