第20章:光の帰還
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## 1
扉の向こうは——
静寂だった。
足音だけが、響く。
石の床。
高い天井。
窓から差し込む、灰色の光。
「……」
ヒロは——
右手で、壁を支えながら歩いた。
左肩の断面が、痛む。
布で巻いているが——
血が、滲んでいる。
視界も、ぼやけている。
だが——
前を、見る。
「……ヒロ」
レンが、そばに来た。
「支えるか」
「……いや」
首を、振った。
「自分で、歩く」
「……」
「最後まで——」
「自分の足で」
レンは——
何も言わなかった。
ただ——
そばを、歩いてくれた。
アヤカも。
ハチも。
四人で——
遺跡の奥へ。
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## 2
廊下は——
長かった。
壁には、古い文字。
**CENTRAL CONTROL**
**AUTHORIZED PERSONNEL ONLY**
「……中央制御室か」
アヤカが、呟いた。
「ここです」
「……」
「ここで——世界を、変える」
ヒロは——
頷いた。
扉が、見えた。
巨大な、金属の扉。
半分、開いている。
中からは——
青い光が、漏れていた。
かすかな。
だが——確かな、光。
「……行くぞ」
四人は——
扉を、くぐった。
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## 3
中央制御室——
そこは。
圧倒的だった。
天井まで届く、巨大な柱。
無数の、配線。
古いモニター。
そして——
中央に。
円形の、台座。
そこには——
三つの、穴。
「……」
アヤカが、息を飲んだ。
「あれが——」
「ああ」
ヒロも、わかった。
あそこに——
謎の部品を、セットする。
三つの遺跡を——
繋ぐために。
「……行こう」
台座に、向かう。
だが——
「待て」
レンが、立ち止まった。
「……気配がする」
ヒロも——
感じた。
敵の、気配。
「……まだ、いるのか」
扉から——
足音が、響いた。
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## 4
帝国兵が——
五人。
現れた。
重装備。
武器を、持っている。
「……貴様ら」
先頭の男が、叫んだ。
「ここで——終わりだ」
レンが——
弓を、構えた。
「……来るな」
だが——
矢は、あと三本。
アヤカの銃も——
弾が、ない。
ヒロは——
ナノマシンを、起動させた。
頭が、痛む。
視界が、白く染まる。
だが——
「……やるしか、ない」
敵が、突進してくる。
ヒロは——
一人の武器を、止めた。
レンが、矢を放つ。
命中。
一人、倒れる。
だが——
残り、四人。
「くそ……」
限界が、近い。
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## 5
敵の一人が——
振動刃を、振り下ろした。
ヒロは——
横に、跳ぶ。
だが——
右肩が、上がらない。
体が——
思うように、動かない。
「——!」
刃が——
右膝を、斬った。
「ああああ——!」
激痛。
膝から下が——
落ちた。
地面に。
血が——
噴き出す。
「ヒロ——!」
レンの、叫び。
アヤカの、悲鳴。
視界が——
暗く、なる。
だが——
「……まだ」
呟いた。
「まだ——」
「終わって、ない」
右手で——
床を、掴む。
這う。
台座へ。
「……あと、少し」
背後で——
レンとアヤカが、戦っている。
ハチも——
唸り声を上げている。
「……頼む」
呟いた。
「時間を——」
「稼いでくれ」
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## 6
這う。
右手と——
左膝で。
血の跡が——
床に、残る。
痛い。
痛い。
視界が——
真っ白。
だが——
止まれない。
台座が——
近い。
あと——
少し。
「……ああ」
台座に、手が届いた。
ポケットから——
謎の部品を、取り出す。
震える手で。
三つの穴——
一つに、部品を嵌める。
カチッ。
音がした。
台座が——
光り始めた。
青い光。
「……これで」
呟いた。
「起動、できる」
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## 7
背後で——
戦いが、続いている。
レンの、叫び声。
アヤカの、悲鳴。
ハチの、唸り声。
「……」
ヒロは——
台座の中央に、手を置いた。
ナノマシンを——
起動させる。
台座が——
反応した。
モニターが、次々と点灯する。
古い機械音。
そして——
声が、響いた。
電子音声。
**『PROTOCOL OMEGA——解除プロセス開始』**
**『三つの遺跡——リンク確認中』**
**『北部遺跡——接続』**
**『東部遺跡——接続』**
**『中央遺跡——スタンバイ』**
**『ナノマシンキー——認証中』**
ヒロの体内の——
ナノマシンが、反応する。
全身が——
熱い。
いや——
熱すぎる。
「……ああ」
体が——
壊れていく。
細胞が——
一つ一つ、悲鳴を上げている。
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## 8
**『警告:このプロセスは使用者の生命を危険に晒します』**
**『続行しますか?』**
ヒロは——
笑った。
「……今更、だな」
右手を——
台座に、押し付ける。
「……続行だ」
**『了解。PROTOCOL OMEGA——解除開始』**
体が——
燃えるように、熱い。
ナノマシンが——
全力で、稼働している。
視界が——
真っ白。
いや——
もう、何も見えない。
「……ああ」
声が、出ない。
喉が——
焼けている。
だが——
止められない。
三つの遺跡が——
繋がろうとしている。
世界に——
光を、取り戻すために。
「……彩花」
心の中で、呟いた。
「美咲」
「サヤ」
「イヴ」
「……見ててくれ」
「俺は——」
「約束を、果たす」
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## 9
背後で——
レンの声が、聞こえた。
「ヒロ——!」
「何を、してる——!」
「止めろ——!」
「死ぬぞ——!」
アヤカの声も。
「ヒロさん——!」
「お願い——!」
「止めて——!」
だが——
止められない。
もう——
ここまで、来た。
「……すまん」
心の中で、謝った。
「レン」
「アヤカ」
「……俺は」
「行かなきゃ、いけない」
涙が——
流れた気がした。
だが——
もう、わからない。
全てが——
熱い。
全てが——
痛い。
「……さよなら」
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## 10
その時——
手が。
ヒロの右手に——
重なった。
「……?」
アヤカの、手だった。
「……一人で、死ぬな」
彼女の声が、震えていた。
「……彩花も」
「そう——言ってた」
「……」
「一人で——全てを、背負うなって」
もう一つ——
手が、重なった。
レンの、手。
「……馬鹿」
彼女が、泣いていた。
「一人で——行くな」
「……」
「私たちが——いる」
「だから——」
二人の手が——
ヒロの手を、支えている。
「……一緒に」
アヤカが、言った。
「一緒に——世界を、変えよう」
涙が——
止まらなかった。
「……ありがとう」
三人の手が——
台座に、重なる。
**『追加ナノマシン——検出』**
**『医療用ナノマシン——起動』**
アヤカの——
体内にも、ナノマシンが、あった。
医療用の。
それが——
ヒロの体を、修復し始めた。
「……!」
痛みが——
和らぐ。
いや——
まだ痛い。
だが——
死なずに、済むかもしれない。
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## 11
**『PROTOCOL OMEGA——解除完了』**
**『大気浄化システム——再起動』**
**『衛星ネットワーク——オンライン』**
**『成層圏フィルター——除去開始』**
轟音が——
響いた。
遺跡全体が——
震えている。
床が、揺れる。
壁が、軋む。
「……これは」
アヤカが、呟いた。
「世界が——」
「変わる、音」
モニターに——
映像が、映った。
三つの遺跡が——
光り輝いている。
北の遺跡。
東の遺跡。
そして——
中央遺跡。
三つの光が——
空へ、伸びる。
灰色の空に。
届く。
そして——
空が——
動いた。
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## 12
灰色の雲が——
割れていく。
五百年間——
世界を覆っていた、灰。
それが——
消えていく。
溶けるように。
風に、流されるように。
「……ああ」
ヒロは——
窓を、見た。
ぼやけた視界で。
だが——
見える。
灰色が——
薄くなっていく。
そして——
その向こうに。
青が——
見えた。
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## 13
青。
青い、空。
「……」
声が、出なかった。
レンも。
アヤカも。
ハチも。
全員が——
窓を、見つめていた。
灰色が——
完全に、晴れた。
五百年ぶりに。
青空が——
広がった。
雲が、浮かんでいる。
白い、雲。
太陽が——
輝いている。
眩しい。
暖かい。
光が——
窓から、差し込んでくる。
床を、照らす。
壁を、照らす。
三人を——
照らす。
「……綺麗」
アヤカが、呟いた。
涙を、流しながら。
「……ああ」
ヒロも、頷いた。
「綺麗だ」
レンは——
声を上げて、泣いていた。
「……青い」
「空が——青い」
ハチが——
「ガウッ」
嬉しそうに、鳴いた。
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## 14
ヒロは——
床に、倒れた。
力が——
抜けた。
「ヒロ——!」
レンが、支えてくれた。
「死ぬな——!」
「まだ——!」
「青い空を、見たばかりだろ——!」
「……ああ」
かすれた声で、答えた。
「見た……」
「綺麗、だった……」
アヤカが——
医療キットを、開いている。
「止血します——!」
「意識を——保ってください——!」
だが——
もう。
視界が——
暗い。
体が——
冷たい。
「……レン」
呼んだ。
「何だ——!」
彼女が、泣きながら答える。
「……お前」
「強く、なったな」
「……っ」
「馬鹿——!」
「今、そんなこと——!」
「……アヤカ」
「はい——!」
「彩花に——」
「伝えてくれ」
「……っ」
「約束——」
「果たした、って」
二人が——
泣いていた。
声を上げて。
「……ありがとう」
ヒロは——
目を、閉じた。
光の中へ——
落ちていく。
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## 15
温かい。
どこかで——
声が、聞こえる。
**『パパ』**
彩花?
**『よく、頑張ったね』**
美咲——
**『ヒロ』**
サヤ——
**『ありがとう』**
イヴ——
みんなの、声。
**『でも——』**
**『まだ、だめ』**
**『まだ——』**
**『戻っちゃ、だめ』**
え?
**『レンが——泣いてる』**
**『アヤカも——泣いてる』**
**『あの子たちを——』**
**『置いていかないで』**
でも——
俺は。
**『あなたは——』**
彩花の声が、優しかった。
**『いつも——一人で背負おうとする』**
**『でも——』**
**『もう、いいの』**
**『一人じゃ、ないでしょ?』**
ああ——
**『だから——』**
**『戻って』**
**『生きて』**
光が——
眩しくなる。
そして——
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## 16
意識が——
戻った。
「……っ」
痛い。
全身が、痛い。
だが——
生きている。
「ヒロ——!」
レンの声。
「目を、開けた——!」
アヤカの声。
「ヒロさん——!」
二人の顔が——
ぼんやりと、見える。
泣いている。
笑っている。
「……俺」
かすれた声。
「生きて、るのか」
「当たり前だ——!」
レンが、怒鳴った。
「死なせるか——!」
「アヤカの、医療ナノマシンと——」
「私の——」
「私の、祈りで——」
「生きろって——!」
「何度も、言った——!」
彼女が——
こちらを、抱きしめた。
「死ぬな——」
「もう——死ぬな——」
「……ああ」
右手で——
レンの頭を、撫でた。
「……すまん」
「……っ」
「もう——死なない」
「約束、する」
アヤカも——
泣きながら、笑っていた。
「……よかった」
「本当に——よかった」
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## 17
窓の外——
青空が、広がっている。
太陽が、輝いている。
雲が、流れている。
「……綺麗だな」
呟いた。
「ああ」
レンが、頷いた。
「……五百年ぶり、だそうです」
アヤカが、言った。
「記録に、残っていました」
「最後に青空が見えたのは——」
「五百年前」
「……」
「それから、ずっと——」
「灰色だった」
ヒロは——
空を、見つめた。
ぼやけた視界でも——
青は、わかる。
「……やったな」
呟いた。
「彩花」
「美咲」
「サヤ」
「イヴ」
「……俺たち」
「やったぞ」
涙が——
流れた。
だが——
今度は。
悲しみの、涙じゃない。
「……ありがとう」
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## 18
数日後——
ヒロは、目覚めた。
見知らぬ、部屋。
ベッドに、寝かされている。
左肩——
包帯で、ぐるぐる巻き。
右膝——
膝から下が、ない。
「……」
現実を、確認する。
左腕——ない。
右脚——膝下、ない。
視界——ぼやけている。
背中——傷跡。
左脇腹——痛む。
「……ボロボロだな」
自嘲した。
だが——
生きている。
扉が、開いた。
レンが、入ってきた。
「……起きたか」
「ああ」
「……どれくらい」
「三日」
「そうか」
レンが——
ベッドのそばに、座った。
「……外、見たか」
「いや」
「……見ろ」
彼女が、カーテンを開けた。
窓の外——
青空。
太陽。
白い雲。
そして——
街。
人々が、歩いている。
笑っている。
空を、見上げている。
「……みんな」
レンが、言った。
「初めて、青空を見た」
「……」
「泣いてる人も、いる」
「笑ってる人も、いる」
「ただ——呆然としてる人も」
レンが——
空を、見つめた。
「……でも」
「みんな——」
「生きてる」
ヒロは——
頷いた。
「……ああ」
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## 19
一週間後——
アヤカが、持ってきた。
「……これ」
木製の、義足。
「私が——作りました」
「……」
「まだ、粗末ですが」
「……いや」
ヒロは、義足を受け取った。
「……ありがとう」
「……」
「これで——歩ける」
アヤカが——
泣きそうな顔で、笑った。
「……はい」
義足を、装着する。
アヤカが、手伝ってくれる。
ベルトで、固定。
「……立てますか」
「……やってみる」
レンが、支えてくれた。
「……ゆっくり」
ヒロは——
立ち上がった。
ふらつく。
だが——
立てた。
「……っ」
一歩。
義足が、床を踏む。
音がする。
コツン。
もう一歩。
コツン。
「……歩ける」
呟いた。
「歩ける——!」
レンが——
笑った。
アヤカも——
笑った。
ハチが——
「ガウッ」
嬉しそうに、鳴いた。
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## 20
一ヶ月後——
ヒロは、外に出た。
青空の下。
義足で、歩く。
コツン、コツン。
右手に、杖。
視界は、ぼやけている。
だが——
見える。
青い、空。
白い、雲。
太陽の、光。
「……」
深呼吸する。
空気が——
澄んでいる。
五百年前と——
同じだろうか。
「……ヒロ」
レンが、そばに来た。
「どこ、行く」
「……丘」
「丘?」
「サヤの、墓」
「……」
「報告、したい」
レンが——
頷いた。
「……一緒に、行く」
「ああ」
二人で——
歩いた。
アヤカも。
ハチも。
四人で——
丘へ。
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## 21
サヤの墓——
そこには。
弓が、立てかけてあった。
墓標代わりに。
「……サヤ」
ヒロは、墓の前に立った。
「やったぞ」
「……」
「世界に——」
「光が、戻った」
風が、吹いた。
優しい、風。
「お前が——見たかった」
「青い、空」
「……」
「今——広がってる」
レンが——
そばに、跪いた。
「……サヤ」
「私——」
「強く、なったよ」
「……」
「ヒロを——守れた」
「だから——」
涙が、流れた。
「安心、して」
アヤカも——
祈りを、捧げた。
「……サヤさん」
「お会いしたことは、ありませんが」
「……ありがとう、ございました」
「あなたが——ヒロさんを、守ってくれたから」
「今の、私たちがいます」
三人は——
しばらく、そこにいた。
風が、吹いている。
空は、青い。
「……行こうか」
ヒロが、立ち上がった。
「ああ」
振り返ると——
街が、見える。
人々が、生きている。
新しい、世界。
「……これから、だな」
呟いた。
「ああ」
レンが、頷いた。
「……大変だぞ」
「わかってる」
アヤカが、笑った。
「でも——」
「一緒なら」
「……ああ」
ヒロも、笑った。
「一緒なら——」
「何でも、できる」
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## 22
数ヶ月後——
東嶺国は——
復興を、始めていた。
青空の下で。
人々は——
畑を、耕す。
家を、建てる。
子供たちが、笑っている。
ヒロは——
技術指導を、していた。
井戸の掘り方。
水車の作り方。
簡単な、機械の修理。
「……こうして」
義足で、立ちながら。
右手で、工具を持って。
「ここを——締める」
若者たちが——
真剣に、見ている。
「……すげえ」
「本当に、動いた」
「ヒロ様——!」
呼ばれる。
様、は——
やめてほしいのだが。
「……様は、いらない」
「でも——!」
「世界を救った——!」
「いや」
ヒロは、首を振った。
「俺一人じゃ、ない」
「レンも」
「アヤカも」
「みんなが——」
「一緒に、やった」
若者たちが——
頷いた。
「……でも」
「ありがとう、ございます」
その言葉に——
ヒロは、笑った。
「……どういたしまして」
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## 23
夜——
ヒロは、部屋で休んでいた。
ベッドに、座る。
左腕は、ない。
義足を、外す。
右膝から下——ない。
体中——
傷だらけ。
「……」
鏡を、見る。
ボロボロの、体。
だが——
生きている。
扉を、ノックする音。
「……入れ」
レンが、入ってきた。
「……邪魔するぞ」
「ああ」
彼女が——
ベッドのそばに、座った。
「……疲れたか」
「少し」
「そうか」
沈黙。
だが——
心地よい、沈黙。
「……なあ、ヒロ」
「何だ」
「……これから」
「どうする」
「……」
ヒロは、窓を見た。
星が、見える。
五百年ぶりの、星空。
「……この国を」
「支える」
「……」
「技術を、教える」
「人々を——」
「助ける」
レンが——
頷いた。
「……そうか」
「……」
「じゃあ——」
「私も、手伝う」
ヒロは——
レンを、見た。
「……いいのか」
「当たり前だ」
彼女が、笑った。
「一緒だって——」
「言っただろ」
「……ああ」
ヒロも、笑った。
「ありがとう」
レンが——
こちらに、寄り添った。
「……ヒロ」
「何だ」
「……好きだ」
心臓が、跳ねた。
「……」
「俺も」
「……」
「好きだ」
レンが——
泣いて、笑った。
「……馬鹿」
「そうだな」
二人は——
抱き合った。
窓の外——
星空が、輝いていた。
---
## 24
一年後——
ヒロは、丘に立っていた。
義足で。
杖を、ついて。
隣には——
レン。
アヤカ。
ハチ。
そして——
新しい、仲間たち。
みんなで——
青空を、見上げている。
「……綺麗だな」
「ああ」
レンが、頷いた。
彼女の手を——
ヒロは、握った。
右手で。
レンも——
握り返してくれた。
「……ヒロさん」
アヤカが、言った。
「新しい、井戸——」
「完成しました」
「そうか」
「……」
「みんな、喜んでいます」
「よかった」
ハチが——
「ガウッ」
嬉しそうに、鳴いた。
空には——
雲が、流れている。
太陽が、輝いている。
鳥が、飛んでいる。
「……なあ」
ヒロが、呟いた。
「この世界——」
「まだまだ、大変だ」
「……」
「戦いも、続くかもしれない」
「飢えも、病も、ある」
「……」
「でも——」
空を、見上げた。
「光は、ある」
「希望は——」
「ある」
レンが——
こちらを、見た。
「……ああ」
「あるな」
アヤカも——
笑った。
「……はい」
「私たちが——」
「作っていきます」
ヒロは——
頷いた。
「……ああ」
「一緒に」
風が、吹いた。
優しい、風。
青空の、風。
ヒロは——
笑った。
片腕を失って。
片脚を失って。
体中、傷だらけで。
視界は、ぼやけていて。
それでも——
生きている。
仲間がいる。
希望がある。
「……行こう」
ヒロが、言った。
「みんなが、待ってる」
「ああ」
一行は——
丘を、降りた。
青空の下を。
光の中を。
新しい世界へ——
歩いて行った。
---
## エピローグ
五年後——
東嶺国は、変わっていた。
青空の下で——
緑が、戻っていた。
畑が、広がっている。
麦が、揺れている。
果樹園も、ある。
りんごが、実っている。
街には——
新しい建物。
水車が、回っている。
井戸から、水が湧いている。
子供たちが、走り回っている。
笑い声が、響いている。
広場には——
一本の、木。
若い、桜の木。
その下に——
ベンチがある。
そこに——
一人の男が、座っていた。
片腕。
義足。
白髪が、増えた。
だが——
笑っている。
隣には——
女性。
短い黒髪。
傷のある顔。
だが——
柔らかく、笑っている。
その手には——
小さな、手。
三歳くらいの——
女の子。
「パパ!」
女の子が、言った。
「お空、青い!」
「ああ」
男——ヒロが、頷いた。
「青いな」
「綺麗?」
「ああ」
「……」
「とても、綺麗だ」
女の子が——
笑った。
「サヤちゃんも、見てる?」
ヒロの、胸が締め付けられた。
「……ああ」
「見てる」
「……」
「きっと——」
「笑ってる」
女性——レンが、微笑んだ。
「……そうだな」
もう一人——
女性が、やってきた。
アヤカ。
白衣を、着ている。
「……お疲れ様です」
「ああ」
「新しい、診療所——」
「患者さんで、いっぱいです」
「そうか」
「……でも」
アヤカが、笑った。
「みんな、元気になって帰ります」
「いい、ことだ」
ハチが——
女の子のそばで、寝そべっている。
もう——
八年目。
バッテリーも、古い。
動きも、遅くなった。
だが——
まだ、動いている。
「ガウ……」
小さく、鳴く。
女の子が——
ハチの頭を、撫でる。
「いい子、いい子」
ヒロは——
その光景を、見つめた。
そして——
空を、見上げた。
青い、空。
白い、雲。
太陽の、光。
鳥が、飛んでいる。
「……彩花」
心の中で、呟いた。
「美咲」
「……」
「見てるか」
「俺は——」
「生きてる」
「……」
「幸せだ」
風が、吹いた。
桜の木が、揺れる。
花びらが——
まだ、ない。
来年の、春。
きっと——
咲く。
「……なあ、レン」
「何だ」
「来年——」
「この木に、花が咲いたら」
「……」
「みんなで、見よう」
レンが——
こちらを、見た。
「……ああ」
「見よう」
娘も——
「見る!」
元気よく、言った。
アヤカも——
「私も、行きます」
ハチも——
「ガウッ」
ヒロは——
立ち上がった。
義足で。
杖を、ついて。
「……じゃあ」
「帰るか」
「ああ」
四人と一匹は——
歩き出した。
青空の下を。
光の中を。
新しい世界を——
生きていく。
傷だらけでも。
失ったものが、あっても。
それでも——
前を向いて。
希望を、胸に。
---
遠くで——
鐘が、鳴った。
夕暮れを、告げる鐘。
空が——
オレンジに、染まっていく。
美しい、夕焼け。
ヒロは——
もう一度——
空を、見上げた。
「……ありがとう」
呟いた。
全ての、人に。
失った、人たちに。
今、隣にいる人たちに。
「……ありがとう」
娘が——
手を、引っ張った。
「パパ、早く!」
「ああ」
笑って——
歩き出した。
家路へ。
光の、道を。
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空には——
最初の、星が見えた。
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**【灰燼の戦国——完】**
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**500年の闇を超えて。**
**失ったものは、戻らない。**
**だが——得たものが、ある。**
**光。**
**希望。**
**そして——**
**生きること。**
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*fin.*




