第18章:再会
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## 1
北の遺跡が、見えた。
ぼやけた視界でも——わかる。
あの、輪郭。
あの、形。
「……ここは」
ヒロの声が、震えた。
「クライオ・ラボ……」
五百年前。
ここで、眠りについた。
ここで——
全てが、始まった。
「……知っているのですか」
女性——アヤカが、こちらを見た。
「ああ……」
ヒロは、遺跡を見つめた。
コンクリートの壁は崩れかけている。屋根は半分以上なくなっている。蔦が絡まり、窓は割れている。
だが——
忘れられない。
この場所を。
「行きましょう」
アヤカが、歩き出した。
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## 2
入口は、崩れていた。
だが——人が通れる隙間がある。
アヤカが先導し、ヒロとレンとハチが続く。
中は——
暗い。
窓から差し込む光だけが、頼りだ。
ヒロは、周囲を見回した。
ぼやけた視界で。
廊下。
壁には、案内板の名残がある。文字は消えかけているが——読める。
**CRYOGENIC STORAGE - SECTION A**
「……ここだ」
呟いた。
「ここで——俺は、目覚めた」
足が、勝手に動いていた。
廊下を進む。
左脇腹が痛む。右肩も。肋骨も。
だが——
止まれない。
扉が見えた。
半分開いている。
その向こうに——
ポッドルームが、あった。
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## 3
五百年前と——
変わっていた。
天井は崩れ、鉄骨が露出している。床には草が生えている。
そして——
二十基のポッド。
ほとんどが、壊れていた。
蔦に覆われ、ガラスが割れ、中は空っぽ。
だが——
一つだけ。
無傷のポッドが、あった。
ヒロが——
眠っていたポッド。
「……」
そばに歩み寄る。
ガラス越しに、中を見る。
空だ。
当然だ。
俺は——ここから、出た。
五百年後の世界へ。
「……ヒロ」
レンの声が、そばでした。
「……大丈夫か」
「ああ」
嘘だった。
大丈夫じゃない。
胸が、苦しい。
ここで——
全てが、始まった。
妻を置いて。
娘を置いて。
「……彩花」
呟いた。
娘の名前。
「すまん……」
涙が、流れた。
「すまん……」
約束、守れなかった。
必ず戻ると、言ったのに——
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## 4
「……ヒロさん」
アヤカの声が、した。
振り向くと——
彼女が、こちらを見つめていた。
ぼんやりとしか見えないが——
優しい目をしている気がした。
「話が、あります」
「……」
「こちらへ」
アヤカが、別の扉を示した。
ヒロは——
涙を拭い、彼女について行った。
廊下を進む。
階段を降りる。
地下——だろうか。
光が、少なくなる。
だが——
アヤカは迷わず進んでいく。
そして——
扉の前で、立ち止まった。
「ここです」
扉には、プレートがあった。
**DIRECTOR'S OFFICE**
所長室——
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## 5
扉を開けると——
驚くほど、無傷だった。
天井は崩れていない。窓もない。地下だからだろう。
机がある。椅子がある。棚がある。
そして——
壁に、写真が飾られていた。
ぼやけた視界で、近づく。
写真——
女性が写っている。
黒髪。優しい笑顔。
白衣を着て、カメラに向かって笑っている。
その顔——
「……彩花?」
心臓が、跳ねた。
「いいえ」
アヤカが、そばに来た。
「それは——私の曽祖母です」
「曽祖母……?」
「ええ」
アヤカが、写真を見つめた。
「彩花の、娘です」
ヒロの脳が——
理解することを、拒んでいる。
「では……お前は」
「私は——」
アヤカが、こちらを向いた。
「アヤカです。彩花の——ひ孫」
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## 6
世界が、止まった。
彩花の——
ひ孫。
「……なんだって?」
「彩花は——」
アヤカが、ゆっくりと話し始めた。
「あなたが眠りについた後も、生きました」
「……」
「研究を続けました。この施設で。あなたを——待ちながら」
胸が、苦しい。
「娘を産みました。その娘も、研究者になりました」
アヤカが、写真を指差した。
「これが、私の曽祖母——彩花の娘、ユキです」
「……」
「そして——」
アヤカが、別の写真を取り出した。
老女の写真。
白髪。皺だらけの顔。
だが——
笑っている。
「これが——彩花です」
ヒロの手が、震えた。
「百歳の時の、写真です」
「百……歳……」
「ええ」
アヤカの声が、優しかった。
「彩花は——百歳まで、あなたを待ち続けました」
涙が——
止まらなかった。
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## 7
「彩花は——」
アヤカが続けた。
「あなたのポッドを、毎日見に来たそうです」
「……」
「システムが正常か、確認して」
「……」
「そして——語りかけたそうです」
アヤカが、机の引き出しを開けた。
中から——
古いノートを取り出した。
「これが——彩花の日記です」
ヒロは——
震える手で、ノートを受け取った。
開く。
色褪せたインク。
だが——読める。
**2690年 1月1日**
**パパ、新年だよ。**
**今年こそ、起きてくれるかな。**
**2692年 8月15日**
**パパの誕生日。**
**ケーキは——もう、ないけど。**
**お茶を、ポッドのそばに置いたよ。**
**2710年 3月20日**
**私、結婚したよ、パパ。**
**優しい人。**
**パパに、会わせたかったな。**
ページを繰る。
涙で、文字が滲む。
**2745年 6月10日**
**孫が生まれたよ。**
**名前は、ユキ。**
**パパに、抱いてほしかった。**
**2780年 12月31日**
**もう——歩くのが、辛い。**
**でも——まだ、諦めないよ。**
**パパは、諦めない人だから。**
**私も——諦めない。**
最後のページ。
**2787年 5月3日**
**パパ。**
**もう、時間がないみたい。**
**でも——大丈夫。**
**私、幸せだったよ。**
**パパ、約束だよ——**
**必ず、戻ってきて。**
**待ってる。**
**ずっと。**
**愛してる、パパ。**
**彩花**
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## 8
「ああああ——」
声にならない声が、漏れた。
ノートを抱きしめる。
涙が、止まらない。
「彩花……」
「彩花……すまん……」
「すまん……」
胸が——
引き裂かれるように痛い。
「俺は……俺は……」
レンが——
そばに来て、肩を抱いてくれた。
「……泣いていい」
彼女の声が、優しかった。
「泣いていい……」
ヒロは——
レンの肩で、泣いた。
子供のように。
声を上げて。
「すまん……彩花……」
「待たせた……」
「すまん……」
どれくらい、そうしていただろう。
涙が、枯れるまで。
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## 9
「……ヒロさん」
アヤカの声が、した。
顔を上げる。
涙で、視界がさらにぼやけている。
「もう一つ——」
アヤカが、机の上の装置を指差した。
古い端末。
だが——電源が入っている。
「彩花は——あなたへの、メッセージを残しました」
心臓が、強く打った。
「これを——」
アヤカが、端末を操作した。
画面が、点いた。
ノイズ。
そして——
映像が、映った。
老女。
白髪。皺だらけの顔。
だが——
その目。
その笑顔。
彩花だ——
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## 10
**『パパ』**
画面の中の彩花が、笑った。
**『これを見てるってことは——パパ、起きたんだね』**
**『よかった』**
彼女の目から、涙が流れている。
**『ずっと——ずっと、待ってたよ』**
**『パパが起きるまで、生きようって——決めてた』**
**『でも——ごめんね』**
**『もう、待てなくなっちゃった』**
彼女が、小さく笑った。
**『百年——長かったよ、パパ』**
**『でも——幸せだった』**
**『ユキが生まれて、孫も生まれて』**
**『みんな、パパのこと——聞かせてあげたよ』**
**『諦めない人だって』**
**『優しい人だって』**
**『世界を——救おうとした人だって』**
彼女の手が、画面に伸びる。
まるで——
こちらに、触れようとするように。
**『パパ』**
**『約束、覚えてる?』**
**『「必ず戻ってくる」って』**
**『守ってくれたね』**
**『ありがとう、パパ』**
涙が、止まらない。
**『これから——大変だと思う』**
**『でも——パパなら、できる』**
**『諦めないから』**
**『世界に——光を、取り戻して』**
**『私の分も』**
**『ママの分も』**
彼女が——
最後に、笑った。
**『愛してる、パパ』**
**『ずっと——ずっと』**
画面が——
暗くなった。
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## 11
「彩花——!」
叫んだ。
「彩花——!」
だが——
もう、画面には何も映らない。
「彩花……」
膝が、崩れた。
床に、手をつく。
「すまん……」
「すまん……」
「待たせた……」
レンが——
そばに跪いた。
「……ヒロ」
「すまん……レン……」
「いい」
レンが、こちらを抱きしめてくれた。
「泣いていい」
ヒロは——
レンの腕の中で、泣いた。
彩花。
美咲。
サヤ。
イヴ。
大切な人たちの顔が、浮かんでは消える。
失った人たち。
守れなかった人たち。
「……すまん」
「すまん……」
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## 12
どれくらい経ったろう。
涙が、枯れた。
顔を上げる。
アヤカが——
静かに、待っていてくれた。
「……すまん」
「いいえ」
アヤカが、小さく笑った。
「当然です」
「……」
「彩花は——あなたを、責めていません」
「……わかってる」
「ですが——」
アヤカが、立ち上がった。
「彩花の想いを——無駄にしないでください」
その言葉が——
サヤとイヴの、言葉と重なった。
——生きて。
——生きて、ください。
ヒロは——
立ち上がった。
右肩が、痛む。
肋骨が、痛む。
左脇腹も。背中も。左手も。
視界も、ぼやけている。
だが——
「……ああ」
前を向いた。
「無駄には、しない」
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## 13
「アヤカ」
ヒロが、彼女を見つめた。
「お前は——なぜ、ここに」
「彩花の遺志を——継いでいます」
アヤカが答えた。
「この施設を守り、研究を続けること」
「研究?」
「ええ」
アヤカが、棚から何かを取り出した。
小さな箱。
見覚えがある。
「……それは」
「第4章で、あなたが見つけた——謎の部品です」
ヒロの心臓が、跳ねた。
「実は——」
アヤカが、箱を開けた。
中には——精密な電子部品。
「これは、インターフェースモジュールです」
「インターフェース……?」
「三つの遺跡を——繋ぐための、鍵です」
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## 14
「三つの遺跡……」
ヒロが、呟いた。
「ああ」
アヤカが頷いた。
「北の遺跡——ここ。東の遺跡——東嶺国の地下。そして——中央遺跡」
「……」
「三つを繋げば——PROTOCOL OMEGAが、解除されます」
アヤカが、部品を見つめた。
「空を覆う灰が、晴れます」
「世界に——光が、戻ります」
イヴの予言と——
同じ。
「この部品を——」
アヤカが、ヒロに渡した。
「持っていってください」
「……俺が?」
「ええ」
アヤカの目が、真剣だった。
「あなたにしか——できません」
「なぜ」
「あなたの体内の——ナノマシンが、必要だからです」
ヒロは——
自分の手を見つめた。
ぼやけて、よく見えない。
だが——
この体の中に。
ナノマシンが、ある。
「……わかった」
部品を、受け取った。
重い。
いや——
重いのは、責任だ。
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## 15
「ヒロ」
レンが、そばに来た。
「……お前、大丈夫か」
「ああ」
嘘だった。
大丈夫じゃない。
彩花のメッセージで——
心が、壊れそうだ。
だが——
「でも——」
ヒロは、レンを見つめた。
「やる」
「……」
「彩花が——待っててくれた」
「サヤが——イヴが——俺を生かしてくれた」
「なら——」
拳を、握った。
「世界に——光を、取り戻す」
レンが——
小さく笑った。
「……やっぱり、お前は」
「何だ」
「諦めない、馬鹿だ」
その言葉に——
ヒロも、笑った。
「……そうだな」
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## 16
夜。
施設の一室で、休んでいた。
レンは、隣の部屋で眠っている。
ハチも、そばで充電中だ。
アヤカは——見回りに出ている。
一人。
ヒロは——
彩花の日記を、読み返していた。
ぼやけた視界で。
一行ずつ。
娘の人生が——
そこにあった。
結婚。出産。孫の誕生。
幸せな日々。
そして——
最期まで、父を待ち続けた想い。
「……彩花」
呟いた。
「ありがとう」
涙が、また流れた。
「待っててくれて——」
「ありがとう」
窓の外——
灰色の空が、見える。
だが——
いつか。
晴れる。
三つの遺跡を、繋げば。
「……約束する」
呟いた。
「お前の分も——」
「ママの分も——」
「サヤの分も——」
「イヴの分も——」
「青い空を——見る」
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## 17
翌朝。
アヤカが、来た。
「……準備はいいですか」
「ああ」
ヒロは、立ち上がった。
右肩が、痛む。
だが——動ける。
「中央遺跡へ——行きましょう」
「待て」
ヒロが、アヤカを見つめた。
「お前も、来るのか」
「当然です」
アヤカが頷いた。
「これは——私の使命でもあります」
「……危険だぞ」
「わかっています」
アヤカの目が、強かった。
「ですが——彩花の想いを、継ぐと決めました」
「……」
「あなたを——支えます」
その言葉に——
ヒロは、何も言えなかった。
ただ——
頷いた。
「……ありがとう」
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## 18
施設を出る前に——
ヒロは、ポッドルームに戻った。
自分が眠っていたポッド。
そのそばに——
跪いた。
「……彩花」
呟いた。
「行ってくる」
「中央遺跡へ」
「世界に——光を、取り戻しに」
風が——
吹いた気がした。
窓から。
優しい風。
まるで——
彩花が、応えているような。
「……待ってろ」
立ち上がる。
「必ず——」
「青い空を——」
振り返ると——
レンとアヤカとハチが、待っていた。
三人——いや、四人。
仲間たち。
「行くぞ」
ヒロが、言った。
「中央遺跡へ」
レンが、頷いた。
アヤカも、頷いた。
ハチが——
「ガウッ」
力強く、鳴いた。
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## 19
施設を出た。
灰色の空が、広がっている。
だが——
ヒロの心は——
重くない。
彩花の想い。
サヤの想い。
イヴの想い。
全てが——
背中を押してくれている。
「……ヒロ」
レンが、そばに来た。
「大丈夫か」
「ああ」
今度は、嘘じゃなかった。
「大丈夫だ」
レンが——
こちらの手を、握った。
「……一緒に、行こう」
「ああ」
「最後まで」
「……ああ」
アヤカも——
もう一方の手を、握った。
「一緒に」
三人で——
手を繋いで。
前を向く。
遠くに——
中央遺跡が、あるはずだ。
そこへ——
向かう。
世界に、光を取り戻すために。
大切な人たちの想いを、背負って。
ヒロは——
歩き出した。
傷だらけの体で。
ぼやけた視界で。
それでも——
前へ。
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**【第18章 完】**
---
*次章予告:*
*中央遺跡への旅。*
*帝国の最後の抵抗。*
*そして——ヒロの、最後の犠牲——。*




