第17章:犠牲
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## 1
夜明け前。
ヒロは、城の外に立っていた。
ぼやけた視界で、遠くを見つめる。
北の遺跡。
そこへ、向かう。
「準備はできたか」
イヴの声がした。
振り向く。
彼女の姿が——ぼんやりと見える。銀髪。蒼い瞳。
だが、輪郭が滲んでいる。
「ああ」
ヒロは頷いた。
「レンは」
「ここに」
レンが現れた。剣を腰に帯び、弓を背負っている。
「ハチも来る」
「ガウッ」
足元で、ハチが鳴いた。
四人——いや、三人と一匹。
「では——」
イヴが、前を向いた。
「行きましょう」
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## 2
道は、荒れていた。
五百年前は、舗装された道路だったのだろう。だが今は——草が生え、亀裂が走り、ところどころ崩れている。
ヒロは、ゆっくりと歩いた。
視界がぼやけている。足元が見えにくい。
左脇腹が、鈍く痛む。
背中も。左手も。
全身が——傷だらけ。
「大丈夫か」
レンが、そばに来た。
「ああ」
「嘘つき」
レンが小さく笑った。
「お前は——いつも、無理をする」
「……すまん」
「謝るな」
レンの手が、こちらの腕を支えてくれた。
「一緒に、歩こう」
その言葉が——
温かかった。
「……ありがとう」
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## 3
昼。
森の中を、進んでいた。
イヴが、立ち止まった。
「……誰かいます」
「敵か」
「わかりません」
ヒロは、意識を集中した。
ぼやけた視界で、周囲を見渡す。
木々の間に——
人影。
一人。
「出てこい」
イヴが、声をかけた。
「敵意はない——と、見せたいなら」
木々の間から、人が現れた。
女性だった。
ぼんやりとしか見えないが——若い。黒髪。旅装束。
「……誰だ」
ヒロが聞いた。
女性は——
こちらを見つめた。
「私は——」
彼女が言葉を切った。
「……通りすがりの、旅人です」
その声に——
何か、引っかかるものがあった。
どこかで——聞いたような。
「この道は、危険です」
イヴが言った。
「帝国軍が、巡回しています」
「……わかっています」
女性が頷いた。
「ですが——北の遺跡へ、行かなければ」
ヒロの心臓が、強く打った。
「……お前も、遺跡へ?」
「はい」
女性が、こちらを見つめた。
「あなたたちも——そうですか」
「……ああ」
沈黙。
イヴとレンが、警戒している。
だが——
ヒロは、この女性に敵意を感じなかった。
「……一緒に、来るか」
「ヒロ——」
レンが、こちらを見た。
「大丈夫だ」
ヒロは、女性を見つめた。
「一人より——人数がいた方が、安全だ」
女性は——
少し迷ってから、頷いた。
「……ありがとうございます」
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## 4
夕暮れ。
五人になった一行は、森の中を進んでいた。
女性——名前は、まだ聞いていない。
彼女は、黙々と歩いている。
時々——
ヒロを見ている気がした。
ぼやけた視界では、よくわからないが。
「……イヴ」
小声で聞いた。
「彼女を、どう思う」
「わかりません」
イヴの声も、小さかった。
「ですが——」
「何だ」
「技術者のような、雰囲気があります」
「技術者?」
「ええ。遺跡のことを、知っているようです」
ヒロは——
女性の背中を見つめた。
誰なんだ——
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## 5
夜。
野営をすることになった。
イヴが見張りを買って出た。
レンとヒロは、焚き火のそばに座っている。
女性も——少し離れたところに。
「……ヒロ」
レンが、小声で言った。
「あの女、信用できるのか」
「……わからない」
「なら、なぜ」
「でも——」
ヒロは、焚き火を見つめた。
「敵意は、感じない」
レンは、何も言わなかった。
ただ——
剣の柄に、手を置いていた。
警戒している。
その時——
イヴの声が響いた。
「来ます——!」
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## 6
帝国軍だった。
だが——今までとは、違う。
動力鎧ではない。
人間。
だが——鎧を着て、剣を持っている。
精鋭部隊。
「何人だ」
「二十人以上——」
イヴが答えた。
「動きが、速い」
「くそ……」
ヒロは、意識を集中しようとした。
だが——
動力鎧ではない。人間には、能力が効かない。
「どうする」
レンが聞いた。
「……戦うしかない」
イヴが、前に出た。
「私が、引きつけます」
「イヴ——」
「あなたたちは、逃げてください」
「それはできない」
ヒロが、前に出た。
左脇腹が、痛む。
だが——
止まれない。
「一緒に、戦う」
イヴが——
こちらを見た。
ぼんやりとしか見えないが——
笑っている気がした。
「……わかりました」
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## 7
戦闘が始まった。
イヴが、最前線で戦っている。
速い。
敵の剣を躱し、関節を狙う。
一人、また一人と倒していく。
レンも、弓を放っている。
矢が、敵兵の肩に突き刺さる。
女性も——
短剣を持って、戦っていた。
動きが——鋭い。
訓練されている。
ヒロは——
ハチと共に、後方を守っていた。
視界がぼやけている。
だが——
敵が近づけば、見える。
「ガウッ——!」
ハチが、敵兵に飛びかかった。
敵兵が、倒れる。
「ヒロ——後ろ——!」
レンの声。
振り向くと——
敵兵が、剣を振り上げていた。
間に合わない——
「危ない——!」
イヴが——
ヒロの前に、立った。
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## 8
鈍い音。
イヴの体に——
剣が、突き刺さった。
背中から、胸へ。
「……イヴ——!」
ヒロが叫んだ。
イヴが——
膝をついた。
剣が、抜かれる。
彼女の体から、何かが流れている。
血ではない。
青白い液体。
「イヴ——! イヴ——!」
ヒロが、彼女を抱きとめた。
「……大丈夫、です」
イヴの声が——弱々しい。
「大丈夫なわけないだろ——!」
涙が、溢れた。
「イヴ……」
「……ヒロ」
イヴが、こちらの顔に手を伸ばした。
冷たい手。
震えている。
「あなたは——」
彼女の声が、途切れる。
「喋るな——! 今、手当てを——」
「……無理、です」
イヴが、小さく笑った。
「コアが——損傷しています」
「やめろ……そんなこと言うな……」
「……聞いて、ください」
イヴの目が——こちらを見つめた。
蒼い瞳。
光が、弱くなっている。
「三つの遺跡を——繋いで、ください」
「……」
「そうすれば——光が、戻ります」
イヴの手が、ヒロの頬を撫でた。
「あなたは——人類の、希望です」
「違う……俺は……」
「いいえ」
イヴが、微笑んだ。
「あなたは——諦めない」
その言葉が——
胸に、刻まれた。
「サヤも——私も——」
イヴの声が、かすれていく。
「あなたに——生きてほしかった」
「イヴ……」
「だから——」
彼女の手が——
力を失っていく。
「生きて……ください」
「イヴ——!」
彼女の目から——
光が、消えた。
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## 9
「イヴ——! イヴ——!」
叫んだ。
何度も、何度も。
だが——
彼女は、もう答えなかった。
目を閉じて。
小さく笑って。
まるで——
サヤと、同じように。
「やめろ……起きろ……イヴ……」
涙が、止まらない。
「お願いだ……起きてくれ……」
胸の奥が——
引き裂かれるように痛い。
また——
また、失った。
大切な人を。
「ガウ……」
ハチが、悲しそうに鳴いた。
レンが——
そばに来て、肩に手を置いた。
「……ヒロ」
彼女の声も、震えている。
「敵は——撤退した」
「……」
「でも——また来る」
レンの手が、こちらを引いた。
「行こう」
「……待ってくれ」
ヒロは、イヴの体を——
そっと地面に横たえた。
「せめて——埋葬を」
「時間が、ない」
女性の声がした。
「敵は——すぐに戻ってきます」
「でも——」
「イヴは——」
女性が、こちらを見つめた。
「あなたに、前に進んでほしいと言ったはずです」
その言葉に——
ヒロは、何も言えなかった。
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## 10
森を抜け、崖にたどり着いた。
深い谷。
その上に、古い橋が架かっている。
「……渡るのか」
レンが、橋を見つめた。
「他に、道は?」
女性が答えた。
「ありません。これが——最短です」
ヒロは——
橋を見つめた。
ぼやけた視界で。
木と縄でできた、吊り橋。
五百年前のものだろう。
ところどころ、腐っている。
「……危険だな」
「ええ」
女性が頷いた。
「ですが——行くしかありません」
ヒロは——
イヴの最期の言葉を思い出した。
——生きて、ください。
前に、進む。
「……わかった」
「私が先に行く」
レンが、前に出た。
「待て」
「お前は——傷だらけだ」
レンが、こちらを見た。
「私が、安全を確認する」
「……頼む」
レンが——
橋に、足を踏み出した。
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## 11
ゆっくりと、慎重に。
レンが、橋を渡っていく。
ヒロは、後ろから見守っていた。
女性も。ハチも。
レンが——
橋の真ん中まで来た時。
ミシリ、と音がした。
「——!」
レンが、立ち止まった。
「レン——!」
「……大丈夫だ」
彼女が、前に進もうとした——
その時。
バキン、と音がした。
橋が——
崩れ始めた。
「レン——!」
ヒロが、駆け出した。
左脇腹が、激しく痛む。
だが——
止まれない。
橋に飛び乗る。
レンが——
落ちかけている。
縄に、掴まっている。
「ヒロ——来るな——!」
「離すか——!」
ヒロは、レンの手を掴んだ。
左手——三本の指が曲がらない。
だが——
右手で、しっかりと。
「引き上げる——!」
力を込める。
左脇腹が——
裂けるように痛い。
血の味がする。
だが——
「うああああ——!」
レンを、引き上げた。
橋の上に。
だが——
その瞬間。
橋が——
完全に、崩れた。
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## 12
落ちる。
世界が、回転する。
——ああ。
これで——
終わりか。
サヤ。
イヴ。
すまん——
約束、守れなかった——
「ヒロ——!」
レンの声が、聞こえた。
何かが——
腕を、掴んだ。
引っ張られる。
激痛。
右肩が——
外れた。
「うあああ——!」
だが——
落ちない。
誰かが——
俺を、引き上げている。
「離すな——!」
レンの声。
「まだだ——!」
女性の声。
二人で——
俺を、引き上げてくれている。
崖の縁に——
体が、上がった。
「はあ……はあ……」
息が、荒い。
右肩が、激しく痛む。
脱臼している。
肋骨も——折れている気がする。
呼吸するたびに、痛い。
だが——
「生きて……る……」
呟いた。
「生きてる……」
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## 13
夜。
崖の上で、休んでいた。
レンが、ヒロの右肩を治療してくれた。
「……痛むか」
「ああ」
「当然だ」
レンが、包帯を巻く。
「脱臼だ。完治するには——時間がかかる」
「……わかってる」
肋骨も、折れている。
三本。
呼吸が、苦しい。
だが——
生きている。
サヤが。
イヴが。
守ってくれた——命。
「……イヴ」
呟いた。
涙が、流れた。
「すまん……」
レンが——
何も言わずに、そばに座った。
彼女の手が——
こちらの手を、握った。
「……お前は、悪くない」
「でも——」
「悪くない」
レンの声が、強かった。
「イヴは——自分で選んだ」
「……」
「お前を、守ることを」
その言葉が——
イヴの声と、重なった。
——あなたは、人類の希望です。
——生きて、ください。
ヒロは——
空を見上げた。
ぼやけた視界で。
灰色の雲。
だが——
いつか。
晴れる。
三つの遺跡を、繋げば。
「……ありがとう、イヴ」
呟いた。
「約束——守る」
風が——
優しく吹いた。
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## 14
翌朝。
女性が、そばに来た。
「……傷は」
「動ける」
ヒロは、立ち上がった。
右肩が、痛む。だが——我慢できる。
「本当に?」
「ああ」
女性は——
こちらを見つめた。
ぼんやりとしか見えないが——
心配そうな目をしている気がした。
「……あなたは」
女性が、言った。
「諦めない人ですね」
その言葉に——
ヒロの心臓が、跳ねた。
イヴと——
同じ言葉。
「……誰だ、お前は」
「私は——」
女性が、一度言葉を切った。
「今は、まだ言えません」
「なぜ」
「ですが——」
彼女が、前を向いた。
「北の遺跡に着けば——全てを、話します」
ヒロは——
何も言えなかった。
だが——
信じることにした。
この女性を。
「……わかった」
「では——」
女性が、歩き出した。
「行きましょう」
ヒロも——
歩き出した。
レンとハチと共に。
右肩が、痛む。
肋骨が、痛む。
左脇腹も。背中も。左手も。
全身が——傷だらけ。
視界も、ぼやけている。
だが——
止まれない。
イヴが——
サヤが——
守ってくれた命。
無駄には、しない。
前へ。
三つの遺跡を、繋ぐために。
世界に、光を取り戻すために。
ヒロは——
ぼやけた視界で、前を見つめた。
遠くに——
北の遺跡が、見える気がした。
「……待ってろ」
呟いた。
「必ず——辿り着く」
風が吹いた。
前へ、と。
背中を押すように。
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**【第17章 完】**
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*次章予告:*
*北の遺跡。*
*謎の女性の正体——アヤカ。*
*そして——彩花からの、メッセージ——。*




