第16章:決意
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## 1
三日目の朝が来た。
空は、相変わらず灰色だった。
ヒロは、城壁の上に立っていた。
風が吹く。冷たい。
左脇腹が、鈍く痛む。
深く息を吸うと、肺の奥が痛い。血の味がする。
——だが、戦える。
「ヒロ」
レンの声がした。
振り向くと、彼女が立っていた。剣を腰に帯び、弓を背負っている。
「準備はいいか」
「ああ」
レンの目が、こちらを見つめた。
「……約束、覚えてるか」
「死ぬな、だろ」
「ああ」
レンが、一歩近づいた。
「絶対に、死ぬな」
その目に、恐怖があった。
また失うことへの——恐怖。
「……約束する」
ヒロは、彼女の肩に手を置いた。
「必ず、生きて帰る」
レンは——
何も言わずに、頷いた。
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## 2
イヴが来た。
銀髪が、風に揺れている。
「帝国軍が見えました」
彼女の声が、静かだった。
「どれくらい」
「動力鎧、五十体以上。兵士は四百を超えています」
タカミチが息を呑んだ。
「前回より、多い……」
「ええ」
イヴが頷いた。
「そして——」
彼女の目が、遠くを見つめた。
「何か、違和感があります」
「違和感?」
「はい。陣形が——散開しています」
ヒロの背筋が、冷たくなった。
「まさか——」
「民間人を、狙うつもりかもしれません」
その言葉に、周囲が静まり返った。
「……わかった」
ヒロは、城壁から下を見下ろした。
城下町。
人々が、避難している。
子供たち。老人たち。
守るべき——命。
「全軍に伝えろ」
ヒロが言った。
「民を、最優先で守る」
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## 3
地平線の向こうから、黒い影が現れた。
帝国軍。
動力鎧が、整然と進んでくる。その周囲を、兵士が囲んでいる。
だが——
イヴの言う通り、陣形が散開していた。
「……囲むつもりか」
ヒロが呟いた。
「城を攻めるのではなく——町を」
タカミチの顔が、青ざめた。
「では、避難民が——」
「間に合わせる」
ヒロは、拳を握った。
左手の三本の指は、曲がらない。
だが——
右手は、まだ使える。
「イヴ」
「はい」
「お前は、避難民の誘導を頼む」
「……わかりました」
イヴが、城壁から降りていく。
「レン」
「何だ」
「お前は——」
ヒロが、レンを見つめた。
「俺のそばにいてくれ」
レンの目が、わずかに見開かれた。
「……ああ」
彼女が、弓を構えた。
「任せろ」
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## 4
帝国軍が、射程に入った。
「撃て——!」
タカミチの号令。
弓兵が、矢を放つ。
矢の雨が、帝国軍に降り注ぐ。
だが——
動力鎧の装甲が、矢を弾く。
「くそ……」
タカミチが歯噛みした。
ヒロは——
意識を集中した。
動力鎧を見る。
内部の構造が、見える。光の糸。電流の流れ。
——止まれ。
一体が、停止した。
次。
また次。
一体ずつ、確実に。
「止まった——!」
兵士の歓声が上がる。
だが——
ヒロの頭が、痛み始めた。
鼻から、血が流れる。
「っ……」
左脇腹も、痛む。
傷が、開きかけている。
——まだだ。
もっと——
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## 5
帝国軍が、動きを変えた。
動力鎧が——城を無視して、町へ向かっている。
「しまった——!」
タカミチが叫んだ。
「避難民を狙っている——!」
ヒロの視界に、避難民の姿が見えた。
老人を支える女性。
泣いている子供。
逃げ遅れた人々。
そこに——
動力鎧が、迫っている。
「やめろ——!」
ヒロが叫んだ。
意識を、動力鎧に向ける。
——止まれ。
一体が、停止した。
だが——
他の動力鎧が、避難民に迫る。
「止まれ——!」
また一体。
だが——間に合わない。
動力鎧が、腕を振り上げた。
避難民に、振り下ろそうとしている。
「レン——!」
「わかってる——!」
レンが、矢を放った。
動力鎧の視界部に、突き刺さる。
動力鎧が、一瞬止まった。
その隙に——
避難民が、逃げる。
「ヒロ——!」
レンが叫んだ。
「もっと来る——!」
見ると——
十体以上の動力鎧が、町に入ろうとしていた。
そこに——
百人以上の避難民がいる。
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## 6
時間が、止まったような気がした。
ヒロの脳裏に、サヤの顔が浮かんだ。
——生きて。
最期の言葉。
そして——
レンの言葉。
——死ぬな。約束しろ。
ヒロは——
拳を握った。
左脇腹が、激しく痛む。
頭が、割れるように痛む。
だが——
あそこに、人がいる。
守るべき——命がある。
サヤが守りたかったもの。
俺が守ると、約束したもの。
「……すまん、レン」
呟いた。
「約束——破る」
「何を——」
レンが、こちらを見た。
だが——
ヒロは、もう動いていた。
意識を、全ての動力鎧に向ける。
一体じゃない。
十体じゃない。
全て——
「止まれ——!」
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## 7
世界が、白く染まった。
頭の中で、何かが弾けた。
激痛。
視界が、歪む。
だが——
見える。
全ての動力鎧の内部が。
光の糸が。電流の流れが。
——止まれ。
——止まれ。
——止まれ——!
「うああああああ——!」
叫んでいた。
鼻血が、止まらない。
左脇腹から、血が溢れる。
傷が、裂けた。
だが——
止めない。
止めるな——
「止まれ……止まれ……!」
動力鎧が——
一体、また一体と、停止していく。
十体。
二十体。
三十体。
四十体。
全て——
「止まれええええ——!」
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## 8
静寂。
帝国軍の全動力鎧が——
停止していた。
兵士たちが、動揺している。
「悪魔だ——!」
「逃げろ——!」
帝国軍が、撤退し始めた。
避難民が——
助かった。
ヒロは——
膝が崩れた。
城壁に、手をつく。
視界が、おかしい。
ぼやけている。
いや——
暗い。
どんどん、暗くなっていく。
「ヒロ——!」
レンの声が、遠い。
「ヒロ——! しっかりしろ——!」
彼女が、体を支えてくれた。
だが——
もう、見えない。
レンの顔が——
見えない。
「……見え、ない」
呟いた。
「何が見えないって——」
レンの声が、震えた。
「ヒロ——! 目が——」
暗闇。
全てが——
消えた。
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## 9
気づいた時、横たわっていた。
何も見えない。
完全な暗闇。
「……ここは」
「目が覚めましたか」
イヴの声がした。
「イヴ……」
「はい」
彼女の手が、こちらの額に触れた。
冷たい手。
「目が……見えない」
「わかっています」
イヴの声が、静かだった。
「あなたは——限界を超えて、ナノマシンを使いました」
「……」
「脳への負荷が、視神経を損傷させました」
暗闇の中で、イヴの声だけが聞こえる。
「治るのか」
「……わかりません」
その言葉が——
重かった。
「最低でも、三日間は様子を見る必要があります」
「三日……」
「それでも、視力が完全に戻る保証はありません」
ヒロは——
何も言えなかった。
見えない。
何も——
見えない。
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## 10
どれくらい、そうしていただろう。
暗闇の中で、時間の感覚が失われていく。
「ヒロ」
レンの声がした。
「……レン」
「ああ」
彼女の手が、こちらの手を握った。
温かい。
「……馬鹿」
レンの声が、震えていた。
「なんで……なんで、約束を破った」
「……すまん」
「謝るな——!」
レンの手が、強く握られた。
「お前は——いつも、いつも……」
涙の音がした。
泣いている。
「自分を、犠牲にする」
「……民を、守らなければ」
「それでも——!」
レンが、叫んだ。
「お前が死んだら、意味がない——!」
その言葉が——
胸に、刺さった。
「……ごめん」
「謝るな……」
レンの声が、弱々しくなった。
「ただ……生きてくれ」
「……ああ」
「約束だ」
「……約束する」
レンの手が——
こちらの手を、離さなかった。
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## 11
夜。
暗闇の中で、イヴの声がした。
「ヒロ」
「……ああ」
「話があります」
「何だ」
イヴが、そばに座った。気配でわかる。
「あなたは——このままでは、いずれ死にます」
「……」
「累積する傷。過剰な能力の使用。体は、限界に近づいています」
イヴの声が、厳しかった。
「ですが——」
彼女が、一度言葉を切った。
「道が、あります」
「道?」
「三つの遺跡を、繋げるのです」
ヒロの心臓が、強く打った。
「三つの遺跡……」
「はい」
イヴの声が、真剣だった。
「北の遺跡。東の遺跡。そして——中央の遺跡」
「それを繋げると……」
「PROTOCOL OMEGAが、解除されます」
イヴの言葉が、暗闇に響いた。
「空を覆う灰が、晴れます。世界に、光が戻ります」
「……本当か」
「はい」
イヴの手が、こちらの手に触れた。
「そして——あなたの体を、治す技術もあります」
「治す……」
「中央遺跡には、医療システムが残っています」
希望。
暗闇の中に——
光が見えた気がした。
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## 12
「ですが——」
イヴが続けた。
「簡単ではありません」
「……わかってる」
「帝国が、遺跡を狙っています」
「だろうな」
「そして——」
イヴの声が、わずかに震えた。
「私は——長くは持ちません」
「え?」
「私のコアも、劣化しています」
イヴが、静かに言った。
「おそらく——あと数週間」
「イヴ……」
「ですから——急がなければなりません」
彼女の手が、こちらの手を強く握った。
「あなたは、人類の希望です」
「……違う」
ヒロは、首を振った。
「俺は——ただの、技術者だ」
「いいえ」
イヴの声が、優しかった。
「あなたは——諦めない人です」
「……」
「大切な人を失っても。体を壊しても。目が見えなくなっても——」
イヴが、こちらの額に額を合わせた。
「それでも、前に進む」
「……イヴ」
「だから——あなたは、希望なのです」
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## 13
三日が過ぎた。
暗闇の中で、ヒロは待っていた。
視力が——
戻るかどうかを。
「ヒロ」
イヴの声。
「目を、開けてみてください」
「……ああ」
ゆっくりと、目を開ける。
暗闇——
いや。
何かが、見える。
ぼんやりと。
光。
「……見える」
声が、震えた。
「見える……!」
「よかった……」
イヴの声が、安堵に満ちていた。
だが——
視界が、ぼやけている。
輪郭が、はっきりしない。
「ですが——」
イヴが言った。
「完全には、戻っていません」
「……どういうことだ」
「視力が、低下しています」
イヴの顔が——
ぼんやりと見える。銀髪。蒼い瞳。
だが——
細部が、見えない。
「以後——視界は、ぼやけます」
「……そうか」
ヒロは——
自分の手を見た。
ぼんやりと、見える。
だが——
指の腱の傷は、見えない。
それでも——
「見える……」
涙が、流れた。
「見える……」
完全ではない。
だが——
光が、戻ってきた。
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## 14
部屋に、レンが来た。
「ヒロ」
「……レン」
彼女の顔が——
ぼんやりと見える。
輪郭だけ。
だが——
見える。
「目が……見えるのか」
「ああ」
ヒロは、彼女を見つめた。
「お前の顔が——見える」
レンの目から、涙が流れた。
「……よかった」
彼女が、こちらに抱きついてきた。
「本当に……よかった……」
ヒロは——
彼女の背中に、手を回した。
「……ごめん」
「もう、謝るな」
レンが、顔を上げた。
ぼんやりと——
彼女の目が見える。
泣いている。
笑っている。
「お前が、生きてくれれば——それでいい」
「……ありがとう」
二人は、そのまま抱き合っていた。
窓の外から、光が差し込んでくる。
灰色の空。
だが——
いつか。
青い空が、見える日が来る。
三つの遺跡を繋げば。
その時——
サヤと見たかった、星が見える。
ヒロは——
前を向いた。
ぼやけた視界で。
傷だらけの体で。
それでも——
前へ。
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**【第16章 完】**
---
*次章予告:*
*遺跡への旅。*
*帝国の追撃。*
*そして——イヴの、最期の言葉——。*




