表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/20

第15章:喪失

---


## 1


朝日が昇らない。


いや——昇っているのだろう。灰色の雲の向こうで。


ヒロは窓の外を見つめていた。


部屋に、一人。


左脇腹が、鈍く痛む。イヴの治療で傷は塞がった。だが、内臓は完全には治っていない。深く息をすると、血の味がする。


左手の三本の指は、相変わらず曲がらない。


背中の傷も、まだ痛む。


——だが、それでも。


生きている。


サヤは——


「ガウ……」


ハチが、足元で小さく鳴いた。


いつもと違う。元気がない。


「……わかってるのか」


ハチが、こちらを見上げた。


黄色い光が、悲しげに揺れている。


ヒロは、ハチの頭を撫でた。


「……ありがとな」


ノックの音がした。


「覚醒者殿」


タカミチの声。


「……入れ」


扉が開く。


タカミチが入ってきた。顔が疲れている。目が赤い。


「……準備が、整いました」


「わかった」


立ち上がる。


左脇腹に、鋭い痛み。


——だが、歩ける。


サヤを——


見送らなければ。


---


## 2


城の外。


小さな丘の上。


人々が集まっていた。


兵士たち。村から来た者たち。タカミチ。イヴ。


そして——


レンがいた。


サヤの遺体のそばに、跪いている。


サヤは——


白い布に包まれていた。顔だけが見える。


穏やかな顔。


まるで、眠っているような。


ヒロは、そばに歩み寄った。


膝をつく。


左脇腹が、激しく痛む。だが——構わない。


サヤの顔を、見つめた。


冷たい。


もう、温かくない。


「……サヤ」


声が、出なかった。


喉が、詰まっている。


「……約束、守れなかったな」


星を見る約束。


戦いが終わったら。


でも——


終わらなかった。


「すまん……」


涙が、落ちた。


サヤの頬に。


「……すまん」


---


## 3


埋葬が始まった。


兵士たちが、サヤの遺体を持ち上げる。


ゆっくりと、穴に降ろしていく。


土が、被せられていく。


一握りずつ。


ヒロも、土を手に取った。


冷たい。湿っている。


——この土の下に。


サヤが。


手が、震えた。


土が、こぼれ落ちる。


「……っ」


もう一度、土を掴む。


穴の中へ。


落ちる音。


鈍い音。


それが——


心に、突き刺さった。


---


## 4


全てが終わった。


土が盛られ、小さな墓標が立てられた。


サヤの弓が、そこに立てかけられている。


人々が、一人ずつ去っていく。


最後に、タカミチが頭を下げた。


「……覚醒者殿。無理をなさらず」


「……ああ」


タカミチも去った。


残ったのは——


ヒロと、レンと、イヴ。


そして、ハチ。


沈黙。


風が吹く。


冷たい風。


レンが、墓の前に跪いていた。


動かない。


まるで、石像のように。


イヴが、そばに来た。


「……ヒロ」


「なんだ」


「あなたは——悪くない」


その言葉が、胸に刺さった。


「……悪いよ」


「いいえ」


イヴの声が、静かだった。


「サヤは——自分で選んだ」


「……俺を、庇って死ぬことを?」


「あなたを、守ることを」


イヴの目が、こちらを見つめている。


「それは——彼女の意志です」


「でも——」


「あなたに力があれば、と思いますか」


ヒロは、何も言えなかった。


——思っている。


もっと早く、能力を完全に制御していれば。


もっと強ければ。


「でも——」


イヴが続けた。


「力があっても、守れないこともある」


「……」


「あなたは——全てを守れるわけではない」


その言葉が——


重かった。


「では——俺は、何のために」


「生きるためです」


イヴが、ヒロの肩に手を置いた。


「サヤは、あなたに生きてほしいと言った」


「……」


「その想いを——無駄にしないでください」


ヒロは——


サヤの墓を見つめた。


弓が、風に揺れている。


——生きる。


それだけか。


それで——


いいのか。


---


## 5


イヴが去った。


残ったのは、ヒロとレンとハチ。


レンは、まだ墓の前に跪いている。


ヒロは、そばに座った。


左脇腹が痛む。だが——我慢できる。


「……レン」


彼女は、答えなかった。


「……お前も、辛いんだな」


レンの肩が、わずかに震えた。


「……私は」


小さな声。


「何も、できなかった」


「……」


「サヤは——私を、守ってくれた」


レンがこちらを見た。


目が、赤い。泣いていたのだろう。


「村で。旅で。戦いで」


「……ああ」


「でも——私は、何もできなかった」


レンの手が、拳を握っている。


「あの時——私が、もっと早く動いていれば」


「レン——」


「サヤは、死ななかった」


「……違う」


ヒロは、レンの手を掴んだ。


彼女が驚いたように、こちらを見る。


「お前のせいじゃない」


「でも——」


「俺のせいでもない」


ヒロは、自分に言い聞かせるように言った。


「サヤは——自分で選んだ」


レンの目が、揺れた。


「お前を守ることを。俺を守ることを」


「……」


「それを——無駄にするな」


レンは、何も言わなかった。


ただ——


涙が、一筋流れた。


---


## 6


どれくらい、そうしていただろう。


気づいた時、空が暗くなっていた。


夜が、来ている。


レンは、墓の前で眠っていた。


疲れ果てて、倒れるように。


ヒロは、自分の上着を脱いで、彼女にかけた。


左脇腹が、痛む。


——だが、気にしない。


サヤの墓を、見つめた。


「……サヤ」


呟く。


「お前が言った通り、生きる」


風が吹いた。


「でも——」


空を見上げる。


灰色の雲。


星は、見えない。


「いつか——星を見る」


約束する。


「お前の分も」


サヤの弓が、風に揺れた。


まるで——


答えるように。


ヒロは——


小さく笑った。


涙が、流れた。


「……ありがとな」


---


## 7


翌朝。


ヒロは、イヴの部屋にいた。


「傷の状態は?」


イヴが聞いた。


「……痛むが、動ける」


「内臓損傷は深刻です。激しい運動をすれば、出血します」


「わかってる」


「本当に?」


イヴが、こちらを見つめた。


「……気をつける」


「期待はしていません」


彼女が小さく笑った。


だが——すぐに真顔に戻る。


「ヒロ」


「なんだ」


「悲しみは——消えません」


その言葉が、胸に響いた。


「ですが——」


イヴが続ける。


「それを抱えたまま、前に進むことはできます」


「……」


「サヤは——あなたに前に進んでほしかったはずです」


ヒロは——


頷いた。


「……ああ」


前に進む。


サヤの想いを、背負って。


イヴが立ち上がった。


「では——訓練を再開しましょう」


「もう?」


「ええ」


彼女の目が、真剣だった。


「次の戦いは——必ず来ます」


---


## 8


訓練場。


レンがいた。


弓を構え、的を狙っている。


矢を放つ。


的の中心に、突き刺さる。


また矢を番える。


放つ。


また中心。


何度も、何度も。


ヒロが近づいても、気づかない。


集中している。


——いや。


逃げているのかもしれない。


悲しみから。


ヒロは、わかる気がした。


自分も——


同じだから。


「……レン」


彼女が、振り向いた。


「……ヒロ」


「訓練か」


「……ああ」


レンが弓を下ろした。


「弱いままじゃ——何も守れない」


その言葉に、ヒロは頷いた。


「……そうだな」


「お前も——訓練するのか」


「ああ」


レンが、こちらを見つめた。


「……傷は」


「大丈夫だ」


「嘘つき」


レンが、小さく笑った。


泣きそうな、笑顔。


「お前は——いつも無理をする」


「……お前もな」


二人は、見つめ合った。


同じ痛みを、抱えている。


同じ決意を、持っている。


「……一緒に、訓練するか」


ヒロが聞いた。


レンは——


少しだけ迷ってから、頷いた。


「……ああ」


---


## 9


数日が過ぎた。


ヒロは、毎日訓練していた。


ナノマシンの制御。体術。状況判断。


左脇腹は、まだ痛む。激しく動くと、血を吐く。


だが——止まれない。


次の戦いが、来る。


その時——


守れなければ。


レンも、毎日訓練していた。


弓術。剣術。体術。


休まない。限界まで追い込む。


夜、訓練場で倒れていることもあった。


ヒロが見つけて、運ぶ。


彼女は——何も言わない。


ただ——


「……ありがとう」


と、小さく呟く。


二人の間に——


言葉にならない何かが、生まれていた。


同じ喪失。


同じ自責。


同じ決意。


それが——


二人を、繋いでいた。


---


## 10


ある夜。


ヒロは、サヤの墓を訪れた。


月が出ていた。灰色の雲の隙間から、わずかに。


墓標に、弓が立てかけられている。


風が吹く。


「……サヤ」


呟く。


「俺は——前に進む」


月明かりが、墓を照らしている。


「お前の想いを、無駄にしない」


左手を、墓標に置く。


三本の指は、曲がらない。


でも——


感じる。


木の冷たさ。


「お前が守りたかったものを——俺が守る」


風が、答えるように吹いた。


「そして——いつか」


空を見上げる。


灰色の雲。


だが——隙間がある。


わずかに、星が見える。


「この世界に、光を取り戻す」


約束する。


「お前と見たかった——青い空を」


星が、瞬いた。


まるで——


サヤが、笑っているような。


ヒロは——


小さく笑った。


「……待ってろ」


---


## 11


翌朝。


タカミチが、部屋に来た。


顔が、緊張している。


「覚醒者殿」


「……何があった」


「斥候の報告です」


タカミチが、息を呑んだ。


「帝国軍——第三波が、迫っています」


ヒロの背筋が、冷たくなった。


「いつ来る」


「三日後、と」


「……わかった」


立ち上がる。


左脇腹が、痛む。


だが——


もう、迷わない。


「全軍に、招集をかけろ」


「はい」


タカミチが、敬礼した。


「それと——」


ヒロが続ける。


「レンを呼んでくれ」


「……わかりました」


タカミチが出て行く。


一人になる。


ヒロは——


窓の外を見た。


灰色の空。


だが——


いつか、晴れる。


そう信じて。


サヤの想いを、背負って。


前に進む。


---


## 12


レンが来た。


「……呼んだか」


「ああ」


ヒロは、彼女を見つめた。


「三日後——戦いが来る」


「……わかってる」


レンの目が、決意に満ちている。


「お前は——戦えるか」


「……当然だ」


レンが、剣の柄を握った。


「私は——もう、何もできないままじゃいない」


その言葉に、ヒロは頷いた。


「……頼む」


「ああ」


レンが、こちらに歩み寄った。


「ヒロ」


「なんだ」


「……お前も、無理をするな」


彼女の目が、心配そうだった。


「サヤは——お前に生きてほしいと言った」


「……ああ」


「なら——死ぬな」


レンが、ヒロの手を握った。


「……約束しろ」


ヒロは——


彼女の手を、握り返した。


「……約束する」


レンが、小さく笑った。


「……嘘つき」


「嘘じゃない」


「絶対、嘘だ」


レンの目から、涙が一筋流れた。


「でも——信じる」


「……ありがとう」


二人は、そのまま手を繋いでいた。


静かな朝。


戦いの前の——


静けさ。


---


## 13


夜。


ヒロは、一人で訓練していた。


ナノマシンの制御。


小さな機械を停止させる。


起動させる。


繰り返す。


少しずつ——安定してきた。


だが——


まだ足りない。


次の戦いは——


もっと大きい。


「……もっと」


集中する。


意識を、研ぎ澄ます。


機械の内部が、見える。


光の糸。電流の流れ。


——止まれ。


機械が、停止した。


「……っ」


頭痛。


鼻血が、流れる。


だが——


止まらない。


もっと——


「ヒロ」


声がして、振り向いた。


イヴがいた。


「……イヴ」


「やりすぎです」


彼女が近づいてきた。


「このままでは、体が持ちません」


「……わかってる」


「わかっていません」


イヴの声が、厳しかった。


「あなたは——自分を犠牲にしすぎます」


「……」


「サヤのように、なりたいのですか」


その言葉が——


胸に、突き刺さった。


「……違う」


「では、休んでください」


イヴが、ヒロの肩に手を置いた。


「あなたが倒れれば——誰が、民を守るのですか」


ヒロは——


何も言えなかった。


「……わかった」


「本当に?」


「……本当だ」


イヴが、小さく笑った。


「では——部屋に戻りなさい」


「ああ」


立ち上がる。


左脇腹が、鈍く痛む。


——だが。


まだ、動ける。


あと三日。


それまでに——


準備を整える。


---


## 14


三日目の朝。


ヒロは、サヤの墓を訪れた。


最後に——会いたかった。


墓標の前に、跪く。


「……サヤ」


呟く。


「今日——戦いが来る」


風が吹く。


サヤの弓が、揺れる。


「俺は——お前の想いを背負って、戦う」


左手を、墓標に置く。


「守る。お前が守りたかったものを」


空を見上げる。


灰色の雲。


だが——


いつか、晴れる。


「そして——いつか、星を見る」


約束する。


「お前の分も」


風が——


優しく吹いた。


まるで——


サヤが、応えているような。


ヒロは——


立ち上がった。


左脇腹が、痛む。


だが——


もう、迷わない。


前を向く。


城が見える。


そこで——


仲間が、待っている。


レン。イヴ。タカミチ。ハチ。


そして——


守るべき、民たちが。


「……行くか」


ヒロは、歩き出した。


サヤの墓を、背に。


前へ。


---


**【第15章 完】**


---


*次章予告:*

*帝国軍、第三波。*

*百人以上の民が、危機に。*

*ヒロは限界を超えて——視力を失う——。*


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ