第14章:散る花
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## 1
朝日が昇る前。
タカミチの報告を聞き終えた時、世界が色を失った気がした。
「総攻撃……」
「はい。斥候の報告では、動力鎧が五十体以上。兵士は三百を超えています」
タカミチの声が震えている。
「そして——」
彼は言葉を切った。
「何か、見たことのない神器を運んでいると」
ヒロの背筋が冷たくなった。
「見たことのない?」
「はい。動力鎧よりも古い。錆びついた——だが、恐ろしいものだと」
窓の外を見る。
まだ暗い。だが、東の空がわずかに明るくなり始めている。
「いつ来る」
「日の出と共に、と」
あと一時間もない。
「……わかった」
ヒロは立ち上がった。
「全軍に招集をかけろ」
「はい」
タカミチが敬礼して出て行った。
一人になる。
部屋に、サヤの匂いが残っていた。
昨夜——手を繋いで、星を見た。
「戦いが終わったら」
そう約束した。
——終わらせる。
拳を握る。
今日こそ——
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## 2
城壁に、兵士たちが集まっていた。
弓を構え、槍を握っている。だが、その顔には恐怖が浮かんでいた。
サヤがいた。
弓を背負い、矢筒を腰に帯びている。その顔は——いつもと変わらない。無表情。だが、目が少しだけ優しかった。
「来たか」
「ああ」
隣に立つ。
二人で、城壁の下を見る。
まだ何も見えない。だが——地平線の向こうから、地響きが伝わってくる。
「怖いか」
サヤが聞いた。
「……怖い」
正直に答えた。
「お前は?」
「怖い」
サヤも正直に答えた。
「でも——」
彼女がこちらを見た。
「お前がいるから、戦える」
胸が、温かくなった。
「……俺もだ」
「なら——」
サヤが弓を構えた。
「二人で、生き延びよう」
「ああ」
約束した。
星を見る約束。
その前に——まず、生き延びる。
そして——
地平線の向こうから、黒い影が現れた。
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## 3
帝国軍だった。
動力鎧が五十体以上。その周囲に、兵士が三百人以上。そして——
その中央に、何かがあった。
巨大な神器。車輪がついた台座の上に、砲身のようなものが乗っている。全身が錆に覆われ、ところどころ欠けている。
だが——動いていた。
ゆっくりと、こちらに向かってくる。
「あれは……」
タカミチが呟いた。
「神代の——攻城兵器」
ヒロは、その神器を見つめた。
——見える。
内部の構造が。制御システムが。
だが——
何かが違う。
光の糸が見えない。電流の流れが見えない。
「古すぎる……」
呟いた。
「何ですか」
「あれは——ナノマシンの制御が効かない」
タカミチの顔が青ざめた。
「では——」
「別の方法で止めるしかない」
だが、どうやって。
その時——
攻城兵器の砲身が、こちらを向いた。
「伏せろ——!」
轟音。
城壁が爆発した。
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## 4
石と土が飛び散る。
兵士が吹き飛ばされる。悲鳴が響く。
ヒロは地面に叩きつけられていた。耳が鳴っている。視界が揺れる。
「くそ……」
立ち上がる。
城壁に、巨大な穴が開いていた。そこから、動力鎧が侵入してくる。
「止めろ——!」
意識を集中する。
動力鎧を見る。
——止まれ。
一体が停止した。
次。
また次。
だが——攻城兵器は止まらない。
また砲撃。
城壁が崩れる。
「ヒロ——!」
サヤの声が聞こえた。
振り向くと、彼女が動力鎧と戦っていた。弓で関節部を狙い、矢を放つ。だが——装甲が厚い。
動力鎧の腕が振り下ろされる。
サヤが転がり、かわす。
その隙に——
別の動力鎧が、サヤに向かって槍を構えた。
「サヤ——!」
体が動いていた。
考えるより早く。
サヤの前に飛び込む。
槍が——
ヒロの左脇腹に、突き刺さった。
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## 5
痛みが、全身を貫いた。
「っ……あ……」
声にならない。
槍が、体を貫通している。温かいものが流れる。血だ。
「ヒロ——!」
サヤの叫び声が聞こえた。
だが——遠い。
膝が崩れる。
槍が抜ける。
激痛。
地面に倒れ込む。
視界が、赤く染まっていく。
「ヒロ、ヒロ——!」
サヤが駆け寄ってきた。
彼女の顔が見える。泣いている。
「馬鹿……なんで、お前が……」
「……お前を、守る……」
言葉が、うまく出ない。
血が、口から溢れる。
「約束……しただろ……」
サヤの涙が、ヒロの頬に落ちた。
「生き延びるって……」
「ああ……」
サヤが手を握ってくれた。
「だから——動くな。今、イヴを呼ぶ」
だが——
動力鎧が、まだ迫っている。
サヤを狙っている。
「逃げろ……」
「逃げない」
サヤが弓を構えた。
矢を放つ。だが——弾かれた。
動力鎧が、腕を振り上げた。
巨大な拳が、サヤに向かって振り下ろされる——
「やめろ——!」
ヒロが叫んだ。
意識を絞り出す。
——止まれ。
動力鎧が——止まった。
だが——
別の動力鎧が、サヤの背後から槍を構えていた。
「サヤ——後ろ——!」
サヤが振り向く。
だが、間に合わない。
槍が——
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## 6
サヤが——
ヒロの前に、立った。
両手を広げて。
槍が——
サヤの背中を、貫いた。
「——っ」
時間が、止まった。
サヤの目が、大きく見開かれた。
口から、血が溢れる。
「……サヤ」
ヒロの声が、震えた。
槍が抜かれる。
サヤが——崩れ落ちた。
ヒロが受け止める。
「サヤ——! サヤ——!」
彼女の体が、重い。
背中から、血が流れている。止まらない。
「サヤ、しっかりしろ——!」
サヤの目が、こちらを見た。
かすかに、笑っていた。
「……お前は」
声が、弱々しい。
「守られるだけは……嫌だと、言ったな」
「サヤ……」
「私も……同じだ」
血が、口から溢れる。
「お前を……守りたかった」
「やめろ……喋るな……」
涙が止まらなかった。
「イヴを呼ぶ……すぐに治療を……」
「……無理だ」
サヤが、ヒロの頬に手を伸ばした。
冷たい手。震えている。
「もう……わかる」
「やめろ……そんなこと言うな……」
「ヒロ」
サヤの目が、優しかった。
「ありがとう」
「何を……」
「好きだと……言ってくれて」
涙が、サヤの顔に落ちた。
「星を……見せてくれて」
「まだ見てない……約束しただろ……戦いが終わったら……」
「……終わったら」
サヤが小さく笑った。
「お前が……見てくれ」
「一緒に見るんだ……」
「……私の分も」
サヤの手が、力を失っていく。
「生きて……ヒロ」
「サヤ……」
「生きて……」
その手が——
落ちた。
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## 7
「サヤ——!」
叫んだ。
「サヤ——! サヤ——!」
何度も、何度も。
だが——
彼女は、もう答えなかった。
目を閉じて。
小さく笑って。
まるで——眠っているように。
「やめろ……起きろ……サヤ……」
体を揺さぶる。
だが、動かない。
「お願いだ……起きてくれ……」
涙が止まらない。
「俺たち……約束しただろ……星を見るって……」
胸の奥が、引き裂かれるように痛い。
「サヤ……」
彼女の体を、抱きしめた。
まだ温かい。
まだ——
「ガウッ……」
ハチが、悲しそうに鳴いた。
周囲で、まだ戦いが続いている。
兵士の叫び声。金属の音。
だが——
何も聞こえなかった。
世界から、音が消えていた。
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## 8
どれくらいの時間が経っただろう。
気づいた時、戦いは終わっていた。
帝国軍は撤退していた。攻城兵器も、引き上げていた。
東嶺国の兵士たちが、負傷者を運んでいる。死者を並べている。
ヒロは——
サヤを抱いたまま、動けなかった。
「ヒロ……」
イヴの声がした。
彼女が膝をついて、そばに来た。
「……サヤは」
「……もう」
イヴは何も言わなかった。
ただ——
ヒロの肩に、手を置いた。
「あなたの傷も、深い。治療が必要です」
「……いい」
「死にますよ」
「……構わない」
「構います」
イヴの声が、厳しかった。
「サヤは——あなたに生きてほしいと言いました」
その言葉が、胸に刺さった。
「彼女の想いを、無駄にしないでください」
ヒロは——
サヤの顔を見た。
穏やかな顔。
笑っているような顔。
——生きて。
最期の言葉。
「……わかった」
ヒロはサヤを、そっと地面に横たえた。
彼女の髪を、整える。
頬に触れる。
冷たくなっていく。
「……また、会おう」
呟いた。
「星を見る時に」
立ち上がる。
左脇腹が、激しく痛む。血が流れている。
だが——
歩ける。
イヴに支えられながら、医療室へ向かった。
振り返ると——
レンがサヤのそばに跪いていた。
泣いていた。
声を出さずに。
ヒロは——
前を向いた。
生きる。
サヤが望んだから。
それだけを、心に刻んで。
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**【第14章 完】**
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*次章予告:*
*サヤの埋葬。*
*ヒロの自責。*
*そして——レンとの、静かな絆——。*




