第13章:告白
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## 1
一週間が過ぎた。
帝国軍は来なかった。
城下町には、穏やかな日々が戻っていた。商人が店を開き、子供たちが路地を走り回っている。人々の顔に、笑顔が戻っていた。
ヒロは毎朝、イヴと訓練していた。
ナノマシンの制御。小さな機械から、より複雑なものへ。少しずつ、安定してきた。
左手の三本の指は、まだ曲がらない。だが——慣れてきた。
「十分です」
イヴが言った。
「制御は、ほぼ完璧です。ですが——」
彼女は一度言葉を切った。
「使いすぎないでください。体への負荷は、確実に蓄積しています」
「わかってる」
「本当に?」
イヴの目が、こちらを見つめている。
「……気をつける」
「期待はしていません」
イヴが小さく笑った。機械的な笑みだが、どこか温かい。
「ですが——あなたには、生きていてほしい」
その言葉が、胸に残った。
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## 2
昼。
城下町を歩いていると、人々が頭を下げた。
「覚醒者様」
「神代の神」
だが——前ほど、跪く者はいなかった。
タカミチが、民に告げたのだ。
「覚醒者殿は神ではない。我々と同じ、人間だ」と。
最初、民は戸惑っていた。だが——ヒロが街を歩き、子供と話し、商人と笑うのを見て、少しずつ理解し始めた。
神ではない。
ただの人間。
だが——それでも、英雄だ。
「ヒロ」
声がして、振り向いた。
レンがいた。弓を背負い、短剣を腰に帯びている。
「訓練に行くのか」
「ああ」
レンは少し迷ってから、言った。
「……サヤも、一緒だ」
胸が、少しだけ跳ねた。
「そうか」
「お前も、来るか」
「……いや、今日は城に用がある」
レンの目が、こちらを見つめていた。何か言いたげな目。
だが——彼女は何も言わずに、背を向けて歩き出した。
「……臆病者」
小さく呟いて。
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## 3
夕暮れ。
城壁の上で、サヤが一人座っていた。
弓を膝に置き、灰色の空を見上げている。
「……サヤ」
声をかけると、彼女は振り向いた。
「ヒロ」
少し驚いたような顔。
「どうした。珍しいな」
「……お前に、会いたかった」
サヤの目が、わずかに見開かれた。
沈黙。
風が吹いた。サヤの黒髪が揺れる。
「……座れ」
彼女が城壁の縁を叩いた。
隣に座る。
二人で、夕日を眺める。
灰色の雲の隙間から、わずかに赤い光が差している。
「一週間、平和だったな」
サヤが言った。
「ああ」
「長くは続かないだろうが」
「……そうだな」
また戦いが来る。それはわかっていた。
だが——
「今は、こうしていられる」
サヤが小さく笑った。
「お前らしいな」
「らしいか?」
「ああ」
彼女の目が、こちらを見た。
「お前は——今を、大切にする」
風が吹く。
夕日が沈んでいく。
「ヒロ」
サヤの声が、少しだけ震えていた。
「なんだ」
「……聞いてくれ」
彼女が体の向きを変えた。
こちらを、まっすぐ見つめている。
心臓が、強く打った。
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## 4
「私は——お前が、好きだ」
サヤの声は、静かだった。
だが——その言葉には、全てがあった。
ヒロは、息を呑んだ。
「最初に会った時から——違うと思った」
サヤが続ける。
「お前は、この世界の者じゃない。神代から来た。知らないことだらけで、弱くて、でも——」
彼女の目が、揺れた。
「誰かのために、自分を犠牲にする」
風が吹いた。
「それが——たまらなく、愛しい」
ヒロは——
何も言えなかった。
胸の奥が、熱かった。
「お前は——彩花という娘がいた。妻もいた。五百年前に」
サヤの声が、優しい。
「それは、変わらない。お前の大切なものだ」
彼女が一歩、近づいた。
「でも——今、ここにいるのは、私だ」
サヤの手が、こちらの頬に触れた。
冷たい指先。だが——温かい。
「私を——見てくれ」
ヒロは——
サヤの手を、取った。
「……見てる」
声が震えた。
「ずっと、見てた」
サヤの目が、涙で潤んだ。
「サヤ」
ヒロは彼女の手を、強く握った。
「俺も——お前が、好きだ」
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## 5
時間が、止まったような気がした。
サヤの目が、大きく見開かれた。
「……本当か」
「本当だ」
ヒロは彼女の手を離さなかった。
「最初は、わからなかった。お前が何を考えているのか。なぜ、俺を守ろうとするのか」
夕日が、二人を照らしている。
「でも——わかった」
ヒロはサヤの目を見つめた。
「お前は、俺と同じだ。誰かを守りたくて。失いたくなくて」
サヤの涙が、一筋流れた。
「そして——俺は、お前を失いたくない」
ヒロは彼女を、抱きしめた。
サヤの体が、わずかに震えていた。
「……馬鹿」
彼女が呟いた。
「もっと早く、言えよ」
「すまん」
「謝るな」
サヤがこちらを見上げた。
涙を流しながら——笑っていた。
「これからは——一緒だ」
「ああ」
「守り合おう」
「ああ」
「約束だ」
「……約束だ」
二人は、そのまま抱き合っていた。
夕日が沈み、夜が来るまで。
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## 6
夜。
部屋に戻ると、ハチが尻尾を振っていた。
「ピピッ」
嬉しそうに鳴く。
「……わかるのか」
ハチが首を傾げた。
「俺が——幸せだって」
「ガウッ」
低く鳴いて、体を擦りつけてくる。
ヒロはハチを撫でた。
窓の外から、ノックの音がした。
「……窓?」
開けると——
サヤがいた。
城壁から、窓に飛び移ったらしい。
「何してる」
「入れろ」
「兵士に見つかったら——」
「見つからない」
サヤが窓から入ってきた。
部屋の中を見回し、ベッドに腰掛けた。
「……お前の部屋は」
「眠れない」
サヤがこちらを見た。
「お前と、話していたい」
胸が、温かくなった。
「……好きにしろ」
隣に座る。
二人で、窓の外を眺めた。
灰色の空。だが——雲の隙間から、星が見える。
「星だ」
サヤが言った。
「珍しいな」
「ああ」
五百年前は、毎晩見えた。だが今は——灰に覆われた空で、星はほとんど見えない。
「綺麗だな」
サヤが呟いた。
ヒロは——
彼女の手を、取った。
サヤが驚いたように、こちらを見る。
「……ヒロ?」
「このまま、いさせてくれ」
サヤの顔が、赤くなった。
「……ああ」
二人は手を繋いだまま、星を見つめていた。
静かな夜。
幸せな夜。
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## 7
深夜。
サヤが、小さな声で話していた。
「子供の頃、母がよく星を見せてくれた」
「……そうか」
「あの星は何、この星は何、って聞いた。母は——全部、名前を教えてくれた」
サヤの声が、懐かしそうだった。
「でも、忘れた」
「忘れた?」
「母が死んで——星の名前も、一緒に消えた」
ヒロは、サヤの手を強く握った。
「……でも」
サヤがこちらを見た。
「お前となら——また、覚えられる気がする」
「覚えよう」
ヒロは言った。
「二人で。星の名前を」
サヤが笑った。泣きそうな、だが幸せそうな笑顔。
「……ああ」
「戦いが終わったら」
「終わるのか?」
「終わらせる」
ヒロは窓の外を見た。
「この世界に、光を取り戻す。青い空を。そして——」
サヤを見つめた。
「——お前と、星を見る」
サヤの目から、涙が流れた。
「……約束だ」
「約束だ」
二人は、そのまま寄り添っていた。
星が、静かに瞬いていた。
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## 8
朝。
目を覚ますと、サヤはもういなかった。
窓が、少しだけ開いている。夜明け前に帰ったのだろう。
ベッドに、彼女の匂いが残っていた。
ヒロは——
笑った。
幸せだった。
こんなに幸せな朝は、五百年前以来かもしれない。
「ピピッ」
ハチが鳴いた。
「ああ、わかってる」
立ち上がり、服を着る。
今日も、訓練だ。そして——
サヤに、会える。
それだけで——
ノックの音がした。
「覚醒者殿」
タカミチの声だった。
だが——何かが違う。
緊迫した声。
扉を開けた。
タカミチの顔が、青ざめていた。
「……何があった」
「帝国軍です」
タカミチの声が震えていた。
「総攻撃が——来ます」
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**【第13章 完】**
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*次章予告:*
*帝国の対抗策。*
*古い神器——能力が効かない。*
*そして——サヤの、最期の言葉——。*




