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第11章:制御

---


## 1


朝日が昇る前。


中庭に、イヴが立っていた。


銀色の髪が風に揺れている。その目は、こちらを見つめていた。


「来ましたね」


「……ああ」


ヒロは工具箱を置いた。昨夜、ほとんど眠れなかった。兵士の負傷した顔が、何度も浮かんだ。


「座ってください」


イヴが地面を指した。


石畳の上に座る。冷たい。朝露が服を濡らす。


イヴも向かいに座った。


「昨夜のこと——覚えていますか」


「……忘れられるわけがない」


「どう感じましたか」


「怖かった」


正直に答えた。


「自分が、制御できなかった。誰かを傷つけた」


イヴは頷いた。


「恐怖は、正しい感情です」


「正しい?」


「あなたは、力を恐れている。それは——賢明です」


イヴが手のひらを開いた。その上に、小さな金属片が乗っている。


「ですが——恐怖に支配されてはいけません」


風が吹いた。木々がざわめく。


「感情を殺すのではない。受け入れて、導くのです」


---


## 2


訓練が始まった。


金属片を見つめる。旧文明の部品。ハチの内部から取り出したものだ。


「意識を向けてください」


イヴの声が聞こえる。


目を閉じる。呼吸を整える。


——感じろ。


金属の奥に、何かがある。微かな電流。それが見える。


「今、何を感じていますか」


「……怖い」


「なぜ」


「また、暴走するかもしれない」


イヴが静かに言った。


「その恐怖を、認めてください」


「認める?」


「否定しないでください。抑え込まないでください。ただ——そこにあることを、受け入れるのです」


わからなかった。


だが——


深く息を吸う。


——怖い。


その感情を、そのまま感じる。押し殺さずに。


胸の奥が、少し軽くなった。


「よろしい」


イヴが言った。


「では——もう一度」


金属片を見つめる。


電流の流れが見える。光の糸。


——止めろ。


いや、違う。


——静かになれ。


意識を、優しく向ける。


電流が——弱まった。


「できました」


イヴの声。


目を開ける。金属片の光が消えている。


頭痛はない。鼻血も出ていない。


「……できた」


「はい」


イヴが微笑んだ。機械的な笑みだが、どこか温かい。


「恐怖を受け入れた。だから、制御できた」


---


## 3


昼。


訓練を続けていると、レンが来た。


壁際に座り、こちらを見ている。縄はもう巻かれていない。兵士の監視もない。


自由の身——というわけではないだろうが。


「……見ていてもいいか」


レンが言った。


「ああ」


イヴが頷いた。


訓練は続く。金属片から、次は小さなランプへ。点灯させ、消す。それを繰り返す。


「ピピッ」


ハチが横で鳴いた。応援しているのかもしれない。


「お前は——優しすぎる」


レンが呟いた。


「なに?」


「私を救い、兵士を傷つけて自分を責め、また訓練する」


レンの目が、こちらを見つめていた。


「普通なら、私を殺していた。楽な道を選んでいた」


「……楽かどうかは、わからない」


「わかる」


レンが立ち上がった。


「帝国なら、迷わず殺す。弱い者は切り捨てる。それが——生き延びる方法だと、教わった」


彼女は空を見上げた。灰色の雲が流れている。


「だが——お前は違う」


「俺だって、何が正しいかわからない」


「わからなくていい」


レンがこちらを見た。


「ただ——お前のやり方で、生きろ」


そう言い残して、彼女は去っていった。


ヒロは——


手のひらを見つめた。


昨夜、兵士を傷つけた手。今朝、金属を制御した手。


同じ手だ。


---


## 4


夕暮れ。


訓練が終わりに近づいていた。


「もう一度」


イヴが言った。


ランプを見つめる。意識を向ける。


——灯れ。


ランプが点灯した。優しい光。


——消えろ。


光が消える。


頭痛はない。制御できている。


「十分です」


イヴが立ち上がった。


「あなたは、学びました。感情を受け入れ、導くことを」


「……まだ、不安だ」


「当然です」


イヴが言った。


「完璧な制御など、ありません。ですが——あなたは前に進んでいます」


風が吹いた。


城壁の上に、人影が見えた。


サヤだった。


弓を背負い、こちらを見下ろしている。どれくらい前から、そこにいたのだろう。


目が合った。


サヤは何も言わず、背を向けて去っていった。


胸の奥が、少しだけ痛んだ。


---


## 5


夜。


部屋で、ハチと向き合っていた。


「ピピ」


ハチが首を傾げる。


「お前は、どう思う」


問いかける。


「俺は——このままでいいのか」


答えは返ってこない。ハチは機械だ。だが——


「ガウッ」


低く鳴いた。警告音。


「どうした」


ハチが扉を見つめている。センサーが何かを感知している。


足音が近づいてくる。


速い。


ヒロは立ち上がった。


扉が蹴破られた。


黒い影が飛び込んできた。刃が光る。


刺客——!


「くっ——!」


横に跳ぶ。刃が頬をかすめた。


影が着地する。黒い衣。顔を布で覆っている。


帝国の密偵だ。


「ガウッ!」


ハチが飛びかかった。だが、影が蹴り飛ばす。ハチが壁に叩きつけられた。


「ハチ——!」


影が迫る。刃が振り下ろされる——


廊下から、足音。


「何事だ——!」


兵士の声。


影が舌打ちした。窓に向かって走る。


逃げる——?


いや。


影の向かう先——


レンの部屋だ。


「レン——!」


ヒロは走り出した。


---


## 6


レンの部屋の扉が、開いていた。


中から、金属の音が聞こえる。


飛び込んだ。


レンが壁際に追い詰められていた。短剣を構えているが、手が震えている。


影が迫っている。刃を構えて。


「レン!」


叫んだ。


影が振り向く。その目が、冷たく光った。


「邪魔を——」


影の刃が、レンに向かって振り下ろされる。


間に合わない——


体が動いていた。


考えるより早く。


レンの前に飛び込む。


刃が——


ヒロの左手に向かって落ちてくる。


——掴め。


手を伸ばした。


刃を、素手で掴んだ。


「っ……!」


激痛。


刃が手のひらに食い込む。血が流れる。


だが——


「離すか……!」


叫びながら、刃を握りしめた。


影が引こうとする。だが、離さない。


その一瞬。


レンの短剣が閃いた。


影の腕を斬る。


「ぐっ……!」


影が刃を手放した。後退する。


窓から飛び出し、闇に消えた。


沈黙。


レンが荒い息をしている。


「……ヒロ」


彼女が駆け寄ってきた。


「手が——」


見下ろすと——


左手が、血に染まっていた。


刃が深く切り込んでいる。指が、変な方向を向いている。


「……あ」


視界が揺れた。


膝から崩れ落ちた。


---


## 7


医療室。


痛みで意識が遠のきそうになるのを、必死で繋ぎ止めていた。


医師が傷を調べている。老いた男だった。眉間に深い皺を刻んでいる。


「……腱が切れている」


「治るか」


「治る。だが——」


医師が顔を上げた。


「薬指、中指、人差し指。三本の指の腱が切断されている。繋いでも、元通りには動かない」


「動かない?」


「曲げることが、できなくなる」


ヒロは左手を見つめた。


包帯が巻かれている。血が滲んでいる。


三本の指。


もう、曲がらない。


「……そうか」


「すまない」


医師が頭を下げた。


「私の技術では、これが限界だ」


「いや——」


ヒロは首を振った。


「レンは、無事か」


「無事だ」


扉の向こうから、イヴの声がした。


彼女が入ってきた。サヤも後に続く。


「刺客は逃げました。ですが、レンは傷一つありません」


「……良かった」


本心だった。


サヤがこちらを見ていた。その目には——何かがあった。怒り? 悲しみ? わからない。


「馬鹿か」


サヤが言った。


「素手で刃を掴むなんて——」


「他に方法がなかった」


「だからといって——」


サヤの声が震えた。


「お前が、死んでいたかもしれないだろう」


ヒロは何も言えなかった。


イヴが近づいてきた。


「これが、あなたの選択です」


「選択?」


「誰かを守るために、自分を犠牲にする。それが——あなたという人間です」


イヴの目が、こちらを見つめている。


「ナノマシンは、あなたの意思に従います。ですが——体は、違います」


左手が、ズキズキと痛む。


「傷は、残ります。積み重なっていきます」


イヴが静かに言った。


「それでも——あなたは、同じ選択をするでしょう」


答えられなかった。


だが——


否定もできなかった。


---


## 8


深夜。


一人になると、レンが来た。


「……入ってもいいか」


「ああ」


レンが椅子に座った。しばらく、沈黙が流れた。


「すまない」


彼女が言った。


「お前が、傷ついた。私のせいで」


「違う」


ヒロは首を振った。


「俺が選んだことだ」


「なぜだ」


レンがこちらを見た。


「なぜ、そこまでして——」


「わからない」


正直に答えた。


「ただ——お前が死ぬのを、見たくなかった」


レンの目が揺れた。


長い沈黙。


「……私は」


レンが口を開いた。


「十年間、人を殺してきた。命令に従い、躊躇わず、何も感じずに」


彼女の声が震えている。


「だが——お前は違う。自分が傷ついても、誰かを守ろうとする」


レンが立ち上がった。


「私には、できない。だが——」


彼女が深く頭を下げた。


「お前のそばで、学びたい」


ヒロは——


左手を見つめた。


包帯に包まれた手。もう、三本の指は曲がらない。


だが——


レンは生きている。


それだけで、十分だった。


「……顔を上げろ」


レンが顔を上げた。


「一緒に、生きよう」


レンの目から——


涙が一筋、流れた。


---


**【第11章 完】**


---


*次章予告:*

*帝国軍、第二波攻撃。*

*ヒロの能力が、敵を圧倒する。*

*そして——「悪魔だ」という恐怖の叫び——。*


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