第1章:500年の眠り
**ジャンル**: Military SF × Post-Apocalyptic Sengoku
**ステータス**: 執筆中(全20章予定、現在第8章まで完了)
**主人公**: ヒロ(技術者、コールドスリープから500年後に覚醒)
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## プロジェクト概要
文明崩壊から500年後の地球。中世レベルに退行した人類が、旧文明の「神器」を奪い合う新・戦国時代。
主人公ヒロは、コールドスリープから目覚めた技術者。失われた知識を武器に、弱小国を支え、仲間を守り、世界に光を取り戻す。
# 第1章:500年の眠り
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## 1
目を開けた瞬間、肺が焼けた。
冷たい空気が気管を引き裂くように流れ込み、体が反射的に咳き込む。視界は白く霞み、何も見えない。指先の感覚がない。足も動かない。
「……っ、は……」
声が出ない。喉が干からびている。
意識がゆっくりと輪郭を取り戻していく。自分は誰だ。ここはどこだ。なぜ、こんなにも寒い。
記憶の断片が、壊れた映像のように脳裏をよぎる。
白衣の医師。書類にサインする自分の手。妻の顔。娘の声。「パパ、約束だよ」——。
「……彩花」
娘の名前を呟いた瞬間、全身に電流のような痛みが走った。筋肉が500年ぶりに動こうとしている。コールドスリープの解凍プロセス。そうだ、自分はポッドの中にいる。
だが、おかしい。
通常なら、看護師が迎えに来るはずだ。解凍完了のアラームが鳴り、医療チームがバイタルを確認する。しかし今、聞こえるのは風の音だけだ。遠くで何かが軋む、金属の悲鳴。
視界が徐々にクリアになる。
ポッドのガラス越しに見えたのは、天井ではなかった。
——空だ。
コンクリートの天井は崩れ落ち、錆びた鉄骨が骨格のように露出している。その隙間から、鈍い灰色の空が覗いていた。雪ではない。灰だ。細かい灰が、静かに降り注いでいる。
「な……んだ、これ」
ポッドの内側のパネルに手を伸ばす。指がまだうまく動かない。震える手で緊急解除レバーを探り当て、力を込めて引く。
プシュッ、という気密の解ける音。ガラスがゆっくりと持ち上がる。
外気が顔に触れた瞬間、異臭が鼻を突いた。錆と、湿った土と、何か腐ったものの匂い。生命維持装置の無菌空気とは、まるで別の世界の空気。
「どういう……ことだ」
体を起こそうとして、床に崩れ落ちた。足が言うことを聞かない。筋力が著しく低下している。当然だ。コールドスリープ中は筋肉が使われない。
床に両手をついて、周囲を見渡す。
かつて「クライオ・ラボ」と呼ばれていたであろう場所は、廃墟と化していた。並んでいたはずの20基のポッドのうち、無事な形を保っているのは自分のものだけ。他はすべて——破壊されているか、蔓に覆われて原形をとどめていない。
壁面のモニターは割れ、配線がむき出しになっている。床タイルは剥がれ、隙間から雑草が生えていた。
「なんだ……これは。何年、眠っていた……?」
ポケットを探る。作業着のまま冷凍されたのだ。中には——あった。
色褪せた写真。妻と娘の笑顔。
写真の裏には、自分の字で書かれていた。
**ヒロ、彩花、美咲——2687年 8月15日**
ヒロ。
——そうだ。それが、自分の名前だ。
「268……」
数字の意味を、脳が理解することを拒んでいる。だがポッドの制御パネルは、まだかすかに光を放っていた。震える指でパネルを叩く。
画面がちらつき、文字が浮かび上がる。
```
CRYOGENIC STASIS TERMINATED
DURATION: 513 YEARS 4 MONTHS 22 DAYS
WARNING: FACILITY POWER CRITICAL
WARNING: EXTERNAL ENVIRONMENT ANOMALY DETECTED
```
513年。
500年以上、眠っていた。
妻は。娘は。
答えは、この荒廃した景色が全てを物語っていた。
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## 2
どれくらいの時間、床にうずくまっていただろう。
涙は出なかった。出るほどの水分が体に残っていなかったのかもしれない。ただ、胸の奥に巨大な空洞が開いたような感覚だけがあった。
最初に動いたのは、生存本能だった。
水。食料。状況把握。
技術者としての訓練が、感情を押し殺して体を動かす。
「立て……立つんだ」
壁に手をついて、ゆっくりと立ち上がる。足が震える。だが、立てた。
施設を探索した。
非常食の保管庫は荒らされていた。誰かが先に来たのだろう。だが、奥の棚に——缶詰がいくつか残っていた。ラベルは読めないほど色褪せていたが、膨らんでいない。食べられるかもしれない。
工具箱も見つけた。これは無事だった。ドライバー、ペンチ、テスター。技術者の命綱だ。
そして——
奥の部屋で、それを見つけた。
四足歩行の機械。犬のような形をしている。錆びた金属のボディ。片耳が欠けている。黄色い警告灯が目のように配置されていた。
「これは……」
警備用ドローンだ。旧文明の技術。自分が働いていた会社の製品だった。
「まだ動くか……?」
膝をついて、機械を調べる。外装は傷だらけだが、致命的な損傷は見当たらない。問題はバッテリーだ。
側面のパネルを開ける。バッテリーは——残っていた。だが、残量はほとんどない。
「試してみるか」
起動スイッチを押した。
沈黙。
何も起きない。やはり無理か——
「ピピッ」
音がした。
機械の目が、かすかに光った。黄色い光。弱々しいが、確かに点灯している。
「動いた……!」
機械がゆっくりと頭を持ち上げた。首のサーボモーターがきしむ音を立てる。そしてこちらを向いた。
「ピピッ」
まるで挨拶するように、短く鳴いた。
ヒロは思わず笑った。500年ぶりに見る、動くもの。生きているもの。
「よく生きていたな」
機械の頭を撫でた。冷たい金属の感触。だが、その下で何かが動いている。
「お前、名前はあるのか」
バッテリーカバーに刻印があった。製造番号の下に、手書きで——
**「ハチ」**
「ハチ、か」
機械が首を傾げた。名前に反応したのだろうか。
「俺はヒロだ。よろしくな、ハチ」
「ピピッ」
ハチが短く鳴いた。
不思議な気持ちだった。500年後の世界で、最初の仲間が機械の犬だとは。
だが——悪くない。
「行こう」
ヒロはハチを抱え上げた。重い。だが、置いていく気にはなれなかった。
「この世界が、どうなっているのか見に行こう」
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## 3
外に出た瞬間、言葉を失った。
灰色の世界だった。
空は淀んだ雲に覆われ、太陽の光はほとんど届いていない。薄暗い、黄昏のような明るさ。大地は乾いた土と岩だらけで、緑はほとんど見えない。遠くに木の骨格のようなものが見えたが、葉はなく、枯れ果てていた。
「これが……外の世界か」
足元を見る。コンクリートの破片。錆びた鉄骨。崩れたビルの残骸。かつてこの場所には、都市があったのだろう。だが今は、瓦礫の山だ。
風が吹いた。乾いた風。砂埃が目に入る。
「ピピ……」
ハチが不安そうに鳴いた。センサーが何かを検知しているのかもしれない。
「大丈夫だ」
自分に言い聞かせるように呟いた。
遠くを見る。瓦礫の向こうに、何かが見えた。
煙だ。
細い煙が、空に向かって立ち昇っている。
「……人がいるのか」
希望が胸に灯った。
煙があるということは、火を焚く者がいるということだ。人間か、あるいは——
どちらにしても、行くしかない。
「行こう、ハチ」
「ピピッ」
瓦礫の道を歩き始めた。
500年後の世界で、生き延びるために。
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**【第1章 完】**
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*次章予告:*
*「異邦人」として捕らえられたヒロは、壊れた井戸ポンプを前にして——。*




