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ゼチュール王国

我が父を殺してお家乗っ取りしようとした叔父の末路

作者: 章槻雅希
掲載日:2025/12/14

 ゼチュール王国に於いて問題となっている『お家乗っ取り(爵位簒奪)』問題は何も入り婿に限ったものではございません。否、それよりも問題なのは愚かな兄弟による簒奪でございます。


 政治的な策謀を用いての後継者争いは簒奪ではありません。寧ろそれはより優れた後継者を決めるためのものとして、積極的ではないものの容認されております。尤もそれが長引けば正当な後継者を見極められない無能として当代(争ってる人たちの親)が降格等の処分を受けるのですが。


 けれど、後継者たる兄弟の命を奪って爵位を簒奪することは、発覚し次第即座に極刑となる重罪でございます。企んだ兄弟は勿論のことその妻・子ども・使用人全てが極刑に処されるほどの重罪なのです。妻や子や使用人が『自分は反対していた、諫めていた』と言ったとしても、乗っ取ろうとしている本家または捜査機関に訴え出ていなければ容認していたと見做されて減刑はされません。勿論、訴え出て未然に防いだ場合は離縁が認められ、罪に連座することはございません。


 何故こんなことをつらつらと思い出しているかと申しますと、我が家にこの問題が降りかかってきたからに他なりません。


 つい先ほど、カヌーン魔導王国に実務研修に行っている(3年目)我が兄から通信魔法が入ったのです。『父上がお持ちだった当主の指輪が私の指に飛んできた』と。それは即ち、父の死を意味いたします。


 我がシャムシュロフ侯爵家の後継者たる兄アルセニーはその白皙の美貌に緊張の色を乗せ、わたくしを見つめます。通信魔法は前世でいうところのテレビ電話だと思っていただければよろしいかと。わたくしは21世紀の地球の日本で生きた記憶を持ちますが、この世界では然程珍しいことでもないので特筆すべきことでもございません。直近であれば4代前の王兄とその母君が記憶持ちだったそうにございます。4代前の国王陛下が王兄殿下の勧めでカヌーン魔導王国に留学なさり、現在のゼチュール王国の基礎を作ってくださったらしいのですが、記憶持ちの王兄殿下の手柄はそれくらいだと言われていて、前世の記憶があるからといって特別扱いされることはありません。わたくしだって記憶はあれど人格も常識も全てこの世界のものがベースでございますし。一般的な事務職だった前世のわたくしに特筆すべき知識も技能もなく、その程度に過ぎないのです。


 閑話休題。


 兄様から連絡を受け、直ぐにわたくしは家令と執事長と家政婦長とメイド頭、騎士団長を呼びました。兄の許に当主の指輪が転移したことを告げ、先触れなくやってきた親族はすぐに拘束するように騎士団長に指示します。


 父(そしておそらく母も)の死は兄様とここにいる者しかまだ知りません。なのに知らせてもいないのにやってくる者がいれば、その者は限りなく怪しいことになります。


 両親は領地の視察に出ておりました。王都から領地までは馬車で7日ほどかかります。順調に旅程が進んでいれば今日あたりはあまり治安のよくない子爵領を通過しているはず。そこを治めているのは当家とは違う家門ですが、その隣接地に父の出来の悪い弟が治める男爵領がございます。恐らく真っ先に駆け付けるのもこの弟でしょう。


 兄様は既に実務研修に同行している第二王子殿下を通じて王城に連絡をしているはず。当主の指輪が兄様の元へ行ったのだから、既に我がシャムシュロフ侯爵家の当主は兄アルセニーであり、兄様が侯爵です。


 屋敷の管理魔法によって、既に当主の執務室は魔法的に封鎖されております。次期当主として登録されていた兄様と当主代理として登録されているわたくしの許可なく当主執務室に入ることは出来ません。当然、当主の印章を持ち出すことも出来ません。


 屋敷の者たちに指示を出し、襲来する愚者に備えていると、魔法による先触れがございました。相手は第4王子クリメント殿下。王家騎士団の次期団長筆頭候補であり、わたくしの婚約者でいらっしゃいます。間もなく第3部隊を率いて我が屋敷に到着するとのこと。やはり兄様はわたくしに通信を入れる前に第二王子殿下にご報告為さり、第二王子殿下から王城へも報告が上がっていたようです。すぐさま陛下は貴族の内部問題に対処する第3部隊を派遣して下さったのです。


「エリザヴェータ! 大変なことになったね」


 ほどなく訪れたのは、兄様とは異なる優し気な美貌を持つクリメント殿下。クリメント殿下は第3部隊隊長の王子ではなく、わたくしの婚約者の表情でまずはわたくしを気遣い抱きしめてくださいました。


「直ぐにアルセニーも帰国するが、海を越えての転移魔法は使えないから、半月ほどはかかるだろう。アルセニーが帰ってくるまで私が屋敷に滞在して君を守りたいのだけれど、いいかな?」


 既に父がいるはずの子爵領に部隊の一部を向かわせていること、親族や分家の動きを見張らせるために隠密騎士団も動かしていることをご説明くださった後、クリメント殿下は優しい瞳でわたくしを見つめながらそう言ってくださいました。


「有難くお申し出を受けさせていただきます」


 気丈に振舞ってはいるものの、まだ成人前の小娘に過ぎないわたくしは怖くて仕方がありませんでした。それをクリメント殿下は気遣ってくださったのです。


 2年後に学院を卒業すればクリメント殿下に嫁ぎ、クリメント殿下は王籍を離れて大公となられます。お母様はそろそろ準備を始めなければね、領地視察から戻ったら花嫁衣裳の生地を選びましょうと楽しそうに仰り、お父様はまだ早いと拗ねていらしゃいました。ほんの数日前までそんな日常があったのに。


 先ほどメイド頭がお母様の当主夫人の指輪が、お母様の宝石箱に戻ってきたことを告げてきました。つまり、お母様ももうこの世にはいらっしゃらない。クリメント殿下に支えられながら兄様に通信魔法で告げれば、兄様は一筋の涙を流した後、出来るだけ早く帰国するから、それまでは無理をしないようにと気遣ってくださいました。


 そうして、一晩が明け、朝食を無理に口に運んでいるとき、屋敷の門前が騒がしくなりました。流石に屋敷の中にはその騒ぎは届きませんが、門衛が知らせてきたのです。父の弟であるシャプキン男爵が妻と息子と娘を連れて先触れもなしに訪れたと。


「シャプキン男爵か」


 クリメント殿下は呆れたように呟かれます。犯人が乗り込んできたということですわ。


 昨晩のうちに第3部隊の調査員から両親の死の状況についての報告は受けております。子爵領の街道はそう呼べるほどには整備されておらず、一部はそれなりに深い森を通らなければなりません。そこで両親は襲われていたのです。勿論護衛の騎士も十分に同行しておりましたが、毒矢を射かけられて壊滅。その後両親は野盗を装った者たちに殺されたらしゅうございます。


 野盗が本当に野盗かどうかなど判り切ったこと。野盗が毒矢など、しかも侯爵家の騎士を即死させるほどの毒など用意できるはずがございません。


 なお、子爵家からの連絡はまだありません。調査員からの報告では、子爵家では今朝の段階ではまだ父たちが襲撃されたことを把握していないらしいのです。本来ならば昨晩子爵領の関を通過するはずの侯爵家がまだ来ていないことを漸く知って、周辺の捜索に当たり始めたところのようです。連絡の早馬が来るのは早くても今晩といったところでしょう。つまり、事件現場の子爵が把握していない両親のことを隣の領地の叔父男爵が知っているのはおかしいということになります。


 執事が叔父一家を一応応接室に通したと告げます。この応接室は即座に牢となる部屋です。一見屋敷の1階にあるように見えますが実は扉が地下へと繋がっているのです。屋敷の主(現在は当主代理のわたくし)が罪人と認定した者はこの部屋から出ることは出来なくなります。4代前の陛下がお作りになった屋敷契約魔法は本当に至れり尽くせりで、その元となっているカヌーンのシステムは一体何なのだと思ってしまいますわね。


 執事や侍女と共にわたくしは地下牢応接室へと向かいました。クリメント殿下は隣接する覗き部屋で観察されるとのこと。殿下がいらしては襤褸を出さない可能性もございますから。


 男爵一家は応接室のソファでふんぞり返っており、メイドに偉そうにあれこれと指図しています。そのメイドは伯爵令嬢で叔父よりも身分は高いのですが。


「遅い! いつまで待たせるんだ、エリザヴェータ!」


 入室したわたくしに男爵に過ぎない叔父が不敬にも怒鳴りつけます。その瞬間、護衛たちが叔父を押さえつけようとするのを目線で止めました。取り敢えず、叔父一家には存分に囀り、罪を自白してもらわなければなりませんから。隣室には王族であるクリメント殿下がいらっしゃいますし、この部屋での様子は全て録画録音されております。しかも、リアルタイムで王城の司法省に映像が繋がっているのです。


 さあ、クソ叔父には精々囀っていただきますわ。


「先触れもなく早朝に訪れるなど、流石に男爵家には常識も品位も礼儀もないのですわね」


 ゆったりと上座のソファに腰かけながら挑発するように言えば、叔父一家は簡単に激昂しました。これほどに感情の制御も出来ない愚か者だから、叔父は従属爵位のうち最下位の男爵位しか与えられなかったのでしょう。我がシャムシュロフ侯爵家の持つ爵位は他にも伯爵位も子爵位もございます。けれど愚かな叔父には小さな村3つだけの領地と男爵位しか与えられなかったのです。叔父の息子(従兄)の代には取り上げることになるだろうというのが父や兄様の見解で、愚か者の息子は愚か者でございます。


「兄が死んだんだから、侯爵家は俺のものだ! お前はさっさと出て行け」


 この時点ではまだ両親の死は公にはなっておりません。知っているのはこの屋敷の者と兄様、王家、王家騎士団第3部隊、隠密騎士団・司法省の一部だけ。そろそろ現場の子爵家も気付いて慌てているころでしょうか。


 もう少し頭を使って話せないのかしら。『驚かないで聞いてくれ。我が領地の隣の子爵領にて兄たちが賊に襲われ亡くなった。それを知らせに来たのだ』とかなんとか切り出せば、狼狽えたわたくしを宥める風を装って言いくるめることも出来るでしょうに。


「父と母が死去したことは存じております。兄の元に当主の証である指輪が転移したそうなので。男爵は何処から両親の死をお知りになったのかしら。まだ当家にはどこからも連絡はございませんのに」


 愚かな叔父に呆れながらも問えば、叔父はそれとは関係のないところに食いつきました。


「はぁ!? 兄だと? アルセニーのことか? あれは勘当されて国外追放になったんだろうが」


 どういう誤解をしているのでしょう。兄が勘当? 国外追放? けれど、兄が廃嫡されていてわたくしがまだ成人前だから自分が侯爵になれると勘違いしたということでしょうか。何とも愚かな。


「兄は第二王子殿下に随行してカヌーン魔導王国へ実務研修に出ているだけです。父は兄を後継者登録しており、それはずっと変わっておりません。そして父の死去により既に兄が当家の当主でありシャムシュロフ侯爵となっておりますのよ」


 ゼチュール王国では当主の死去後すぐに後継者が当主に就任し、爵位も継承します。貴族継承魔法によって王家にも直ぐに当主交代は知らされ、葬儀後に改めてご報告の謁見をすることとなります。つまり我が国において当主の座や世襲爵位が一時的にでも空白になることは有り得ないのです。


 仮に兄が勘当され廃嫡されていたとしてもその場合はわたくしが後継者ですわね。従属爵位を分け与えられた叔父は既に当家の者ではなく分家ですもの。我が家の爵位を継ぐことはありません。わたくしが継げないにしてもその場合は父の従弟の次男が継ぐことになっておりますわ。能力的に継承順位は決まっておりますもの。直系が継げなかった場合の継承順位も国に登録されておりますのよ。叔父一家は継承権なしです。おじいさまが絶対にアレにだけは継がせてはならんと仰って、仮に叔父一家以外の継承者がいなくなった場合には爵位と領地を王家にお返しすると決めておられましたもの。


「ちょっと、アンタ、どういうこと!? アタシは侯爵夫人になれるんじゃないの!?」


「そうだぞ、親爺! 俺は次期侯爵様じゃねーのかよ。こいつを嫁にしてたっぷり甚振って可愛がってやるつもりなのによ」


「パパ、私侯爵令嬢になって、クリメント殿下のお嫁さんになれるんじゃなかったの!?」


 愚か者一家がなんだかピーチクパーチク囀ってますわねぇ。従兄の発言に隣室から冷気と殺気が漏れてますわぁ。執事も侍女も護衛も顔色が青くなってますのに、男爵一家は気付かない様子で、鈍感力が羨ましいです。まぁ、わたくしも従妹の言葉に殺気が漏れ出してしまいましたけれど。


 ピーチクパーチクなんて可愛らしいものではなくギャアギャアと騒ぐ男爵一家に辟易しておりましたら、ドアがノックされ、第3部隊副隊長からの報告が届けられました。野盗が捕らえられ叔父男爵に雇われた証拠も見つかったとのこと。野盗の頭領がそこそこ頭が回る者だったらしく、叔父が両親を襲うよう依頼したことが明記された魔法契約書を所持していたそうです。


 貴族を襲撃した場合、襲撃犯は死罪です。けれど、依頼者がいた場合は死罪ではなく労働刑となります。基本的に終身刑ではありますが、服役態度によっては釈放されることもありますので、貴族襲撃を依頼された場合、ならず者たちは必ず魔法契約を結ぶそうです。いつ、どこで、誰を襲うのか。どこの誰がいつ依頼したのか。それを明記しないと依頼を受けないならず者もいるそうです。今回の野盗の頭領はそういった用心深いタイプだったようです。偽名を書いても本名が併記されるという優れモノな契約書で、しかも書いた本人(依頼者)には本名が自動的に併記されることは気づかれないとか。どこの誰ですか、そんな優れた魔法契約紙開発したのは! まぁ、カヌーン魔導王国の稀代の魔術師といわれる女性の作らしいですが。


 なお、隠密騎士団からも報告があり、男爵一家以外の分家や寄子に不審な動きは一切なかったとのことでした。


 こうして事件の起こった子爵家から早馬が到着する前に、両親の殺害に関わる全ての者が捕縛されたのでございます。


 我がゼチュール王国において、お家騒動は珍しいことではございません。知略や策謀で以て争うのであれば、それはある意味の切磋琢磨として容認されます。


 けれど、命を狙うのは違います。それは己では能力的に敵わないと認めたことになります。能力的に劣る者が後を継いでも良いことなど有りません。ですから、後継者或いは筆頭候補、当主が死亡した際、病死であれ事故死であれ、即座に王家騎士団と隠密騎士団が動きます。必ず死因究明の捜査が行われるのです。特にプライドだけは高くて能力の低い、後継者になれなかった兄弟がいる場合にはその兄弟を中心に徹底的に調べられます。当家の叔父の場合もそうですわね。


 王家騎士団に捕縛され、ギャアギャアと喚きながら連行される叔父一家を見て深い息をつきます。これでようやく、両親の死を悼むことが出来ます。


「エリザヴェータ、後は騎士団と司法省に任せて、ゆっくりと休むといい。義父上と義母上を偲んで、悲しみに浸って、望むままに。アルセニーが戻るまでは私が屋敷にいるから安心して自分のやりたいように過ごしなさい」


 あふれる涙をぬぐうことも出来ないわたくしをクリメント殿下はそっと抱きしめてくださいました。








 兄アルセニーが帰国し、正式にシャムシュロフ侯爵を継承しました。わたくしは学院に復学し、日々大公妃となるための学びに励んでおります。兄の婚約者のシャルロッタ様も頻繁に屋敷を訪れ来年の喪が明けて早々の兄との婚姻に向けての準備を進めておられます。同時に卒業後のわたくしの婚姻の準備の相談にも乗ってくださって、既に頼りになる義姉として過ごしてくださっています。


 叔父一家は全員斬首されました。当主夫妻を殺害しての簒奪未遂です。当然の処罰でした。叔父の持っていたシャプキン男爵位は当家に返還されましたが、当家にとっては禍でございましたので、男爵領と共に王家へと返還させていただきました。


 叔父一家の処罰は『貴族家の継承における簒奪に関する法律』俗称『暗愚兄弟絶許法』によって既定されておりました。我が王国はカヌーン魔導王国の『王国特殊法』を元にした種々の『絶許法』によって安定と安寧が図られているのです。


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『絶許法』以前に、端から継承権がないにも関わらず、侯爵位を簒奪できると信じた叔父に殺された両親が憐れ過ぎます。 おじいさまが叔父に、お前は何があっても絶対に継げないようにしたと、ちゃんと説明しておけば…
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