第79話 東京駅ダンジョン(その2)
階上に上がるには階段かエスカレーターで上がるのだが、ダンジョン化した事で当然電気は外部と繋がって居ない。東京駅の広大な敷地には、電車に乗り降りするためのプラットホームごとに階段がある訳で。取り敢えず手近な階段から上がってみる事にした。
一階フロアーが荒廃した状態なので、プラットホームのあるフロアーも御多分に漏れず荒れた状態になってはいるが、しかし脱線して折り重なり、潰れて折れ曲がった車両がそのまま放置されているのには驚いた。
ダンジョンに手を加える訳にはいかないのは分かるが、日本人としてゴミやスクラップをそのまま放置しているのは、何となく納得がいかない。
他のメンバーも同じ気持ちの様で顔を顰めていた、それでも、わらわらと集まってくる人型のスケルトンやらゾンビ、死霊などを蹴散らしつつ、他の階段を目指す。
「ほんと! 鬱陶しいわね。階段ホールなら、上にあがる道を塞がないでほしいわ」と百花が愚痴る。本来ならホームに至る階段はここで終わる。しかし此処はダンジョン、駅舎を含め階上へ登るための階段が存在するのだ、ダンジョンの更なる奥地を目指すなら上がり口を探さなければならない。
折り重なった電車の残骸を避けながら線路を跨ぎ隣のホームへ上がり階段が上に続いているかを確認する、なければほかのホームへ向かわねば成らない訳で、停まっている列車の中を歩き反対側の扉から隣の列車へと渡り別のホームへと移動する。
移動する合間に魔物と邂逅すわけなのだが、ダンジョンの最高到達点が50階層に近いこのメンバーにとってそれほどの苦行ではない。雫斗に云ったっては、後ろからただ付いて行くだけの遠足状態なのだ、メンバーの中で突出している雫斗に百花が何もしない様にとくぎを刺されたからなのだが、瀬織津姫の存在がこの環境にドはまりしている事も要因なのだ。
不浄のものを祓いたてまつる瀬織津姫は、弥生の肩に座って鼻歌混じりに魔物を祓っていく、彼女を中心に清浄なる気が渦巻いて、近づいて来る魔物をことごとく粉砕していくのだ。雫斗達はというと、瀬織津姫を中心に、構築された防御結界の中から、礫を投げてスケルトンやゾンビを粉砕しながら進んでいる状態で、たまに百花と恭平が、結界から飛び出しては魔物を倒して戻るという、ヒットアンドウェイを繰り返して憂さ晴らしをしている。
雫斗が此のダンジョンに来た本当の目的は、此処のダンジョンの全容解明も視野に転移の為のドアの構築なのだ。今の所雫斗だけの能力では在るのだが、虚無空間に構築した自身の拠点と野良ダンジョンを繋ぐために来たのだ。
自分の制覇したダンジョンなら移動はたやすいが、野良ダンジョンと為ると転移の為のドアを構築するのに制約がある、ダンジョン毎に一ヶ所しか作ることが出来ないのだ。
今の所ダンジョン群を複数支配下に置く事ができているのは雫斗だけなのだが、まだ二つのダンジョン群に留まっている。
ミーニャを故郷に返すためには、彼女の居た世界と此の世界とを、もう一度繋がなければらない、その為にはダンジョン群を最低3つ、出来れば規模の大きなダンジョン群を雫斗の支配下の置かなければ、異なる世界と此の地球との移動は出来ないと雑賀村のダンジョン群のマネージャであるキリドンテに言われたのだ。
ただその事は、ミーニャにもパーティーメンバーは元より両親にも話してはいない。雫斗の一存で模索している事なのだ。この東京駅ダンジョンに来たのも、此処ならば日本初のダンジョンだし規模も大きそうだと思ったのと。雫斗にとっても思い出のダンジョンだからなのだ。
階層を重ねて、ジェネラルオーガのゾンビやら、吸血鬼の神祖と言われているドラキュラが出没し始めると、そろそろダンジョンの階層も終盤かと思うのだが、時間が押してきていた。雫斗達自身も忘れがちだが、本分はいまだ学生の域を超えていないのだ。要するに未成年である、保護者が居ない今、泊りがけのダンジョンアタックはご法度なのだ。制覇済みのダンジョンなら、5階層ごとに移動の為のポータルが在るが、此処は野良ダンジョン。地上に帰るには来た道を歩いて戻らなければいけないのだ。
「ようやくエンジンも温まってきたのに、戻らないといけないなんて興覚めよね。探索者に未成年の制約なんていらないわ。さっさと取っ払ったらいいのに」と百花がおかんむりだ。常識的に言っても、中学校の二年生はまだ子供なのだ。
ダンジョンを攻略していく過程では一日で踏破できる距離はだいたい決まっている。本来ならクランを作ってダンジョンアタックのパーティーをサポートしながら、階層を進んでいくものだ。保管倉庫でダンジョンに拠点を構築しながら進めている事で、以前よりは格段に楽に階層攻略を進めているとはいっても、かなりの大所帯になる事は否めないのだ。
「僕たちみたいに四人しかいないパーティーじゃ、この位が関の山だろうね。僕たちがダンジョンマスターになった事だってオマケみたいなものだしね」と恭平が達観したように言う。まあそう言われても納得するだけの材料はある。雫斗達SDSのメンバー全員が、最下層のダンジョンガーディアンを倒して、”深淵の試練”に挑んだわけでは無いのだ。覇王の称号を得た雫斗に対してダンジョンマネージャーが、・・・いやダンジョンを設置した盟主と呼ばれている存在が、雫斗に対して最下層に挑んでいなにも関わらず、”深淵の試練”に挑ませたことが発端なのだ。
完全な勇み足ではあるが、結果的にダンジョンの制覇者が増えた事は、評価に値する。しかし雫斗達が未成年であることは事実で、いくら経済的に自立しているとはいっても保護者の擁護の範囲でしか活動できないのだ。
とにかく、翌日の授業に出る為に帰ってきた雑賀村で、解散した雫斗は、一旦家へと急ぐ。晩御飯の後、何時もの就寝を装って、内緒で構築した東京ダンジョンの深層へと赴いた。流石に夜通しダンジョン攻略をしていては百花達にばれてしまうので、一日数時間踏破しては転移門を構築して家に帰るのを繰り返して階層攻略をしていたのだ。それから数日懸けて最下層と思わしき扉の前に立つ雫斗。
「うっ~わ、ドラゴンだよ。しかも口上まで書かれている」と独り言の様に言う、しかし聞き手は存在している。
扉にはドラゴンと思わしき絵が描かれている。ご丁寧におなじみのダンジョンの石板に書かれている文字で、此処を訪れるであろう踏破者に向けたメッセージだ。
「ご主人様、どうしますか止めます? 〖我は世界最古にして最強の龍である。我を倒さんと挑みし勇者よ、心して立ち向かうが良い。叩き潰して進ぜよう程に〗と豪語していますが」と上目遣いに雫斗を見る。
「う~ん、一応覗いてみるか。そのまま帰っても失礼だしね、何故か相手が心待ちにしている様な気がするよ」と言いながら扉を開ける。驚いた事に扉の外は荒涼とした大地が地平線のかなたまで伸びていた。雫斗達の後ろで扉が閉まると忽然と消え失せ、雫斗とクルモはその場に取り残されたのだった。そして目の前にはドラゴンではなく一人の貴人が佇んでいた。
「ほっほう、あの口上を見て臆さぬとはほめて遣わすぞ。余程のもの好きか変わり者と見える、未だこの地に降り立つ武士が来ぬゆえ退屈していたところだ。ところで年端もいかぬ童の様だが。・・・・・・よくぞここまで来たと褒めたいところだが、扉を潜る資格を得たと解釈するには心許ないのう、我が盟主殿も耄碌したのではなかろうか?」と年若い男が神御装着て水豆良を装いカワイイウサギを抱いて雫斗に話しかける。要するに日本書記に出てくる神々の出で立ちで出て来たその人が偉そうに言ってきたわけだ。
「えェーと。貴方はどなたで様でございましょうか」と雫斗は、ドラゴンとの邂逅を危惧して居たのだが。文字通りふた(扉)を開けてみると普通の人の様に見えるが、自称とはいえ相手が神では仕方がないと一応へりくだって聞いてみた。
「ふふふふ。我は”ツクヨミノミコト”と申す。そう大仰に構える事は無いぞ、我とてこの役を演じておるにすぎぬ。神々の真似事など煩わしいにもほどが在るが、役割を振られたならば致し方ない。ところで覇王の名を冠するという事はそこもとが此の迷宮の”深淵の試練”に挑みし者で間違いないか?」と言ってきた。役割というあたり人間味が在るが。月読命?日本の神話の神様の名前じゃ無いか? もしかしてこの人が戦う相手かと雫斗は戦線恐慌としながら聞いてみた。
「ええ~と、深淵の試練の前段階だと思って扉を開いたんですけど。・・・・・・何か間違えました?」と雫斗がばつが悪そうに聞いてみた。
「なに。どの道、深淵の試練に赴くならば煩わしい儀式など不要だろう。其方はその資格を有しておる、見た目ではそうは思えんがそのオーラは間違いなさそうだ。そもそも其方の目的もそうであろう?」と少しおかしそうに雫斗に聞く月読の命。確かにダンジョンの制覇が目的では在るが、神様相手にドンパチは勘弁してほしいと切に願う。
「ところで話は変わりますが。瀬織津姫とはお知り合いで?」とわずかでも譲歩を貰いたくて、彼女と知合いですよとアピールしてみる。
「瀬織津姫は同族では在るが面識は無いな。そもそも我らは家族意識がない、顔を合わせると刃を向けかねん輩が多すぎてな。我と親しい同族は数えるほどしかおらぬ。ほれ此の白兎も大国主命から譲り受けた神獣よ。酷いケガをして泣き叫んでおるのを見かねて助けはしたが、ウサギは月と相性が良かろうと、押し付けられて仕方がなく世話をしておる。月の模様のウサギなどまやかしにすぎぬというのに」と、ほれと言いながらと腕の中のウサギを見せてきた。
雫斗は”因幡の白兎”かよと愚痴る。最初に見た時にカワイイと表現したが、良く見ると目つきが悪く不貞腐れた表情のウサギが、思いっきり「ふん!」とソッポを向く、ご丁寧に頬に大きなバッテン傷までこさえている。余程つらい目にあったのか、心がいってはいけない方向にいきかけている様だ。しかし、雫斗のあなたの親戚を知っていますよ攻撃は早々に頓挫した。仕方が無い正直に聞いてみるか。
「わ~~カワイイウサギさんですね。ところで話は変わりますが。此処は迷宮の最深階層で間違いありませんか?」
「何度も言わせるでは無い。此処は深淵の試練を執り行う為の舞台で間違いない」と月読命が表情を変えずに言う。どうやらこの人とやりあう事に為りそうだ。
「あの~~。退避場所が見当たらないのですが。何処でしょうか」そうなのだ、今まで彼と話しながらも有るはずの撤退の為の魔法陣が見当たらないのだ。
「おおおお。我としたことが、忘れておった。すまんの~~逃げ場はない」とニカッと笑う顔は悪魔の如き表情かと思いきやいたって普通の顔である。どうやら本当に設置するのを忘れていたのかもしれない。おまぬけさんである。しかし肝心のダンジョンマネージャーが居ない。普通は一緒出てくるものなのだが、一向に姿を現さない。
「えええ~。あのー逃げ場がないと困るのですが。それにマネージャーさんが見えないですが。何か用事があるのでは?」と此の邂逅は不備があると雫斗が訴えかけると。
「おう、言っておらなんだか。我は此の第1迷宮群の統括者を拝命しておる。盟主殿に争いは好かぬと直訴すると、この迷宮群の管理をせよとの仰せでな。逃ぐるというなら、そうよな・・・負けを認めるなら迷宮の外へと送って進ぜよう程に。どうじゃ」と聞いてきた。雫斗も退避が出来るなら言う事は無い。どうやら争い事が嫌いだというのは本当らしい。雫斗が其れで良いと肯定すると。
「其方の相手ならほら此処に居るぞ」と腕の中のウサギを放り投げた。するとバフンという音と共に煙を巻き散らかして十倍以上の姿に変わる。
「我の眷属として乗騎につこうておるが、気性が激しく一向に言う事を聞いてくれん。其方がお灸を据えてくれると助かるのだがな」と笑いながら月読の命が話す。そもそも雫斗にしてもドラゴンの相手かと多少ビビりながら扉を潜ったので、少しばかり大きく目つきの悪いウサギでは在るが此れなら勝てそうだと思っていた。
「それでは我が迷宮における、深淵の試練の儀を取り御なおうぞ。双方尋常なる戦いを期待するぞ」月読の命が向上を述べた後、そそくさと脇へと避難する。
可笑しな緊張感のまま対峙する二人と一匹。すると因幡の白兎がおかしな踊りを披露する。べつに立ち上がって盆踊りを踊っている訳では無い。タンタンッタタンと後ろ足で地面を叩きながら円を描く様に回りだしたりとんぼ返りを繰り返したのだ。時間にして数十秒では在るが、雫斗も迂闊に手を出せずに見守っていた。すると”どうだ”とばかりに踏ん反りける。
雫斗は訳も分からず混乱する。まさかブレイキンでも仕掛けてきているのかと危惧した。彼は踊れないのだ。あまりの展開に、月読命に目をやるが、平然として腕を組んでいる。”どうしよう”この挑戦を受けるべきか悩んでいるうちに。けたたましい咆哮が響き渡る。
すると因幡の白兎の遥後方で巨大な魔法陣が形成される。そこから徐々に浮かび上がる姿は、イグアナを連想させる顔つきに鋭い目、溶岩の塊を思わせるゴツゴツした岩肌。それにも増して特徴的なのは頭のてっぺんから背中を通り過ぎて長い尻尾の先までびっしりと生えそろったひだの様な突起物。まるで映画で見たゴジラを思わせる怪物が姿を現した、しかし明らかに違う点が一つ、背中に巨大な羽を二対生やしているのだった。
「ドラゴンのつもりかよ」雫斗はあの怪獣と戦うのは御免だとばかりに、踏ん反りける白兎に肉薄してトオルハンマーを叩き付ける。召喚者の排除に切り替えとのだが。全力とはいかない迄もかなりの力は込めたつもりなのだが、”いたいじゃないのよ”と涙目で睨み付けられる。それではと接触収納のインパクトも交えて全力で横なぎに降り抜く。
その威力に堪らず吹き飛んでいく白兎、しかし其の射線上には月読命も存在していた。雫斗の意図せず白兎と一緒に吹き飛んでいく、大丈夫かなと様子を見ているとどうやら白兎は光となって消えていくがそれと同時に月読命も気を失って横たわっている。それはともかく怪獣の咆哮は続く、どうやら召喚者を倒しても召喚物は残るみたいだ、
裁定者が気を失っていては最早勝利を掴み取るしか生きる道はなくなった。しかしどう戦う? あまりにも巨大すぎて、パイルバンカーが竹串にしか見えない、さらに言えば魔法は効くのか?どうにも勝ち筋が見えない中、その怪物は地響きを立てて迫って来ていた。




