第75話 人類の存続に欠かせないのは・・・ダンジョン?(その1)
混乱する百花とは裏腹に、くすくすと笑っている妖艶な和装の令嬢が「そろそろ始めましょうか」と開始を決め込むのを聞いた百花は、慌ててストップをかける、情報が足りないのだ。
「ちょっと待ってください。此処は名古屋にあるダンジョンではないのですか? 私は名古屋支部前ダンジョンの試練の間に転送されるはずなのですが、何故ここに居るのでしょうか?」百花は当然の疑問を口にする。
「あら!、 わたくしとした事が説明不足でしたわね。・・・本来であれば、わたくしが管理している迷宮群と他の迷宮間での人の移動は、双方の管理者の承諾が無い限り無理なのです。・・・しかも最下層の攻略なしに此の舞台へと貴方を招待する事は、ほぼ不可能でした。ま~そう言う決まりごとが有ると思ってください。・・・しかし初の迷宮の踏破者が現れて、しかも二つの迷宮群を制覇したと成れば偶然とは考えられ無くなって来ました。そこでわたくし共の盟主様たちは、この波を逃しては為らぬと、禁忌を無視する事としたようです。要は浮かれてしまわれたのですね」とため息交じりに話すユリヤの翔子。
雫斗ならダンジョンが地球に出来た経緯を知り得るチャンスとばかりに、情報統制の緩そうなユリヤの翔子に対して論点を追及する対話を持ち掛けるのだが、多少脳筋気味の百花の場合は、本来の手順では無いがダンジョン制覇のチャンスが来たと理解した。
「私には、王の称号は無かったはずだけど、どうしてこの場所に招待されたのかしら?」と百花にとって最大の疑問を口にすると。
「ふふふ、まだご自分のステータスを確認なさってい無いのですね。先ほど単独で階層主を初見最速で討伐なさった事が、偉業と見なされました。どうぞご自分のステータスをご覧になってください、その間は”試練の儀”を行わないと約束いたします」とにこやかに話す翔子。
取り敢えず警戒しながら自分のステータスを確認する百花、確かに称号が増えては居たが《惨殺の王貴妃》には物申したい、確かに刀は百花の大切な武器だ、それで魔物を切り倒すのは当然だが惨殺という言葉は血に飢えた殺戮者のイメージがしてイマイチ頂けなかった。
百花がステータスを見て顔を顰めて居るのが可笑しかったのか、翔子が吹き出して尋ねた。
「称号が気に入らないのですか? わたくしには、貴方の闘う姿を良く表している称号だと思うのですが、・・・その為に貴方の相手は老骨な武人を用意したのですよ」そう言われた百花は甲冑を着たその人物を見つめる。
外見的には古代の戦装束でありながら、現代の防具に負けぬ洗練された立ち姿を醸し出している。老練で有りながら力強く、胆力に衰えは全く見え無い、年を得ている様に見えていてそう感じる事が出来るとは、不思議な人物では在る。年齢をある程度重ねていると百花が思った背景には、翔子の《老骨な武人》と言った言葉と、兜の後ろに流した髪の毛が真っ白だったからだが、相当な手練れで有る事には間違いなさそうだと、百花の直感が訴えていた。
その甲冑にしても、当然相手の攻撃から身を守る事を課されている関係上、普通なら重くて動き周るには不利な装いでは在る、しかし其処はダンジョンの魔物だ、しかもダンジョン制覇の最終ステージに出て来るほどの強い個体なのだ、決して油断して良い相手では無い。
自然体で立つその姿は勇壮で如何にも歴戦の武人を彷彿とさせる、顔を面具で隠しているので表情は読み取れ無いのが残念でならない。手に持つ武器は短槍だ、リーチは普通の槍程長くは無いが取り回しが良く、接近戦に強い武器だといえる。剣と対峙しても、剣戟についていける敏捷性が在り立ち回りで負ける事の無い得物となる、短槍を両の手で持てば攻守を素早く切り替える事の出来る武器となり。ひとたび石突を持ち手に変えれば刀よりリーチの長い武器となる厄介な代物だ。
定番の2本の大小の刀も腰に履いて居る、その事からも、槍と刀の両方に精通していると見ていい。極め付けはチョーデカイ。2メートルを軽く超える身長と横幅のあるガタイの良さが、その魔物の力強さを物語って居た。
しかし百花は、対峙したその武人の魔物に対して、微塵も動揺して居なかった、対人を想定した鍛錬なら死ぬほどして来た、今更臆する事は無かったからだ。
敏捷性と奇抜な攻撃で相手を翻弄する雫斗が相手だと、正確で最短確実な太刀筋が求められた。特に攻守の切り替えが早い相手だ、一時の油断も出来ない。
遠距離からの攻撃が得意な弥生と対峙した時は、弓や礫を躱す事や叩き落とす動きの中で相手の隙を付き、一気に肉薄する術を身に付けた。接近戦では百花に対して分が悪い弥生にしても黙って近付かせる事は無い、幻惑した動きの中でいつの間にか距離を取って百花と対峙して居る、要するに逃げるのが上手い弥生なのだ。
極め付けは恭平だ、身長が高く体格の良い彼のお気に入りの武器は錫杖だ、師匠の物置小屋から探し出して来たその鉄の塊を綺麗に磨き上げて自分の得物として居た。
彼との鍛錬で相対した時は、より慎重で正確な太刀筋が要求された、一撃一撃が凄まじいのだ、その攻撃をまともに受けては力負けしてしまう為、受け流す事を重点的に鍛えられた。
師匠の武那方 敏郎爺さんは例外だ。鍛錬の為対峙する事は有るが、あのような妖怪じじいを理解するには、まだまだ百花には荷が勝ちすぎる。
師匠の中庭で相対しての鍛錬は幼い頃からの日課だ、今まで何千回とこなしてきた百花には、目の前の魔物の武人は恭平対策で行けると確信していた。
改めて自分と相手との力の度合いを推し量る百花、自分はその相手に勝てるのかと。そう考えると可笑しさが込み上げて来た、答えは出て居る。試してみたいのだ自分の実力を、刀を武器とする自分の全力を。
ニヤリと笑った百花の表情で戦う決意を固めた事を感じた翔子が「それでは始めましょうか」と脇へと下がる。
すると自然体で微動だにしなかった鎧兜の魔物が、ゆっくりと槍を持ち上げて半身に構えた、それと同時に百花も刀を収納から出して静かに鞘から向き放つ、正眼に構えて相手の出方を伺う事に徹する、守りの体制では在るが見慣れぬ相手に最大限の警戒をするのは当然なのだ。
「忘却の武士。富嶽の猛丸、参る」そう高らかに名乗りを上げると腰だめに構えた姿勢から、一足飛びに距離を縮めて短槍を突き込んで来た。
「早い」その巨体からは想像もできない神速の出足と突きに、思わずそう感じた百花だが、体が勝手に反応した、日頃の鍛錬の成果だ。右足を軽く引き、上半身を受け流して、刀の峰で槍先の軌道をそらした、と同時に此方から左足を鋭く一歩踏み込んで刀の刃を槍の柄に軽く当てて降り抜く、首を狙った一撃では在るが、兜の首を守って居るひだを切り裂いただけに終わる。
互いの位置を入れ替えて改めて対峙すると、自分の切り裂かれた兜のひだを見つめて一言「見事」と称賛する猛丸。
今度はお返しとばかりに、百花が飛び込んで刀を降り抜く、先程の猛丸の一撃離脱の飛び込みとは違い、お互いに足を止めての剣撃戦となる。
攻守を入れ替えての斬撃と突きの応酬に鋼の刃の高い音寧が木霊していく、体重を活かした突きと払いで畳みかける猛丸に対して、百花は素早い動きと相手の攻撃を読む勘の良さと体さばきで鮮やかにその攻撃を躱していく、その過程で大振りのスキを突き何度か斬撃を相手にお見舞いしているのだが、その重厚な鎧兜に阻まれて致命傷を与えられていなかった。
致命傷を貰ってはいないといっても、確実に刀の刃を当てられている身としてはいずれ武具が持ち堪えられ無くなる事は目に見えていた。
暫くして、猛丸が引く形でお互いに一旦距離を取った、剣を突き合わせた事で分かる相手の隙を模索する百花。しばらく正眼に構えながら相手の出方を伺っていると、猛丸の半身に構えた槍先が微妙に動いた。
咄嗟に横へと走り出す百花、魔法の攻撃だと瞬時に判断したのだ、その回避行動も弥生との対戦で習得した技術だ、魔法と収納を使った攻撃の違いは有るが、予備動作が有る事に変わりは無い。予測した通りに槍の先に魔法陣が浮かび上がると同時に、槍の先で炎の塊がはじける。
飛んでくる炎が百花の後ろで爆音を響かせる、猛丸の狙っている位置が彼女のスピードに追い付いていないのだ、しかし何度も打ち込んでいくうちに百花の走っている予測位置が定まっていく、猛丸の周りを走り抜けながら百花はいずれその爆発に巻き込まれることを感じていた。
猛丸も槍裁きのしやすい短槍とはいえ、接近戦での剣戟では少しばかり遅れをとっている、その事を実感している身としては、もう一度接近戦で戦う事の不利を悟っているのだ。
猛丸にとって、不利な状況を変える為の遠距離魔法攻撃なのだが、どう勘付いたのか、その攻撃を尽くかわしていく相手に対して、感嘆と戦慄を覚えていた。
しかしそれももうすぐ終わる。走り回る相手の動きに慣れてきて、その動きの予測が出来て来たのだ。次の攻撃で決まると思った猛丸だが、いきなり相手が消えた。正確には見えなくなったのだが、そこには人型の構造上の欠点が関係している。
目標の横移動に対しては、眼球の移動で対処がし易い、しかし上や下への移動に関しては頭を上下に動かさなければ見失ってしまうのだ、眼球を動かすだけで対処できる横移動を継続された事で、そこに居べき目標を見失っていたのだ。
単純に百花は飛び上がっただけなのだが、ダンジョンの活動で身体能力が上って4・5メートルを一気に飛びあがっただけでも、相手にとって百花を見失うには十分なのだ。
そのうえ雫斗が使った空中移動を実践して相手の真上まで到達する、直上を陣取った彼女は、礫を叩きこむと同時にパイルバンカーを相手の周を取り囲む様に出して動きを封じ込めた、要するに念には念を入れたのである。
音速を超える礫には、流石の防具も役には立たない、角度的に幾つかは弾く事も出来たが、ほとんどの礫が体を穿つ、それでも倒れ込まずに百花を見上げて一矢報いようと、槍を投げる動作を敢行する猛丸ではあるが、百花の方が早かった。
自分の体を支える為に出した足場を蹴り飛ばして猛丸の居る地面へと加速してきたのだ、槍を投げる為に引いた腕ごと切り飛ばされたその瞬間に喉元に剣を突き付けられては最早動けるものではない。
片膝をつき「参った。見事である」と猛丸は潔く負けを認めて大小の刀を鞘ごと引き抜き地面に置いた、百花の完全勝利である。
終ってみれば、百花の圧勝に見えるが、内容はぎりぎりの勝利なのは百花自身が分かっていた。相手の力量や攻撃のスキルを知らない事はお互いさまでは在るが、これまでの魔物との戦いで魔物としての相手の魔法や剣戟の特徴を把握できたのは大きかった。しいて言えば百花が対峙していた猛丸は、彼女が接触収納を攻撃の手段として使いこなしている事は勿論のこと、保管倉庫を攻撃の起点となる、物資の保管場所として活用している事を知らずに、戦いに臨んだことが敗因だった。
知って居れば、対処も出来たであろうことは、彼女が一番わかっているのだ、しかし勝利には違いない。
命のやり取りの後で多少の興奮と嬉しさで舞い上がりかけてはいるが、それでも冷静に対処できていた。
刀を引いて距離を取ってはいるが、油断しているわけでは無い。横に移動しながら猛丸と翔子を直線状に置き、彼女に問いただす。
「え~~と、ユリヤの翔子さんでしたっけ。私の勝利で構わないのかしらね?」




