第74話 思惑とは常識の範囲内での出来事であって、非常識の中には入る事が無いという実例。(その2)
「どうだった? 結構いい線いっていたと思うんだけど」と少し謙遜しながらの百花の問いだ。
「48秒だね、まあまあ早い方じゃないかな、初見での討伐ならトップ5には入ると思うよ」と恭平がスマホを見ながら答えた。
世界各地のダンジョンには、ジャイアント・タートルを20階層のボスに添えた部屋が無数にある、日々討伐情報は最新されていくのだ。
しかも最近は、討伐方法が確立された事により、単独討伐の記録がランキング形式で更新されていくのだから始末に終えない、まるでゲーム感覚での階層攻略となっているのだ。
「そう、まあ良いわ。目標は深層の階層攻略だし、まだまだやる事は山積みよね」と百花は更なる精進を誓う。
雫斗を筆頭に戦闘のスタイルに置いて個性的過ぎるメンバーで構成されているSDSだが、戦闘能力に関しては、日本において・・・いや世界の探索者と比べても最高ランクに位置している。
特に雫斗が引き出したスキルの恩恵は著しい、その使い方に置いて一日の長が有るSDSのメンバーだが、しかし命を懸けた戦いに置いての、経験値が致命的に少ない、その事を自覚している百花達は、戦いに関して余裕のある階層で魔物との戦闘経験を積んでいるのだ。
命のやり取りに置いて、相手の力量を正確に把握する事は、自分の命の延命につながる、疎かにして良いものではない。昨今の探索者の行動は、ゲーム感覚での無謀な挑戦が目立つ事この上ない、いくら死ぬリスクの少ないダンジョンでは在っても、運が悪ければ即死も有りうるのだ。
SDSのメンバーは今日の探索を早めに切り上げて、名古屋支部前ダンジョンの6階層へとやって来ていた、取り敢えずパーティーを此処で解散して一人での探索に切り替える為だ。
お目当ては試練の間とお宝部屋に繋がる昇華の路。そこには一人でなければ見つける事ができないのだ、何故6階層で解散するかというと、攻略済みのダンジョンの自質的な機能はこの階層から始まるのだ。
上の階層、5階層まではダンジョンを制覇した事への褒美的な意味合いで、人類にその恩恵を無償で与えている。ダンジョン間の移動然り、鉱石や希少な鉱物の採掘は元より、農作物や魚介類などその地域で消費される基本的な必要素材をダンジョンからの取得物で安全に賄う事ができる様になったのだ。最も雫斗が制覇した事による恩恵の最たるものはダンジョンの5階層まではダンジョンの理が緩和される事さろう。
つまり魔物がポップしないエリアではダンジョン試金石の赤色の人物であっても危険はなくなるのだ。ただし例外はある、自己の鍛錬として設置されているエリアに出てくる魔物に対してはその限りではない。要するに魔物に出会うと何が有るか分からないのは変えようが無いのだ。
雫斗は皆と別れて探索者協会名古屋支部へと赴いた、いくらダンジョンを攻略したのが雫斗であっても、ダンジョンの入り口が名古屋市内にある以上、ダンジョンがその地域に帰属する事に変わりはない。
そこで、雫斗は定期的に名古屋支部に来て状況の報告を受けたり、ダンジョンの構造の要望を聞いたりしているのだ。
特に、ダンジョンからの取得物の取引状況と5階層迄の施設の使用状況は雫斗の収入に大きく関係してくるので定期的な報告は必須なのだ。
ダンジョンからの取得物が無償で採取出来ても、個人での売買は禁止されている、協会を通さなければ資格停止などの罰則をもらう事になる、それ等は協会と日本政府が定めた法律ではあるが、面白い事に協会で決められたその決まり事、つまり法律はダンジョンの理に反映されている。ダンジョンからの取得物の違法な売買は、その行為をした探索者の進退に大きく作用したのだ。
要するにダンジョンに入る事が出来なくなったのだ。言い方は悪いが、何時の間にかダンジョンに入る際の試金石の色が、赤色に変わってしまって居る探索者が呆然としている光景は、ダンジョンが出来てから良く見慣れた光景だ。今までは青色だった試金石がいつの間にか紫や赤に変わって居る事で、協会の職員に苦情を申し立てるが、そもそもその試金石の色を管理しているのは、ダンジョンであって協会では無いのだ。
ダンジョンは明確に、ダンジョンに入る個人の資質を識別する。以前なら入る事はできても出てくる事が出来なくなる事例が多々あったダンジョンの入出に関する決まりだが、雫斗が制覇した事で、5階層までは赤色探索者であってもダンジョンへの入室が緩和された格好になったわけだ。
雫斗が、支部長室の応接室で支部長と経理の担当者を交えて、ダンジョンを作り替えてからの収支の報告を受けた後、たわいもない会話をしていると、突然支部長から申し入れがあった。
「雫斗さんがダンジョンを攻略してから一ヶ月が以上が経ちますが、未だに他のダンジョンの攻略が出来ていません。我々としても頑張っては居るのですが、攻略の糸口が掴めていないのが現状です。いえ、それ以前に称号”覇王”又は”王”を冠する称号のを取得する手立てが皆目見当もつきません、何かアドバイスを含めて意見があれば、お聞きしたいのですが如何ですか?」そう話す菊村支部長だが、雫斗以外にダンジョンの攻略者がいない現状について、雫斗なりの見解として思う事は有る。
ダンジョンが制覇する事が可能で有る事を発表したのは良いが、制限に挑戦する条件として、探索者協会の認可を受けないといけない事、それに伴って二十歳以上の探索者で25階層以上の攻略者でなければいけないと制限を設けてしまったのだ。
百花達が15階層当たりで管を巻いている原因がその制限なのだ、お役所仕事というか世間体を気にしていると言うか物事の本質を見誤って居るとしか思えないと雫斗は思っているのだ。
「取り敢えずは年齢制限をどうにかできませんか? ダンジョンでの探索に年齢という枠組みは本来関係ないと思うのですが」聞かれた以上雫斗自身の見解を正直に話したのだが。
「そこは、流石に不味いです。いくら何でも14、5歳の子供に単独での深層踏破を許可する事は出来ませんよ、社会的に悪辣な政策だと非難されるのは目に見えていますからね、それにこれまで挑戦してきた探索者は実力的に問題はないと思って居たのですが、何故かダンジョンを制覇出来ずにいるのです」と不思議そうに聞いてくる。
しかしダンジョンを制覇する条件としてガーディアンを倒せる実力は当然だが、ダンジョンマネージャーを心底納得させる人間性も兼ね備えていなければ、到底無理なのだと雫斗は朧げながら感じて居るのだ、その一環として称号の取得が挙げられるのだが、その事に関しては雫斗にしても分からないと言う事しか出来なかったのだ。
あえて話す事はしないが、ダンジョン内での行い、いやそれ以外は勿論のこと私生活での普段の姿勢そのものが称号の取得に直結しているとしか思えないのだが、その事を理解して居る人がどれだけ協会の職員に居るのか甚だ疑問ではある。
本来、ダンジョン内では年齢など関係が無いのだ、魔物との戦闘に置いて、年功序列など意味が無いのだから当然ではある、盲目的に目上の人を敬う習慣を美徳だと勘違いしている人達にとって、その制限は当然だと思っているのだろう。しかし、その人物に敬意の念を抱くのは年齢に対してじゃない、人としての徳に対して頭を下げるのだ。
年齢を重ねて経験を積み、他人に対して配慮の出来る人物を人徳者として敬うので有って、地位や財産でその人に対する評価をしているのではない。
最近特に老害と言われていている人達はその事を勘違いしているのだ、ペコペコと頭を下げられる事を当然の行為だと思っているのだが、それは本来何の力も無い権力という、人が作り上げた無益な地位に対してであって、決してその人物の人間性に対してではない。
ダンジョンは人と言うものを良く知っている、時に残虐な行為に対して嫌悪する時も有れば、その行為を自分自身が容認してしまう事だって在り得るのだ。
天使と悪魔の心を精神の奥底に抱く人類はその特異性で滅亡の一歩手前まで来てしまっていた、戦争や紛争という行為もそうだが、温暖化もその要因の一つだ。
ちぎる事の出来ない真綿で、じわじわと自分自身の首を絞めている事に気が付く事の出来る人は少ない、兎角繁栄と滅亡は生物にとって当たり前のサイクルなのだろうが、その呪縛から逃れるかどうかは人類の英知と知性に掛かっている、人類社会の崩壊に片足を突っ込んでいる事に気が付かない私たちにはもはや滅亡は必須だった。
移動手段と情報の伝達速度が劇的に進化した現在において、領土拡大の戦争や、宗教や思想による紛争など意味をなさない、最高権力者とその取り巻きの自己満足でしか無いのだ。
権力の行使という多数の正義がまかり通る歴史に、身を委ねてきた人類にとって、個人の力が矮小で暴力という力に対して無力である事に問題が在るのだ、しかしその多数の正義と言う摩訶不思議な現象が、昨今の人々の生活の根幹で在るのは事実だ。
ダンジョンが出現し始めて5年が経過して居る現在、少数の立場が際立ってきていた、つまりダンジョンに入る事の出来る少数派が力を持ち始めたのだ。
暴力で押さえ込もうにも、魔物と命を削るやり取りをして来た探索者達の身体能力には、国の中枢に踏ん反り返っていた人達の、虎の子である権力や武力という名の暴力は意味を為さなくなっていた。
ダンジョンは、ダンジョンを探索してくる、もしくはダンジョン内に入った人物の知性と人間性を、試して居るのでは無いかと思い始めている雫斗にとって、安全の為とか効率重視とうたって、制限を設けて自分達の思惑通りに進めようといて居る、国や協会の上役の人達の政策には疑問が残る、そんな雫斗にダンジョン攻略の質問を聞くことは禁忌だと言える。
「いえ、単純に魔物やダンジョンのガーディアンを倒せる実力だけが、ダンジョン制覇の条件では無いと思います。実情ダンジョンを制覇する為の“昇華の儀”と言うイベントのステージに立つ条件として、称号は欠かせません。ただ強いだけではダンジョンは攻略できないと言う事なのかもしれませんね」と雫斗にすると結構オブラートに包んだ物言いとなったのだが、要はもっと誠実な人を探せよと言いたいのだ。
協会のひも付きと言われている探索者に深層攻略の優先権を与えている現状では、暫くはダンジョンの新たなる制覇者は生まれ無さそうではあると雫斗は考えていた。
しかし蛇の道は蛇と言う訳では無いが、ダンジョンを制覇している雫斗には、何れ違う側面からダンジョンの制覇する者が現れるのでは無いかと思っているのだ。
一方百花達は、昇華の路の探索に余念がない、個人での探索でしか見つけ出す事の出来ない隠された通路を探している所なのだ。
名古屋支部前ダンジョンの6階層は迷宮というより迷路の様な佇まいをしている、同じ作りの人工的なレンガの壁が延々と続くのだ。
6階層の魔物と言っても、通路を主体とした作りからスライムや蝙蝠、ネズミや蛇など出てくる種類はダンジョンの1,2階層と代わり映えしないが、強さは階層に違わず段違いに強い、たまにゴブリンやコボルトといった人をモチーフにした魔物が複数で出て来る事も有るが。
百花の実力からすると少し物足りない事この上ないのだ、昇華の路を探すとなると自然のフィルールドよりも洞窟型や迷宮型の方が探しやすいのでこの階層を選んだのだ。
暫く歩いて見つけた不審な壁に、手のひらを当てて半身に構えた百花は、腰を落として気を放つ。掌撃破というスキルだ、剣を主な武器としている百花だが、師匠の敏郎爺さんから武器は壊れるものだから、その武器が無くても戦えるように格闘術も覚える様に言われて始めたのが太極拳だ、その太極拳の気を練って拳で打つその動作が気に入って鍛錬をしていたら、いつの間にか習得していたスキルなのだ。
要するに百花オリジナルなのだが、使い続ける内に衝撃を放つと、その標的が共鳴現象を起こし崩壊するという摩訶不思議で強力な攻撃手段と成って居た。
早々と昇華の路を見つけて、気が緩んでいる百花にはその後の展開を予測する事は難しいといえた、代わり映えしない昇華の間と宝物の間の文字が交互に変わる扉に警戒する事無く触れる百花。
当然転送され事に為るのだが、そこは見覚えの無い空間だった、背丈の低い草や木々が生い茂る広場は見渡す限りの平原と成り、百花の前には鎧兜を着込んだ武者の姿が有る、百花の三倍は在りそうな体つきからは強者の気配がひしひしと伝わってきていた。
その武者を従えている人が百花を見ている、存在感から言ったら武者の方が大きいが、その人物の醸し出す気配は武者に劣ってはいない。
「あら。・・・王の名を冠する人がいたので、私の迷宮へと招待したのですが、この様な可愛らしい方とは露知らず失礼をしてしまいましたかしら? もしこの試練に異議が御有りなら、やめてももらっても良いのですよ?」と優しく尋ねた女性は、和装では在るが何方かといえば妓楼の衣装が似合いそうな女性であった。
つまり百花羨望の、”ボン・キュ・ボン”のメリハリの利いた体型と、美しい妖麗な顔立ちと艶めかしい佇まいが相まって、怪しい雰囲気を周りに放っているのだ。
言葉をかけられた百花は現実に呼び戻される、今まで予想外の出来事に現実逃避を決め込んでいたのだ、しかも何故自分が”試練の義”に挑戦する事に為ったのか見当もつかないのだ、此処は名古屋支部前ダンジョンでは無いのか?。
「少し質問しても良いかしら?。 ここは何処なの、あなたは誰?」当然百花は定番の質問をしてみる。
「ふふふ、なかなか冷静では無いか、嬉しく思うぞ。わたくしの名は”ユリヤの翔子”ユリでも翔子でも呼びやすい様に呼んで構わ無いわ。此処はお前達が大阪と呼んでいるこの国で二番目に大きな都市のダンジョン群の一つだ」そういって、その言葉を聞いた百花の、ほうけた顔を見て面白そうに笑った。
百花は混乱していた、そもそも”試練の儀”と称するダンジョン攻略に欠かせないステージには深層のボス部屋の単独討伐が条件だったはずでは無いか? それは百花が混乱している主な事象の一つでは在るが、そもそも攻略済みのダンジョンの昇華の路を辿って昇華の間へと転送したはずだったのが、いきなり別のダンジョンの試練の間に転送されたこともその一つだ、しかも試練の間に立つ条件としての称号”王”を自分が取得していた事への疑問が先立ち現実味を帯びて居なかったのだ。




