第7話 期待の新人と言われてもそれは違うとしか言えない 。
雫斗が目覚めるとそこは見慣れた自分の部屋だった、ベッドの上でしばらくぼ~としていると、昨日のことがよみがえってくる。
探索者協会へ避難してからが大変だった、荒川さんを交えて経過の説明を終えると、ドロップ品の査定と売却で一悶着があった。
「あのう ハイゴブリンとハイオークの魔晶石とアイテムカードが混ざっているのですが?」と協会の女性職員さんが聞いてくる。
当然雫斗達は倒した自覚があるので「そうです」としか答えられない、しかしその職員にしてみると探索者カードを取得したばかりの初心者が、ゴブリンだけでなくハイゴブリンとハイオークを倒して、しかもアイテムカードが3枚もドロップしたとは考にくいと、詐称申告を疑われて雫斗達に質問を浴びせてきた。
「記録によればあなた方は本日講習を終えて、ダンジョンカードを取得したばかりとなっているのですが本当ですか?。しかも2時間もしないうちに魔物を倒して魔晶石とアイテムを持ち込むなんて、信じられません」そう職員に言われても、雫斗達には何を言っているのか理解できないでいた。
要するにダンジョン協会では探索者をランク付けしているのだ。納品されたアイテムに応じて倒した魔物の種類と数を記録していて、ランク付けの評価にしている。
そのことを知っている一部の探索者はダンジョン内での物々交換や買い取りで得たアイテムを、自分たちで倒したと偽って申告して評価を上げていた。
そういう不正行為を遠回しに聞いている職員と、倒したことを疑っていると思っている雫斗達の、かみ合わない会話に苛立ちが募りちょっとした言い合いに発展していると、別室へ行っていた荒川さんが通りがかり説明してくれた。
「このアイテムと魔晶石は彼らが倒した魔物からのドロップ品だと保証しよう、私が見ていたからね。・・・雫斗君、彼女は査定を上げるために、討伐したと嘘の報告をしたんじゃないかと疑っているんだよ。直に見た私でさえ信じられない事だからね」と荒川さんが言うと「ほんとですか?」と職員さん。
「ほんとほんと、見ていて惚れ惚れするほど見事な逆転劇だったね、こん棒が振り下ろされたときは、あっ死んだな!と思ったが、後ろに回り込んでの無力化と仕留め方には目を見張ったね」荒川さんのべた褒めに職員さんが立ち上がり。
「大変申し訳ありませんでした、疑ったことを謝罪します」と頭を下げられて挙動不審になる雫斗達。
大人の人に頭を下げて謝られたことがない雫斗達は恐縮して「いえ、ご丁寧にどうも」とごにゃごにゃと小声で頭を下げ返す。
「それにしてもすごいですね、たぶん最短記録じゃないですかね、しかもFランクの探索者がCランクの魔物を倒すなんて、すごいです」と話しながら査定と換金の手続きをしてくれた。雫斗達は”すごい、すごい”を連発する職員さんに居心地の悪さを感じながら、ダンジョン協会から逃げ出していた。
雫斗は身支度を済ませると階下のリビングに降りてきた。「あら遅よう様ね」雫斗の母親の高崎悠美が、妹の香澄の相手をしながら話しかけてきた。
「うん昨日は感じなかったけど、疲れていたのかもね?。あれ父さんは?」と時計を見ながら雫斗が聞いた。
「畑を見に行っているわ、自営業も大変ね。休みなんて有って無い様なものだもの」そう言って肩を竦めた母親の隙をついて香澄が雫斗の腰にしがみついて来て見上げながら「お兄ちゃん、痛くない?」と聞いてくる。
昨日探索者協会から連絡を受けた雫斗達の家族が、心配してヘリポート迄迎えに来ていたのだ、その時のただならぬ雰囲気を感じて不安を感じていたみたいだった。
両親にしても”怪我はしていない命に別状はない無事だ”と聞いていても実際に見て確かめるまでは、落ち着かなかったらしい。
魔物に襲われて精神的にダメージを負うことが有る事を、雫斗の両親は知っているからだ。
雫斗はうんしょと抱き上げて(4歳になるとけっこう重い)右手で抱えると「大丈夫だよお兄ちゃんは強いからね」そう言いながら頭を撫でてやる。
「きゃ~~やめて~、ブラシをしたばかりなのに!。さあ香澄いらっしゃい奇麗にしましょう、雫斗もご飯食べなさい片付かないから」と言われた雫斗は笑いながら、香澄を下ろしてあげる。
香澄は「うん」といいながら母親の前に後ろ向きで幼女座りをして、母親のブラッシングを受けている。それを見て雫斗は昨日のオークとの戦いで生き残った事に心底よかったと、ほのぼのとした気持ちを感じながら洗面所に向かうのだった。
雫斗達家族はこの村の住人ではない、5年前のダンジョン発生のあおりを受けて両親とも前の職を辞して、この雑賀村に越してきた。
母親の実家がこの村に有ったことが大きかったが、心機一転この村から家族の再出発を始めたのだ。
父親の海慈は最初の数年間なれない畑仕事に戸惑いはあったものの、今では前の職場の経験を生かして、農業兼ダンジョン探索者として家族の生活を支えている。
海慈の前の職業は陸上自衛隊の士官だった、最終階級は三佐で中隊規模の部隊を指揮していたようだ、その為自衛隊には顔が効くらしくダンジョン関連の情報を色々と都合してもらっているらしい。
母親の悠美は元外務省の職員で、辞職した後は夫の海慈と一緒に畑の仕事や家事をしていたが、村の住人の頼みで今は雑賀村の村長をしている。
悠美曰く村の小間使いだとの事だが、村にしてみると国や県との折衝で力を発揮してくれているのは、歓迎する事だったのだ。
ちなみにヘリポートが割と早い段階でこの村に出来たのは、悠美の力が大きいらしい。
朝食の後、少しパソコンで調べ物をしていた雫斗は、出かける準備を始めた、その事に気付いた母親が「あら、どこ行くの?」と聞いてくる。
「うん、爺ちゃんの家に行ってくる」そう言う雫斗に母親が。
「じゃ~畑に寄って、お父さんに昼前には帰ってくるように言ってくれないかしら、あの人元自衛官のくせに最近時間にルーズなのよね」と父親のダメ出しをする。
「それは、時間を決めていないからだと思うけど、母さん父さんが出かける時、帰って来る時間を聞いたの?」と一応父親の弁解をすると、さらに恐ろしいことを言ってきた。
「そうね、じゃ~今度からお父さんのスケジュール表を作ろうかしら、・・・なんか昔を思い出しちゃった」。
「母さんそれやめた方がいいよ、父さんダンジョンにこもって出てこなくなるから」と雫斗が言うと、「そうかしら?」と首を傾げていた。
とにかく母親に了承して雫斗は家を出る、畑までの道すがら雫斗は軽くストレッチをしながら歩いていく。
家からそう遠くない畑に着くと、父さんとゴーレム系アンドロイドの良子さんが収穫の時期について話をしている。
ゴーレムとはダンジョンにいる魔物の一種だ。魔物を倒すとごくたまに魔核をドロップさせる、どうして魔核がドロップするのか長い間解らなかった。
しかしあるダンジョンから発見されたある石板に、特殊なスキルを使う事で、魔物を使い魔として使役することができることが分かると、魔核についての研究がすすめられた。
ある研究グループの研究者が偶然ではあるが、ゴーレム系の魔核と人工知能が融合することで、人格として自我が芽生えることが分かった。
そして出来上がったのがロボット工学とダンジョン魔科学の結晶、ゴーレム系アンドロイドと呼ばれる機械の体を持つ魔物の使い魔の誕生だった。
「父さん良子さん、おはようございます」雫斗は二人に挨拶する。ゴーレムの良子さんには性別はない、ゴーレム自体に性の区別が無いので、男性型でもよかったのだが香澄の世話があるので、馴染みやすい様に女性型にしているのだ。
「おッはよォうございます雫斗坊ちゃぁ~ま、おッ散歩ですカ?」多少おかしなイントネーションで挨拶を返す良子さん、ちなみに”良子さん”でゴーレムとして登録されているので、雫斗たちは呼び捨てにしていることになる、しかし”良子さんさん”ではおかしいので”良子さん”で通しているのだ。
「ちょっと爺さんの家まで行って来るね、あっ!父さん母さんが昼までには帰ってきてって言っていたよ」雫斗は母親の伝言を忘れたりはしない(後が怖いから)、しかも空気を読める子でもある、夫婦げんかの元になりそうなスケジュール管理の話など、するわけがない。
「ああ、解った。じゃー良子さん収穫は来週の初めぐらいで考えておこう」父親の了解の言葉を聞くと雫斗は軽く走り出した、世帯数の少ない村だが、畑の面積を入れると、村の外周は20キロぐらいにはなる。
村のはずれのお爺さんの家までは、4・5キロぐらいだ軽いランニングには丁度いい,山間の村に恥じぬ様に適度にアップダウンが有って鍛錬前の準備運動には最適なのだ。
そのころ百花たちは雫斗の母親のお父さん、雫斗のお爺さんの家に集まっていた、雫斗のお爺さんは昔は古武術の道場を営んでいて、今は息子に道場を譲りこの村で余生を過ごしている。
雫斗のお爺さんは、道場を息子に譲ったとはいえ、まだまだ現役バリバリの元気な爺さんである、学校で週2回ほど放課後に無償で護身術を教えているが、熱心な子供たちはこうしてお爺さんの家に集まってきて、手ほどきを受けていた。
「すると何かい?、いきなり魔物と戦う破目になったてぇのかい。しかもオーガ迄出てくるたぁ、ただ事じゃなぇなぁ~」縁側で百花達の鍛錬の様子を見ていた雫斗のお爺さん、武那方 敏郎が木刀の素振りを終えて一休みしている百花と、お茶を飲みながら話をしている。
「そうなのよいきなりの遭遇戦で慌てたわよ、しかも怪我人と子供も抱えているし、オーガが出て来た時には私の人生、これで終わったって覚悟したわ」。と立ち上がり、悲鳴が聞こえてハイゴブリンの遭遇戦から、オーガの出現までを実演を交えて話していた百花が、あー疲れたと言いながら縁側に座りなおして、お茶をズズズとすすっている。
「それは大変だったわね。怪我とかしなかったの」と心配そうに聞いてきたのは俊郎爺さん妻の雪さん、雫斗の祖母なのだが年を感じさせない若々しさが有る。
百花が鍛錬の休憩に入ったのを見越して、お茶と茶菓子を用意してきたのだ、夫である俊郎の後ろに控えて百花の話を一緒に聞いていたのだ。
「全然平気ですよ、大変だったのは魔石の換金の時で、私達が倒したのに信じて貰えないなんて」とプンスカ怒って居た。
それをみて雪さんはコロコロと笑いながら台所け下がっていった、昼食の準備なのだろう、午前中の鍛錬が終わると軽い食事提供してくれるのだ。
「ほっほー、しかしさすが百花ちゃんじゃ。オーガと対峙して、ぴんぴんしとる悪運いまだ潰えずと言った所かの~」と言う敏郎爺さんに。
「それ、ほめていないでしょう?、結局オーガを倒したのは、高レベルの探索者さんだし」と百花がジト目を向けてすねた口調で言う。
「いやいや褒めとるよ。オーガを倒したのは別人じゃというが、要請をしたのはお主らじゃろう? 結果としてそれがおぬしらの命を救ったわけじゃ、つまり間違っては居らなんだと言うことじゃ」そう敏郎爺さんに言われて、「そうかしら」、と納得していない百花に。
「そうよ、あの時百花の予感がなければ、対応できなくて大怪我していたかもしれない、そうしたら今頃全員生きていなかったかもね」弓の練習を終えて休憩しに来た弥生がそう言う。
確かにあの時百花が「オーガでも出てきそう」なんて言わなければ、雫斗達は警戒していなかったし、ハイゴブリンの討伐に失敗していたかもしれない、その後の展開を考えれば、生還出来たのが不思議なぐらいなのだ。
「そうね、私があの時オーガの気配を感じたからみんな助かったのね」そう百花が言いながら納得した顔でこぶしを握る、素直な女の子である。
恭平はというと鉄の棒を振り回していた、爺さんの物置から見つけだした錆びだらけの錫杖を、きれいに磨いて自分の武器にしてしまっていた。
敏郎爺さんも覚えていないほど昔のものらしい、それを振り回して地面に埋めた丸太に打ち付けている、爺さん曰く撃ち合う瞬間の絞り込みは経験していかないと物にならないらしい。
愚直に丸太と向き合う恭平は物凄い音を立てて錫杖を振りぬく、確かに最初のころと比べて音に鋭さが増した気がする。
子供が聞いたなら泣き出してしまいそうな物凄い音も、慣れてくると耳障りの良いBGMになるようで、百花たちはお茶を飲みながら談笑している。
そこへ雫斗が駆け込んでくる、膝に手をついて息を整えた後百花達のいる庭に入ってくる、それを見た弥生がお茶を入れて手渡してきた。
「ありがとう」と答えて冷えたお茶を一気に飲む雫斗に、敏郎爺さんが声をかける。
「おっ!、英雄様のご登場じゃな」それを聞いた雫斗が思いっきりむせてしまう、悪いことにしゃっくりも誘発して呼吸困難で今にも死にそうになって居る。
「ゲホゲホ、グゥオワホ、ヒックグヒワック」あまりの苦しさに涙目になりながらせき込んでいると「大丈夫」と百花が雫斗の背中をさすってくれた。
ようやく呼吸を整えた雫斗が爺様に聞く「何それ、何かのお話?」。
「いぃんにゃ、昨日の大立ち回りを聞いての、さすがわしの孫じゃと感心しておったところじゃ」とからかいながら爺様が笑う。
「よしてよ!、ダンジョン協会で散々からかわれていたんだから、もうお腹いっぱいだよ」と雫斗が不満を口にする。
あの後ダンジョン発生を聞きつけた、自衛隊のダンジョン探索課の人たちや、魔物駆除に駆り出された探索者の人たちが、雫斗達を見て話をしているのを雫斗はからかわれていると本気で思っていた。
「おお聞いておるぞ、すごい新人が現れたと期待されているそうじゃの~、さすが儂の弟子どもじゃ」敏郎爺さんが腕を組んで芝居がかったセリフを言うと。
「やめてよ!、昨日のことで思い知ったよ、僕には向いていない!もう怖い思いはごめんだよ」思い出したのか少し震えながら雫斗が言うと。
「そうかな、あの立ち回りはすごかった、あのオークのこん棒、・・見切っていたんじゃないか?」いつの間にか近くに来ていた恭平が、少し羨ましそうに言う。
恭平には昨日雫斗がオーク相手にやった高速の立ち回りは出来ない、そもそも雫斗と恭平では体格が違うため同じ様には動けない、解ってはいても羨ましくて仕方がないのだ。
雫斗にしても男の子としてがっちりとした恭平の体格は羨望の的だ、だがもしあの時、恭平がオークと対峙して居たら、武器の優劣で倒されていたかも知れない、要するに生き延びた結果がすべてだと敏郎爺さんは思っていた。
「わからないよ、思い出せないんだ・・・いや違うな。覚えていないわけじゃない、まるで夢の中の様な感じだったよ」雫斗が少し考えながら言うと。
「心眼が開いたのかもしれんのぉ」ぼそりと敏郎爺様が言う。
「シンガン?何それ?」と百花。雫斗達も爺様を見る。
「『心の眼』と書いてしんがんと呼ぶ、普段儂たちが見ている事とは別の見方、感じ方をするということじゃ、敵と相対した時相手の動きから、無意識という感覚の中で、瞬時に予測をして対応する、これは分かるな?。じゃがこれは経験がものをいう、だがごくたまに別の次元から物事が見えてくる、これが心眼じゃよ」話し終えた爺様がズズズとお茶をすする。
聞き終えた雫斗達はお互いの顔を見回して不思議そうな顔をする、雫斗にしても良く分かっていないのだから当然だが。
「まー、何はともあれ無事戻ってきて,上々じゃ」と爺様が締めくくる。
休憩の後、相手を変えながの模擬戦となる、雫斗達が教えを受けて居るのは格闘術だ、無手での格闘戦が基本だが、各々の好きな得物を使っている。
百花は剣士を目指しているので木刀一択だが、弥生は遠距離攻撃を主眼に置いている、弓と投擲を得意としているが接近戦で後れを取らない様にと、短剣術を敏郎爺さんから教わって居た。
恭平は、体格を生かして強打を主体に鍛えている、要するに力こそ正義を貫いて如何にして相手に強い用打撃をくわえるかに重点を置いて鍛錬しているのだ。その為の打撃を中心にしているのだが、当然素早さでは雫斗や百花には敵わない、そこで攻撃を受けてからのカウンターを鍛えている。
雫斗は、オールラウンダーだ。何でもそつなくこなすのだが、自分では器用貧乏だと思っている。何かに秀でて居た方が良くないかと爺・・・師匠に聞いたのだが一長一短で弱点が少ないに越したことは無いと一蹴された。
まーなんにせよ、師匠の教える格闘術は負けない事のみ。倒れ伏さなければ勝利はおのずと転がり込んでくると、逃げるも教えの内に入って居る。要するに相手との力量を見極めろと、最初に教えられるのだ。




