第37話 二度目ともなれば、感動もひとしおだよね〜(その1)
キリドンテの陰謀? により、自身の思惑とは別にダンジョンからの配信をする羽目になってしまった雫斗だが、ケルベロスに対して有利に戦いを進めて居るかというとそういう訳でもない。一つの体に付いて居る三つの頭が問題で、それぞれ別々の魔法を放ってくるのだ。
火の魔法と水の魔法という、対極に位置する魔法を左右の頭の口から次々と打ち出してきた。ファイヤーボールやウォタージェトなどの威力の低い魔法から、ジャベリン系の高速で威力のある魔法や範囲魔法などバラエティ豊かな魔法に雫斗とクルモは苦戦を強いられて居たのだ。
本来なら、対魔法装甲を施した多脚型移動戦闘輸送車が、盾役となって立ちはだかる予定ではあったのだが、巨大なスズメバチの、巣の破壊で生じた爆風で、吹き飛ばされて使い物になら無くなって居たのだ。それでも、火と水の魔法に耐性のあるジャイアント・キングスライムの”スラちゃん”に期待して居たのだが、ケルベロスの真ん中の頭の放つ雷撃によって感電して動けなくなって居る状況なのだ。
スラちゃんの巨大な身体は良い防壁となって居て、スラちゃんを間に挟んで対峙して居る雫斗たちに、ケルベロスからの魔法攻撃を防いでくれて居るのだった。 そういう状況では在るが、ケルベロスの真ん中の頭から放たれる雷撃は何とかしなければ、ジャイアント・キングスライムのスラちゃんを、戦力として数える事が出来なくなってしまう。
今は感電していて動けない巨体も、時間が経てば動けるようになる。そうすれば、いずれスラちゃんも参戦してくる事を考えると、是非ともケルベロスの真ん中の頭はどうにかして封じて置かなければいけなかった。
「クルモ! サポートをお願い」
スラちゃんを避けねば移動できないケルベロスと違ってスライムの巨体を駆け上がって飛び上がる雫斗。
本来であれば、足場のない空中に飛び出した時点で、放物線を描いて落下するだけの的でしかないのだが、保管倉庫を使うと状況が変わってくる。今の雫斗の保管倉庫のスキルは最高位のランクⅧまで習得して居る、保管容量は計測出来なかったので断念したが、出し入れの速さはナノセカンドに近い時間で出来る様になったのだ。
当然ケルベロスは雫斗の移動予測地点に向かって魔法を放つのだが、もうそこには雫斗の姿はない。保管倉庫から瞬時に出した、雫斗の体重の数倍のコンクリートの塊を足掛かりに、移動のベクトルを変えて居るのだった。足掛かりに使ったコンクリートの塊はすぐさま収納してしまうので、さながら空中を縦横無尽に駆け回って居るようにしか見えなかった。
その高速空中機動の習得にはかなりの時間と危険が付き纏った。足場を踏み外したり、バランスを崩したりは序の口で。タイミングを間違えて見当違いの場所へ足場を出現させたり、あろう事か足場もろとも落下したりと何度も死にかけたが、その下で雫斗を優しく受け止めてくれたのがスラちゃんとその眷属達だった。
雫斗も魔法を避けてばかりでは無い、当然礫での反撃を併用するのだが、高速での空中機動には幾つかのプロセスを費やす事になるので、礫の威力は半減して居る。パイルバンカーでの攻撃も併用して行く雫斗だったが、威力は有ってもこの攻撃はそもそも自由落下の攻撃でしかない。
出現してから落下するまでの時間差では、動きの良いケルベロスに当てる事は出来はしないだろうが、牽制にはなる。礫の攻撃の威力が落ちて居るからといって、闘いを有利に進めて居るのは雫斗の方だ。何と言っても地上と空中の回避行動には差が出てくる。
要するに、地上の二次元での回避運動より、空中の3次元での回避運動の方が断然有利で有る。忘れてならないのは、クルモが使役して居る蜂の攻撃もバカには出来ない。
空中で移動して居る雫斗の邪魔をしない範囲で動き回り、お尻の針をケルベロスに打ち込んでいく。威力としては大した事はないが、鬱陶しさは甚だ大きいようで、ケルベロスは堪らず魔法攻撃で撃墜しようとしてくるのだ。
追い詰められていくケルベロスの足元が疎かになっていく、地上を走り回って雫斗の礫を何とか回避しては居るが、保管倉庫のスキルを使えるのは何も雫斗だけでは無い。ケルベロスはクルモが設置した障害物に、足を取られて盛大に転がって行く、その一瞬の隙を見逃す雫斗では無い。
「でやぁぁー」
一気に肉薄してトオルハンマーをケルベロスの真ん中の頭目指して振り下ろす。スライム特化とは言っても他の魔物に対しても威力は十分に有る。頭が爆散する事はなかったが、かなりのダメージがあった様で、真ん中の頭だけ項垂れた様に動かなくなっていた。ケルベロスの雷撃の出来る真ん中の頭の脱落を確認した雫斗は、スラちゃんに攻撃の指令を出す。
実はこの時スラちゃんは、雷撃の痺れた状態からは既に脱して居たのだ、参戦したくてうずうずして居たスラちゃんを宥めて待機してもらうには苦労した。真ん中の頭が健在な内はスラちゃんが参戦しても意味がない。また痺れの状態異常に陥る事は明白で、それよりも隠し玉として死に体を偽装して貰って居たのだ。
動かない筈のジャイアント・キングスライムから、いきなり数本の触手が伸びてきて絡め取られたケルベロスは心底驚いた。スズメバチの女王の結末を見て居ただけに、それはもう見て居られない程の醜態で触手を振り払おうと暴れ回って居た。
しかし、振り払うどころか次々と絡み付いてくる触手。その触手に引き摺られて行く先にはジャイアント・キングスライムが待ち構えて居た。
触手を振り払うためとはいえ散々暴れて力尽きたのか、後は引き摺られるに任せていたケルベロスだがジャイアント・キングスライムに飲み込まれる寸前に雫斗が声をかける。
「負けを認めるなら、助けてやらないでも無いぞ」いつの間にかケルベロスの前に雫斗が立っていた、無造作にトオルハンマーを構えて。
そのままスラちゃんに飲み込ませても良いが、魔核が出るとは限らない、使役するならば今まで戦ったその個体の方が馴染みやすいと思ったのだ。そのまま使役できれば強い味方になってくれるはずだ、ジャイアント・キングスライムもそうなのだが、ケルベロスもレアな魔物なのだ。
ケルベロスが主人で有る迷宮の管理者のキャサリンの方をチラ見する、巨大なスズメバチの巣が吹き飛んだ煽りで転がっていた彼女だが、ことの成り行きを座り込んだまま唖然と見守っていた。
ケルベロスがお伺いを立ててきた事で、皆が注目して居る事を知った彼女が顔を赤らめながら”プイッ”とソッポを向く。それを肯定だと汲んだケルベロスがゴロンと腹を見せて横になる。
肉食、草食に限らず四つ足の動物にとって、腹を見せる行為は服従もしくは敗北の意思表示では有る。犬や猫とは違いサイ並の巨体がその行為をすると、可愛げどころか寒気がしてくるが、せっかく従服の意思を示したのだ、報いねばなるまい。
雫斗は、怖々一頭の顎下を撫でながら収納から下級ポーションを取り出して、未だ気を失って居る真ん中の頭にかけてやる。雫斗は回復系のスキルは持って居る、しかしベビーゴーレムから取得したスキルなので”自己回復”と”自己再生”と他人を回復出来ないのだ。
雫斗にしてみると、多少の加減はしたとはいってもほぼ全力に近い打撃だった、それが脳震盪の様な症状で済むとは、頑丈な頭をして居る。下級のポーションとは言っても気付には十分な効果がある、気がついた雷撃の個体が腹をさらけ出して敗北の意思表示をして居ることに戸惑う。
慌てて起き上がろうとしたのだろうが、他の二頭の個体がそれを許さない、しばらく様子を見ていた雫斗は、3頭が折り合いをつけたのを確認してからようやく警戒を解いた。
クルモは、少し離れた位置から主人の安全を確保する為に、少しでもケルベロスがおかしな動きをするなら、すぐさま攻撃する構えだったが、雫斗が武器を納めた為テトテトと歩いて定位置の雫斗の脇へ移動して来た。
「ところで君達ずっと三体で一つなのかい? その体の迫力は分かるけど、不便じゃ無いの?」と聞いてみた。伏せた状態でも、雫斗の身長と変わらない高さにある頭を撫でながら、単純に別々に考える頭脳があるのに、体が一つでは困るだろうと思ったのからなのだが。
お互いに顔を見合わせた彼らが、おもむろに立ち上がると身体をブルブルと振るわせた。するとかなり小ぶりになったが別々の個体のケロベロスが”如何ですか?”と言う様に得意げな表情で雫斗を見ていた。
「わぁ〜、すごい凄い。それなら個別に名前を付けないといけないね、う〜ん?・・・よし! 君はケル君。君はベル君。最後はロス君でどうかな? ベル君は、ベ君じゃー可愛そうだから多少文字化けしたって事でゆるしてね」雫斗の言葉に、3頭はお互いの顔を見合わせてから、勢いよく頷いた。
ケル君と名付けられた個体は炎をあしらった模様が全身に散りばめられて居る、他も雷と、水の模様が描かれていて、識別するのに役立っていた。
「何をじゃれて遊んでおる! さっさと我に勝利の宣言をせぬか!!」起き上がり、パンパンと服の裾を叩いた後、キャサリンが声を荒げる。ゾロゾロと雫斗達がキャサリンの前に揃うと、いつの間に居たのか彼女の後ろで片膝を突いたキリドンテが祝福する。
「呪言申し上げまする。さすが我が主人様で在らせられまする。これで二つ目の迷宮群の盟主となりました事、このキリドンテ誠に嬉しく、また誇らしく感じ入った次第にございます。・・・さあ〜さぁキャサリン嬢、迷宮の真核を主人様にお渡しあれ」
キリドンテに上から目線で命令されて”ぐぬぬ〜”と顔を真っ赤にしていたが、ひとつ深い深呼吸をして落ち着かせると、カテーシーを決めた後取り出した光輝く玉の様なものを捧げ持つ。
「盟約に従い、その方に我が半身たるこの迷宮群の真核を贈呈するものなり。心して受け取るが良いぞ」相変わらずの上から目線では有るが、多少顔が赤いのは緊張しているからなのか取り敢えず、迷宮の真核を台座へと設置しなくては始まらないので雫斗が受け取ると。
「我の後に続くが良いぞ」キャサリンがそう言うと、振り返って歩き出そうとする。しかしキリドンテが目の前に居る事がわかると大袈裟にソッポを向いてその脇を通り抜けて行く。
雫斗は、その仕草が子供っぽくて可愛いと思ってしまうのだが、キャサリン本人は今は其れ何処では無さそうで、一世一代のイベントへと向かう気構えが窺えた。そうは言っても、雫斗にとって二度目のダンジョンの完全制覇なので、気持ち的にも余裕が有るのだ。
ただ、台座の間へと向かう為に扉を構築したキャサリンのセンスには驚かされた、薔薇の花をモチーフにした彫刻が程よく扉を飾り、その中をまるで生きて居るかの如き鳥達が飛び回って居た。
いや。その表現には語弊がある、彫刻された鳥が動くはずがない。目の錯覚ではあるがそう言ってしまいそうな程、見事な造りをして居た。
扉だけでは無い、台座の間の中に入るとその造りに感嘆の声が漏れてしまう、綺麗な草花が整然と並び、神話をモチーフにした石像が所々で其々の物語を語って居る様な雰囲気の中、台座へと導かれて行く。
「凄いね。台座までの道程の筈なのに、何故か見入ってしまう」雫斗の、周りを見回しながら誰にとはなく話した独り言に、キャサリンが反応した。
「そうであろう! 妾の力作の一つじゃ。完璧な空間に、敢えて澱みを添えて不条理を表現しておる。それを知るとは妾の護り手を手懐けただけの事はある、それを知れただけでも良しとしようぞ」振り返り、鼻の辺りをヒクヒクさせながら自慢げに話す辺り、雫斗の事を多少は見直した様だ。
それほど作り込まれたこの空間の中で、何故か迷宮の真核を載せるための台座だけは、質素な造りをして居た。まるで一片の汚れも忌まわしさも、嫉みや疎ましささえも完全に否定するかの如く、周りの華やかさからはかけ離れた空間を作り上げて居た。
その高御座へ上がる階段の下でキャサリンが振り返り高々と宣言する。
「我が盟主よ、その御心をその台座へと捧げよ。さすれば妾と妾の全ての眷属、権能を其方に委ねよう程に」
雫斗は片膝をつき頭を下げたキャサリンの脇を通り、高御座へと昇って行く。台座へと迷宮の真核を載せる時何故か、”二度ある事は三度あるって言うけど、まさかね〜”と言う思いが頭をよぎった。




