第55話 ダンジョンの新たなる可能性と、その非現実性。(その2)
そのころクルモとミーニャは沼ダンジョンでスライム狩りにいそしんでいた。二人も雫斗と一緒に会議に出席したかったのだが、人数が多いと面倒だし最終的に沼ダンジョンにドアの構築をして転移することになるのなら、クルモを目標に出来るかの検証をしてみたいと雫斗に言われては頷く事しか出来なかったのだ。ちなみにミーニャはそのとばっちりでクルモのお供をしているのだが。
「みんな遅いね~」。と言いながらミーニャがスライムを倒していく。武器は雫斗が愛用している”トオルハンマー”を小さくしたバトルハンマーだ。最近では雑賀村のほとんどの人が接触収納を取得していて、スライムを倒すための武器としてバトルハンマーが大人気なのだ。当然保管倉庫の習得も視野にスライムを倒しているので、雑賀村で唯一武具の制作をしている、麻生京太郎の工房は大忙しだ。
ミーニャがスライムを倒すための武器、バトルハンマーを欲しがったので雫斗は工房のロボさんにお願いして作って貰ったのだが、スライム討伐の定番と化しているハンマーの制作で経験値を積んでいる工房の作品は、もはや芸術の域の達していた。しかも素材は純ダンジョン産の魔鉱石を使ってハンマーヘッド作って貰っていた。
その武器に”イカズチちゃん”と命名して「そ~りゃ!」”ドゴ~ン”。「へいや~!」”ドゴ~ン”。とスライムを一撃で粉砕している。その武器は使い始めてそれ程経って居ないのだが、収納を使った強力な打撃を使いこなしていた。その近くでは小さな義体の蜘蛛から人の姿へと変貌しているクルモが「そうですね」。と相槌を打ちながら、雫斗から譲り受けた予備の短鞭で石の礫を高速で打ち出してスライムを倒している。
実はもう一人(一匹?)おまけが付いていた。ジャイアントキングスライムが雫斗のお供にと召喚した虹色のスライムだ。昨日雫斗が鑑定すると”レインボースライム”となっていたのだが、同族のスライムを嬉々として捕食しているのだ。ダンジョン内において種類の違う魔物同士で戦う事は知られているが、同族同士で捕食し合っている事は見た事がない。同じスライムでも使役されているスライムでは同族という意識が低いのか? 弱肉強食を目の当たりにして若干引いている二人なのは内緒の話だ。
マンネリとスライムを狩っていた二人と一匹だが、いきなり壁の一画が淡い光を放ち始めて魔法陣を描きだしていく。クルモが魔法陣を知覚した刹那、魔法陣と入れ替わるようにドアが出現した。そのドアがおもむろに開きぞろぞろと雫斗達が出てくる、すると虹色のスライムがピョンピョン跳ねて雫斗の顔に張り付く、完全に油断していた雫斗は「うっ!!」。とうめいて張り付いたスライムをむんずと掴み顔から引きはがす。
「駄目だよ。”ななちゃん”! 顔に張り付いたら息が出来なくなっちゃうから」。どうやら雫斗は、七色のスライムを”なな”と命名したようだ。安直にレインボースライムから”レイ”とか”レイスラ”にせず若干ひねって、虹色から”なな”にした事で多少優越感に浸っていた雫斗だが、”あまり変わらないね”と家族全員が思っていた。
雫斗に怒られてへこんで伸びているレインボウ・スライムを見て。「キャ~~~カワイイ!!。どうしたのその子?」。と百花と弥生が食い気味に聞いてきた。
「昨日ジャイアントキングスライムが大きすぎて、連れて歩けないからお留守番を頼んだら、この子を召喚して連れて行けと押し付けられたんだよ」と言われて弥生が納得したように。
「ああ! あの大っきなスライムの」とため息を付いた。
沼ダンジョンに来る前に、会談していた屋敷の部屋で雫斗が、ジャイアントキングスライムはどうしたのかとキリドンテに聞くと「その大きな姿でお迎えすると皆様方に驚かれる故、屋敷の裏で控える様に言うと、すねて伸びておりまする」。と言うので、部屋のバルコニーから覗くと、デ~~ンと伸びたジャイアントキングスライムが居座っていたのには笑ってしまったのだ。
雫斗以外の人達は、あまりにも大きい姿に引いていたのだ、危害を加える事はないと知ると「いや~~大きいね」。とか「すご~~い、このお屋敷を飲み込めるんじゃ無いの?」。とか「雫斗。こんな怪物と戦って良く勝てたな」。と思い思いに感想を言っていたのだった。
「ねえねえ雫斗。この子昨日も居たの? 見えなかったんだけど」と百花が伸びているレインボウスライムの”なな”をのぞき込むように見ながら聞いてきた。”なな”を鷲づかみにしている雫斗の姿は、まるでクラゲの傘を捕まえてぶら下げている様で、滑稽極まりないのだがそこはお構いなしの様だ。
「昨日も居たよ。この子は特別な様で、体の大きさを自由に変えられる上に姿を消せるんだ。・・・小さく成ってごらん」と雫斗が頼むと。するすると体が小さくなりピョンピョンと雫斗の腕を跳ね上り、スポンと胸ポケットへ入り込む。その後そぉ~~とのぞき込むように顔を出した”ななちゃん”に。
「キャ~~!! その子頂戴」と百花。「私も~~」と弥生が合わせて言う。その剣幕に恐れをなしてポケットの奥へと逃げ込むスラちゃん。
「待て待て待て!。 この子はダメだよ。・・・別のレインボースライムを召喚できるかスラちゃんには一応聞いてみるけど、あまり期待しないでね」と雫斗が二人を落ち着かせる。雫斗の使役しているジャイアントキングスライムが召喚したスライムだ、他の人が使役できるとは思えないのだが、そうでも言わなければ納得しそうにない二人の舞い上がり方なのだ。
ドアから出て来た他の人達は、見知っている場所なので、納得したように辺りを見回している。
「聞いて理解はしていても、実際に目の当たりにするといささか信じられないものだな。確かに沼ダンジョンに居る」と感慨深げに麻生京太郎が言うと。
「そうですね。現実的にダンジョンの中の不連続性を知ってはいても、ダンジョン内では感覚的に受け入れているものですが、こう非現実を経験すると理解が追い付きませんね」と山田医師が愚痴る。
そうなのだ、ダンジョン内を移動していても、実際に別の空間を移動しているという実感はない、階層を移動していても違和感はないのだ。しかしダンジョンで測量した結果と地上で確認したダンジョンの大きさにかなりの齟齬が出てくると、ダンジョンそのものは異空間に存在していると認識しない訳にはいかなくなる。
「在るがままを受け容れるしかあるまい。どの道儂らには選ぶ事など出来んのじゃからのぅ」と達観したかのようにため息つく敏郎 爺さん。
その後は、もう一度移動の為のドアを構築して、村役場の会議室に転移して解散となったのだが、クルモとミーニャを村役場の会議室に連れて行くとが出来ずに、置いてきぼりにしてしまう雫斗だった。
クルモとミーニャをそのまま会議室に連れていくと沼ダンジョンの入り口のチェカーを通ることなくダンジョンを出てくる事になるので、連れていく事が出来なかったのだ。おいて行かれそうになったミーニャがむくれたので、後で雫斗も合流する事で納得してもらった。
キリドンテと村の長老たちの顔見せというイベントが終わった後、クルモ達との約束どおり、沼ダンジョンへ迎えに行った雫斗だった。しかし歩いて行くとなると、村からの沼ダンジョン迄の通いなれた道ですら煩わしくなってくる、人は楽な方法を覚えると堕落するようで、もう沼ダンジョンの入り口の近くに、拠点空間を繋ぐための座標の構築を何処にするかと考え始めていた。
雫斗にとって斎賀村のダンジョン内で有れば移動に困ることは無いが、入り口のチェカーが問題でダンジョンの出入りが記録されるのだ。雫斗がダンジョンを攻略してダンジョンマスターになった事や拠点空間の事をしばらく秘匿する事を決めても、ダンジョンの出入りの記録に齟齬が出ては台無しである。
雫斗は、沼ダンジョンの入り口を覆う様に建てられている建物の、裏手の壁に座標の構築を済ませると、建物の中でミーニャとクルモが出てくるのを待っていた。クルモへの念話で、迎えに来たことを伝えていたので、程なくして二人が出て来た。
「雫斗さん、お待たせして申し訳ありません」とミーニャが言うと。
「ご主人様ー」と言いながらクルモが雫斗の足に抱き着いてきた。雫斗も慣れた物で微妙に体をよじって、急所へのクルモの頭突き攻撃を躱して見せた、かつて香澄から受けていた、この攻撃のかわし方を忘れてはいなかったらしい。
雫斗は、嬉しそうな顔で見上げてくるクルモの頭をくしゃくしゃと撫でながら「帰ろうか」と声を掛けて歩き出す。建物の裏に構築した拠点空間の入り口を使って村のダンジョンの受付の近くに構築した座標を使って近道をすることにした。沼ダンジョンを出た時間と受付に着いた時間に差が無くなるが、そこは目をつぶる。
ちなみにだが、ミーニャも探索者カードを持っている。ダンジョンの入退場にチェカーを潜る必要がある仕様上、雑賀村のダンジョン限定のカードを作って貰ったのだ。流石に一般の人に交じっての講習やら手続きをすれば大騒ぎになる事は避けられないので、特別な措置をしてもらっていた。雫斗の部屋からクルモとミーニャを拠点空間経由で送ってもよかったのだが、何故かずるをしている様で躊躇われたので正規の手続きをしてもらったのだ。
要するに、探索者カードが無ければ入場できないという決まりを、律儀に守った結果なのだが此処に至ってはめんどうでしかない。雫斗はクルモとミーニャが換金を済ませている間、此れからの事を考えていると不安が増してきた。
一つには。ダンジョンや魔物からの取得物に関しては、ダンジョン協会を通さなければいけない決まりが在るが、ダンジョンそのものを所有してしまった場合どうなるのか? そもそも雑賀村の二つのダンジョンのマスターになった雫斗は、自分のダンジョンで魔物を倒す意味があるのかどうかも分からない。
もう一つは。これは元からの課題では在るのだが、ミーニャのいた世界に彼女を送り返す事に関しては光明が見えてきた。しかし他のダンジョンを雫斗の支配下に置かなくてはいけないとなると、厄介な事になりかねないと薄々感じ始めてはいたが。しかし、いささか楽観的な思考の持ち主である雫斗は成るようにしか成らないと、気持ちを切り替えていたのだった。




