第52話 ダンジョンの心理に触れた様な気がしたが、取り敢えずは半身の無事の帰還を祝おうと思う。(その1)
雫斗は雑賀村の二つのダンジョンを管理しているというキリドンテが、行方の知れないクルモを再召喚出来るという事に驚いていた。あれ程クルモの気配を辿っても実在を掴めずに右往左往していたというのに、簡単に” 再召喚しては?”の問いに呆気に取られていた。そこで雫斗は今までクルモを探す事に苦戦していたのを素直に話した。
「今までクルモの気配を辿っても見つからないのに、再召喚って簡単に出来るの?」そう聞いた雫斗に、隠世という空間の講義を始めた。
「主殿。隠世では空間という認識が此の世界とは違いまする。まさに無限、不滅の永遠なる理を真とする世界だと言っても過言ではありませぬ。その中で絆を頼りに探すなど、無茶を通り越して無謀と申し上げてもよろしいかと存じまする。まさしく保管倉庫のスキルから弾き飛ばされたとしましたならば、此の世界の距離で言うと数千光年・・・いやもしかしたら数億光年先迄飛ばされていても驚きませぬ」。
雫斗は彼に駄目出しされた事より、クルモが放り込まれた空間の異常性に驚いた、光年って宇宙空間を認識するための単位じゃ無いの?。実際にその数億光年の距離という存在を経験した事のない雫斗には絵空事の様に思えるのだが、その話が本当ならクルモの気配の残滓を辿って見つける事は不可能な事でしかない。
「そうだとしたら、召喚なんて出来るの。距離が酷いんだけど、数億光年って光速でって事だよね、物凄い距離に感じるんだけど」。雫斗が胡散臭そうに聞くと、キリドンテが” チッチッチッ”と効果音付きで顔の前で指を振った後で答える。
「主殿。隠世の世界は此の世界とは違いまする、たとえ数億光年離れて、いえ数百億光年離れて居ようとすぐ隣に居るが事し。隣に居ても数百億光年離れているが事なりと、まさしく距離や空間に関して無頓着なる世界にて、居る事が分かってはいても絆をもって彼の者を、その隠世で探すとなると不可能かと。しかしながら事、召喚するとなりますれば、その仕様上呼び出すに事には不都合はござりませぬ」。と当然だと答えるキリドンテ。
「えっ! じゃークルモを呼ぶ事ができるってこと?・・・、でもどうやるんだろう?」。と雫斗が独り言のようにつぶやくと。
「では不詳私めが、代わりに召喚してもよろしいですかな?」。とキリドンテが提案する。雫斗がお願いすると、大仰に一礼して。
「うおっふぉん。・・・では!・・・我が主に使えし同胞なるクルモなる者よ。我の呼びかけに答え顕現せしめん。召喚に応えたもう!!」。そう言って両の手を掲げた。
クルモは懸命に本を読んでいた。何もない空間にちょこんと正座して本を読む姿はかなり滑稽では有るが、クルモは必死だった。本の内容に引き込まれている内は良かったが、ふと気が散じるとクルモの周りは何も無いのだ。全力で不安な気持ちを抑えて正気を保ってはいるが、パニックに陥らないのは流石はゴーレムの精神力だと言える。
しかしその正気を保持する事も時間と共に怪しくなってきていた、主である雫斗がこの状況から助けてくれると信じてはいるが、クルモのいる空間が特殊過ぎたのだ。
今クルモの体は人間の子供の体と同じ姿をしている。知覚の無い不安から、思わずかつて主に見せて貰った、主の子供の頃の写真を思い浮かべると、どういう訳か次第にクルモの体を幼い子供の体に構築してしまっていたのだ。
本を読みながらも、あれやこれやと考え事をしていると、クルモの体の周りに光の粒が漂い始め、魔法陣へと変わって行く。思わず立ち上がり唖然としていると、周りの空間が歪み始めたと思うといつの間にか違う場所へと移動していたのだ。最初目の前にいる禿げた親父が両手を上に掲げているのを見て、理解が及ばずクルモが硬直していると。
「おおおお~。成功しましたぞ、主殿」。という目の前の御仁の声と、後ろから戸惑いながらも驚いた様に。
「ク、クルモだよね?」。と懐かしい声が聞こえてきた。驚いて振り返るとそこには目を大きく見開きながらも、嬉しそうな愛しのご主人様の姿が有った。
「ゴジュジンザマ!!」。涙声でくぐもった声になったが、そのまま雫斗の足へと飛びついた。
雫斗は「うっ!!」。と苦悶の表情を見せる、油断をしていた。・・・香澄の成長と共に勢いよく足に抱き着かれた時の、額の急所攻撃が無くなっていたので、クルモの額をまともに浴びてしまっていた。
暫く、悶絶する雫斗とそれを心配するクルモ、呆れているキリドンテと、感動の再開とは成らなかったが、取り敢えず無事クルモの帰還がなった事に喜びを爆発させる雫斗だった。痛みが和らぐと、クルモを抱き上げくるくると振り回して嬉しさを表現した後には成ったが、改めて聞いてみる。
「今更だけど、クルモだよね? だいぶ姿が変わっているんだけど、どうしたんだい?」。と戸惑いはしたが、雫斗はこの腕に抱えている子供は自分の分身たるクルモだと確信していた。
「はい。不思議な空間でした、何も無いのに物凄い力の奔流を感じる事の出来る世界でした。最初は何も知覚できない不安からどうする事もできず、思わずご主人様の幼い頃の写真を見た事を思い浮かべると、いつの間にかこの体が出来上がった居のには、驚きましたが・・・・」。どうやらクルモ本人にも体を構築できたことが理解できていない様だった。
その話を聞いた雫斗は”はて?”と思い悩む。隠世という存在に少し興味をひかれたのだ。しかしそれを察したキリドンテが待ったをかける。
「主殿。ご忠告までに申しますれば、そのまま何も構築せずに赴けば、いかに主様とて只では済みませぬぞ。その空間には、主様の命をつなぐ酸素、‥。空気の存在が有りませぬゆえ」。キリドンテにそう言われて、その隠世という存在?・・・空間に行くには一筋縄ではいかない様だ。しかし行けない訳では無いらしい。
「そうなんだ、此の世界に例えると宇宙空間みたいな物かな? でもクルモの体を構築できるとなると、真空と言う訳でも無いか」。と独り言を言いながら、思考の海に浸っていると。
「何も隠し事はございませぬが、主殿の居わす世界も、この迷宮も箱庭として隠世の中に存在しておるのです。生命が生まれ出でたる環境が箱庭の中で、長い時間をかけて形成されるか、意図的に作り込まれるかの違いでしか有りませぬ。・・・おやっ? さすが我が主殿、もうすでに隠世の中に箱庭を形成しておいでとは、このキリドンテ御見それしましたぞ」。何やら宇宙の真理やら、ダンジョンの秘密の一端に触れたようだが、雫斗はキリドンテが言う最後の言葉に驚いていた。
「箱庭? 覚えが無いんだけど、どういうこと?」。雫斗が思わず聞いてみると。どうやら保管倉庫に扉を付けた事が原因らしい、無意識でやった事なのでどうしてそうなったのかは分からないが、取り敢えずそのまま移動するには、その空間を住める環境に構築しなければいけないとの事で。
「どうすればいいか分からない」。と正直に言うと。
「では。主殿の許可がいただけましたならば、不詳この私めがひな形を御作りしますゆえ、後は主殿のお好きなように、山、川、海と御作りに成るがよろしいかと存じまする」。とキリドンテが言うので、承諾すると、暫く虚空を見つめていたかと思うと。
「どうぞこちらへ」。と振り向きながら扉を開ける動作をした。”そんな簡単に出来るんかい”と思いはしたが、言葉にはしない分別が雫斗にはあった。其処には此の台座の間に来た時の様に、いつの間にか扉が出来ていた。しかしその扉は普通のと言うか、片開の部屋の扉の様だった。雫斗の顔に問いただすような表情を読み取ったのか。
「時間が無かったゆえに、装飾を施せませなんだ。しかし移動するには支障はございませぬゆえ、どうぞお通りくださいませ」。そう言ってキリドンテが開けた扉の傍で頭を下げる。
その扉の向こうには、此処に来た時の様に光のカーテンは無く、ただただ広い草原が広がっていた。何も考えずに扉を抜けて歩き出す雫斗、数メートル歩いてみると何か違和感があった。そう空気の流れが無いのだ、風が通り過ぎる時の草木のささやきが。
そう雫斗が感じた途端、雫斗を中心にさざ波が広がっていき、いつもの感覚になっていった、そう風が吹いているのだ。さらに見渡す限りの草原に違和感が”木々が一本も生えていない”、そう思った途端近くに遠くに近くにと見覚えのある木々が出現しだした。「えっ? えっ?」。と驚く雫斗に、後ろから声がかかる。
「思い描くすべてを実現できまするが、今はまだ此の風景は幻にすぎませぬ。しかしマナにも限りがございますれば、好みの箱庭とする事には時間をかけて戴かなくてはなりませぬ」。と済まなさそうに扉を閉めながらキリドンテが言う。
雫斗が振り向くと、今まさに扉を閉めようとしているキリドンテなのだが、その扉の異様さがこの草原では際立っていた。ダンジョン内の洞窟では気に為らなかったが、此の草原では扉が何の支えも無くぽつんと置かれているのだ、ふちさえない。閉まる寸前のその扉の向こうに今までいた台座の間の星雲や銀河のきらめきの一端が見える事の異常さに言葉が出てこない。
音も無く閉じた扉は光の粒となって消えていった。後には広い草原にクルモを抱えた雫斗と雫斗の肩に乗っている小さくなったジャイアント・キングスライム、・・・いやもうジャイアントが無くなって、小さなキングスライムとキリドンテが居た。
『壮観ではあるな。主よ、ここ迄、空間認識を極めれば空間転移も出来るのではないか?』とヨアヒムが念話で話しかけてきた。忘れていた、こいつを手に持ったままだった。
「おおおっ。わが同胞でございますかな? ご挨拶が遅れまして申し訳ございませぬ、キリドンテ・マリクルソンと申しまする、以後お見知りおきくださいませ」。と言って頭を下げる。
『うむ!。本に取り込まれておる故、顕現できぬが、モルア・スマアセント・ド・ピニエラルソン・ヨアヒム と申す、ヨアヒムと呼ぶことを許そうぞ」。と偉そうにヨアヒムが言うと。
「クルモです」。と雫斗の腕に抱えられたままクルモが頭を下げる、するとペシペシと小さなキングスライムが雫斗の頭を叩く。
「ああ!名前を付けていなかったね。・・・う~ん。・・・よしっ! スラちゃんでどうかな?」。と安直な名前を雫斗が付けると、名前を付けられてうれしかったのか、キングスライムが飛び降りて跳ねまわりだした。それを見たクルモがもそもそと動き出したので、下ろしてやるとキングスライムと鬼ごっこを始めてしまった。
その光景を見て微笑ましく思いながら、ヨアヒムが言った言葉の意味を考える。”空間転移”・・・雫斗でなくても厨二心を揺さぶるフレーズではあるが、出来るのか?。




