第51話 因果応報と言われても、反論できぬ此の境地(その2)
大量の水の塊を、慌てて回避する雫斗だが、間に合わない。そのまま巻き込まれてしまう、ジャイアント・キングスライムにしてみても、この攻撃は自分自身へのダメージと成りうる攻撃だ。だが相対した敵である人間に凄まじい水圧という攻撃で粉砕することが出来た事に満足していた。
水圧で削り取られた巨大なくぼみの中で、水につかり溶け出していくジャイアント・キングスライム。スライムという魔物は水とは相性が悪い。・・・いや、相性が良すぎて大量の水に漬かると溶け出して体を維持する事が困難になるのだ。
後わずかの時間で消えていくジャイアント・キングスライムだが、悲壮感はない。もともと迷宮に侵入してくる異物に対して排除するという本能的な感情しか持ち合わせて居ないのだが、今は戦いを通して全力を出し切った事への満足感という初めての感情を持ち始めていた。
本来なら魔物である己にそのような感情など訪れるはずが無いのだが、不思議な事だと消えていく意識の中でうつらうつらと考えていた。ただ残念な事は、もう二度とあの高揚感は訪れないのだと、本気で渡り合った事への充足感はもう二度と感じる事が出来ないのだと、消えてしまう己に対して残念な気持ちに為って居たのだが。
「いや~~びっくりしたよ。最後にあれほど巨大な水の塊が出てくるなんてね。本当、驚いたよ」と、ひょうひょうとした顔で話しかけてくる人間、今さっきまで死闘を繰り広げていた難敵が腰のあたりまで水に漬かりながら、ざぶざぶと近づいて来る。
あれほどの衝撃を受けながら、無傷で切り抜けている相手に対して、怒りを通り越して呆れている己が居た。しかしどうやって切り抜けた? 疑問に思った事が体に出たのか、答えを返す人間。
「いや~~。・・・僕、水を収納するのは得意なんだよね」と言いながら周りの水を瞬時に収納してしまっていた。 雫斗にしてもスライムが召喚した大量の水を収納できるとは思っていなかった。それしか方法が無かったとはいえ、無謀な賭けに出たものだと彼自身は考えていた。しかし可能性が無かったわけでも無い、魔法を覚えた百花達と魔法の攻撃は収納出来るのかと議論した事があるのだ。
「相手に対して放つ魔法は、言ってみれば、攻撃という対象に対するダメージの交換をしましょうという、意思表示に為るのでは無いか?」と雫斗がそう言うと。
「なに馬鹿な事を言っているのよ。殴り合いに対話などかんけいないでしょう」と百花の意見。
「いや。そうでもないぞ。剣で相手を打ち据える、受ける、去なす、反撃する。言い方を変えれば相手に対するダメージの応酬とも捉える事が出来る」と恭平。
議論が白熱する中。弥生の「試してみれば?」の言葉に一同納得したのだった。結論から言うと、良く分からなかった、比較的早さを調節できる”ファイヤーボール”で試したが、収納出来る時と出来ない時があって、いまいち条件が分からなかったのだ。しかし出来ないと言う訳では無い。雫斗は賭けに勝ったのだ。
「あの時、咄嗟に自分の真上に落ちてくる、水の塊を収納出来たのは良かったんだけど、流石に全部をいっぺんに収納出来なくてね、おかげで周りから襲って来る激流に揉みくちゃにされちゃって、危うく溺れる所だったよ」そう言いながら己の目の前に立つ好敵手。
ジャイアント・キングスライムは覚悟を決めていた、ジャイアント・キングスライムの名を冠してはいるが、今の大きさは普通のスライムの大きさまで縮んでいた。スライムの力は体躯に比例する、いくらキングスライムの名前が付いて居ても、普通のスライムの大きさまで縮んでしまっては触手の攻撃すらできない。
スライムを再召喚して力を蓄える事は出来るが、目の前の人間はそれを許さないだろう。此れから倒されることに異存はないが、ただ残念ではある。この何とも言えない感情を得た今では、ただ消え去る事の焦燥感は耐えがたいのだ。雫斗は震えるだけのジャイアント・キングスライムを見つめていた。戦った事に罪悪感は無い、ただ勝った事の歓喜より生き残った事の嬉しさの方が大きいのだ。
いま目の前には消滅することを覚悟した魔物がいる、普通の魔物なら敵わぬまでも最後まで襲い掛かろうとするであろうが。かつて巨大な体躯をしていた存在を、今はただ震えるだけのジャイアント・キングスライム見て、むやみに倒してしまう事に儚さを覚えていたのだ。
泥にまみれたジャイアント・キングスライムを拾い上げて、しげしげと見つめる雫斗。今では雫斗の手に平に収まるだけの大きさしかないが、軽く手をかざして泥にまみれたジャイアント・キングスライムの泥を収納すると、”ピュッ”とかざした手を一振りする。
「う~~ん、きれいになった」と言ってわきへ収納した泥を吹き飛ばして独り言ちる。
「さて。戦闘放棄でも勝利条件に成るか聞いて来よう」と言いながら歩き出した。ジャイアント・キングスライムは二重に驚いた、自分を倒すのでもなく抱えて歩き出したのが一つ。もう一つは収納の使い方だ、ジャイアント・キングスライムも収納のスキルは持っている、だが本能的な使い方しかしてこなかったのだ、体の中に取り込んだ異物を収納する。しかしそれ以外の使い方があるとは、自分の体に纏わり付いた汚れを収納を使って取り除くとは、驚きだった。
雫斗の掌の上で飛び跳ねているジャイアント・キングスライムを、一応喜んでいると解釈してそのままこのダンジョンを預かっていると言うキリドンテ・マリクルソンの前まで来た。雫斗が来るまでその様子を呆けて見ていたキリドンテだが、雫斗が前に立つといきなり頭を垂れて片膝をつく。
「このキリドンテ、驚きましたぞ!! テイムスキルで縛るでもなく、契りを以って主従契約するでもなく、迷宮の守護者を調伏なされるとは。いやはや前代未聞でございますな。・・・私、此の102迷宮群を任された事、誇りに思いますぞ」と顔を上げたキリドンテが興奮したように早口に話す。
「それじゃー、僕の勝ちで良いのかな?」と雫斗が宣言すると。当然だと言わんばかりにジャイアント・キングスライムが飛び跳ねて雫斗の腕から肩へと移り上下左右に伸び縮みする、どうやら喜びを表現しているらしい。
「当然でございます。この有様を見れば一目瞭然。貴方様が此の102迷宮群の主でございます、そして私キリドンテ・マリクルソンは102迷宮群のマネージャーにして貴方様のしもべでございまする」と言ってもう一度頭を下げた。
「ところで、報酬が迷宮の権能だと言っていたけれど、具体的に説明してもらえるかな?」そうなのだ、具体的な事は何一つ分からないのだ。
「おおおお~。これはしたり!!」と言って剥げ掛けた額を”ペチャリ”と叩くと、あちこちのポケットをゴソゴソと引っ掛き回す。暫くして「ありましたぞ! ありましたぞ!」と言って”そのポケットには入らんだろう”と思えるような大きさの光輝く珠を取り出して雫斗に対して捧げ持つ。
「どうぞ此の迷宮の心核をお受け取りくださいませ。これは此の迷宮群の要であり全てで有ります、そして其の迷宮の心核を迷宮の中心たる台座へと、御自ら据え置くことで迷宮の権能の一部を受け取る事が出来るのです」そう言いながら”どうぞどうぞと”押し付けてくるキリドンテ。
余りの押しの強さに、思わず受け取ってしまった雫斗は驚いた。見えている迷宮の心核だが持った感覚がまるでない、もし空気が見えていてボール状に為って居たならこんな感じなのかと、ふと変な想像をしてしまったが、それを知ってか知らずかキリドンテがにやっと笑って言う。
「このキリドンテ。主殿を謀っている訳でも嘲笑している訳でもありませぬ、此の迷宮の心核の在り方こそ迷宮たる真の姿でございます」と言ってニカッと笑う。
「まあいいや、…ところで台座って何処に在るの?」キリドンテの話はほぼ分かってはいないが、ジャイアント・キングスライムとの戦闘と、度重なる情報の奔流に疲れていた雫斗は、取り敢えずやる事はやってしまおうと、台座の場所を聞く。
「はい! 今から御案内いたしますゆえ、此方にお越しくださいませ」と言いながらキリドンテが振り向き扉を開ける仕草をする。すると何時の間にかそこには荘厳な両開きの扉が出現していた。その扉を引き開け片側で頭を下げるキリドンテ。
「どうぞお通りください、台座の間への扉でございます」そう言われた雫斗は躊躇する。普通の扉は空間と空間をつなぐかりそめの壁でしかない、ひとたび開くと先の空間は見えているものだと認識している雫斗は、目の前の開いた扉の先が光のカーテンに遮られていて、この先の空間が見えない事に罠かと思い踏み出せないでいた。
「此のキリドンテ今更逃げも隠れも致しませぬ、あなた様を主と認めたからには誠心誠意お仕えする所存! ささっ。どうぞお通りくださいませ」はよ行けと催促するキリドンテに”ままよ”と雫斗は光のカーテンの向こうへ歩いていく。
そこは荘厳な空間・・・・、いや世界だった。まるでギリシャやイタリアの遺跡の柱を思わせる石柱が立ち並び、その奥にはひときわ高い高座に厳かな台座が一つ。雫斗が驚いたのはその周りの景色だった、まるで宇宙空間に放り出されたかの如く、星が瞬いているのだ。星というには語弊がある、よく見ると星雲や様々な形や色をした銀河が飛び交っている、しかも天井だけではない、そもそも壁が存在しない、雫斗の周りで星や星雲、銀河が巡っているのだ。雫斗は神殿を模した石柱や床がそのまま宇通空間?に飛び出したような感覚に陥っていた。
「壮観でござりましょう、此処が迷宮の心臓部でございまして、私めの自慢の一つでございます。この創作には私めの総力とすべての時間を費やしてございます。・・・ささっ、此方へどうぞ、御蔵の台座へとご案内いたします」と言っていつの間にか隣に来ていたキリドンテが先へと歩き出す。
「しかし凄いね、他の迷宮の台座の間もこうなっているの」と雫斗は何気なく聞いたのだが。
「いえいえいえ。此処はオリジナル、私めの最高傑作でございます。他の台座の間は分かりませぬが、これ程の”クオリチィ~~”はございませんでしょう」と断言するキリドンテ。
「そうなんだ」と気のない返事をする雫斗に、ふんすと苦労話を始める。
「この世界で迷宮が出来て日はあ浅うございますが、この星の知生体は迷宮攻略に熱心でございます。その為迷宮を維持管理するためのマナを補充することはさほど難しくはありませんでした。しかしここ最近、あろうことか迷宮を破壊する輩が増えまして、費用対効果が逆転いたしました。破壊された迷宮をほって置くことも出来ず、致し方なく別の世界の迷宮からマナの補充をいたしました所、思わぬアクシデントに見舞われました。マナの補充をいたしました世界から異物を召喚してしまいまして、その時は慌てましたでございます。・・・・ささっ、此の台座へ迷宮の心核をお乗せくださいませ」。言われた雫斗は、何か重大な事を聞いた様な気がしたが、早く終らせることに気が要っていて気が付くのが遅れてしまっていた。
雫斗が、迷宮の心核を台座に乗せた途端、光の奔流に飲み込まれた。体ではなく精神が何かの光で満ちあふれたのだ、その感覚は一瞬で終わり、何も無かったかの如く静まり返った台座の間で佇んでいた。ふと気が付くと背後でキリドンテが片膝をつき頭を垂れていた。
「これで名実ともに、このキリドンテは貴方様のしもべ。何なりとお申し付けください」頭を上げてニカッと笑うキリドンテ、憎めない御仁ではあるが、先ほど聞き捨て為らない事を言っていたので問いただす。
「さっきの話では迷宮を壊して回る人がいるとか言っていたね?」そう言う雫斗に対して。
「その通りでございます、迷宮とは破壊するものではありませぬ、攻略するものです。重しの有る石の塊で”どすこんどすこん”と叩き壊されてはたまりませぬ、しかも所かまわずでございます。この迷宮を預かる身としては物申したいところではありますが、如何せん彼の者たちは王の名を冠しては居りませんでしたので、放置するしか手立てはございませんでした」と悪びれなく話す。
百花達だ、パイルバンカーで岩に擬態しているベビーゴレム達やダンジョンの壁や岩を無作為に壊して歩いているのだ。鑑定のスキルの取得前は当然本当の岩も叩き壊していた。雫斗もトオルハンマーで壊しているので同罪なのだが。
”あちゃ~”と頭から血の気が引いていた雫斗に、追い打ちを懸ける様にキリドンテの言葉が突き刺さる。
「その修復に、別の世界の休眠している迷宮からマナを取り込んでいたところ、誤って異物を召喚してしまいまして、慌てて対処を模索している所でしたのですが、いつの間にか姿を消してしまいまして、もはやどうする事も出来ず、今に至っております」。
ミーニャだ。どうやら彼女が此処へ来た原因は、間接的にしろ雫斗達のダンジョンでの行いが原因らしい、その事に気が付いた雫斗の頭から血の気が引いた。
「どうされました?」とキリドンテが落ち込んでいる雫斗に不思議そうに聞いて来るが、今は正直に話す気になれない。
「その謝って此方に異物を持って来たっていう事は、逆に此方から向こうにその異物を持って行けるのかな?」雫斗は一応聞いてみる、双方に行き来できるのであればミーニャをあちらの世界へと返す事も出来そうだ。
「ふむむ~~、出来ると言えば出来ますが、それには主様がもう一つ二つこの世界の迷宮を従えれば、異物ではなく主様を向こうの世界の迷宮へとに送る事が出来るやもしれません。そして向こうの迷宮に主様の御旗を御建てになれば移動など容易い事で誤差居ますれば」どうやら今のままでは出来ないらしい。
「そうなんだ、・・・向こうからは来ることが出来て、こちらからは行けないのには理由が在るのかな?」取り敢えず情報が欲しい、今すぐミーニャをあちらの世界へ送る事は考えてはいないが、何が出来て何が出来ないのか、検討する必要がある。
「それは迷宮の格の違いでございます。私共の迷宮はまだ五年の月日しか存在をしておりませんが、あちらの迷宮は休眠しているとはいえ、千年を超える大御所でございます。眠っていてもあふれ出るマナはとてつもない量を誇っておりますので、私めがチョロ、”ヲッホン”搾取していても気づかぬほどでして」ほーう、ダンジョン間で何かしらの競争意識でもあるのか? この事は此れから他のダンジョンの攻略を見据えた時、有利に運ぶかもしれない。
「ところで、僕が他の迷宮を従えたとして、何かメリットが在るのかな?」一応、今の雫斗の探索者としてのランクは見習いに他ならないが、もし他の迷宮に入るとしたら、称号のせいで迷宮の主の争奪戦に間違いなく巻き込まれそうなのだ。そのメリットを聞いておかなければモチベーションが保てない、毎回命を懸けるなんて御免こうむりたいのだが。
「他の迷宮を従えるとなれば、主様の格が上がりまする。これすなわち我が迷宮の格も上がる事に他なりません、さすれば迷宮間の移動もおもいのまま、いかようにも迷宮の機能を変える事が出来まする。ただし本質である資質の向上である魔物との命を懸けた戦闘は変える事が出来ませぬ」どうやら好き勝手にダンジョンの構造をいじる事は出来そうにないが、何か聞き捨て為らない事を言っていたような。
「えっ。他のダンジョン間で移動できるの?」驚いた雫斗が聞くと。当然だとキリドンテが話す。
「もはやあなた様は此の102迷宮群の主でございます、この迷宮群は二つしかございませんが、主はもとより他の方々も主の許可が有れば自由に移動が可能です、当然他の迷宮を主様が取得なされるならば此の星の何処へなりとも移動できまする」その話を聞いて、雫斗はげんなりする。この地球上のダンジョン間で移動できるとなれば、大変な事になる。まず航空機や船舶といった交通網はことごとく壊滅するし移動のコストなんか考えるだけ無駄だ。ましてや収納を使えば物資の輸送も革命がおこる、だがその行為は一人の人の命がけの行為の上に成り立っているのだ。
「まさか僕が全部の迷宮を攻略する前提じゃないよね?」と恐々尋ねると。キリドンテが胡乱な目で雫斗を見据える。
「あなた様が挑戦したいというなら、私どもは御止めいたしませぬが。ご忠告までに、命がいくつあっても足りませぬと言わせてもらいまする。すべての迷宮は隠世を通して繋がっておりますれば、主が違えども、そこは交渉次第でいかようにも出来まする」雫斗はほっと安心するのもつかの間、キリドンテが話を続ける。
「話は変わりますが、主様のしもべとして他の方とご挨拶をしたいと存じますが、いかがでございましょう?」雫斗はうッと言葉に詰まる。一人は行方不明で、もう一人は変態である。胸を張って紹介できない自分が悲しくなってくる。
「え~~と。この本は叡智の書で、その本に憑依しているヨアヒム。・・・でっ、もう一人は今は行方知れずで紹介できないんだ」と叡智の書を収納から取り出しながら言いよどむ。
「なるほど、なるほど。行方知れずとは又けったいな。それでは召喚し直してはいかがかな?」とキリドンテがおっしゃる。雫斗は驚愕してまじまじと彼を見つめているが。
「ここは迷宮にして、魔物を扱うには長けている場所でございますぞ。そして主様は其の迷宮の長でございます、未だ絆で結ばれ、使役している魔物であれば召喚出来ましょうに」と然も簡単であるというキリドンテがニカッと笑う。いや~~だだの、はげかけたオヤジかと思ったが。イケメンだわ・・・。




