第49話 決意の表明は様々なれど、その覚悟は最強となる。(その2)
ダンジョン前の受付は、さすがに無人と言う訳も無く、受付カウンターの中で所在下も無くぽつんと、芳野 冬美 が座っていた。
「おはようございます、芳野先輩。・・・あれ? 今日は猫先生じゃないんですね」と雫斗は周りに目をやりながら彼女に挨拶する。早朝の時間はいつもゴーレム型アンドロイドの猫先生が受付をしていたのだが、今日は見当たらない。
「うふふ、私のお小遣いが厳しくなっちゃって、休みの日は時給の良い早朝に変えて貰ったの。・・・雫斗は今から沼ダンジョン? 何かクルモが消えちゃって元気がないって聞いていたけれど」と冬美が雫斗を気遣いながら聞いてきた。
「はい!! 今からクルモを探しに行くんです。消えた場所で探した方が、手掛かりがつかめる気がして」と元気に答える雫斗に、若干引き気味になりながらも、手続きをしていく冬美であった。
後に学校で女子会と称した女の子だけのおしゃべりの場で、昨日の雫斗の元気の源は何だろうと聞いたところ、元気に「私が雫斗さんを元気づけてあげました」と宣言したミーニャの説明を聞いて、女の子たちの間でちょっとした騒ぎになる事に為るのだが・・・。
その後の雫斗を見る女の子たちの視線の冷たい事冷たい事。事情を知らない雫斗は困惑することに成る。
「はい、沼ダンジョンへの入場の申請は終わったわ。何時もどおりに認証して」と芳野が目で促す、見つめる先は無色透明な水晶玉である。
モニターに映る入ダン手続きの内容を確認して、その隣に鎮座している水晶玉に探索者カードを触れさせる。すると濃い青みがかった色合いに変化する。
その水晶は探索者の本人確認の他に大事な役目がある、本来はそれが目的で設置されているのだが、その水晶がダンジョンカードと紐付けられた探索者カードを、本人かどうかを識別できることに目を付けた協会が、ダンジョンの入場から、取得物の換金および討伐した証明、それに探索者の銀行口座への入金と、多種多様な事に応用し始めたのが始まりだった。
その本来の目的とは。ダンジョンからの帰還の是非を確認する事だった。不思議な事に、この水晶玉は地球上の生物であれば触れると色合いが変わるのだ。
濃い青から紫を経て濃い赤へと触れる人によって色合いが変わって行く、最初は何のことだか分からなかったが、時を経て感の良い者が気が付いた。濃い赤に近い人ほどダンジョンからの帰還が無いことに。
それからは、ダンジョンから帰還できるかどうかの試金石(水晶なのに石とはこれ如何に)、別名帰還確認石として重宝されるようになる。
その水晶玉はダンジョンで産出される、大きな物は別にして小指の先ほどの小さな物は良く見かけるのだ。雫斗も一度ダンジョンに入ると最低一個か二個は必ず見つけるのだが、換金してもいくらもしないので、ほぼ無視をしている現状なのだ。
しかしお守りとしては優秀で、ペンダントやキーホルダとして携帯している探索者が大勢いる。階層を跨ぐさい、色合いを見て行くか行かぬかの判断の材料とすることは珍しい事ではない、かく言う雫斗も携帯をしている。
その色合いを確認した芳野は「はいOKです。気を付けて行ってきてね」と雫斗を送り出す。雫斗は沼ダンジョンへの入場の受付を終えると、簡単なストレッチの後ダンジョンへ向けて軽い足取りで走り出す。
一昨日ぶりのダンジョンではあるが、何故か懐かしさを感じるのはクルモの事が有ったからなのだろうか? 不思議な感覚に戸惑いながらも、防護壁の扉に備え付けられているチェカーを使い中に入る。
過疎地で、しかも村からかなりの距離があるダンジョンなのか、それとも早朝であるからか、人の気配はない。それでも誰も来ない訳ではないので、隠し通路を探す。別名(本来の名だが)試練の道。
宝物の間と試練の間のどちらかへと繋がる道だが、此処へ入ると何物にも邪魔されることは無い、言い換えれば救助の来ない危険な行為と言えるが、名の示す通り試練つまり己の能力の向上の為なので、ここはあえて目をつぶり、通い続けている雫斗なのだった。
思いの他、試練の道を探し当てるのに苦労して時間をかけてしまったが、今ようやく試練の間の入り口に到達していた。相変わらず扉には、”試練の間”と”宝物の間”の文字が、時間をおいて代わる代わる浮き出てくる。
”試練の間”の文字が浮き出たタイミングで扉に触れると、ちょっとした浮遊感と共に”試練の間”の部屋の中へと転移する。
条件反射的に後ろを向くと、何時もどおりに扉が鎮座している。ちなみに、その扉に触れると元の場所へと転移する、そして試練の道を逆にたどると何時の間にかダンジョンへと繋がる壁が元に戻っていて、慌ててその壁に触れると試練の道から排除されて、ダンジョンの洞窟の中で途方に暮れる事になる。
雫斗は何度か経験しているので、戻る事はしないが。試練の間の魔物を見てため息を付く、スライムだ。彼はスライムを倒し過ぎて辟易している事も有るのだが、最近取得(生えてきた?)した称号に物申したいのだ。
【スライムの覇王】・・・【スライムの殺戮者】から変化した称号だ。「俺はスライムじゃね~~~」と叫びたいところだが、問題はそれに付属しているフレーバーテキストなのだ。
[もう十分、これ以上スライムをいじめないで上げて]と書かれている”モノ”を読んだ時、湧き上がる殺意を自覚した。
地面に頭をぶつけて、その殺意を鎮めようと、懸命に自分自身に落ち着けと唱えながら、叫んだものである。「スライムの討伐は、ダンジョンの仕様じゃね~のかよ~~~!」。
確かにスライムを嫌という程倒した覚えはある。しかしである、スライムを倒したことで得られるスキルがある以上、スライムを倒さないという選択は皆無なのだ。
最近スライムの行動がおかしい事には気が付いていた、それが覇王の称号のせいだとは思わなかったのだ。
足の遅いスライムではあるけれど、今までは雫斗がスライムの知覚範囲に入り込むと力の差はどうあれ襲い掛かるために近づいて来るのだが、何時の頃からか震えるだけで近づいて来る事が無くなっていたのだ。
しかも、雫斗が近づくとビターと広がって魔核を差し出す様にさらけ出して来るのだ。まるで土下座して、どうぞ首をお打ちくださいと言われている様で、そうされると如何に雫斗でもスライムに同情してしまい、討伐することが出来ずにいた。
目の前で震えているスライムを他所に、そのまま座り込みクルモとの繋がりを探す、決して油断しているわけではない、此処はダンジョンの中だと言う事は重々承知している。
『主よ、其方は虚空間をどの様に認識しておるのか? 一度聞いてみようと思っていたのだが。どうかなのかな?』と何時もの様にヨアヒムが所構わず質問してくる。
戦闘中であれ、授業中であれ文字どおり所構わずなのだ。最初は無視をしていたが、返事を返すまで念話でしつこく聞いてくるので、何時しか戦闘中でも、授業中でも、思考中でさえヨアヒムと念話で会話をする羽目になっていた。
最初は戦闘の集中が出来ずにイラ付いたり、授業中に叫びそうになったり、考え事の最中に割り込んでくるものだから、頭を掻きむしって毒舌を吐くなど。本気でこの親父との契約を破棄できないかと思った事もあったのだが。
今雫斗は、スライムを警戒しつつ、クルモの気配をさがし、ヨアヒムとの会話を同時に成立させていた、つまり多重思考を習得していたのだ、今では雫斗の取得したスキルとしてダンジョンカードに鎮座していた。
雫斗はそのスキルを使いこなしていて、今は最大五つの違う事柄を同時に行う事が出来るようになっていた。
ヨアヒムがその事を意図していたのは分からないが、一応感謝している雫斗なのだった。
『虚空間? ダンジョンが有る空間の事?』今では律儀にヨアヒムとの会話に付き合う事にしているのだ。
『ふむ。それを含めた有象無象の全てが影響を受け得る十全なる空間の事ではあるな』相変わらず良く分からないが、全て物に何らかの影響を与えていると言いたいのか?。
『魔法や武技のスキルとか、保管倉庫のスキル、あと身体能力が向上する事とかにも関係しているって事? つまり魔力の源って事かな』と雫斗が感じた事を話してみると。
『万物たる物すべては、力によって均衡を保ち力によって姿を変える。すべからず物を支え、そして変えていくのが虚空間と言える、しかし理も無く現世の均衡を変えている訳ではない、彼の者が消え去る事に相成ったのは、何らかの理の不備が有ったのやもしれん。まずは其処から事を起こすがよかろう』ヨアヒムの言葉に。”相変わらず要領を得ないが、要するに証拠は現場にある”を実践しろって事か? と保管倉庫のスキルを思い描き、中身の検証から始めた。
しかし雫斗は途方に暮れる、保管倉庫のスキルを拡張に拡張を重ね、詰めるだけ詰め込んだのだが、その保有量の底が一向に見えてこないのだ。その詰め込んだ大量の物質を一つ一つ調べるとしたら、時間がいくらあっても足りない。
いったいどれだけの物が入っているのか、現実の倉庫と違って中身の掌握は出来ている。何がどれだけ入っているのかは分かるのだが、何処にとなるとあやふやになって来るのだ。
一旦落ち着いて考えてみる。”不備があるとしたら、中身ではなく保管倉庫のスキルの方じゃ無かろうか”そう考え始めると、雫斗の中で”モヤッモヤッ”とした感じを知覚する。
その感覚は何だろうと意識する。辿って行こうとすると散霧していく感触に慌てる雫斗、もう一度とやり直すも同じ結果に落胆しながら、根気よく続けているといきなり壁の様なイメージが飛び込んでくる。
驚いた拍子に、そのイメージが吹き飛んでしまう。唖然とした雫斗は、また繰り返すのかと意気消沈しながらも”モヤッ”とした感触を辿って行く。
今度はすんなり壁の存在を感じる事が出来た、どうやら一度道筋を付けると容易にたどり着けることができる様だ。
何だろうと触れてみる、そして確信した保管倉庫の壁だと。雫斗の保管倉庫のイメージだとその言葉から、巨大な箱を想像してしまうのだ。
上下左右に広がる巨大な壁、天井も見えず床も無い、ただ浮いている状態で壁に触れている雫斗、実際はどうあれ、イメージとして想像ているだけかも知れないが、とにかく保管倉庫のスキルを知覚することが出来たのだ。
”後はクルモがなぜ失踪することになったのかだ”そう考えた時、壁の一画がおかしい事に気が付いた。そこを意識すると、壁の一画が崩れて何か魔法陣の様なものが飛び交っているのだ、どうやら壊れている壁を修復しようとしているのだが、何かが邪魔してうまく修復出来ていない様なのだ。
その壁の修復を邪魔している存在は何だろうと触れてみる、!!!衝撃が走った・・・”クルモ”だ、それは雫斗とクルモをつなぎとめている彼の残滓だった。
雫斗は慌てる事になる、壁を修復しようとしている魔法陣だ。それを止める術を雫斗は知らない、だが何としても止めさせなければいけない。
考えに考え抜いて、ふと思い描く。”壁じゃ無くて、扉なら外と繋がっていても良くないか?”そう想像した途端、穴の開いた壁の近くで大混乱していた魔法陣がピタッと止まった。
暫くすると穴の開いた壁の一部がカクカクと変化していき、両開きの少し開いた扉に変わった。
魔法陣が居なくなり、静まり返った扉から伸びているクルモの残滓に触れてみる、確かにクルモの気配を感じる、まだ雫斗とくるもは繋がった状態なのだと確信した途端、安心感からか現実に引き戻された。
唖然とするも、それでもクルモを探す可能性を感じて、改めてもう一度クルモを取り戻す決意をする雫斗だった。




