第46話 柔らかな心地良さと、確かな絆。(その1)
泣きべそを搔きながらダンジョンを出た雫斗は、取り敢えずクルモを制作した、”アマテラス義体製作所”の制作責任者である池田隼人に連絡を入れることにした。クルモを受け取るときに注意されたことを思い出したのだ。
「ゴーレムの名前が付いて居るとはいえ、義体は機械なので不具合が無いとは言い切れません。今まで機能不全が起こった例はありませんが、この義体は小さく特殊な物なので、もしも何らかの不具合が有ればすぐに連絡をしてください」そう言った増田さんの言葉に一縷の望みをかけてスマホから電話をかけた。
受付を通して最近ゴーレム型のアンドロイドを購入した事を伝え、増田さんに繋げてほしい旨をつたえると、折り返し連絡するとの事なので、ダンジョンの入り口にある待機所で電話が来るのを待っていた。
その時間は雫斗にとって苦痛の連続だった、出会って数日とはいえ自分の半身と言っても過言ではないクルモが力なく掌の中に納まっているのだ。
わずかとはいえ希望がある事に精神的な支が有る事で号泣とまではいかないが、ぐずぐずと涙ぐんでいると、スマホが鳴り出した。
「もしもし、雫斗さんですか?増田です。ご連絡を受けてお電話を差し上げていますが、義体の不具合でしょうか?」と中学生に対応するにしては丁寧な物言いだが、アマテラスの製品であるゴーレム型アンドロイドの顧客の第一位は国の行政府なのだ。
納入先の対応として習慣付けられた言葉遣いというのは、おいそれとは変えられない物なので仕方ないとはいえ、しかし今日の相手は勝手が違った、半泣きで訴えてきたのだ。
「どうしよう~、グスン、増田さん。・・・クルモが・・・クルモが動かなくなりました~~」今まで泣いていた反動か電話から聞こえてきた声は多少くぐもって聞こえてきたが、意味は理解できた。
「えーと、動かなくなったのはどの歩脚ですか、それとも触肢ですか?」と増田はあくまで義体の可動部の不具合だと勘違いしている。
「違うんです、・・・(グス)呼びかけても反応が無くて、まったく動かなくなったんです」雫斗の必死の訴えに事の重大さを理解した増田は、とにかく動揺している雫斗を落ち着かせるため、どういった経緯でクルモが動かなくなったのかを聞きだした。
雫斗の話を聞いている増田だが、時折耳慣れない単語が飛び出して来るが、話の腰を折って止めてはいけないと、最後まで聞いた後話しかける。
「雫斗君。まず分からない事があるのだが、幾つか質問してもいいかね?」クルモが機能停止した経緯を話していると、クルモが動か無くなった事への感情よりも、事の次第を思い出しながら話す事によって気持ちの整理が付き、雫斗自身冷静さを取り戻して行くのを自覚し始める。
話さないという行為は、不の感情を閉じ込める事になり、その感情の行き場がなくなり同じことを考えて堂々巡りに陥ってしまうのだ。
他人、または自分自身に話すという行為で、自覚があるなしに関わらずその負の感情を落ち着かせる事が出来たのだ。無自覚ではあるが客観的に自分のして来た事に対する評価を見直す事になる。
「話の中に保管倉庫とありましたが、新しいスキルですか? 聞いた事が無いのですが」
と増田さんが遠慮がちに聞いてきた。そうだった、まだ発表前だったと今更ながらに話してしまった事を後悔したが、もうすぐ公表される事だし、話した後では仕方がないと開き直る事にした。
「え~~と。もうすぐ発表されると思いますが、・・・3週間程前に保管倉庫というスキルが発見されまして、え~~と・・接触収納の上位版と言いますか、触らなくても収納出来て収納量も桁違いに収納できるスキルなんです」と雫斗が遠慮がちに話すと、増田さんは察したように言葉を返す。
「なるほど、秘匿制限を受けているのですね、解りましたこの話はここだけのこととします」と増田さんが気を利かせて保管倉庫のスキルに関して他言しない事を誓った。
「有難うございます、何というか接触収納と同じでスライムの討伐絡みなので、下手に世間に知れると混乱は避けられないらしくて」と言葉を濁す雫斗。
「そうですか、しかし問題はクルモの義体です。保管倉庫には知生体は収納できるのでしょうか。確か接触収納は生きている知生体は収納の対象から外れるはずですが?」増田はまだダンジョン協会から発表されて間もない、接触収納に関する資料を思い出しながら聞いてみると。
「そうです、普通は収納出来ないんです。・・・が、僕の持っている本に”叡智の書”と言う喋る本があるんです。知能というか、知性というか、取り敢えず意思疎通の出来る本がありまして」。そこまで話すと増田さんが食いついてきた。
「すごいタイトルの本じゃないですか、話す事が出来るんですか?」興奮して聞いてきた増田さんには悪いが、ヨアヒム事を一言、”ポンコツ”で表現できる雫斗は申し訳なさそうに言葉を返す。
「いえ・・・あのぉ~。何というか・・・、タイトル負けしているというか役に立たないというか。契約者の知りえた情報の補完みたいな感じの事しか話さないし、その言葉も契約している人しか聞けないという問題だらけの本で」実は雫斗は増田さんと話している間も、念話で苦情を叫ぶヨアヒムの対応に忙しく結構テンパって居たりするのだ。
「そうですか。良く分からないのですが、その叡智の書がどうしたのですか?」と増田さんが話の先を促す。
「そうでした。その叡智の書は保管倉庫や接触収納に入れる事が出来るので、何が知性体の収納条件になるのか調べようと言う事になって。・・・クルモの義体には知覚を停止させる事が出来る機能が有るらしくそれを使って、・・・ううぅぅ・・ぐすん、・・・僕も、・・まさか収納、・・・出来るとは思わなくて」最後にはその時の事が頭に浮かんで言葉に詰まり、上手く話せない雫斗を見かねた増田さんが話を切り上げて、クルモの状態を見ない事には分からないと、研究室に持ち帰って調べるために明日受け取りに来る旨を伝えて電話を切った。
増田さんとの電話での会話を終えた雫斗は、沼ダンジョン前の待機所で一人悲しみに耐えていた。雫斗には大切な物や人を失うかもしれないという恐怖は、初めての経験なのだ。これ程恐ろしいものだとは思わなかったと、今更ながらに無茶をした事に心を痛めて居ると。
『主よ、何故に悲観的な考えに陥るのか?。・・・確かに主と彼の者との契約はかりそめなれど、その思いは確固たる絆で結ばれておろう。・・・感じぬか彼の者の気配を?彼の者の所在の断片を?其方は知覚して居よう』ヨアヒムに言われてうつむいていた顔を”はっと”上げる、確かにダンジョンカードでパーティを組んだ時のあの感覚は残っている、クルモとはまだ繋がっているのだ。
しかしその存在ははかなく今にも消えそうなのだ、何とか繋ぎとめようと其の感覚を辿ろうと神経を研ぎすませていると、待機所ががぜん騒がしくなる。
「あ~~雫斗だ。あははっは、クルトを何に捧げるつもりなの」と弥生が話しかける。どうやらスライムの討伐というスライム虐待から帰って来たみたいだ。雫斗がクルモを両手に掲げて持ち一心不乱に集中しているのを見て、何処かの宗教画の一コマを思い出したのかそう言い放つ。
「ほんとだ。・・・そのシーン見た事ある」と百花が同調すると。
「ほっほぅ。何かのごっこ遊びかい」と恭平が混ぜっ返して来るし。
「ねぇねぇ、どの神様にお供えするの?」と弥生がとうるさいのなんの、集中してクルモの気の残滓を辿る処では無くなってきた。
「うるさいやい。…クルモが動かなくなちゃたんだ」と雫斗が言い放つと、一瞬の静寂の後一層騒がしくなる。
「ほんとだ動かない」とクルモの足をコキコキ動かしながら弥生が驚嘆すると。
「うっそ!、どうしたのよ」と百花が弥生の後ろから恐々肩越しに見ながら聞いてくる、百花はホラー系が苦手なのだ。
「雫斗、また何かやらかしたのか?」と恭平が当然雫斗が何か無茶な事をやったのだと決めつける。
「うっ!!」と自覚の有る雫斗は言葉に詰まり、早々にクルモの気配の残滓の追跡を諦めた、今は消えていないクルモの感触を確かめただけでも上々だ。
「大丈夫ですか、雫斗さん」と周りが遠慮なく事の次第を聞いてくる中でミーニャだけは落ち込んだ雫斗を気遣う。雫斗は囲まれて圧迫尋問よろしく、四方からの質問にうんざりして、これまでの経緯を話すと。
「ばっかじゃ無いの。何でもやれば良いって物じゃ無いでしょうに」と百花から御叱りを受ける。確かに正論だが、今まで散々反省してきた上に追い打ちをかける様に言われると、雫斗でなくてもむっとなる。
「それよりどうなんだい?、クルモは直る・・・元に戻るのかい?」と恭平が気遣って聞いて来るが、雫斗もこればっかりは何とも言えないが、力づよく宣言する。
「たぶん。…いや絶対もとに戻すよ!。・・・どっちにしても、増田さんにクルモの状態を見て貰ってからになるけど」と最後は尻すぼみな決意表明にはなったが、クルモとの繋がりを再認識した今、光明は見えている雫斗だった。
暫く皆でワイのワイのと議論していたが、どの道クルモの状態を知らなければどう仕様も無いと、解散して家路についた。




