第44話 思い込みと勘違いは、思わぬ結果へと導かれる良い例となる。(その1)
予想外な出来事に対応する能力は、経験の積み重ねによって培われていく事になる、その典型的な出来事が今まさに起こっているのだが、雫斗のヤラカシタ事態に、いち早く正気に戻り次々と指示を飛ばしていく泉一佐。
流石に新設の部隊を任されて要るだけの事は有る。機転の速さと指示の的確さに元同僚の海慈は感心して見ていたのだが、隣で呆然ときのこ雲を見上げている自分の息子を気遣いながら聞いてみる。何を隠そう雫斗を引きずり倒したのは海慈なのだ。
「けがは無いか、雫斗。・・・おい!雫斗」二回目に呼ばれた時の声の大きさに我に返った雫斗が、狼狽えながらきのこ雲に向かって指をさす。
「どうしようお父さん。きのこ雲が」震える声で父親を見上げながら訴える雫斗に、安心させるように静かに海慈が言う。
「落ち着きなさい!!何も核爆弾だけがきのこ雲を作るわけじゃない、だから安心しなさい。それにうまい具合に此処には計測装置がたくさんある」と転がっている機械類を見ながら茶化す様に海慈が言う。
そうなのだ、通常兵器でもきのこ雲を発生させることはできる、しかし問題は其処ではない。核爆弾に匹敵する瞬間的な破壊力を雫斗が持ち合わせて居る事が、ただ鞭を一振りするだけで作り出す事が出来るその事が問題なのだ。
そうしている内にも事態は進行していく、けが人の有無、安全の確認のため人数の点呼に始まり、吹き飛ばされたテントと計測機器の片付け、見事にえぐれている稜線の調査とやる事は満載なのだ。
「おい!そこの二人。突っ立って居られると目障りだ、官舎に行っていろ」何もしていない二人に邪魔だから離れていろとのお達しに。
「出来たらそのまま帰りたいのだが、・・・・そうもいかんか」とため息をつく海慈に対して。
「何を危惧しているのか分からんでもないが、心配するな。何が有っても帰してやる」との確約を貰った海慈が、「絶対だぞ!」と念を押して歩き始める。
「どういうことなの?」雫斗は父親に付いて行きながら今の海慈と泉のやり取りに疑問を感じ聞いてみた。
「うん?、いや大丈夫だとは思うが。拘束されるかもしれないからな、一応泉は約束してくれたとはいえ、他の奴がどう出るかによって状況は変わる」と何処かうわの空で不穏な事を言う海慈に驚愕する雫斗。
「えっ!!、僕たち捕まるの?」雫斗の驚いた声に我に返る海慈。どうやらもしもの時の逃走経路を考えていて思慮の無い言葉をかけてしまっていた様だ、雫斗に要らぬ心配をかけた事に伐の悪い顔をして落ち着いた声で。
「安心しろ雫斗。私たちは協会の探索者だ、今の日本・・・いや世界の国は探索者協会を無下には出来んさ。それこそ経済が破綻しかねないし、治安の上でも貢献している。だから心配するな」という海慈だが、国家という権力が崩壊している現状を理解していない人達が、何をしてくるのか見当もつかない現状で、無策にしている事は、其れこそ身の安全を投げ出す事になるのを熟知している海嗣なのだ。
「それに、ここ最近の雫斗の協会への貢献度は凄まじいからな。その探索者を切り捨てる協会ではないさ」とウインクして安心させると、雫斗の頭をくしゃくしゃにする。
東富士演習場の建物の中で待っている間、時間の経過とともに落ち着きを取り戻した雫斗だが、待たされている間は悶々とした時間を過ごしていた。海慈はあちらこちらに連絡を入れている様で、忙しくしていたがどうやら終わりがやって来た、泉一佐と増田さんが連れ立ってやってきたのだ。
「やぁ、待たせたね。時間が無いから簡単に説明するよ」とかなり憔悴した増田さんが話し始める。
「今日の試験の目的である、雫斗君の光線から有害物質が出ているかの検証の件だけど、詳しい事は後日報告するけれど、破壊力は別にして有害な物質等は観測されなかったよ、光線の射出時及び着弾地点でも放射線や放射能などの物質は検出はできなかったね」と淡々と話す増田さんだけど、少し様子がおかしい。何か焦っている様に見受けられるのだ。
「その他の有害な物質に関しては、標的の鋼板と着弾地点から採取した検体を詳しく調べた後にはなりますが、此処にある機材で確認した限りでは何も出てきませんから、多分大丈夫でしょう」そう話した後、何か言いたそうにしていたが自重したみたいだった。しかし本来の目的である、危険な物質の有無が分かっただけでもありがたかった。ほっとした雫斗に追い打ちをかける様に泉一佐が話を引き継ぐ。
「あの場に居た制服組の一人が上に連絡したようで、政府内で君たちの拘束の話が出ているらしい、そこで命令が出る前に返してしまう事にした、面倒事は御免だからな。今ヘリの用意をしているからそれで帰ると良い」と何とも男前の発言である、しかし海慈は怪訝な顔で聞いてきた。
「おいおい、言い出したのは俺だが、責任問題にならないか?」と帰路の確保を確約した泉一佐を心配して聞くのだが、泉一佐は鼻で笑い。
「構わんさ。べつに罪を犯しているわけでも無い、表向きは法治国家の日本で政府の都合で人権の侵害など出来んさ」と公僕としては問題発言をしている様に見える泉一佐にニヤついて海慈が揶揄いながら聞いてくる。
「つまり裏では何をしてくるか分からんから、それならいっそお払い箱にして、煙に巻こうと言う事か」泉一佐は多少の躊躇のあと、少し顔を赤らめながらも言い切る。
「煙に巻けるかどうかは分からんが、居ない者を拘束しろとは言えんからな。・・・準備が出来たみたいだ、行くぞ」。泉一佐の付けているインカムに連絡がきた様で、雫斗達が部屋を出ようとした時、増田さんが声を掛けてきた。
「あの~~、彼の・・・雫斗君の光線の再検証をしたいのですが、どうでしょうか?」。
流石に研究者であっても、この切羽詰まった状況は分かるようで、遠慮がちにかけた言葉に、驚いた様に振り向く海慈と泉だが、泉が律儀に答える。
「今の状況ではしばらくは無理ですね増田さん、検証するにしても地上では危なくて無理でしょうし。もしもう一度検証をするとしたらダンジョン内と言う事になりますが、増田さん・・・ダンジョンに入れます?」泉のダンジョンの言葉に躊躇する増田。ダンジョンに入らなければいけないと言われて、蒼ざめる増田はどうやらダンジョンに入ったことが無い様だ。
「やはりダンジョンですか、・・・」と肩を落とす増田、ダンジョンが出来て5年もたつが、未だにダンジョンに入る事に恐怖を感じている人が居る事は当然と言える、誰しも自らの命の危険がある場所へとおもむくのは抵抗があるものだ。
落ち込む増田を部屋に残し、雫斗達を待つヘリドローンへと向かう。雑賀村にもヘリポートが有るので、空からの帰還というのは分かるが、大げさだなと思っている雫斗を他所に、離陸の準備に余念がない機体整備のクルー達が離陸の準備をしていた。
雫斗達が普段使っているヘリドローンと違い、戦闘での使用を想定しているので、大型でかなり武骨なつくりをしているが、基本的な構造は変わらない。一番の違いは人が操作すると言う事だ、普通のヘリドローンはヘリポートからヘリポートへの移動で済むため、決まったルーティーンで済むが、事戦闘やその為の人員の移動となるとそうもいかない為、人が操縦することに成る。
雫斗達が乗り込もうとすると、何やらわきのほうで揉めている様なのだが、離陸前の機体への妨害は当然阻止することに成るので、屈強な自衛隊の隊員二人に抑えられていて近づく事が出来ずにいる人が居る。
何やら大声で叫んでいて、機体に乗り込むことを躊躇する雫斗だが、ヘリドローンのエンジンの音にかき消されて何も聞こえない事を良い事に、海慈に促されてそのまま乗り込む二人、結局そのまま離陸して雫斗と海慈は無事雑賀村へ帰還できたのだった。
ヘリポートで自衛隊のヘリドローンから降りた雫斗と海慈は、のんびり歩きながら家路へと向かっていた。今日は休日ということもあり、母親の悠美に報告するにしても家へと向かわなければいけないのだが。村に有るただ一つの販売施設の売店前で、百花と弥生に捕まった。二人で買い物に来ていて店を出ようとした時に、海慈と雫斗の二人とばったり出くわしたのだ。
「あ~雫斗だ!、帰って来ていたんだ。海慈さんお帰りなさい」百花が素っ頓狂な声を上げると、菓子パンを食べながら出て来た弥生がばつが悪そうに口を動かしながらも。
「おかえり~~~」と菓子パンを口の中で転がしながら、多少曇った音にはなったが、一応はっきりと聞こえる声で挨拶する。
「ねぇ~ねぇ~。お昼のニュースでやっていた、あの爆発のきのこ雲、雫斗がやったんでしょう、どうやったの?」と百花が食い気味に聞いてきた。
「ニュース?。何それ」と雫斗。きのこ雲は自覚があるので分かるが、”ニュース”の単語に戸惑っていると。
「そうそう、お昼のニュースで速報で流れていたよ。すっごい大きなきのこ雲」と弥生が追い打ちをかける。唖然として反応が出来ないでいる雫斗に代わって、海慈が答える。
「君達も分かっていると思うが。雫斗の光線の検証をしたのだがね、不用意に放って良いものではない様だ、特にダンジョン外だと制御が難しいのかもしれないね。・・・君達も習得したら使いどころを間違えないようにね」と習得の禁止では無く、あくまでも使用に関しての注意にとどめておくようだ。
「「はい分かりました!!」」と元気に答える二人に頷きながら、「雫斗、私は先に帰っているから遅くならないようにな」と言って家へと帰って行った。
それからは百花と弥生の質問攻めにあって、雫斗がうんざりしていると。「あ~~。シズちゃんだ!!」後から出て来た百花の妹の千佳が声を上げる。
「ねぇ~ねぇ~シズちゃん、どうやったら、あんなすっご~い爆発が出来るの。大きかったね~、あのきのこ雲」姉妹で買い物に来ていて売店前で弥生とばったり出くわした様だ、大事そうに袋を抱えて出て来た千佳の言葉に落ち込む雫斗だが。無邪気に笑顔で話を持ってくる千佳に、罪悪感に苛まれている雫斗は多少の癒しを感じていた。
「千佳ちゃん千佳ちゃん。雫斗のあの必殺爆裂弾は簡単には習得できないよ、それに使い道も限られるし、あの爆発は至近距離で使うと、自分までダメージを受けるよ」いつの間にか、雫斗の知らないうちに攻撃技に名前がついていた。所詮ただの投擲技なのだが大げさな名前がついていて雫斗は呆気に取られていた。
「何その名前、恥ずかしいんだけど」と雫斗が抗議の声を上げると。「仕方ないじゃない、雫斗の投擲技の威力が普通のと違うんだもの、区別しないといけないし」と百花がため息交じりに話す。
どうやら買い物をしながら、投擲の技の名前を考えていて、その事で盛り上がって居た様だ。”エクスプロージョン・ボム”やら、”必殺爆裂弾”はまだ可愛いほうで、”偽核爆発弾”やら”暗黒破壊弾”など別の次元に飛んでいきそうなものまであった。
「ねぇ、ねぇ。シズちゃん。どれがいい?」と楽しそうに千佳が決定を促す、「”必殺”なしの爆裂弾でいいよ」と無難な答えを返す雫斗。”え~~~、必殺を付けた方がかっこいいのに~~”との千佳の言葉を無視して百花が雫斗に詰め寄る、百花にとって技の名前はどうでも良いようだ。
「それより、どうして光線が爆発に変わるの?しかも破壊力が半端じゃないんだけど」と百花が疑問を口にするが、雫斗自身あの一回だけの経験では予測がつかない。いや、そもそも爆発すること自体が許容範囲の外なのだ。
「その事だけど、安全装置みたいなものかもしれない。弥生が言っていた様に、至近距離だとその爆発に放った人自体が巻き込まれてしまうからね」そう話す雫斗自身、確信があるわけでは無い、ただ実体験とヨアヒムの要領を得ない説明で予測を立てているだけなのだ。




