第42話 ダンジョンの中では普通でも、ダンジョンから出てしまうと非常識になるホンの一例。(その1)
雑賀村の中学生一行は、一旦ダンジョンの入り口近くの広間に集まり、全員の点呼の後帰る事にしていた。雫斗達は早めに切り上げた事もありまだ誰も来ていなかったので、ミーニャとクルモは他の人が来るまでの間、収納を使った投擲の練習をしていたのだが、帰って来た他の面々のミーニャのその姿を見た反応は両極端だった。
一本鞭を懸命に振っているミーニャを見て、感動に打ち震える人と、完全に引いている人に分かれるのだ。一体何を想像しているのかは分からないが、手を胸に重ねて目をハートにしている女子を見て雫斗はげんなりしていた。
探索者協会の雑賀村支部の業務を兼ねている村役場へとやって来た雫斗達、これから雫斗のやらかしたことを報告するために来たのだが、流石に全員では多すぎるので雫斗の他は美樹本姉弟の双子だけが付き添っていた。
雑賀村の支部長を兼ねている村長の母親の悠美に報告するため、妹の香澄のお迎えはミーニャにお願いした。さすがに報告してそのままお終いとも思えないので、香澄を長い時間待たせるわけにもいかないからだ。
役場に隣接している保育園に兄の雫斗とミーニャが迎えに来た事で、多少びっくりしてはいたが、ミーニャと帰れると知ると大はしゃぎする香澄は最近彼女と仲がいい。
両親と同じ部屋で寝る事が今までの香澄の常識だが、ミーニャを”お姉ちゃん”と慕って、ミーニャの部屋で寝る事を覚えてしまい、違う部屋で寝るという新しい感覚に喜びを感じている様子だった。同じ家とはいえ部屋が違うとお泊り感覚があるのか親が隣に居なくてもよく眠れているみたいだ、これは香澄の親離れというか一人寝も近そうだ。
香澄とミーニャを見送って、雫斗は沈痛な面持ちで母親に面会を求めた。終業前だった事も有り悠美はいたが、応接室に通される雫斗は断頭台に連行される囚人の気持が分かった気がした。案の定、雫斗の表情とその後ろから現れた美樹本姉弟を見て、何かを悟った悠美がため息をつく。
「雫斗と美樹本姉弟なんて珍しい組み合わせね?。 悪い予感しかしないわ」と最近の悠美の悪い予兆を嗅ぎ取る確率が高くなってきていた、何と言っても今朝鑑定のスキルと保管倉庫の情報開示を雑賀村限定で許可した(雫斗に話しただけだが)ばかりなのだ。
「情報の開示制限に関しては少しばかり物申したいことは有りますが、此れは早急に確認した方がよろしいかと思いまして報告に来ました」と美樹本姉が少しばかりカタイ言葉で話をする。これは瑠璃が悠美に対して他意があるわけでは無く、リスペクトした結果そうした言葉遣いになってしまっているだけで、元官僚のバリバリのキャリアウーマンだった悠美に憧れているだけなのだ、瑠璃が説明を始めるが、途中から悠美が止めに入る。
「待って、待って!。どうしてダンジョンの攻略が、物理学の講義になるの?」。文系の悠美にはいまいち理解が追い付かない様だった。
「えーと、接触収納内で何かを射出する時に加速することが出来る事はお分かりですよね?」瑠璃はかみ砕いて説明する事にした様だ。
「ええ、それは分かるわ、この間雫斗が音速を超えたと喜んでいたわ」悠美が最近の話よねと頷くと。
「どうやら収納内では、今の所出す時限定ですが圧縮も出来みたいなんです。で、雫斗の収納の圧縮ですが常識を外れてまして、どうやら原子核がつぶれて崩壊するまで押し潰してしまっている様なんです」。淡々と説明する瑠璃だが、自分で話していてなんだが、ほんとかよと思いながら説明しているのだ。
「原子核が崩壊してしまうとどうなるの?」。良く分かっていない悠美は条件反射的に聞いてきた。
「その後も圧力を加え続けると、圧力に負けて極限まで潰れてブラックホール化します」。ブラックホールの言葉を聞いて驚きの声を上げる悠美。
「ブラックホール?!!。 大事じゃ無いの」悠美にするとブラックホールのイメージは、巨大で星を粉砕して飲み込む怪物のような存在でしかないのだ。
「普通に言われている超巨大なブラックホールではなく、ナノ単位の極小のブラックホールなんです」取り敢えず悠美のイメージを払拭することから始める為に続けて話す。
「極小のブラックホールですから、作られる傍から消滅していくみたいです、ただ収納内での事なので確認のしようが無くて、雫斗本人がそう言っているので疑う訳ではないんですが、事が事なので体に有害な放射線とか出ていないか調べた方が良くないかいうことに成りました」雫斗が話したことになってはいるが、本当はヨアヒムに言われたことを話しているにすぎないが、ここは自重して何も言わずにいる雫斗だった。
「ふぅ、そう。良く分からないけれど、色々と調べると良いのね。だけど、どういった経緯でこうなったの」一つため息をついて起こってしまった事はしょうがないと、多少あきらめの心境でいた悠美だが、瑠璃が説明している間、気配を殺して大人しくしていた雫斗に悠美の追及の手が伸びてくる。
「収納の出口をどこまで収縮出来るのか確かめたくなっただけだよ、ここ迄大事になるとは思って無かったよ」。これは雫斗の正直な気持ちで、本来雫斗は平穏無事が身上なのだが、どうやらここ最近の彼はやらかしてばかりなのだ。呪われているのかもしれないと近頃は本気で考え始めているのだ。
悠美は自分の息子である雫斗について、自分の興味のある物事に対する執着と集中力が尋常ではない事は知ってはいたが、雫斗の功績の発端は彼が探索者協会に登録してきてからなのだ。どう見てもチームで倒したとはいえ、格上のオークを倒したことが影響しているのかもしれないと考えているのだ。
「分かったわ、取り敢えず本部に報告してからね。どうやって調べるか、研究機関との調整も有るからしばらく時間が必要だわ。分かっているとは思うけれど、雫斗その間これ以上の考察はしばらく禁止よ」と雫斗の最大の娯楽の自重を言い渡された彼はしおらしく了承して連絡待ちと言う事でその日は終了となった。
雫斗はその日の夜、食事を終えて自分の部屋でまったりしていると、珍しくヨアヒムから話しかけてきた。
『我が主よ。提案があるのだがよろしいか?』遠慮がちに念話で聞いてきたヨアヒムに驚いてパソコンの画面から顔を上げる雫斗。
『珍しいね、君から話しかけるなんて。どうしたんだい?』そこに居る訳ではないが、虚空を見て集中している雫斗に、何かを感じたのかクルモが寝床で身じろぎをして主人を(まだ契約していないが)を見つめている。
『契約に関して興味があるなら、物は試しという言葉も有るでは無いか。まずは其処のアンドロイドまがいの魔物と主従契約してみてはどうかと思うぞ』そうなのだ、今ネットで検索しているのは魔物との契約、またはテイムや召喚に関する記事をあさっている所なのだ。
魔物を従えている探索者はいる事はいるが、ゴーレム型のアンドロイドを別にすると、報告されている例を推挙すれば10人もいない。従えたと言ってもどうやって出来たかもわからなくて、魔物の種類もまちまちで謎が多いのだ。しかし召喚やテイムに関しては色々分かってきていた、それは召喚というスキルの場合、そのスキルによって現世に顕現するのは同じだが、個体によってそのまま居座る個体と帰還する個体とに分かれている。
召喚主が倒されない限り、何度でも召喚できるのは変わらないが、召喚主と召喚された側で相性でもあるのだろうか?。
又テイムは関しては、戦った魔物を使役する事だが、その条件はまだ良く分かって居なかった。ただ言えることはどちらも魔核が関わっているらしいという事しか分からなかった。
ダンジョンで誕生してすでに現世(ダンジョン内を現世といってよいものか疑問が残るが)になじんでいる魔物を使役する事と、スキルによって召喚する魔物とでは大きな違いが有る事は分かっている。
召喚した魔物は倒されてもクールタイムが有るとはいえ、召喚し直す事が出来るが。すでに現世で活動している魔物を使役した場合は倒されるとその個体はいなくなることになる。
リポップすることでこの世界に顕現する事には成るが、元の魔物と再契約できるかどうかは天文学的な確率になるようだ。
魔物にも個性があるらしく、召喚にしろ主従契約にしろ使役した魔物は主人の影響をもろに受けるため、個性的だともっぱらの噂だった。
確かにアンドロイド型ゴーレムのクルモやモカをはじめ良子さんや猫先生、ロボさんといった人達も魔物の範疇ではあるが、かなり個性的だ、魔物も我々人類と同じように個々の本質はみなそれぞれ違うという事なのだろう。
スライムにやゴブリンといった比較的弱いと言われている魔物でも、ハイゴブリンやゴブリンソードやゴブリンアーチャと言った特殊なゴブリンも居る事だし。
環境や生い立ちによって強さが変わってくるというのが一般の認識になりつつあるのは事実だ。ダンジョンが出現して五年、その間成長し続けてきた魔物がどうなっているのか、考えただけでも寒気がしてくる雫斗なのだった。
スライムに関しては、最近の発見ではあるが水魔法を使うスライム迄いるし。深層では家ほどもあるスライムを見かけたとの証言もあるくらいだ、そんな大きなスライムをどうやって倒せるのか見当もつかない。
魔物の強さに関してもスキルで召喚している魔物はスキルのランクで変わって来るが、魔物その物を使役している探索者は、その探索者の経験と使役している魔物自身が倒した魔物の強さや、あと取得した魔石の量と質によって変わって来る様だ。
現世に顕現した魔物は、ダンジョン内では存在を維持できるが、ダンジョンの外では魔力の濃度が低いためダンジョンから離れれば離れるだけ存在自体に影響が出る様で、魔石での魔力の維持が欠かせなくなってくるのは、良子さんから聞いて知ってはいる。
使役している魔物の強さに関しても、戦闘や諸々の経験の違いで個々の資質が変わってくるのだが。レベルの高い魔物の魔石の取得でも経験値が上がるとは驚きだった。
話を戻すと。魔物の数は星の数ほどあれど、契約している探索者は少数という事で有益な情報という意味ではほとんど無いと言っていいのだ。魔物を従者として使役する過程もまちまちで何が正解なのかも分からずじまいなのだ。いや、そもそも正解など無いのかもしれないのだ。
『魔物を使役する条件として、契約という儀式を必要とするが、当然その儀式にはランクがある、強制的に従者を縛るテイムは別として、主従契約には一定の条件と盟約が存在する。要するに友達感覚のいつでも離れる事が出来る契約から、生涯を共にする深~~い契約まで様々と言う事だ。ほれ其処のアンドロイドまがいの魔物もその方との契約を望んでおる、ちゃっちゃと契約するがよいぞ」珍しくヨアヒムが熱弁する、こういう時のヨアヒムは何か良からぬことを企んでいることがある、経験から用心して確認する雫斗。
『クルモが望めば契約を解除できると言う事なのかな、その割には情報が出てきていない事に疑問が残るのだけど?』そうなのだ、魔物との契約の解除においてネットの検索にヒットする情報が全く無いのだ。
『当然であろう。本来魔物は本能で人を襲うが、戦闘を含め諸々の事情で主と認めた者には従順である。よって余程の事情が無ければ魔物の方から契約の解除などする訳が無かろう。それに使役した魔物に逃げられたなど、協会への報告は別にして恥ずかしくてネットに上げる事など出来はせんよ』然もありなんという風に、当然だとヨアヒムは言うが。雫斗も以前ほどでは無いとはいえ、叡智の書という魔導書のヨアヒムとの契約をやめたいと考えている彼にとって、契約を解除できるかどうかは最大の関心事項なのだ。
『その割には、君との契約の解除には難航しているのだけれど』と雫斗が苦情を言うと。
『言うたであろう、契約にはランクがあると。我と主との血の盟約は最高のランクにして至高の契りであるぞ、もはや其方と我を分かつには死をもって他にあるまい』そうなのだ、雫斗はだまし討ちに近いとはいえ、”叡智の書”と言うタイトルに騙される形で自分から契約してしまっているのだ。これ程のポンコツだと知って居れば躊躇していたのにと、悔やまない日は無いのである。
『ところで、これ程クルモとの契約を勧めるのは何か訳が有るのかな?、どう見ても君の願望の様な気がするのだが?』と雫斗はヨアヒムの本音を聞きだすと。
『うっむむむ!。我とて主の他に話し相手が欲しいのだ、隠世に籠りて数千年。ようやく現世に邂逅するも話す相手がいないでは、さみしいでは無いか』叡智の書は本来聞かれたことに関して嘘は付けない。聞かれていない事は話さない又はおかしな方向に誘導する事があるが、そう言う意味では案外正直者ではある。
雫斗がヨアヒムと念話で会話している間、自分の寝床で大人しく待っていたクルモに呼びかける。
「おいで。クルモ」うずくまってじ~と成り行きを見守っていたクルモは、がば~!と起き上がり糸を使ってひらりと雫斗の前に降り立った。
「クルモは、僕の眷属になる事を望んでいることに変わりはないかな?」分かってはいても、一応は最終確認のつもりで聞いてみる。
「当然です、私は雫斗様に使役される事を望みます」雫斗は確認の後、ダンジョンカードを取り出してクルモの前に差し出す、クルモは若干震えている前足をダンジョンカードに添える。テイムと召喚はスキルで魔物を縛るが主従契約は魔物の心と人との心を誓約というお互いの契りで絆を結ぶ行為だ。
ダンジョンカードにクルモの前足が載った瞬間、温かい光が軽くともる。華々しいエフェクトは無いが、確かな繋がりを感じさせる光が灯ると共にお互いの心に絆という楔が撃ち込まれる。
「こういう感じがするのか、ヨアヒムの時は指をなめられた事に衝撃を受けて気が付かなかったけれど、物凄く弱々しいけれど何かクルモと一体化した様な気がするね。取り敢えずこれからもよろしくねクルモ」と雫斗は不思議な感覚に集中していると。
『何を言うか主よ、指をしゃぶるは稚児の習性では無いか、我は親しみを込めて其方と我の契約の証である盟血を舐めとったのだ、此れは友愛の証であるぞ』ヨアヒムのおじさん顔を知っている雫斗は、稚児の習性だの友愛の証だのの言葉にゲンナリしていると。
「今の言葉はご主人の従者をされている方ですか?初めましてクルモといいます」。クルモの挨拶に慌てた様にヨアヒムが答える。
『おおお!我としたことが、その方に答えるのは初めてではあるな。我は”叡智の書”の住人モルア・スマアセント・ド・ピニエラルソン・ヨアヒムと申す、わが主は略称でヨアヒムと呼ぶがその方にもその呼び方を許そうぞ、以後見知り置くがよいぞ』多少偉そうなのはヨアヒムの人柄が出ているが、雫斗はお互いが言葉を交わしたことにほっとしていた。
「モルア・スマアセント・ド・ピニエラルソン・ヨアヒムとおっしゃるんですか、すごく長い名前ですね。お言葉に甘えてヨアヒムさんと呼ばせてもらいます。叡智の書の住人との事ですが、元から叡智の書だった訳では無いと言う事でしょうか?」最初ヨアヒムのフルネームを言えず、未だに覚えていない雫斗は、長い名前を一回で言えるクルモに、羨望の眼差しを向けるが、ヨアヒムは気にする事なく嬉々としてクルモの質問に答えていく。
『我とて最初からこの姿であったわけでは無い。知識の探訪が過ぎて、本に取り込まれてしまってはいるが、もとは普通の人であった。何も悲観しているわけでは無いぞ、今ではこの境遇に満足しておる、何せ人の寿命では無しえない叡智の全貌を知ることが出来るゆえな。かっかっかっ』。ヨアヒムの人生を楽しんでいる様な豪快な笑いに紛れて雫斗はほっとしてはいるが、彼は中々凄まじい人生を謳歌してきている様だ、多少ヨアヒムに興味を覚えて、後にヨアヒムのこれまでの歩みを聞いてみるのも良いかも知れないと思い始めている雫斗だった。
それはさて置き、従者として契約した二人が思いのほか仲がいい事に気を良くした雫斗は、二人の会話を何気なく聞きながら、ふと疑問を覚えた。接触収納にしろ保管倉庫にしろ知性ある生命は収納できない、此れは周知の事実だ。雫斗も試したし(つい、弥生で試して手痛い反撃にあったが)他の人も試したらしく、出来ない事はネットでも盛んに言われている。
しかし生命も色々といる、植物から動物までそれこそ、ピンから・・・顕微鏡の先?からゾウやクジラの様な巨大な生物まで(表言が苦しい!!!)多種多様な生物がいるが、植物は勿論、微生物や細菌、昆虫までは収納出来る事は分かってきたが、哺乳類は無論、魚類や鳥類、両生類など何処までが収納できるのかはまだわかっていない、その線引きを今やっている最中なのだが。
おおむね知性ある生命体だと収納できないのではないかと言われている、その証拠に生命活動が停止すると収納できる時も有る、つまり死亡すると収納の対象になるのだ。
そのような事をぼんやりと考えていた雫斗だが、その事が後に悲劇となるのだがそれはのちの話だ。




