第36話 ダンジョンの意外な恩恵と、その役割?。(その1)
クルモとモカの引き渡しを無事終えた山田社長一行は、明日悠美との面会を希望してきた、どうやらゴーレムの引き渡し以外に要件がありそうだった。
快く承諾した悠美は山田社長に会談の内容を聞いてみた、するとこの村に会社の支社兼研究所を立ち上げたいとの事だった。こんな辺鄙な村に支社を建てるとは奇特な人も有ったものだと悠美は思ったが、雑賀村にとっても税収が増える事はありがたいので取り敢えず明日詳しい話を聞く事にして、今日は村の宿泊施設で休んでもらう為、手続きをして送り出したのだ。
その日の夕食後、雫斗の部屋ではクルモの探索が進行中だ。ワイヤーアクションよろしく文字どおり飛び跳ねている、粘着性のひもの様な細い糸を壁や天井に張り付けて振り子の要領で移動しているのだ。
不思議なのは使い終わったその糸が煙の様に消えていくのだ、どうなっているのかと思ってクルモに聞いてみる。
「クルモ、その糸の様なものはどうしたの?消えていくように見えるんだけど」雫斗の問いかけに、反応してクルモがベッドの端に座って居る雫斗の膝の上に着地する。
「これですか?」とクルモが両側の足の2番目の前足から水芸よろしく波打たせて糸を伸ばす、クルモの足は片側に5本ずつで一番前の足は他の足より短くて、移動に使うと言うより人間で言うところの手の役割をしているようだ。
指も長く、手の形をしていて器用に物をつかんだり出来る様で他にセンサーの役割があるらしい。移動には他の8本の足を使っていて、移動に使う足の前二本から糸を出していた。
普通の蜘蛛は確かお腹にある器官から糸を出していたと思ったのだけど、クルモは足の先から出していて、器用に壁にくっつけたり天井にくっつけたりしてその反動で移動していた。
「そうそれ、消えてなくなるように見えるんだけど、どうなっているの?」雫斗の疑問に、手を出してくれとクルモが言うので、そうすると掌に何やら液体の様な物を足の先から出してきた。
「これが糸になります。何もしなければ、ただの液体ですが空気に触れて魔力を通すと硬化するのです。一旦硬化した後に魔力を切ると消えてなくなります」そう言いながらクルモが実演する。
掌にたまった液体が固まったと思うと、次の瞬間には煙の様に消えていった。詳しく聞くと魔力を通している間は粘着性や方向をある程度制御できるらしいのだが、噴射する圧力の関係で5メートル以上は飛ばす事が出来ないみたいだ、強度的にも現時点では10kg前後の重さを支える強度しかないそうで、今の所クルモの移動手段として試験的に活用しているそうだ。
「私の義体制作には池田さんが持てる技術とアイデアを詰め込んだと言っていました。本来なら雫斗さんが支払った値段の数倍近くは掛かっているそうですよ」とクルモがカミングアウトをしてきた。
確かに雫斗は出来るだけ高性能の義体でお願いしますと言いはしたが、此のちんまい蜘蛛が高級スポーツカー並みとは、その事実に雫斗が呆けていると、クルモは部屋の探索に戻って行った。
雫斗は部屋の探索に余念がないクルモをほっといて机に向かい勉強を始める事にした。其処でふと数日前の出来事を思い出したのだ、沼のダンジョンを使う事ができず、仕方なく村の中にあるダンジョンの2階層で鉱石の採取をしながらスライムやケイブバットなどを倒して居ると、受験勉強で忙しいはずの栗栖先輩を見かけたのだ。どうやらスライムを探して歩いて居る様で、見かけた雫斗はゆっくり後ろから近づき声をかけた。
「サンタ先輩お久しぶりです、珍しいですね先輩がダンジョンに居るなんて」。いきなり声を掛けられた栗栖先輩は驚いて振り返るが、話しかけて来たのが雫斗だと分かると、雫斗の首に腕を回して言い放つ。
「俺はサンタじゃねー、サターンだ」と言いながら雫斗の首に回した腕で締め上げる、別に二人の仲が悪い訳ではなく栗栖先輩への挨拶の常套句なのだ。
栗栖星士斗のあだ名の由来は、斗という字は“ます”と読めるので、名前を入れ換えて栗栖斗からクリスマスになり、星の人でサンタになったのだ。
しかし星士斗はそのあだ名が気に入らないらしく星士の字が入れ替えると土星に似ていることから“サターン”にしろと星士斗自身が言っているのだが、さすがに先輩をサターン(神話の神)呼ばわりは憚られるし、間違えてサタン(悪魔)と言うのは言語道断である。
其処で無難に雫斗達はサンタ先輩と呼んでいるのだが、その都度そう呼ばれて面白くない星士斗が訂正する事が定番の挨拶になったのだ。星士斗は来年の受験を控えて猛勉強中の筈なのだが、チョークスリーパーから逃れた雫斗が聞いてみる。
「星士斗先輩、受験勉強の息抜きですか? でも珍しいですね、ダンジョンは封印して居たんじゃ無いですか?」。サンタ先輩と言うと、また先程の寸劇を繰り返すので、話が進まなくなる為、雫斗は名前で呼んでいるのだ。
星士斗は、高レベルの探索者を目指している、来年開設される探索者を養成する高校を受験する為に猛勉強を始めたのだが、これまでの不勉強が祟って受かるのが絶望的なのだ。そこで受験勉強の為ダンジョン探索を封印していたはずなのだが、その様子だとダンジョンに、かなり通い詰めている様だ。受験を諦めるにしては一年を切って居るとはいえ早すぎると思うのだが、雫斗の問いに意外な答えが返って来た。
「この間の全国学力テストだけど、雫斗はどうだった?」と逆に質問を返してきた。そこで雫斗は思い返してみた、確かかなり順番が上がっていたようだけど、たまたま予習した所と試験問題が重なったぐらいにしか思っていなかったのだが、どうや星士斗先輩は其処に目を付けた様だ。
「確か100番以内だったような・・・・」。「そうだろう!!、ダンジョンに入り浸っている雫斗が、7~8千番台からいきなり2桁はどう考えてもおかしいと考えたのさ、そこでダンジョンだ。ダンジョンで魔物を倒すと身体能力が上がるのは周知の事実だ、それなら知能が上がっても不思議じゃない。そうだろう?」星士斗先輩が期待を込めて聞いてきた。
この人は机の前で勉強することがどれだけ嫌いなのだろうと思った雫斗だが、確かに鑑定で表示される項目に知能は有る。雫斗は単純に魔法の知識を表しているのかとあまり深く考えていなかったのだが、改めて星士斗先輩に言われてみると頷けることがあった。
勉強の質と言うか、効率が上がっている様に感じるのだ。雫斗自身は勉強に対して前から苦手意識は無かったが、ここ最近著しく学習能力が上がっている事は、テストの成績でも分かる。しかも記憶力迄上がっている気がするのだが、あながち気のせいでは無いかも知れない。
雫斗が考えこんで独り言を言い始めたのだが、“鑑定”や”ステータス”、”知能”、”体力”と言った言葉を聞き咎めた星士斗が聞いてきた。
「雫斗、鑑定ってスキルの事かい?そんなスキルは聞いた事ないぞ。しかもステータスとはどういう事だい?」うさん臭げな眼をして聞いてきた星士斗先輩に、雫斗は“しまった!!”と顔をしかめてどう言い作ろうかと一瞬考えたのがいけなかった。コブラツイストならぬ星士斗ツイストに絡め捕られてしまった。
捕まったが最後、抜け出せたものは居ないと豪語していた星野先輩の締め技に、苦悶の声で言い訳を絞り出す雫斗。
「ぐえええ~~、一般的に~~~。あるかも~~~知れない~~~。スキル~~~、じゃないですか~~~。」そこまで聞いた星士斗が締めを緩めて聞いてきた。
「ダンジョンが出来て5年、これまで幾度となく試してみたか分からない、ステータスの表示だが、誰一人として成功した者は居ない。もはやそんなものは存在しないのだと自分に言い聞かせてきたが、君は確信めいた言葉で話していた、・・・・何か知っているのではないか?」
ギクリとした雫斗は思い出した、この人は百花と同類なのだと。感の鋭さでは他の人の追従を許さない程の人なのだった。確信は持てなくても、ほぼ正解を導きだしている辺り人間業ではない。しかしその事を話してしまう訳にはいかない、母親に止められているのだ。しかしこの局面を打開するには、話さなければいけないのか?と覚悟を決めたその時、そこへ救世主が現れた。
「あ~~、やっぱりここに居た。自分で来年は”探索者養成校”に行こうと誘った本人が、ずる休みをするなんて許せないわ」と言いながら近付いて来るのは星士斗の同級生で美樹本 瑠璃、その後ろから双子の弟の陸玖が笑いながら付いて来ていた。
「あ~~、いけないんだ。星士斗ちゃん、後輩をいじめていると内申が最悪な事に成っちゃうよ。校長先生が言っていたじゃん、日ごろの行いが将来を決めるって」。
身長192センチ、体重102キロの巨漢の星士斗先輩を”ちゃん”付けで呼べるのは美樹本姉弟と後数人しかいない、幼い頃から一緒に育ってきている強みだ。
星士斗は流石に勉強をサボっているのを咎められて後ろめたいのか、雫斗の拘束が緩んだそのすきに、抜け出した雫斗は一息を付いていた。
「べ、べつにサボっていた訳ではないぞ。これも受験勉強の一環で机の前に居て暗記で知恵熱を出したり、計算問題と格闘するだけが学習では無いんだ」と星士斗が、さも正論を話していますみたいな事を言ってはいるが、その発言に自信がないのか言葉に力が無い。
「何、馬鹿な事を言っているの、さ~~ぁ今までサボっていた分みっちり勉強してもらいますからね」。と瑠璃が身長をせいいっぱい伸ばして星士斗の耳をむんずと掴みそのまま引きずって行く、星士斗は”痛い痛い”と言いながらも素直に引きずられていくのは、瑠璃と星士斗の力関係が良く分かる出来事だ。陸玖が「邪魔してごめんね~~」と言いながら瑠璃に引きずられていく星士斗の後ろから付いて行って結局、鑑定やステータスの事は有耶無耶になり事なきを得たのだった。
その日の事を思い出して、鑑定や保管倉庫のスキルが有る事が探索者協会から発表された時、来栖先輩からのお仕置きを考えると、この事は母親の許可が無くても話した方が良い気がして来た。どの道、遅かれ早かれ知られるのなら、自供した方が罪は軽くなるし、締め技5連発は正直勘弁してもらいたいと思っている雫斗だった。
考え様に寄っては、探索者養成学校の学力の試験に絶望的な来栖先輩が、ダンジョンの恩恵?の御かげで試験に受かったと成れば、それはそれでダンジョンで魔物を倒すと身体的にも学力的にも向上する事の証明にも成るし、良いのではないかと考え始めていた雫斗だった。
物思いにふけっていた雫斗だったが、気が付くと目の前で心配そうに顔を傾けてのぞき込んでいるクルモの顔が有った。のぞき込むというより、小さい彼の場合見上げているのだが、大分長い時間、考え事をしていた様だ。
「大丈夫ですか?ご主人様」と心配げに、見上げながら聞いてくるクルモのカワイイい事カワイイ事。明日学校で先輩たちにスキルの事を白状することを決めていた雫斗は、ベビーゴレムの魔核からこの様な小さなかわいらしゴーレムを作ることが出来る事を伝えて、お仕置きの厄災を回避しようと目論見始めていた。クルモを見せた途端、瑠璃先輩辺りにクルモがこねくり回される未来を想像して多少胸が痛むが、ご主人と慕うクルモに甘えて、人身御供の供物となってもらう事にした。
「いや、少し考え事をしていてね。もうこの部屋の探索は良いのかい?」クルモの体を指でさすりながら、答えると。クルモは少し、くすぐったそうにしながら雫斗の指を撫で返す。
「はい、大まかな物の配置は把握しました、自分の居場所が分からないと落ち着かないものですね。これはゴーレムとしての本能でしょうか?」とクルモが聞いてくる。まだ生まれて日の浅いクルモにとって見る物全て初めての事なので、好奇心が抑えられないのだろう、ただ2,3歳児特有の、“何、何故”攻撃が無いのは嬉しい事だ、いちいち説明するのはいくら雫斗が優しいからとって、うんざりする事柄には違いがない(それでも雫斗は説明するだろうが)。
「う〜ん、どうなんだろう?誰でも初めての場所は緊張するし、落ち着かないからね。ま〜自分の居場所を確かめるって言うのは、生きている物全てがする行為だし良いんじゃ無いの。それより、クルモは産まれてそんなに日にちが経っていないでしょう?初めて見る物を認識出来るのは、ゴーレム型アンドロイドの横の繋がりのせい?」。雫斗は前にゴーレムの良子さんからチラッと聞いた事を尋ねてみた、ゴーレム型アンドロイドは、同じゴーレムの魔物とは違う強みがあるみたいなのだ。
偶然とはいえ人工知能と融合した事により、インターネットに容易に繋がる事ができる為、ネットを介した横の繋がりが、情報の共有として物凄く重宝するのだとか良子さんから聞いた事があるのだ。詳しく聞こうとしたら、良子さんに上手い事誤魔化されたのだが、雫斗も聞いてはいけないタブーなのかと、その時は詳しく聞けなかったがクルモなら聞きやすそうだ。
「ゴーレム専用の情報サイトの事ですか? 自分の事を認識した直後に先輩ゴーレムから教わりました。何でも知識を得る時間の短縮になるそうです、先輩達の時は初めての事もあり手探りで大変だったそうですが、今ではほぼ全てのゴーレムの情報の共有源に成っているそうです」。とクルモは事も無げに話す、聞きにくい事を聞いている自覚の有る雫斗の気持を、知っているのか気にして居ないのかは分からないが、どうやら秘密のサイトではない様だ。
「え~と、知られても構わない情報なのかな?前に良子さんに聞いたときは、はぐらかされたのだけれど」と言いよどむ雫斗にキョトンとしてクルモが答えた。
「ああ~、それはですね。多分雫斗さんに気を使ったのだと思います、ゴーレム専用のSNSや書き込みサイトには、嘘や欺瞞、扇動やデマ、思い込みという書き込みは一切ありませんから、そもそもたった一人の書き込んだ発言を信じるなんて、私達ゴーレムからすると考えられません。思考を放棄するなんて知性を捨てる去る様なものです」と生まれて数日のクルモからの人類に対するダメ出しに赤面する雫斗だった。
確かにインターネットの普及で、知りたい情報が簡単に手に入りはするが、そこには嘘の情報やデマが紛れ込んでいる事は間違いではない、その情報を鵜吞みにして、さも自分が情報源だと気軽に投稿する人は、言い換えれば洗脳されているようなものだろう。
自分の頭で考える事を放棄した時点で、良い意味で在れ悪い意味で在れその嘘の発信者の奴隷と化している事に気が付かない、大げさに言えば人間という種を投げ捨てる様なものだろう、ゴーレムとAIの混合種という新しい知性に指摘されて、改めて雫斗自身も気を付けようと気を引き締めるのだった。




