第34話 モフモフは至高の存在であると自負すれども、カワイイの定義は如何なるものか?。(その3)
学校に着いた雫斗は級友からの質問攻めにあった、早めに来ていた百花や恭平が話したらしい。
「ねぇねぇ、ほんとに猫ちゃんが話すの?」とか「すご~~く大きいそうじゃない。ねぇどの位?」と色々聞かれて辟易した。
「ちょっと待って。確かにうちで保護しているけど、隔離して居る訳じゃ無いからそのうち会えると思うよ」と説明するが一向に止まらない、結局ホームルームの時間まで質問に答えることに成った。その過程で今日2階の部屋を片付けてミーニャの寝室にする話をしてしまった、そのことが後に騒動を巻き起こすのだった。
取り敢えず沼ダンジョンはしばらく使えない事を話して、質問を打ち切った。その放課後、雫斗たちは村役場に向かっていた。
「でも横暴じゃない?沼ダンジョンを使用禁止にするなんて。せっかく鑑定のスキルを取得出来たのに、これじゃ~宝の持ち腐れよ」と予想どおり百花が不貞腐れる。
「仕方がないさ、ダンジョンの揺れと違う世界の住人が現れたんだから、調査の対象になるのは当然だね」と冷静な恭平が落ち着いた感じで話すと。
「そうね、何かあるとこの村じゃ対処できないものね」と割りと肯定的な弥生の発言にいよいよ機嫌を悪くする百花、そのはけ口が自分に向きません様にと、せつに願う雫斗なのだった。
村の役場の会議室ではある程度の方針が決まっている様で、和やかな雰囲気でくつろいでいた、その中にミーニャは当然いるのだが、学校の校長先生と猫先生が居たのには驚いた。
「どうしたんですか?校長先生と猫先生まで来ているなんて。もしかしてかなり大事なはかりごとの予感がするんだけど」と物事に動じない百花が聞いてきた。
「その事について説明するわ」と悠美が話し始めた、どうやら今まで決まった事を説明するらしい。
「まず、ミーニャちゃんを保護した場所は森の中という事にしたわ、下手にダンジョンで見つかったなんて言おうものなら、中央の省庁が横やりを言い出しかねませんからね、そこは皆さんで口裏を合わせてくださいね。それと雫斗、ミーニャちゃんは異言語習得のスクロールを使ったのよね?」と雫斗に聞いた。使用させたのは雫斗なので”そうだ”と肯定してと答えると。
「ミーニャちゃん、文字が読めないの。多分文字の読み書きを習っていないからだと思うけど、こちらの文字を教えて見ようかと思って先生方に来てもらったの」と悠美が言った。確かに文字の読み書きは習得して居なければ分からないのは当然だ。
異言語理解のスキルは文字が読める様になるのだが、話せるように為るとは限らないのだ、文字を読んで理解する事と、話を出来る様に成る事は別の事らしい。その点、話を聞いただけで言葉を習得できる異言語習得はかなり優秀だ。読み書き会話を同時に出来るようになるのだから、ただミーニャの事で分かった事実が有る。文字の書き方を習得していないと、言葉と同時に文字を見ても理解できない事を。
「えっ?じゃ~ミーニャちゃんと一緒に学校に通えるんですか?」と弥生が興奮気味に聞いてきた。
「さすがに、すぐに高等教育は無理にゃ、まずは小学の低学年と一緒に文字と計算の勉強にゃ、それから少しずつランクを上げて学習していくにゃ」と猫先生が言うと、少しがっかりして、「そうですか」と気落ちした弥生が答える。
「ミーニャは知能は高そうにゃ、皆で教えてやったらすぐに追いつくにゃ」と気の毒に思った猫先生が言うと、”そうか!!。その手があったか”と弥生と百花が気勢を上げる、雫斗は弥生と百花のスパルタ教育を受けて目を回しているミーニャを想像して気の毒そうに彼女を見るが、当のミーニャは訳が分からずキョトンとしていた。
「それで、森の中で彼女を保護したと言って信じて貰えるんですか?」と恭平が懐疑的に言うと。
「なに。数十年前に流行った異世界転移小説の逆バージョンじゃ、その時の読者が今の政府の中枢じゃよ、簡単に信じるじゃろう。現実にダンジョンが出来てしまっとるんじゃ、こちらがそうだと言えば疑わんじゃろうな」と楽観的な敏郎爺さんが言う、他の長老達も肯定的なのだが、若干疑問を感じて聞いてみると。母親の悠美がそれに答えた。
「その当時異世界転生小説のブームでね、現実の世界で事故や事件に巻き込まれた主人公が死亡した後、神様や精霊に異世界で特殊能力を貰って転生するといった話が主流だったの、その世代の読者が今の政府の中枢だと思うと少し寒気がするわね」と悠美が顔を曇らせて話すと。
「ばっかじゃ無いの~~!」と百花が憤慨する。「神様がいるかどうかは分からないけど。もし神様の恩恵があるなら、それはこの世に生まれて生き抜く事と、生を全うして死を迎える事よ。その二つは確実に訪れるわ。確かに平等ではないけれども、それでも奇跡には違いないわ」と怒りをあらわにする。
百花や雫斗達もそうだが、生きるという事に対してどん欲だ。逸れこそ藁にすがってでも、泥水をすすってでも生き抜く事こそが人生だと叩きこまれている。叩き込んでくれたのは、主に雑賀村の長老達だけど。
「それじゃ、暫くは沼ダンジョンは使えなくなるんだよね。村のダンジョンは使っていいの」と雫斗は話題を変える。
「前にも言ったけれど、一階層でのスライム討伐は禁止よ。たとえ目的地に向かう途中でもね」と悠美がくぎを刺す。
「分かっているよ、昇華の路を攻略したら2階層か3階層でスライムを探してみるよ」と雫斗がパーティーを代表して言うと、残りのメンバーも”しょうがないね”と諦めたふうに同意する。
昇華の路の奥にある試練の部屋に出てくる魔物は完全にランダムだ、一匹一匹は弱くても、湧き出てくる数が半端ない。
雫斗も一度は魔物の大群に飲み込まれる寸前までいったのだ、そのことを思い出して身震いしていると。
「もう連絡事項はおしまいなら、私たちは帰っていいかしら?此れからミーニャちゃんのお部屋の模様替えがあるのよ」と百花が言い出した。
「えっ!どういう事」と訳が分からず雫斗と悠美が思わず聞き返したら。
「あら、雫斗が二階の空き部屋を片付けてミーニャちゃんのお部屋にするって言っていたじゃない?女の子の部屋だし殺風景だと可哀そうだから、クラスの子達が可愛い物を持ち寄ってコーディネートすることにしたの。今頃集まっているはずよ、さあ~早くいきましょう」と百花に腕を取られて引きずられるように会議室を後にする雫斗とミーニャを、呆気に取られて見送る大人たち。
村役場を出て雫斗の家に向かいながら不思議そうにミーニャが質問してきた。
「コーディネートって何ですか?」確かに知らない言葉は理解できないか、英語だし。日本語と英語で意味は違ってくるけどどう説明しよう、と雫斗が悩んでいると。
「お部屋を可愛く飾り付けるの。ぴきゃぴきゃに可愛くするから楽しみにしていてね」と百花が身も蓋も無いことを言いだした。真剣に考えた雫斗があほみたいだ。
「わ~~、楽しみです」とミーニャが嬉しそうにしているので、雫斗は何も言えなかったが、楽しそうに話している女の子達の会話の腰を折るほど、雫斗は世間知らずでも鈍感でもなかった。
雫斗の家の前では、ちょっとした騒ぎになっていた。クラスの子は勿論、話を聞いた大人たち迄ミーニャ見たさに集まって来ていたのだ。
「わ~、あなたがミーニャちゃん。ほんとに大きな猫ちゃんなのね」。
「すごくきれいね~~、その毛並み、どうやったらそうなるの?」。
余りの人気ぶりに、驚いて雫斗の後ろに隠れて顔をのぞかせるミーニャ。すると観客のボルテージが一段と上がっていく。
”きゃ~~かわいい”。”お耳をハムハムしたい”。”やっぱりモフモフだわね。最高だわ~~”。一向に下がらない過熱ぶりに、香澄を連れて遅れてきた悠美が呆れて釘をさす。
「あなた達いい加減にしなさいよ。人の家の前で騒いでどういう事?」。
「あら、こんなに可愛い子を一人占めは良くないわ、私達にも紹介しなさいよ」とここに来た目的を話すその人は百花のお母さんで斎藤 一十華という。当然百花の妹の千佳も来ていて、さっそく女の子同士で集まってミーニャを中心にわいわい騒いでいる。
「ねえねえ、話が出来るって本当なの、異世界から来たって聞いたわよ。それを聞いたらワクワクしちゃって来ちゃったのよ」と興奮気味に話す。悠美は無理もないと諦めた、異世界物の小説を読んで育ってきた同じ世代なのだ。
「しょうがないわね、・・・ミーニャちゃんいらっしゃい、皆に紹介するわ」と悠美がミーニャを呼ぶ。子供たちの中心で質問攻めにあっていたミーニャがこれ幸いと寄って来た、当然子供達も付いてくる。
悠美とミーニャを中心に人の輪が出来上がる、物心つく頃から人間という物は危険な存在なのだと、母親を始め獣人のコロニーの大人達から口すっぱく言われ続けて居るミーニャにとって、この世界の人達にこんなにも歓迎されている事には、戸惑いを通り越して感動を覚えていた。
「この子がミーニャちゃん、大きな獣の姿だけど言葉を話せるし礼儀正しいから、私達と同じだと思って接してね。猫を撫でる様に勝手に触ってはだめよ、彼女は幼い女の子じゃ有りませんからね、特に男性は気を使う様に」と悠美がミーニャを紹介した。確かにミーニャは“撫でてもいいか”と聞かれても拒否しそうにない、悠美や海嗣も頭を撫でる程度で全身を触りまくる事はしなかった、それはミーニャに遠慮して居るわけではなく、彼女を1人の人間として扱って居る様だ。
ミーニャの紹介も終わり、各自が自己紹介と質問を始めると、ミーニャはアワアワしながらも丁寧に答えていく、しかし次第に言葉が詰まる様になってきて終いには泣き出してしまった、周りの大人達がオロオロするなか香澄が近づいてきて「どうしたの?」と聞く。
「私はヒック、この世界のヒック、人達に良くして貰ってヒック、私だけがこんなに幸せで良いのかと思うと、ヒック。お母さんや他のみんなに申し訳なくて」と泣き始めた。
詳しい話を聞いた訳ではないが、ミーニャ達の世界で、彼女達が人族からの迫害を受けて居る気配は感じていた。しかしミーニャの話に悲壮感がなかった為、それ程深刻な事だとは思っていなかった、どうやら間違っていた様だ。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん達が助けてくれるから」香澄がミーニャの首に抱きついて一緒にもらい泣きしながら話す。ミーニャ達の境遇の意味は分からなくても、困って居る事は理解出来たみたいだ。
「そうよ、今は何の約束も出来ないけれど、私達に出来る事が有るとしたら支援は惜しまないわ。そうよね、皆んなもそうでしょう」悠美がここに居る雑賀村の住民に、ミーニャの境遇に対するこの村の在り方を確認する。一応小さな村とはいえ政治に携わるものとして、時節を見る目はある。これからの政府との交渉に対して村の住民の協力は欠かせないのだ。
「そうね、この村で何ができるかは分らないけれど、やれる事は最大限努力するわ。例え誰かが貴女を拘束しようとしても、私達がまもるわ」と一十華が肯定すると、他の面々も同調する、ダンジョンが出来てからここ5年で住民の考え方も変わって来た。
日本政府の在り方に疑問を持って居るのだ。いまだに中央集権政治を強行しようとして色々な政策を打ち出してきたが、悉く裏目に出ていた、そのほとんどがダンジョン関係の条例だ。




