第3話 スライム討伐と魔物のお話
「はー やっと着いた」と、さすがに疲れたのか斎藤 千佳が両手を膝の上にの乗せてひと息をつく。
ここは村から一山超えた池のほとりにある、通称”沼ダンジョン”、村の畑の耕作用の農業用水を貯めるために作られた溜池の、すぐ上の崖にいつの間にかできていた。雑賀村には村の中心の畑のあぜ道に突然出来ていたダンジョンと、この沼ダンジョンの二つがある。
何故ため池のほとりにあるのに”ぬま”なのかは謎だが、最初にそう呼ばれているので変えようが無いのだ。
村にある2つのダンジョンはどれも3層しかない、これは調査済みで3層しかないダンジョンは、初心者ダンジョンもしくは3層ダンジョンと呼ばれている。
ちなみに9層までのダンジョンは生産ダンジョンと呼ばれていて、10層以上のダンジョンは攻略ダンジョンなどと呼ばれている。
10層以上のダンジョンが攻略ダンジョンと呼ばれ由縁は、最下層に必ずダンジョンオーブと呼ばれる球体が台座に鎮座していて、そのダンジョンオーブを守る魔物が確認されているからだ。
その魔物を倒し、ダンジョンオーブを持ち去るか、そのまま使用するとそのダンジョンは一時的に機能を停止する。すると全ての魔物がそのダンジョンから消え失せ、取得物も取れなくなることから、ダンジョン内に居た探索者は帰還することになる。
そしてそのダンジョンは、そこから出る事は出来ても、中に入る事が出来なくなるのだ。その事からダンジョンの攻略が出来たと最初は思われていたのだが。しかしダンジョンが消滅する訳ではなく、しばらくすると再構築されたダンジョンが復活するのだった。つまり今までの攻略情報が全く役に立たなくなるのだ。
ダンジョンの最下層にあるダンジョンオーブというのは力を秘めた不思議な物体で、使用すると不思議な事が探索者に起こった。力が強くなったり、持久力や素早さやが増加したりと自分の身体能力が上ったり、外国の言葉が聞いているだけで理解できるようになるなど、様々な事が出来る様になったのだ。
ダンジョンの中であれ外であれ魔物を倒すと魔石と呼ばれる物と、たまに素材や魔核、スキルの書かれたスクロールなどがドロップするが、確率はそれ程良いわけでも無かった。
スキルスクロールも同じように不思議な事ができる様には成るが、大きな違いはスキルスクロールは技の単体で、比較的簡単に習得できるが、スキルオーブは体系的な技の総称であったり直接身体能力の強化に繋がったりした。
スキルオーブでの技の習得にはかなりの習熟が必要とされているが、汎用性はスキルスクロールと比べると比較に成らない。スキルオーブ一つで、スキルスクロールの20個分の価値があるという人までいるのだ。
数々のスキルの内一番のインパクトは魔法だと言える、火の玉を飛ばしたり風を巻き上げたり地面を裂いたり盛り上げたり、嘘か本当か奇跡だとし思えない様な事が出来るようになったのだ。
なぜ魔法が使えたり体が強くなったり言葉が分かるようになったのか、その原因はダンジョンだとされている、ダンジョンカードを取得した時に何らかの体の変化が起こり、スキルや魔法が使える準備ができたのではないかといわれている。
ちなみに魔法の薬と言われている”毒消し薬”や”体力回復薬”、”気付け薬”などの薬系と、それから裂傷や病気を瞬時に治す”ポーション”などはダンジョンカードを持っていないと効果は半減する、つまりダンジョンの恩恵を受けるためには、ダンジョンカードの取得が絶対の条件だと言える。
オーブを取得するには最下層を攻略するほかに、5層や10層のボス部屋と呼ばれる怪しい空間に居る魔物か、階層を徘徊している階層主と呼ばれている強い魔物を倒しても手の入るのだがオーブの出現する確率が悪かった。
しかし10層以上のダンジョンを攻略するには余程の実力が無ければ出来ない為、3層から5層までの浅いダンジョンを専門とする初級探索者と、10層までの中層を探索する中級探索者、それ以上の深層を探索する上級探索者とすみ分けられていった。
9層までのダンジョンにはダンジョンオーブがない、つまり攻略? されることがないしダンジョンの再構築もない。
しかも1層2層は洞窟型で鉱石が産出される、3層の草原と森の複合型は食糧や木材、毛皮や織物など、その他諸々の生活に必要な物が取得できた、それ以上の4層から5階層はダンジョン毎に内容が変わり、諸々の取得物が変わって来る、それが生産ダンジョンと呼ばれるゆえんである。
沼ダンジョン以外のもう一つのダンジョンは、村の近くの畑のど真ん中に出来た、いくら最弱の魔物とはいえ危険なので、湧き出た魔物はすぐに討伐される事になる。
つまりダンジョンカードの取得にはダンジョンに入らなければいけなくなるのだ、いくら最弱のスライムとは言ってもダンジョンの中では何が起こるか分からない。
しかしこの沼ダンジョンは村から離れている事もあり放置しがちで、湧き出す魔物も結構な数がいる、湧きだした魔物はなぜか弱い部類の魔物が多く、同じ魔物でもダンジョン内と外では大きさや強さが変わって来る。ダンジョンの外にいる魔物の方が、ダンジョンカードの取得には打って付けなのだ。
ダンジョン内に限らず魔物は必ず魔核と呼ばれる物が体のどこかにある、その魔核を破壊すか動けなくなるまで傷つけると、光の様なものに還元されて消えていくことになる。
その後には魔晶石と呼ばれるものと、極たまに魔物が装備していた物がそのまま残ったり、剣技や魔妓などの技の書かれたスクロールやオーブ、それと牙や爪などのその魔物の特徴的な部位などの素材が描かれたカードなどがドロップする。
その素材のデフォルトされた絵と素材の名前、あとドロップさせた魔物の名前が書かれたカードの使い方はしばらくは解らなかったが。とあるパーティーが検証と攻略を手探りで進めて、ようやく5階層のボスを倒したときある”石板”がドロップした。
”石板”には不思議な文字が書かれていて、初めてドロップさせたそのパーティーは何か貴重な事が書かれているのではないかと思い秘匿しようとした。
しかし書かれている内容が分からないので、あれこれ伝手を頼って言語理解のオーブかスクロールを探しているうちに、他のパーティーが全く同じ”石板”を公開させてしまった。
結局最初に”石板”を公開させた人達は内容は分からなかったが、言語理解のオーブを取得した人たちが解読した結果、ダンジョンの特徴や魔物の情報などダンジョンを踏破するのに有利な情報が書かれていた、石板を公開したパーティーはその報酬で大金を手に入れた。ちなみにダンジョン攻略の情報の報告は早い者勝ちである。
大金をもらい損ねた秘匿しようとしたパーティーはの後に「欲をかくもんじゃない・・・あの時公開していれば」と後悔したとされる、それからである攻略情報やダンジョンから出てくる石板は、いずれ誰かに公開されるのであれば、早めに公開した方が得をするとそういう風潮が出来上がっていった。
さてその”石板”だが今では数多くの石板が見つかって居る、その内容だが色々なダンジョンの攻略情報であった。
その階層で見つかる宝箱の中身の情報やドロップしたカードの実体化の仕方、たまに出現するマジックアイテムの使い方などなど、多彩な”石板”がドロップした。
ちなみにカードの実体化は割と簡単で、自分の魔力もしくは魔晶石の魔力を使う方法がある、ただカードを持って素材その物をイメージするだけ。
すると魔晶石もしくは自分の魔力とカードを消費して、カードに書かれた素材が実体化するのである。ただしそのカードの所有者しか実体化も譲渡も出来なかった。
沼ダンジョンから少し離れた広場に集まった一行は、休憩と昼食を済ませると、小学4年生以上の生徒はスライムを倒してのダンジョンカードの取得、3年生以下の生徒は、魔物と遭遇した時の対処方法の学習に分かれていく。
雫斗たちは二手に分かれて池のほとりでスライムを探すことにした、雫斗と百花は女の子四4人、恭平と弥生は男の子3人を担当する事になった。
「さてスライムの倒し方は覚えたかな?」百花がダンジョンカード取得することになっている女の子達に聞く、「はーい!、はーい!」と百花の妹の千佳が元気に手を上げる。
「はい千佳答えて」と指さすと「水を掛けます」と千佳が元気に答えるするとすかさず「ブッブー、違います!」とダメ出しをする百花。
「えー違うの?」と千佳の抗議の声を無視して。
「だれかわかる人?」と他の子に聞いてみる、すると中学一年の女の子の一人がおずおずと手を上げる「はい、すみれちゃん」。指名された園田 すみれが恥ずかしそうに答える「水を掛けて水たまりを作るんだと思います」。
「はい正解。皆もよく覚えていてね、スライムは水を掛けても倒せないからね水たまりにつけるものだと覚えていてね。じゃー水溜りができないときはどうするのかなー、だれかわかる人!」。
「えーあってるじゃん」とすねた様なの声を上げている妹を無視して、百花は他の女の子に聞いている。妹に対してなかなかの塩対応である。
スライムの倒し方を聞いている百花に、「タオルをかける?」と自信なさそうにもう一人の中学一年女の子山下かおりが答える。
「半分正解かなー、かおりちゃん。正解はびしょびしょに濡れたタオルをかけてしずーかに水を掛けてくの、そうしたら魔核が出てくるからその魔核を叩いて壊せばおしまい、簡単でしょう?」。
百花が話すと簡単そうに聞こえるが実際はそう簡単ではない、話の中の魔物と実物の魔物では雲泥の差がある。
実物のスライムを見てさあ倒してごらんとなったとき、さすがに女の子たちはプチパニックになっていた。
プニョプニョと動く丸い物体に「きゃ~~気もち悪い~~」と目を閉じてしり込みする女の子や、ズリッズリッと近ずいてくる芋虫のような動きのスライムに「ちかづいてくる~~」とじわっじわっと後ずさりしていく女の子。微動だにしない物置の様なスライムと睨めっこをしていた女の子が「なんか、目が合った~~」と訳の分からないことを言い放ち、水を掛けるという簡単なことができないでいる。
それでも手助けできないため「大丈夫だよぶにょぶにょしているだけだから」と言いくるめ。「ゆっくり、ゆっくりだから。襲い掛からないからよく見て」と助言して。「目はない!目はない!スライムには目はないから」と諭して何とか全員が無事スライムを倒して、ダンジョンカードを取得することができた。
最後に全員が集まって帰る準備をする、点呼も終わり最後に引率の先生が話をする。
「全員揃いましたね。それでは帰る前におさらいです、皆さんが倒したスライムや蝙蝠、ネズミなどは、ダンジョンの外では何もしなければ近づいてきません、村の中ではないと思いますが見つけても近づかないように、すぐに大人の人に知らせてください。それでは皆さん怪我の無いように帰りましょう」。
今日の遠足の目的の一つに子供たちのダンジョンカードの取得があるが、本当の目的は年少の子たちに遠目ではあるが、魔物と魔物を倒しているところを見せるというのがある。見ると聞くとでは大きな違いがあることは実際に去年の終わりに雫斗たちが体験している。
引率してくれる探索者協会の職員がいるとはいえ、いきなりダンジョンの2階層でケイブバットとケイブラットを倒せとは、中学1年には荷が勝ちすぎた。
取り敢えず一人一匹ずつという最初の予定は予定でしかなく、いきなり十匹程のケイブバットとケイブラットに襲われた。
パニックた4人は「落ち着きなさい」と言う職員の声をBGMに、全員で戦うという愚策に出た。
要は目の前に来たケイブバットを持っている”木の棒”で叩き落としたり、ケイブラットを蹴り飛ばしたり踏みつけるだけなのだが、当然連携など出来るわけもなく、でたらめに振り回す仲間たちの木の棒を避けながら、襲ってくるケイブバットやケイブラットを倒すことになった。
雫斗が最後に覚えているのは、渾身の力で振り下ろす百花の木の棒を、ひらりとかわすケイブバットと、自分の頭に落ちてくる木の棒で、なぜかコマ送りで近づいて来る棒の先端を見ながら衝撃とともに意識を手放した。
気が付いたのは村のダンジョンに隣接した建物の医務室だ、大きなたんこぶの上に冷やしたタオルを乗せて「ごめんね~^^」とウソ泣きしながらしがみついて謝る百花と、後で笑いをかみ殺しているその他その面々。
はいはい分かりました。結局ダンジョンで大きなたんこぶをこさえて気を失ったのは雫斗だけで、他はちょっとした擦り傷と打ち身で済んだらしい。
しかしダンジョンに入る前、しなりのある木の棒では魔物は倒せないと百花が木刀を主張していたのを、ケイブバットではオーバーキルだからと説得した職員に感謝だよね。
木刀だと今頃お墓の中だったかもしれない。取り敢えずダンジョンカードは全員取得できたけど、雫斗はしばらくダンジョンの2階層に軽いトラウマを抱えることになる。
ダンジョンの魔物は中と外では性質が異なる。中では弱い魔物でも人に対して鬼の様に襲ってくるが、ダンジョンの外では身の危険に敏感になる。
ケイブバットやケイブラットは夜だけ活動するようになるし、スライムなど動きの遅い魔物は隠れる様になり、人を避けているようにも見える。
しかしダンジョンから離れることは無く、その近くで生息しているのだ、何か法則でもあるのかもしれない。
雫斗は下級生にせがまれて、嬉しそうにダンジョンカードを出し入れしている子たちを、何気なく見ていたが、”そういえばこれも不思議の一つなんだよな~” と自分のカードを手に出して改めてみて見る、するといきなり背中に衝撃を受けて転びそうになる。
「何ぼんやり歩いているのよ!!、転ぶわよ」と悪びれないセリフを吐きながら百花が背中をどついてくる、女の子離れしたバカ力に耐えて何とか転倒を免れた雫斗がジト目を百花に向けると。
「何よ!」と警戒する百花。今ここで「今どついたから、転びそうになったんだよ~」とすごく言いたい、言いたいがここは我慢だ、言えば口喧嘩になる口喧嘩で勝てないのは分かっているので戦略的撤退だ。
「僕らの時は大変だったなーと思って」とカードを見せながら話すと、さすがに気まずいのか。
「なっ何よ!!ちゃんと謝ったじゃない。たんこぶの分は謝ったわよ」とのたまう、(たんこぶは、余計じゃ~)。
くすくす笑いながら弥生が助け舟を出す「百花ちゃんも必死だったもんね~、泣いているのか笑いを堪えているのかわからない肩の震え方だったけどね~」と弥生がからかうと。
「裏切り者~~、違うのよ誠心誠意謝ったのよ、ほんとよ。でもねたんこぶを見ちゃうとね、なぜか肩が震えるのよ^^」笑っているのを白状しやがった。
「はいはい分かりました、いや分かっていました、僕の存在なんてそんなもんだったんだね」と拗ねて雫斗が言うと。
「いや~ね~。そんなんじゃないわよ額が割れて血がどばーとなったらさすがに慌てるけど、プププたんこぶじゃ~ね~^^」開きなおって鼻で笑う百花。
「うるさいやい、血がどばーってなったら傷が残るかもしれないじゃんか?」冗談じゃないと雫斗。
「あら男の子が顔の傷の一つや二つ気にするもんじゃないわ、笑われるわよ」さも当然と百花。
「なんてことを言うんだ、人の顔を傷ものにするつもりか」と憤慨する雫斗、そんな漫才を始めた二人を生暖かい目で見る弥生。
「ところで明日の講習、みんなはどうするんだい?」突然天から声が、降りてくる。・・・ぎょっとして三人で声の主を見上げる。そうだった、こいつがいた。
立花恭平 1メートル80を超える長身で筋肉質、存在感はあるが滅多に喋らない為、居る事自体が自然な、空気の様な安心感のある存在。
「わ、私は行くわよ資格を取っていて損はないし、雫斗は?」百花が当然だと答える。
「僕も行くよ、明日の講習を逃せば三か月後になっちゃうからね」そう雫斗が話すと。「私も行く」と弥生が答える。
「それじゃー全員行くとして、集合場所はヘリポートで7時集合でいいかな?」。恭平が時間と場所を聞いてくる。
「そうねそれでいいわ、それにしても不便よねこの村、資格を取るのにも買い物をするのにも、町まで出かけなきゃいけないなんて面倒だわ」百花が不満げにいつぶやくと。
「仕方ないさ政府はこんな過疎っている村に、税金をつぎ込むだけ無駄だと思っているのさ、まーヘリドローンを飛ばしてくれるだけでもよしとしなきゃ」恭平が肩を竦めてそう言う。
この村は愛知県の県庁所在地である名古屋市からは、距離的にはそれほど遠くはないが、間に山々が連なっているため陸路では片道3時間程かかる、その解決策としてヘリコプターとドローンの合いの子みたいなヘリドローンがヘリポートとともに整備されることとなった。
自動運転の発達とともに空を飛ぶドローンの自動化も進んでいく。その進化とともに、重い荷物は陸上輸送、人の移動と軽い荷物はヘリポートからヘリポートへのヘリドローンによる航空輸送と住み分けられていたったのだ。




