第17話 トラウマの克服の対処は、己の勘違いだったと思い知る。
悠美村長の追及を何とか躱した雫斗達は、村役場を辞する事にした。
「百花さんと恭平君はダンジョンに行くなら怪我しない様にね、何があるか分からないから。・・・さぁー これで用事も済んだわ気を付けて帰りなさい」と悠美が退室を促す。
雫斗が出て行こうとすると悠美に呼び止められる、「ああ!、雫斗帰るなら香澄を一緒に連れて行って頂戴、今日は少し遅くなりそうなの」そう言う悠美に。
「分かった」と告げて雫斗たちは部屋を出ていく。
村役場の前で皆と別れた雫斗は、役場の隣にある保育園の敷地へと入って行った。隣接された遊び場では5,6人の子供たちが、2匹の芝犬を模様した見守りロボットに守られて遊んでいる、その犬はアンドロイドでゴーレムとは違い純粋な化学の産物である。
柴犬の1匹が、雫斗が敷地に入って来たのを見ると雫斗の前に座り雫斗を観察し出した、雫斗は「ワンワンさん、香澄を連れに来たよ」というと雫斗だと確認できたのか、尻尾をフリフリしながら子供達の所へと戻って行った。
香澄は何処かなと探すと、外の遊具と遊具の間にある砂場で、他の子供たちと遊んでいた。
「香澄!」と雫斗が呼ぶと嬉しそうにテケテケ駆けるけてきて、座って待ち受けていた雫斗に抱き着こうとして、手に持っていたスコップの砂をかけてしまう。
「ブヘェ~、」と言いながらも香澄を抱き上げると「あらあら、今日は雫斗さんがお迎えですか?」と”ワンワンさん”から聞いたのか、保育士の鈴木さんが出て来た。
「そうです、母は遅くなるみたいなので、僕がお迎えです」と雫斗が言うと、鈴木さんが香澄を受け取りながら。
「少し待っていてくださいね、さあ~香澄ちゃん砂を落としてきましょう」と香澄を連れて屋内へと入って行った。
「な~~んだ、雫斗兄ちゃんか?」といいながら香澄を待っている雫斗の元へと近づいてきた子供達。足にパンチはするは、靴に砂をかけるは、知らない人だと警戒して近付かないくせに、知り合いだと都市が離れていても容赦がない。
「悪い子はこうだぞ~~!」と言いながら靴に砂を掛けていた子の、こめかみを軽くグリグリすると、周りの子たちが声を上げて逃げ始めたので「が~~お~~」と言いながら追いかけっこを始める、いつもの光景である。
しばらく追いかけっこで、友好を確かめていた雫斗だが香澄が出て来たので終了する、香澄は羨ましそうに鬼ごっこを見ていたが、雫斗が手を差し伸べると手をつないできた、保育士の鈴木さんから荷物を受け取り、鈴木さんと悪ガキどもに挨拶すると家路についた。
「今日は楽しかったかな?」と雫斗が聞くと。
「うん、あのね太郎ちゃんと、芳樹ちゃんと、かおりちゃんとで大きな砂山を作ったの、トンネルも掘ったんだよ、そうしたら怪獣翔太ちゃんが来てね、ぜ~~んぶ壊しちゃった、あははは~~」雫斗は砂山を壊されて喜んでいるのかなと思ったが。
「そうしたらね、太郎ちゃんと、俊樹ちゃんが、怪獣翔太ちゃんをやっつけたの、香澄も頑張ったの。翔太ちゃんのズボンの中に砂をいっぱい入れてあげたの、翔太ちゃん泣きそうになっていた、あははは」うわ~~ 翔太君トラウマになっていないと良いけど。
そんな取り留めもない話をしながら家に帰りつくと、良子さんが待っていて、香澄をお風呂場へと連行していった。雫斗も部屋へと上がりパソコンで投石器的なものが無いかと探すが、考えて見ると収納から放つ瞬間に補足的なスピードが欲しいので、しなりの有る短鞭や一本鞭の鞭系で良いのではないかと思い始めた、取り敢えずネットで調べていくつか候補を絞り込んで購入したが、商品が来るまで暫く時間がかかるので、他の物で代用できないかと考えた。
思いついたのが釣り竿だ。4・5メートルも要らないので、沖合の船で使う大物釣り用の釣り竿は確かセパレータ式で分解できたはずだと思い出す。海慈父さんが同僚と沖釣りに使っていたものがあったはずだと思い出した。
最近は使っていないみたいだし、貰えないか後で聞いてみようと思っていたら、風呂場があいたと良子さんが言ってきた。海慈父さんも風呂を終えたらしい。お風呂に入る前に聞いてみた。
「父さん、前に海用の釣り竿があったよね、まだ使っているかな?」と聞くと。
「確か倉庫に入っているはずだが、何に使うのかな?」と聞いてきたので、投石の道具の代わりだと言うと、使わないから好きにしたらいいと言われた。倉庫へ入ると汚れるのでお風呂へ入る前に探しに行き何とか見つけて部屋へと持ち込んだ。
階下に降りて行くと母親が居ない「母さんは?」と雫斗が聞くと。
「まだ帰っていないよ、ネット会議で揉めているらしい」との事。
「それより早くお風呂を済ませてきなさい」という父親の言葉と、不機嫌そうな香澄の顔を見て慌てて風呂場に直行する。カラスの行水並みの速さで体を洗い終えて食卓に着くと食事を始めた、食事の後に。
「父さん、釣り竿の所有権を移したいんだけどいいかな?」と雫斗が問うと。
「構わないが、どうするのかね?」と聞いてきた、雫斗は紙に譲渡したと書くだけでいいというと。
「これで良いのかね?」と”釣り竿一本、息子雫斗に譲渡する”と書かれた紙を渡してきた。
「十分、十分、ありがとうね」と言いながら2階へと上がっていく雫斗。
自分の部屋へと上がってきた雫斗は釣り竿の先端を収納してみる、意識の中で釣り竿の先端を認識出来る事を確認すると、机へと向かい勉強を始めた。学校では学年の違う生徒が一緒に授業を受けるため、基本的な事しか教えない、後は自習とテストの繰り返しで自分の学力の不足は自分で考えて学習するのが基本だ。
勉強を終えて就寝の前に階下へ水を飲みに降りてきた雫斗は、母親の悠美が寝ている香澄の髪を撫でているのに出くわした、どうやら悠美も香澄不足だったらしい「母さん、帰っていたんだ」と雫斗が声を掛けると。
「ええ、ようやく終わったわ、今まで勉強?」と雫斗の声に悠美が振り返って答える。
「うん、もうすぐ模試があるからね」と雫斗は水を飲みながら悠美の問いに返すと。
「そう、頑張りなさい」と悠美は香澄の髪を撫でつづける。それを見て雫斗は「おやすみなさい」と声を掛けて自分の部屋へと戻っていった。
朝起きると母さんから食事の前に何かの書類を渡された。
「此処に名前を書いて」と母親の悠美が言う、訳がわからず雫斗が。
「どう言う事?」と疑問を口にすると。
「あら!、父さんから聞いていない”スライムバスター”て言う花火の名前の商標権の権利の取得分配の書類よ」。
そう言えばそんな話をしていたなと、何も考えずに名前を書いたが、その書類を鞄に入れながら。
「これでようやく進めるわ」と悠美母さんが言う「ヘェ〜、あの花火の名前”スライムバスター”に変わるんだ」と雫斗は何気なく答えると。
「そうなのよ、あの社長さん、これは商機だと思ったみたいね、今は花火の生産はやって無くて、トンネル工事とかに使う爆発物の生産が主商品らしいんだけど、ダンジョン関係の商品に関われるならとまた始めるつもりの様ね、外国への輸出も視野に考えているみたいよ。取り敢えず早めに納品したいからって、あの書類を早く渡してくれってうるさいのよ、これで落ち着けるわ」。
と悠美がうるさい仕事を終わらせて、清々したと言うふうに言っていたが、後々厄介な事になるとは雫斗にも、その時は思いもしなかった。
その日の放課後、雫斗は売店でロボさんが来るのを待っていた。百花達は先にダンジョンに入っていて、3階層で魔物を狩りながら訓練をしていた、後で3階層で合流予定だ。
約束の時間の少し前にロボさんが大きな荷物を背負って現れた。
「すごい荷物ですね、重くないですか?」と雫斗が言うと。
「私の体は機械ですよ、この位どって事ありません」とロボさん。
ロボさんに付箋紙を買ってもらい、そのままダンジョンに向かうことにする、入ダン手続きをして1階層の広間でスライムの討伐を始める、
スライムを100匹倒したら、付箋紙を使って収納の覚醒を促すことを伝えて始めようとしたら、ロボさんが水中花火の受け取りを拒否してきた。どうするのかと聞くと背中のハンマーを取り出して、「私には此れがあります、愛用の大ハンマーです、雫斗さんの”打撃耐性には打撃で”の言葉に感銘を受けましたね、鍛冶師でもある私もやらなければと思い立ちました」。
「見ていてください」というが早いか、近くにいるスライムめがけてハンマーを打ち下ろす、すさまじい速さで振り下ろされる鉄の塊は、狙い違わずスライムの真中へと打ち下ろされた、ものの1分とかからずスライムは光へと消えていった。
さあ次ですと歩き始めるロボさんを追って、慌てて雫斗は追いかける。スライムを討伐する事1時間半100匹倒したところで収納の覚醒を試す。ゴーレム型アンドロイドのロボさんも、ダンジョンカードを取得して居るので収納の覚醒が出来るとは思ってはいたが、本当に出来た時には少し感動した。
ロボさんは魔物を多少は倒しているらしいので、そのまま小石を収納してもらいながら2階層に降りる階段を目指す、とちゅでロボさんの収納がいっぱいに成ったので重さを計測した。ロボさんの収納の搭載量は340kgを超えていた、ロボさんの体重を聞くと”秘密だ”と言われた、乙女か?と多少イラついたが、たぶん160キロぐらいかと検討を付けた。
2階層の階段前でロボさんから試作した礫の箱を受け取る、何故か弾薬箱を取り出して渡してくる、この中に入っているみたいだ。箱を開けると中に紙切れが入っていて、読んでみると”礫の試作品を高崎雫斗に譲渡するものなり”と書かれていた。
雫斗は箱の中身を確認した。注文通りに成形され散るのを確かめて箱ごと収納する。取り敢えずいつも通りに素手で投擲する。収納の加速と相まって凄い速さでダンジョンの壁に激突する。
「おおおお、そうやるのですね」と言いながらロボさんが真似をしだした、どうやら自分用の礫を持って来ていてすでに収納済みらしい、何度か失敗したがコツをつかむのが早かった。
「これはいいですね」と言いながら岩やスライムめがけて礫を投げ込んでいたロボさんは、終いには軽いスナップと指先の動きだけでスライムに投げ込んで一撃で倒し始めた。
ロボさんが、ある岩の前で礫を投げる動作をして途中で固まった。訝しんだ雫斗が。
「どうしたんですか?」と聞くと。
「あっ?、何故か分かりませんが 投げてはいけない気がして・・・・いえ 何でもありません」そう言って通り過ぎていった。
不思議に思った雫斗だがそのまま通り過ぎ様として、その岩に軽く触れて見る。“ギクリ“何かの不快感が体を駆け巡るが、どう見てもただの岩なので、ロボさんの後を追って2階層の階段をめざす。
2階層に向かう階段の上で下を見下ろして雫斗は去年の事を思い出していた。ケイブバットに襲われて気を失ったことを、今の自分はあのときの自分ではない強くなったのだ、自己暗示で言い聞かせて階段を下りる、ロボさんは気を利かせたのか後ろから付いてくる。
最初の広間、あの時の光景が蘇って来る。「ええい!、ままよ」と勢い込んで侵入する、何もいない広間に拍子抜けしながら、進んでいくといきなり横合いから「シャー!」とケイブスネークに襲われた。
咄嗟に横に避けて真上から礫を投げ込む、狙いどおり頭を打ちぬかれたスネークは光へと変換されて空へと帰って行った 。”ふうっ”と気を抜いた雫斗に、10数匹のケイブバットとケイブラットが襲い掛かる、この間の再現である。多少パニックになりながらも、体が勝手に反応する。危なげなく倒していく雫斗、考えて見るとすでに格上のハイゴブリンやオークを倒しているのだ今更ケイブバットやケイブラットに後れを取る雫斗ではない。
倒し終えた雫斗は、ぼーっとして倒した後の魔晶石を見ていた、「どうしたのですか?」とロボさんに言われて”何でもない”と魔晶石を集めて3階層の階段を目指す、飛び出してくるケイブバットとケイブラットを蹴散らしながら、トラウマの克服ってこんな物かと改めて思った。
3階層に降りる階段までの途中にある、鉄鉱石の採窟場で採集を始める二人、大体30kgで鉱脈は途切れるが此処はダンジョンなのだ、後々リポップする事になる。とはいえ人が居るとリポップしないので次の採掘場へと向かうことにする。
全ての採掘場は、地図に書き込まれているので、いくつかの採掘場を回りながらの採掘となる。今までは2ヶ所も回れば一人で持てる量の限界に近づく為、往復しながらの採集となっていた為、かなりの重労働となっていた。
「この収納は凄いですね、4箇所の採掘場を回っても、まだ余裕がありますね」とロボさんにが言う。
「そうだけど、それでも効率が2倍か3倍程度だからね」と不満げに言う雫斗。
それを聞いたロボさんが「まだ何か、持ち運ぶ為のスキルが有るとお思いですか?」と雫斗に聞いてきた。
「産業として考えるなら、せめて10tから20tクラスの収納なり格納なりのスキルが無いとおかしいんだ」と考えていた事を話す。
「そう言えば、雫斗さんは壁にくっ付いている鉄鉱石に触れて”収納出来ないのはダンジョンと一体化しているからなのか?”、とか崩した鉄鉱石を拾って収納に入れながら、”いちいち手に持つのは非効率だ”、とか言っていましたね」とロボさんが言うと。
「聞いていたんだ!、やはり人の営みに貢献するにしてはまだまだダンジョンは不完全過ぎる、これから探索出来るであろう深層か、まだ発見していない浅い層の何処かなのかは分からないけど、必ず有るはずなんだ」と雫斗は力説する。
3階層に行く為の階段を降りると、百花達の気配・・・を探す必要も無かった。
先の方でものすごい音を出していたのだ、近所迷惑すぎる此れじゃここで鍛錬は無理だな、と思いながら音のする方へと向かう。
そこでは百花が石の礫を投げて無双していた、弥生は短弓を使って草原ウサギやキツネに向かって礫を射かけていた、即席のスリリング扱いの短弓なので射撃制度に多少の不安はあるが命中率は良さそうだった。百花に至ってはトレントモドキに木刀を降り抜いて礫を投げていた、弱点の魔核ではなく枝を打ち払い、無力化してから魔核を打ち抜くという悪逆非道を行っていた。
その光景を目にしてふと思い出す。雫斗が2階層で倒されたのってケイブバットじゃなくて、百花の木の棒だったことを。トラウマの克服の方向性が間違って居た事に今更ながらに気が付く雫斗だった。




