第1話 新たなる時代の始まり。
投稿済みの作品の、改訂版に成ります。物語の補足と表現の仕方を多少変えて、自分なりに設定の不備を見直した作品に成るように頑張って居ますが、不安です。
前々から直してしまおうと思っていましたが、時間の都合が付かずのびのびと成って居ました。
時間に余裕が出来た事で、今のうちにやってしまおうと思いっ立った次第です。
つたない作品では在りますが、これからもよろしくお願いします。
一 止
午前の終わりを告げる時の針が、後半時で重なろうとしている時間。朝方の仕事に出かけていく、人混みを乗せた電車の、送迎のピークが過ぎて、行き交う人々の足取りも、何処かのんびりとしたものになる頃。
高崎 雫斗はこの迷宮然とした駅の構内を両親と一緒に歩いていた。
母親の悠美は出産を間近に控えていて、彼女の両親のいる実家で子供を産むため、この東京駅へと来ていた。産後の養生と彼女の母親の助力を見込んで帰省なのだ。
初産の時に「実家で生みなさい。その方が楽よ」という母親の言葉に、「大丈夫よ、産院はこちらの方がしっかりしているし」と割りと楽観して居た事への後悔と、産後に乳幼児とまだ幼い雫斗の面倒を一人で見る事への不安から、母親に居る実家での出産を決意したのだ。
最も、息子を溺愛している彼女の両親にとっても正月やお盆といった帰省のイベント以外にカワイイ孫に会う機会が増える事は喜ばしい事なのだ。
最初の予定では、母親と雫斗の二人だけで帰省するつもりでいたのだが、陸上自衛隊に勤務している父親の海慈の、唐突に決まった休暇と合わせて、家族三人での親子水入らずの旅行となったのだ。
乗る予定の新幹線の時間までは、まだ余裕がある事もあり、階下の店舗で食事をする事になった。
最近開通したリニア中央新幹線でも良かったのだが、名古屋までの道のりではたいして時間の違いはない、それならばと値段の安い既存の新幹線の方をと選択したのだが。
雫斗にしてみると最近はやりのリニア中央新幹線に、乗れるかもしれないと言う期待を外した形で多少残念ではあるが、家族でのお出かけという一大イベントには勝てなかった。
「雫斗は何が食べたい?、 今日は雫斗の好きなものでお昼にしましょう」悠美が聞いてきたので、躊躇なく中華を希望した雫斗だった。
彼の希望した中華料理店を物色しながら歩く親子三人では在るが、雫斗の気持ちはなぜか上向いてこなかった。
出産の為の帰省とはいえ、何処か鎮痛な雰囲気をまとって居る両親の事が気がかりで、はしゃぐ気持ちになれなかったのだ。
その時の雫斗はまだ小さくて、世界情勢など知る由もない。後で分かった事なのだが、ウクライナとロシアの長期化した戦争と、中東のいつ終わるとも知れない激化していく紛争。
アフリカ大陸や東南アジアの内戦、追い打ちをかける様な気候変動による貧困国の度重なる食糧難に、世界大戦へと移行するのでは無いかと危惧する人たちが大半を占めて居たのだ。
国連でさえ、最早紛争の終結は諦めて、せめて核戦争の引き金をいかに止めるかに尽力し始めている始末なのだ。
そこに、軍事力、特に海軍の軍備に力を注ぐ中国が、アメリカの軍備に肉薄して来た事で、中国の台湾進攻が現実味を帯びてきたのだ。
陸上自衛隊に籍を置く海慈も南西諸島の防衛のために宮古島への配属が2週間後に急遽決まった事で、転属までの休暇が与えられる事に為った様なのだ。
「ねえねえ、お母さん。今日は中華まん2個食べていい?」それでも久しぶりの家族での外食である、嬉しい気持ちに嘘はない。
雫斗は好物の中華まんを一個増やしていいか聞いてみた。
「そうね、今日は特別よ。でも他の料理が食べられ無くなっても知らないわよ」子供の食事の栄養のバランスを考えると、好物だけの摂取は避けたい所なのだが、悠美は特別な日だからと許可を出す。
「残ったら持ち帰りにして貰って、バスの中で食べたらいいさ、おばあちゃんの居る斎賀村までは、新幹線を降りてからが長いからな」と海慈が言うと、すかさず悠美が反論する。
「あら? それは、私に対する嫌味ですの。確かに田舎ではありますが、それなりに良い所は有りますのよ」悠美が捲れた風を装って話す。
この夫婦は多少芝居じみた言葉の応酬を愉しむ傾向がある。
幼い雫斗にはそんな高度な駆け引きの会話の事は分からないので、多少ハラハラしながら両親の話を聞く事になるのだ。
しかし本来仲睦まじい夫婦の事、最後は必ず笑って終わるので安心ではある。だがまだ幼い雫斗には含み笑いという摩訶不思議な現象がある事を知らないのであった。
「それは知っているさ、時間が止まったかの様な村の生活に身を置くのは好きだからね。問題はそのあとに、現実の世界に戻った時のギャップが酷すぎてね、感覚を元に戻すのに苦労する事になるからね」そう言って肩をすくめて悠美に笑いかけた海慈の思惑はさておき、郊外の村の過疎化の進む要因の一つに交通の不便さがあるのは事実だ。
道路と言うものは敷設する迄に時間と働力、そして膨大な資金が使われるが、それで終了ではない。保守や維持にもまたお金と働力を割かねばならない金食い虫だ。
しかも山間部ともなれば崖崩れや河川の氾濫、挙げ句の果てに土石流など、都市部と山あいの村を結ぶ交通網には困難が待ち受けている。
「あら。その割には、休暇のたびに私の実家に行く事に賛成なさるのは何故かしらね?。 嫌っている割には良くいらしゃいます事?」と悠美は笑顔で聞いてくる、そう海慈は悠美との結婚前から嬉々として彼女の田舎に通って来て、山歩きを楽しんでいた。
「自衛隊の訓練の殆どは行軍だよ、レンジャーの訓練なんて、故意に山で遭難してのサバイバルと大差ないからね、君の実家の山なんて歩きやすくて、ちょっとしたトレッキングみたいなものさ」海慈は悠美に揶揄われるたびに、自衛隊の訓練に託けて自分の事を正当化する。
しかし悠美が海外の赴任先で海慈と知り合ってから半年を待たずに、悠美の実家の村に出没し始めたのには驚いた。
しかも、悠美の知らないうちに父親の武那方 敏郎と意気投合していて、海慈の休暇のたびに武那方家に泊まり込み格闘談議に華を咲かせていた。
村の噂の伝達速度は音速よりも速い、最初気にも留めていなかった男性が、村人達の認識では悠美の思い人だとなれば意識もする。
良い人ではあるが結婚相手となると物足りなさのあった悠美にすれば、知らずに既成事実を作られた格好なのだ。
海慈との結婚を決めたのも、適齢期を過ぎて同級生の結婚式に主席するだけの境遇に焦りを感じてい居た事も有り、何となく周りの状況からまあ良いかと半分諦めの気持ちがあったのかも知れなかった。
決め手となったのは、母親の「一緒になってみて、気に入らなければ別れたら良いのよ」と無責任な物言いに“ああ、そんなものか”と思った事が大きかった。
それでも、内情はどうあれ連れ添って10年を超えてしまえば、周りからはおしどり夫婦として認識される事になる。
含みのある言葉の応酬ではあるが、両親が笑顔で話している為、和やかな会話だと雫斗は思っていた。
今までの鎮痛な雰囲気は何だったのだろうと思ってはいたが、ようやく楽しい旅行になると期待に胸を膨らませていたその時。
丁度正午となった時間に周りの様子が一変した。停電の様な急な暗闇とは違い、屋内では在るがまるで夕闇が訪れるが如く、辺りに帷が降りてくるような様な薄暗さが徐々に増していき、漆黒の暗闇があちらこちらに際立って来た。
雫斗の。いや、今その空間を共有している全員が、得体の知れない胸騒ぎと共に言葉がざわめきとなって広がり、不安がピークになったその時。
いきなり”ガクン”と衝撃が来た。まるで走っている電車が急ブレーキをかけたかの様な凄まじい力に構内に居る全員が倒れ込んだ。
地震とは明らかに違う揺れに不安の波が人知れず広がっていく。その不安の波がピークを迎えた時、一人の人が出口へと向かった事がきっかけで、我勝ちにと人の流れができていく。
パニックになった集団の恐ろしさを目の当たりにして青ざめていく雫斗と悠美を連れて壁際へと避難する海慈。
狭い出入り口に殺到した群衆に巻き込まれないための措置だが、チラホラと同じ事を考えていた人たちが壁際へと集まって来た。
「くそっ、携帯電話が使えない!。 悠美のスマホはどうだい?」今頃は地上へと上がる階段近辺は悲惨な事に成って居るかも知れないと、警察と消防へ緊急連絡したのだが、そもそもスマホのアンテナ表示が圏外を示して居た。
「私のスマホも繋がりません、職場の緊急連絡網まで落ちているなんて初めてです」悠美が途方に暮れた様に話す、外務省の上級職員である悠美の携帯は特別制なのだ。回線の使用権は上位にある、それが使えないとなると、全ての回線が使えないという事になる。
「しかし、あの揺れは何だったのでしょうか? この暗闇も停電とは違う様な気がするのですが?」悠美が不安を隠しきれず、雫斗を抱き抱えて聞いてきた、安心するのか無意識に海慈の服の裾を握ったままではあったが。
「さっきの衝撃も地震ではないね、何かわからないが嫌な予感がするよ」そう言いながらも職業柄なのか、これから起こるであろう想定外の事態に、何が起こるのかと警戒している様にも、期待に胸を高鳴らせている様にも見える。
海慈自身はそのように思っていないのだが、周りから見ればそのように映ってしまうのは、海慈にとってはいささか心外ではあるが。
しばらく、壁際で様子を窺っていたが。出口の階段へと殺到していた人波が、まるで何かから逃げて居る様に血相を変えて戻ってきて居るのだ。
其れこそ先程の狂乱が可愛く見えるほどの慌てぶりで、得体の知れない怪物から逃げてきている様に、海慈達は奥へと走って行く群衆を唖然として見送って居ると、その遥後方で何やら蠢いて居る物がいた。
まるで怪物の様な影に恐怖をおぼえながら、海慈達親子は近くの店舗内へと避難した。
その日不思議な空間が世界各地に顕現した。まさしく愚かな人類を戒める様に、その空間は唐突に出現したのだ、まるで人類に贖罪を求めるかように。
その空間に取り込まれた人はもちろん、その空間の入り口付近に居た人達も、その空間の入り口近辺に唐突に現れた怪物たちによって命を奪われた、まるでファンタジー小説の様な怪物たちは、逃げ惑う人達を野兎を狩る獣の如く追い掛け回し、捕まえては食い散らかし撲殺していった。
その日だけで世界で数万人単位での犠牲者が出た。幸運にもその不思議な空間の周りに出現した怪物は我々が使う銃火器で倒す事が出来た。
当然、その空間に取り込まれた人たちの救助と空間の調査の為に調査隊と護衛の軍人が入っていったのだが、その救助と調査は難航した。入り口付近では怪物も比較的簡単に処理できたのだが、空間の奥に行くに従って強靭な骨格を持つ怪物が出始めて、口径の小さな銃火器では太刀打ちできなく為って居たのだ。
しかも戦闘に長けている古参の軍人程、魔物に狙われる傾向にあり殉職する軍人が大量に出た為、数日で救助は打ち切られたのだ。
雫斗達親子は幸運にも三日後に助け出されたが、その日を境に人類はその不思議な空間と、中に居る魔物の様な怪物と対峙しなければ成らなくなったのだった。




