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第3話 1年前

 1年前。城下町の酒場。

 夢見草と酒の薫りが立ちこめている。屈強な冒険者たちが笑い声を上げ、歌い、罵声を飛ばしている。そこには旅の仲間を探しに来る者も多い。俺は、目標ターゲットに出会うならここだと、目星をつけてやってきた。

「あら、かっこいいお兄さん」

 色っぽい召喚士に声をかけられるけれど、あいまいにやり過ごす。俺には直感でわかるから。彼女の死期はまだ先だ。場の雰囲気に酔いそうになりながら、初めて飲む蜂蜜酒を舐めていると、彼女を見つけた。

 カウンターに、重そうなマントに身を包んだ赤髪の女戦士が座っていた。

 俺が天界から授かった使命。死期の近い人間を最期の瞬間まで見守り、その魂を悪魔に奪われる前に天国に奪取すること。彼女こそ俺が探していた人間だった。

「よう」

 確か俺はそんなふうに声をかけた。彼女は酒で潤んだ緑色の目で俺を見上げた。猫みたいな目だな、というのが第一印象だった。

「ナンパなら受けない。いくらあんたが美青年でも」

 警戒心丸出しの答えに面食らう。

「そんなつもりじゃねえよ。仲間を探してる。あんただってそうだろ」

「どうだか」彼女は不貞腐れたようにグラスをすする。「仲間を探してるのに、そんな誘いばっかり」

「あんたが若すぎるからじゃないのか。みんな本気にしてないのさ」

「本気も本気……そりゃあ経験は少ないけど」

 少ないどころか初めての旅のような感じがした。俺は隣のスツールに腰を下ろす。

「俺はリュート。こういうもんだ」

 と言って、背中の翼を出現させてみせる。周りの連中が興味深げにこちらに視線を送ってきたが、無視していたら収まった。戦士の目が見ひらかれるのを確認して、俺は翼を消した。たぶんいまなら、ただのローブを着た白魔道士にしか見えないだろう。

「天使か。初めて会った。悪魔ならそこらじゅうにいるけど。天使なら回復魔法には期待していいってこと?」

「まあ一応恩寵は受けてる」

 彼女は低く笑う。俺は再び口をひらく。

「あんた、なんで旅に出たいんだ?」

 そんなこと訊いてどうする? 俺は胸の内に自問する。彼女は答える。

「悪魔を倒したいんだ。一匹でも多く」

「へえ、なんで?」

 彼女は答えず、グラスをカウンターの天板に置き、俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。その緑色のきらめきに思わず動揺してしまう。

「私はアレクサンドリア。あんた、私についてくるつもりはある?」

「アレクサンドリア」と俺は口の中でつぶやいた。「ずいぶん……あー、立派な名前だな」

「戦士だった父がつけてくれた。すごく大昔の英雄、アレクサンドロス大王にちなんで」

「ああ、あいつか。一度あいさつしたことがある」

 アレクサンドリアは初めて驚いた顔を見せた。俺は少し面白くなった。

「親父さんとはパーティを組まないのか?」

「父は私が幼い頃殺された。悪魔の討伐戦で」

 そうか、と俺はつぶやいた。その後、口から飛び出したのは、まるで本当の冒険者みたいな台詞だった。

「なら、俺とパーティを組まないか?」

 アレクサンドリアが天に召されるまで、あと1年。


 戦士のアレクサンドリアと、回復魔法専門の天使の俺のコンビは、戦闘でもたちまちに息が合い、悪魔の討伐数は酒場仲間の間でも上位のほうだった。

 それからすぐに旅に出て、あれはいつだったか、森の中に泉を見つけて、戦いのあとの汗を流すことにしたんだった。

 泉を見るや、アレクサンドリアはさっさとマントも衣類も全部脱ぎ捨てて裸になってしまった。木漏れ日の中、白い裸体が眼前を横切り、俺は一気に全身が熱くなった。

「やめろ、アレクサンドリア、襲っちまうぞ」

 思わず言った言葉に、彼女は驚いた表情で俺を見た。

「天使でもそんな気分になるのか」

「天使というか……俺はおかしいんだよ、普通の天使じゃないんだ、たぶん」

 どうでもいいから早くしまってくれ。祈りが通じて彼女はマントを裸体に巻いた。

「ごめん。でも私も変わり者だから、おあいこだな!」

 笑い声が弾けて、彼女は泉に向かって走り去った。

 俺はなんだかばつが悪くなって、でも無性におかしくなって、草むらに倒れ込んだ。なんだって目標ターゲットにあんなことを言ってしまったんだろう。俺はおかしいんだ? そうだ、俺はおかしい。だからこんな年になるまで天界から任務を与えられなかった。この任務が失敗したら……もう戻る場所はない。

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