父たちの学生時代(後編)
「これは娘さんにはちょっと厳しい話かな……」
侯爵は言いよどむ。
「教えてください。私は母の悪意から周囲の人を守るためにあなたにご相談申し上げているのですから」
「いい覚悟だな。それはヴィルという女をよく知ってないと出てこない言葉だ」
侯爵は含みのある言い方をしているようにエステルには聞こえた。無言のまま、エステルが待っていると侯爵が再び話し始めた。
「調べてみたところ、あの女はあいまいなもの言いで他人の思考を誘導するのに長けていた。印象操作ではっきりしない被害を特定の誰かのせいにするくらいお手の物だったわけだ。もちろんそれだけなら、世の中うかつな人間ばかりでないから騙されない人間も多くいただろうけど、ヴィルは禁止薬物にまで手を出して、王太子らを操って婚約者であるジョスティーヌ令嬢を追いつめていったんだ」
「そんなことをしたのなら私も王妃様に恨まれていても当然ね」
エステルはどことなく自分に冷たい目を向ける王妃の態度は気にかかっていた。生みの母がそんなことをしていたのでは無理はない。婚約者であるサイモンは王妃ではなく側妃腹の王子である。王妃から生まれた上の二人の王子なら決して婚約は許されなかったであろう。
「いや、ジョシィはそこまで了見の狭いヤツじゃないけどね……」
「昔、妃教育でひんぱんに王宮に通っていたことがあったのですが、その時の態度も……」
「昔っていつ?」
「父と母が離婚する前なので、八歳くらい……」
「そりゃ、母親のヴィルが付き添っていたからかもな、とりあえずそれは置いておいて話を元に戻していいかい?」
「あっ、ごめんなさい、お願いします」
エステルは自分のこだわりで話を中断させたことに気づいて謝った。
「いいさ、それで禁止薬物なんだけど『魅了魔法』を込めた香水のような代物だった。その香りをかいだ相手は香りの主に魅了され正常な判断ができなくなってしまう。これで王太子はじめ相当数の男子生徒がやられたんだよな。そんなことしなくても、ヴィルに夢中になっているヤツは大勢いたのにな。どうしてもジョシィに勝って王太子を射止めたかったのかなあ」
「あなたは平気だったんですか?」
「情報機関のトップの家だからね、そういったものへの防御も完璧だ。薬物の使用が明るみになったヴィルは拘束され牢に入れられた。被害を受けた王太子らは夢から覚めたように彼女のことは気にしなくなったが、一人だけ罪の問われたヴィルを見捨てず牢にも通いつめる人物がいた、君のお父上さ」
「どうして?」
「俺も最初、ヤツだけ『魅了』の効果が取れてないのかと疑ったんだがそういうことじゃなかった。ただあいつは、底なしのお人よしだったってことさ」
話はエステルの父と母が結婚した理由へと入っていった。