探偵侯爵
「初来店のお客様には記念にこれを差し上げております。当店のクッキーのつめ合わせです」
店長らしき男は小さなメッセージカードとかわいいラッピングの小袋をテーブルの上に置いた。
『明後日、お宅へおうかがいいたします。ディティーク・ソルフェージュ』
(ソルフェージュ? たしか侯爵家の?)
エステルは店長が去った方を見たが、もう彼は奥へ引っ込んでいた。
その後、何も起こらなかったので、エステルは仕方なく店を出て帰路につく。
(まるで担がれているみたいだわ)
馬車の中でエステルはメッセージカードを見ながら思う。たしかに、このメッセージがなければ父の助言は不発に終わったと思っただろう。
そして二日後、半信半疑でエステルはソルフェージュ侯爵の来訪を待つことにした。王族との結婚を間近に控えたエステルはあいさつ回りや買い物など、こう見えてもけっこう忙しい。たまには家でゆっくり休みたいと叔父夫婦にはごまかして、部屋で手紙の返事を書いたりしながら待っていた午前十一時ごろ、父の古い友人だという男がエステルを訪ねてきた。
「ソルフェージュ侯爵、たしか学生時代兄と親交のあった人だがお会いするかい?」
叔父がエステルの意向を尋ねに来てくれて、エステルは二つ返事で了承した。
「おお、大きくなられましたな。覚えてらっしゃらないかもしれませんが、こう見えてもあなたがお小さい頃にはよく公爵家にも訪問させていただきました。それが今やこんな立派なレディに」
エステルが応接室に入って来るや否や、侯爵は感嘆の声を上げる。エステルは軽く一礼をし、ソファに腰かけると使用人たちに人払いを命じた。
「本来なら、あなたがわざわざうちの店にお越しいただかなくとも、お祝いを述べに来るのが筋というものですが、そうするより先にあなたが訪れた。しかも、私と彼しか知りえない『暗号』を述べて。それは何かお困りのことがあるからでしょう」
エステルは目を見張った。
「名家のご令嬢がお忍びで顔を隠して、結婚も控えているというのに何がそんなにあなたを悩ませているのでしょうかね?」
「そこまでご存じで……」
「ええ、気づきませんでしたか?」
侯爵はおろしていた前髪を後ろになでつけ、口ひげとあごひげをシールのようにはがして見せた。
「あっ!」
その顔は店でエステルのところにご機嫌うかがいに来た店員の顔だった。
「ははは、飲食店ですので清潔感が大事ですからね。それでどういったご相談だったのですか? 我が侯爵家は国の諜報機関を請け負う家柄なので、この王都で起こったことや貴族連中の隠された話なら、だいたいのことは把握しております。わが友の愛娘の頼みです。出血大サービスでお引き受けいたしましょう」
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