炎の浄化
「馬鹿な、あなたがそこまですることはないんだ! そんなことは亡きアーティも望んでいない!」
「侯爵様はわかってらっしゃるのでしょう。確かにトラブルを起こしているのは母や二重スパイだけど、その元凶は私自身の存在だと」
「しかし……」
「私が公爵家の血をひいていない、それを叔父様たちが知らなかったとしても、社交界はそれを許してくれない。きっと、知っていながら下賤な血を王家に入れようとしたと言いがかりをつけられ、公爵家は難しい立場に立たされる、それが政治というものですものね」
「それは、あなたの罪ではないのに……」
「ディポートという男はあの容姿でずいぶん名のしれた男だったようですね。あの男と私がよく似ていること、今後もだれが気づくかわからない」
「だからこそ、あとくされなく消すことができます」
「ええ、でも、あの男は驚くほど口が軽くてお調子者です。あのスパイのほかにも誰にしゃべっているのかわかりゃしない。やはり元凶は元から絶った方がいいのです」
「あなたは、あなたがいなくなった後にどれほどの人が悲しむかわかってないのですか?」
「ありがたいことに、悲しんでくれるであろう方々の顔は思い浮かびます。だからこそ、そんな人たちを苦しめる元は絶っておかねばならないのです」
エステルの決意が固いことを知りソルフェージュ侯爵は大きくため息をつく。
「あなたはやはりアーティの娘ですね」
「いえ、私は……」
「確かに肉体的には彼の血をひいていないのかもしれませんが、アーティの心は受け継いだようだ。自らを省みず他人のことを優先してしまう彼の心を……」
たとえ血縁関係になくとも、亡き父とのつながりを見てくれる侯爵の言葉がエステルにはうれしかった。
(私もまた消えなければならない)
完全に意識を失った二人をその場に残し、エステルは最も炎が激しく上がっている方へ歩みだす。既に退路は塞がれ、この部屋にあるものは全て黒焦げになるだろう。
翌朝、遅めの朝食を用意するためにやってきた使用人たちが目にしたものは、全焼し全てが灰と化した屋敷の後だった。かろうじて三体の遺体が確認され、使用人たちの証言から、おそらく公爵令嬢エステル、及び、実母と再婚相手の夫であろうと判断された。
現公爵の叔父とその家族は、親子水入らずで過ごしたいと言うエステルの言葉をうけ、三人だけにしたことをひどく後悔し悲しんだ。
世間の人々は、王族との結婚間近であったにもかかわらず、儚く逝ってしまった美貌の令嬢の事情や心理をあれやこれや推測したが、やがて時の流れと他の事件い追いやられ忘れ去られてしまった、ただ一人、婚約者だったサイモン王子の心を残して。




