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発火

 その夜、エステルは母とその夫を公爵家の別邸に招待していた。食事も部屋の準備もあらかじめ使用人に全部用意させると彼らを帰し、邸内にはエステルを含み三人しかいない。


「徹底した人払いね、公爵邸には信用できる人はいないの」


 自分たち以外人っ子一人もいなくなった静まり返った屋敷を見て母は言う。


「公爵家にとって『信用できる人間』とはすなわち、あなたの父に対する裏切りを見逃さない人のことをいうのですよ」


 エステルは辛らつに返した。


「まあまあ、どこで誰が聞いているかわからないのだし、ここは親子水入らずで」


 母の夫ディポートがなだめる。


「まずはヴィンテージワインで乾杯しましょう」


 エステルは自らグラスを運び、二人の前に置きワインを注ぎ始めた。使用人に用意してもらっていたおつまみとともに二人はそれに舌鼓をうつ。


「あれ……?」

「うん……」


 ワインを飲んでしばらくすると二人は強烈な眠気に襲われた。


 まず勢いよくグラスを開けたディポートがそのまま意識を失った。


(どうして? そんなに疲れてないし、昨夜もちゃんと寝たはずなのに?)


 ヴィルはくらくらとする頭を押さえる。


「なかなかしぶといですね、お母様。早く意識を失ってくださった方があなたのためですよ」


(何を言っているの、エステル?)


 先ほどとうって変わった娘のよそよそし気な口調にヴィルはいぶかる。その瞬間、背後で大きな爆発音が聞こえる。


「……っ⁉」


「あらあ、予想より少し早かったようです。この家はもうじき炎に包まれます。私たちはそれに包まれてみな死ぬのです」


(ばかな、正気!)


 自身をも焼け死ぬのをいとわない(エステル)にヴィルはがく然とする。


「せめて何もわからないうちに死ねるように眠らせたのは最後の慈悲です、お母様。意識を保ったまま、自分の肉体が焼けていくのを味わうことができるよう、体だけ動かないようにする薬をもることもできたのですよ」


 娘の酷薄なセリフを聞きながら、母のヴィルは自身の意識が遠のいていくことを避けることができなかった。母の反応にはほとんど関心を寄せず、エステルは父の手紙を読んだ後のソルフェージュ侯爵との会話を思い出していた。


 亡き父の心に感謝しながらも、ここにいる実両親を後々のトラブルを避けるためにも消しておかねばならないということは、エステルも侯爵も見解は一致していた。


 問題はどういう手段をとるかである。


 侯爵は自分たちなら不自然に見えないよう彼らを消すことができると言った。しかし、エステルはそれを拒み、自らが手を下し同時に自分も消え去ることを主張するのだった。



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