母の新居にて
連れていかれたのは下級貴族や富裕層が間借りする高級住宅街にある一室であった。
「さあ、どうぞ、私たちの新居よ」
「公爵邸に比べると狭くて質素だが、くつろいでくれたまえ」
母と連れの男は『娘』であるエステルに言った。
「『新居』とおっしゃいましたが……?」
着席を促されたエステルだが、まだ警戒は解かず立ったまま、母という女に質問する。
「「実は私たち数か月前に結婚したの!」」
年甲斐もなく寄り添ってラブラブな雰囲気を娘の前で見せつける二人。
(私とサイモン様でも人前でこんなふうにはしないわ……)
鼻白むエステル。
「それで、どういったご用件ですか? もしかして結婚祝いが欲しいとか?」
できるだけ感情を交えず事務的にエステルは二人に尋ねる。
「お祝いねえ、確かにあればうれしいけど、それをしてもらうと、私たちの方もあなたの結婚に対して何かしてあげなきゃならなくなりそうね」
(一応『お返し』という常識はあるのね)
母の返事にエステルは思う。
「それよりも、これからはちょくちょく会ってくれればうれしいわ。今まで離れ離れだった分の埋め合わせも兼ねてね。王家に嫁いでからも王宮に招待してくれないかしら?」
(要するに『娘』の私が王家に嫁ぐので、そのおこぼれが欲しいってわけね)
「こうやって親子三人水入らずで過ごす機会を頻繁に作ってくれればうれしいね」
母のヴィルの夫なる男も口をはさむ。
「あの……、母の夫といえど、私にとっては他人ですし、勝手に親子の枠にはめないでください、ええと、お名前はなんでしたっけ?」
エステルはブチ切れそうになるのを必死で抑えて言う。
「アーブレ・ディポートだ。そんな冷たいことを言われると寂しいなあ」
(めげない男ね……)
エステルは男のいけずうずうしさにあきれる。
「まあ、急に母親の再婚相手を受け入れられないのも無理はないわ。でもね、よく見て、エステル。私はあなたに最高の遺伝子をプレゼントするために彼に協力してもらったのよ。顔もほら、血は争えないわね」
そのあとの母親の話はエステルにとっては吐き気を催すような内容であった。