全てを知った上で
「気づくとは何をでしょう?」
伯爵は質問を返した。
「その……、彼の顔を見て何か思うところがあったのではないかと……」
口ごもりながらエステルが答える。
「彼の顔、そうですね、あなたに良く似ておられる。この先ともに公の場所に同行すれば、気づく人は気づくでしょう」
「やはり、そうなのですね。分かっていながら黙っていてくださったのですか?」
「まさか、あなたがすべてを知ったうえで私に相談に来ているとは思いもよらなかったものですから。それにしても、ヴィルも相手の男にもあきれますね。それを知ったあなたがどんな気持ちでいるか、考えようともしない」
「考えないどころか、私やサイモン様を王妃様への復讐の道具にしようとしています」
「なんてことだ、完全に逆恨みじゃないか!」
「以前、私がどうしたいかと質問されていましたね。これだけははっきり言えます。刺し違えてでも母とあの男を止めます!」
エステルは苦し気に自身の強い決意を述べる。
「いやいや、あたら若い花の命をそんなことに使うものではありません。そもそも、アーティはあなたがそんなことをするのを望んでいない」
アーティとはエステルの戸籍上の父親、亡き公爵のことだ。
「そんなことないですわ。父は私を本当の娘だと思いこんでいたから、やさしくて死んだ後も気づかってくれていたけど、もし本当のことを知っていれば……」
「エステル嬢……」
「そんなウソの象徴だからこそ、私が現公爵家やサイモン様の迷惑がかからないよう、身を挺して彼らを何とかしなきゃならないのです!」
「あなたは誤解していますよ、お嬢様。アーティは知っていました。知ったうえであなたをいつくしみ、自分が死んだ後のことを私に託したのです」
「うそよ!」
「うそじゃありません、ちょっと待って……」
ソルフェージュ侯爵は鍵のかかった机の引き出しを開けると、古びた封書を取り出した。
「これは彼が死ぬ前に、あなたのことを私にお願いする手紙です。それによると、離婚する直前、ヴィルはやけくそになって彼に全てをぶちまけたそうです。親権でももめていたのでそれを言えば、アーティが親権を手放すと思ったのかもしれませんね」
予想だにしなかった侯爵の言葉にエステルはしばし呆然となる。それから、気を取り直し、父直筆の古い手紙に目を通した。