二重スパイを見極める
「エステル、久しぶりね。来てくれてうれしいわ」
「前回はいろいろ驚いたこともあったのだろうけど、交流を深める機会をくれてうれしいよ、わが娘、エステルよ」
エステルが二回目に母とその伴侶(世間には公になっていないけどエステルの実父)の家に訪れた時、二人はまずそう言って彼女を大歓迎した。
家には二人以外にもう一人中年の貴族らしき男がいた。
「紹介するわ、エステル。シュピオーネ伯爵よ」
(この方があの……)
ソルフェージュ侯爵から聞いていた例の二重スパイの名だ。
(まさか、二度目で紹介されるとは……)
中肉中背、十人並みの顔立ちのその男は、すでに中年域に差しかかっているとはいえ、世にもまれな美男美女カップルに挟まれぺこぺこしていた。
「お目に書かれて光栄です、エステル様。いやあ、この国に滞在するシャウール国出身のものとしましてはサイモン王子の存在は真に光のようなもので、その婚約者のご令嬢に会えるなんて夢のようです」
他人の警戒感をそぐように男の物腰は徹底して柔らかだった。
(公爵の言う通りの人物ね)
ソルフェージュ侯爵によると、スパイは突出した特徴のある者より、どこにでもいる平々凡々とした人間の方が向いているそうだ。
「シャウール国にとっていかにサイモン様がどれだけ輝かしい存在かお伝えいただければ幸いです」
シュピーネ伯爵は言う。
「まあ、なんてありがたいお言葉でしょう、そう思わないこと、エステル?」
母が大げさに感動して見せる。
「伯爵はね、とても博識な方で僕も芝居や音楽など芸術のことではいろいろ教わっているのだよ、王族の話し相手をも立派にこなせるくらいだと思っているよ」
母の夫がさらに強く伯爵をプッシュする。
「はあ……」
エステルはあいまいな返事だけをした。
◇ ◇ ◇
「エステル、王族の妃になるんだったら、夫のためになる人の仲立ちくらい積極的にするようにしなきゃだめよ」
シュピーネ伯爵が帰り、三人だけになると母はエステルに言い聞かせるように言った。
「あの方がサイモン様のために? とてもそうとは思えませんわ」
エステルは母に反論する。
「何を言っているの、あの方は常日頃からサイモン様こそこの国の王にふさわしい、そうなれば、シャウールとのきずなもさらに深まるとおっしゃてるのよ、あなたもそう思わないこと?」
母が負けじと反論する。
「あの方は本当に信頼できる方だよ、エステル。僕たち親子の秘密を知っていてもこうやって変わらず接してくれているのだから」
「なんですって……」
『実父』であるアーブレーの言葉にエステルはがく然とした。