うまくいかない婚約解消
「サイモン様、私がもし公爵令嬢でなかったとしたら婚約されましたでしょうか?」
次に王宮を訪れた時、エステルは婚約者に質問した。
意表を突いた質問にサイモンはしばし無言になる。公爵令嬢という立場だったからこそ、エステルはサイモンの目に留まった。そして、彼女を妻に迎えたいと彼は強く願い、一度妃の選抜に脱落した過去などを訂正させるよう自ら動いてこの婚約は合いなった。
ソルフェージュ侯爵から調査結果を聞いたエステルは、母親と接触するだけでサイモンを面倒な立場に追い込んでしまうことを自覚する。
「私は公爵令嬢ではありません」
エステルは最大級の勇気を振り絞ってサイモンに告白する。しかし、それはエステルが望んだのとは違う形で解釈された。
「確かに君は現公爵の娘ではないが、れっきとした前公爵の娘だし、現公爵も実子同様に君を大切に扱っていると聞く、違うのかい?」
「おっしゃるとおりですわ」
「なにか、僕が君に結婚を躊躇させるようなことをしでかしたのだろうか?」
逆にサイモンは別の方向で思い悩むそぶりを見せる。
「そうではないのです、ただ、私にはあなたと結婚する資格が……」
「意味が分からないよ」
エステルはいっそのこと、自分が前公爵の血をひいていないことをぶちまけてしまおうかとも考えた。
ただ、それをしてしまうと、公爵家そのものが口差のない世間の標的となってしまう。
だまし続けていたのは母だが、だまされていたはずの公爵家も本当に知らなかったと言えるのか?
分かっていながら、公爵家の血も引いていない娘をそうだと言って王家に縁付かせようとしたのではないのか?
もちろん、そんなことはないとエステルは知っている。
しかし生き馬の目を抜く貴族社会で、この醜聞は公爵家の政敵にとってはそういいがかりをつけて追い落とすための好機になる。今まで全く知りませんでしたで、エステルの叔父である公爵が言い訳しても通用しないのだ。
サイモンにだけ本当のことを打ち明けるのもかなり危ない橋を渡る。彼がそれを秘密にしてくれる保証はないのだから。
「やはり私には荷が重すぎます、どうかこの件は再考を」
それだけ言ってエステルはサイモンのそばを離れた。
エステルの真意が読めないサイモンはただ途方にくれるばかりであった。