托卵夫妻の黒幕
「大きな声じゃ言えないが、高位貴族の有閑マダムの中にはヤツと関係を持っている御仁が複数人いてね、そういう『人脈』って言い方も変だけど、つながりをありがたがって接触を持ちたがるやつらもいるんだ」
「どういうことでしょう?」
「房事では口の軽くなるものも多いからね、そういった場での情報収集、ヤツが知っていてそれをやっていたのかどうかはわからないが、それも情報機関じゃおなじみの手なのさ」
「つまり母の再婚相手は、あちこちの有力女性を関係を持ちながら重要な情報を聞き出してはどこかに流していたと……」
「正解!」
侯爵は軽い口調で答える。
「母と結婚したのは、私とサイモン王子の婚約が決まったのとほぼ同時期、つまり……」
「察しがいいな。あれだけの男前だ。子爵家の出戻り女なんて選ばなくても、他に高位の独身の愛人はいくらでもいたはずだ」
「母は騙されているってことかしら?」
「わからないな、ヴィルのことだから共犯関係かもしれないし」
確かにその方が可能性が高いとエステルは考える。そもそも母とディポートの付き合いはエステルの生まれる前にさかのぼるはずだ。
(ソルフェージュ侯爵は何も気づかなかったのかしら?)
自分の実の父だというアーブレ・ディポート。
エステルの戸籍上の父である亡き公爵より、彼女とよく似たその男をみて情報機関のトップである侯爵が何も気づかないなんてことがありうるだろうか?
「このディポートと接触を持っている者がなかなか厄介でね。まさか、国から依頼されている調査の主のことが、個人的に受けた古い友人からの依頼でわかるとは思わなかったよ」
「えっ?」
「ヤツと接触を図る人物の一人にシャウール国の貴族がいてね、彼はこの国の王位を正妃腹の王子たちでなく、サイモン王子に継がせるべく様々な活動をやっている」
「サイモン様はたしかにお二人の兄上よりも優秀だと評判もありますが、でも……」
しかし、第一王子に特に目立った落ち度があるわけでなく、母王妃の実家の後見もあることから、彼が王太子の座を追われることはよほどのことがない限り起こらないだろう。
「まあ、サイモン王子が王位を継げば、その母の故国にとっては有利だからな。それを考えて動くやつもいる。中には上の二王子の落ち度を探したり、もっと過激なやつなら命を狙ったり……」
「サイモン様はそんなことを望んではいません!」
エステルは目の前のテーブルをバンっと叩きながら思わず大声をあげてしまった。