マリッジブルーじゃないんだけど
会合(デート?)の時がすぎ、エステルが帰ったあと、サイモン王子は不安げにつぶやく。
「彼女はもしかしてこの結婚を望んでいなかったのだろうか?」
いつもより沈んだ様子のエステルにサイモンは不安を感じる。
「結婚をまじかに控えた女性は往々にしてあのように落ち込んだりするものですよ」
彼に古くから使えている侍女が言った。
「そうかい、それだけならいいのだが……」
◇ ◇ ◇
「おかえりなさい、エステル姉さま!」
「お土産は!」
「ごめんなさい、今日は買い物じゃなかったからお土産はないの」
「「ええっ!」」
エステル公爵邸に帰って来るや否や、彼女に飛びついてきた二人の少年が不平の声を上げる。
(こんなことなら、お茶会に出たお菓子をちょっともらって帰った方が良かったかしら)
懸案事項に頭がいっぱいで、そんなことにも気が回らない自分にエステルは少し嫌悪感を感じる。
「あなたたち、お姉さまを困らせちゃダメでしょ!」
公爵夫人が息子たちを戒める。
「「はあい……」」
不満そうな顔をしながら少年たちは母に返事する。
「ごめんなさいね、エステル。いつまでたってもあの子たちはあなたに甘えて」
夫人はまだ二十代後半で若々しさの残る少女のような人だった。公爵夫妻はエステルの親代わりだが、彼女については母というより、年の離れた姉のような感覚をエステルは持っている。
「結婚したらあなたは王宮に住むことになるんだし、今のうちにこの子らの甘い癖を何とかしなきゃね」
夫人の微笑む姿は少女の無邪気さと聖母の慈愛に満ちているとエステルは思う。そんな彼女が息子たちに向き合っている姿は、彼女にとっては一枚の絵画のように美しい。
「ええっ、姉さま、ここを出ていっちゃうの?」
母の言葉を耳ざとく聞き取った長男のシリルが聞く。そうよと返事をする母の公爵夫人。
「やだよ、だったら結婚をやめればいいのに!」
次男のリュカも続けて言う。
「そうね、いっそのことやめちゃおうかしら……」
「エ、エステル……」
弟同然の従弟たちの言葉に同調するエステルに夫人は目をむいた。
「いえ、なんとなく……」
「そ、そうよね……。もう、無理してあの子たちに調子合せなくていいのよ、ごめんなさいね」
夫人は侍女たちに息子を部屋に返すように命じた。
その夜のこと、心配した叔父の公爵がエステルの部屋にやってきて尋ねる。
「妻から聞いたが、サイモン殿下との結婚に何か?」
「いえ、別に不満とか問題とかあるのではなく、ただ不安になって……。この家はありがたいことに本当に皆さん良くしてくれて居心地がいいので、去ってゆくのも寂しいなって……」
「なるほど、マリッジブルーってやつかもしれないね。サイモン殿下からも君が少し沈んでいるようだったので心配だという話をうかがってね」
「申し訳ありません、殿下にまで心配をかけていたなんて……」
「いやいや、それだけ君のことを大切に思っているから細かいことにもお気づきになるのだろう。それにしても殿下には詫びを入れとかなきゃならないな、うちには殿下との結婚を妨害するヤンチャなライバルがいるものですから、と」
冗談めかしたことを言いながらも公爵はエステルの部屋を辞した。
母の虐待ののち離婚のあったエステルの家族と違い、現公爵家は本当に理想的な家族だとエステルは思う。だからこそ、迷惑がかかる事態がおこらないようにとエステルは切に願うのだった。
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