やさしすぎる男
「俺は忠告したんだぜ。『もうあの女にはかかわるな』って。でも、あいつは『今まで一緒にいた友だちをこんなあっさり見捨てるなんて冷たすぎやしないか』ってさ」
「でも、その友だちに禁止薬物を使用して惑わしたのは母でしょう!」
「ああ、それも言ったさ。そしたらあいつは『そこまで追いつめられた理由を僕は知りたい』と。そんなタマじゃないのにな、ヤツの目にはそうみえたそうだ」
(父らしいわ)
エステルはそう思った。
「人っていうのはな、自分の基準で相手を判断する生き物なんだ。底なしのお人よしのお父上には、ヴィルも何か深く思いつめることがあってこんな違法なことに手を出したんじゃないか、それをわかってやれず申し訳ないっていうのが、ヤツの考えだったんだろうな」
思い出すように公爵は語った。
「私にとっても優しい父でしたから」
エステルはそううなづきながら再び苦し気な表情を浮かべた。ソルフェージュ侯爵はそれに気づいたが、知らないふりをして再び話を始めた。
「どのみち罪人となったヴィルは貴族位をはく奪され、辺境に送られて強制労働をさせられる道しかない。それを避けるためにヤツは驚くべき提案をした。ヴィルにプロポーズしたんだな」
「何を馬鹿な!」
「おいおい、娘さんがそれを言ってどうするんだ!」
「あっ……」
エステルは口をつぐんだ。
でも自分は二人の間の子ではない。二人の結婚はエステルの誕生にとって何の意味も持たないのだ。
詳しいことまではわからないが、父がどこまでも善意でこの結婚を決めたことだけはわかる。
(そんなお父様をお母様は最初から裏切っていたなんて……)
「で、具体的にどうしたいんだ?」
「えっ?」
「お母上をどうにかしたいんだろう。それは要するに君に干渉できない場所に追いやるのか、それとも、そんなことでおとなしくなるタマじゃないから、永久にしゃべれないように息の根を止めるのか?」
「そんな!」
「君が方針を決めてくれないとこっちとしては動きようがないんだが……」
エステルは考え込む。
「そもそも、私は今のお母様の状況も結婚相手のこともよく知らないものですから」
「なるほど、だったらまずそっちの調査だな、それだけなら三日で十分、それから方針を決めよう。三日後、大通りの『ピエールデュリテ』に来てくれ」
「『ピエールデュリテ』といえば、最近評判が上がってきている宝石店ですよね」
「ああ、そこも俺が経営していて、諜報の仕事の隠れ蓑にしている。君のお父上が生きていたころにはまだなかったから、庶民向けのスイーツショップが書かれてあったんだな。公爵令嬢なら宝石店の方が不自然じゃないだろう」
「ご配慮恐れ入ります」
「気にするな、じゃあ、三日後な」
約束を取り付けたソルフェージュ侯爵は髪形を元に戻し再び付け髭を装着してのち、応接室を辞するのだった。