街中でのパフォーマンス
「おお、エステル。我が愛しの娘よ!」
十歳の時に別れたきりだった実母とともにいる男が、公爵令嬢エステル・ジョズワールの前で大げさに感動して見せた。その男は確かに貴族の中でも指折りの美女として名高いエステルを、男にして年を取ったらこうなるだろうというくらい彼女によく似ていた。
エステルは混乱する。
第三王子のサイモンとの婚約が調い、結婚準備のために街に買い物に出ていたエステルに突然声をかけてきた実の母とその連れの男。実の母のヴィルは離婚後、実家のコックニィ子爵家に出戻っていたはずである。
(なれなれしい!)
まずとっさにエステルはそう思った。
「ああ、エステル大きくなって、会いたかったわ!」
実母も大げさに感動を表している。
人目もあるところでずいぶん派手なパフォーマンスだ。
エステルは無視して通り過ぎようとする。
「待って、エステル!」
「私に母はいません、迷惑ですから話しかけないでください」
けんもほろろにエステルは言い放つ。
「エステル! それが産みの母に対して言うことなの、ああ、なんてことでしょう……」
「エステル、君の気持ちもわからないではない。でも、お母さんとて望んで屋敷を出たわけではないのだよ、どうかそれをわかってやってくれ」
「あなたを思わない日は一日とてなかったわ!」
「父親の公爵は、まだ八歳の君から母親を引き離し『二度と会うな』と言い放ったという。それからの彼女は毎日泣き暮らしていたのだよ」
(なんの三文芝居よ、これは!)
エステルのいら立ちは最高潮に達しようとしていた。そんな彼女の思いとは裏腹に、常人よりは美しい顔立ちの中年男女のパフォーマンスは、道行く人の注目を浴びていた。
これ以上、大通りのど真ん中で彼らに好き勝手にしゃべらせていたら、亡き父の跡を継いだ現公爵の叔父一家や婚約者となったサイモン王子にもどんな迷惑がかかるかわからない。
「とりあえず場所を変えませんこと? ここでは人が多すぎますから」
しかたなくだがエステルは提案をする。
「ああ、エステル。ようやく話を聞いてくれる気になったのね」
母親を名乗る女がようやく晴れやかな笑顔を見せる。
(別に聞きたいわけじゃないけどね……)
そう思いながら、エステルは彼らが用意した馬車に乗り込んだ。
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