【16枚目】囮、決行日。
放課後、ハリス様が『一緒に帰ろう。』と迎えに来たので、結局4人で王宮図書館に行く事になった。
「いやー、しかし、ビックリしましたよ。まさかこんなに早く2人がくっつくとは。」
王宮へ向かう馬車の中でユリアちゃんが苦笑した。
「ん?こんなに早く…っていうことはいずれくっつくと思ってたって事?」
モニカが目を丸くする。
「はい。パディントン様は明らかにルチアさんにだけ笑うし、ルチアさんはパディントン様が囮になると聞いてめちゃくちゃ落ち込んでますし。」
ユリアちゃんがそう言うと、ハリス様の耳が真っ赤になった。
「でも、それなら尚更、せっかく両思いになったんだもの。パディントン様が洗脳されないようにしなくちゃ。」
モニカがそう言ってくれたので、気合を入れる。
「ファイトー!!いっぱぁーつ!!!!!」
私が叫ぶと、みんなが『…何それ?』みたいな顔をしている。
あ、なんか恥ずかしい。
◇◇
「…あった!!ありました!」
ユリアちゃんが200年前、隣国から嫁いできたというクレア姫が使っていたという魅了魔法についての資料を早速見つけてきてくれた。
それによると、どうやらクレア姫はピンクブロンドにけしからんおっぱいを持った相当な男好きだったらしい。
うん、なんだかミラ•エマーズと似ているね。
彼女は当時の後宮(現在は解体済み)に気になる男性を面談と称して連れ込んでは、あんなこと、こんなことをしていた、とのことだ。
ちなみに当時の立場としてはクレア姫は王妃ではなく、第四妃という立場だった。
当初は、『王の伴侶』に手を出すなんて滅相もないと躊躇していた男性達も、何故かクレア姫を目の前にすると夢中になってしまったらしい。
ちなみに姫の正体は隣国の間者で、重要な情報なども垂れ流しになっていたそうで、国を揺るがす大騒動になってしまった。
結局後宮は解体され、王宮のセキュリティを強化し、姫は処刑された。
当時魅了の術にかからなかったのは皮肉にも夫であった王本人だったらしい。
王は周囲に無理矢理側妃を娶らされたが、王妃を溺愛しており、第四妃だった姫のところに通う事はなかった、とのことだった。
「うーん、これって、単純に接触していなかったからってだけなんじゃ…。」
モニカが残念そうに呟いた。
「しかし、娶っていたという事実があるということは挨拶などで必ず顔は合わせている。仕掛けようと思えばその時しかけられたはずだ。」
ハリス様が真剣な顔をして文献を捲る。
「じゃあ接触していたけれど、かからなかったってこと…ですよね。」
私が言うと、ハリス様が頷く。
「ああ。その通りだ。」
「…思ったんですけど、そもそも、ミラがハリス様に今まで本当に何も仕掛けてなかったなんてことがあるんでしょうか。」
ユリアちゃんがポツリと呟く。
「た、確かにっ!!!」
それは盲点だった!!ユリアちゃんは頷きながら続ける。
「パディントン様。よく思い出してみて下さい。
本当に今までミラ・エマーズに『ラッキー⭐︎スケベ』的なことを仕掛けられたことはないですか?」
すると、ハリス様はハッとした様子で口を開いた。
「そう言えば、体育の授業の時、目の前でミラがパンツを出してこけたと、クラスメイトの令息達が騒いでいた。その、私は見ていなかったんだが。」
「それですよ!きっと、パディントン様が見ていなかったからかからなかったんじゃないですか?!」
ユリアちゃんの言葉に全員が頷く。
なるほど。それなら…。
「じゃあ囮になるときも、ミラ・エマーズを見なければ魅了魔法にかからないんじゃないですか?!」
私が興奮して言うと、みんなが頷く。
「わかった。じゃあなるべく当日は本人を見ないように気をつける。君の事を好きでいたいからな。」
ハリス様がそう言って私の頭を撫でてくれた。
ユリアちゃんとモニカはそれを生暖かい目で見ていた。
―それから毎週末私達はデートを重ねて沢山の思い出を作った。
エリザベス様も『お兄様がこんなに笑ってくれるようになってよかった。』と祝福してくださった。
毎朝食パンを咥えて走る私にハリス様は毎朝話しかけたし、私はその時間が楽しみだった。
◇◇
一ヶ月後。
ついに魔力検知の魔道具が完成した。
ハリス様は囮になるべく、ルーク様の案で、昼休み協力者の教授から預かったと言うプリントをミラに届ける事になっている。
朝、パンを咥えて走っていると、ハリス様が馬車から降りて話しかけてきた。
「おはよう。ルチア。今日も馬車に乗って行くか?」
「おはようございます!はい…!!一緒にいきましょうっ!!」
馬車の中では2人とも無言だった。
「あのっ!!!」
私は思い切って切り出す。
「なんだ?」
「これ、差し上げますっ!」
そう言って渡したのは私の大事にしていた、私の瞳の色の魔石のついたブレスレットだった。
「お守りです。付けていてください。」
そう言って、ハリス様の腕にブレスレットをつける。
すると、ハリス様がフワリと笑った。
「ありがとう。大事にする。」
(神様、どうか、ハリス様が洗脳されませんように。)
―昼休み。ハリス様がミラにプリントを届けに行った。私達はその様子を遠巻きに見守っている。
「きゃーん、嬉しいっ。パディントン様が私にプリントを届けてくれるなんてっ!」
そう言いながらハリス様の手に自分の手を重ねるミラ・エマーズを見てイライラする。
「ちょっと待っててくださいねっ!お礼にキャンディ持ってきますぅー。」
ミラがそう言って振り返った瞬間。
ルーク様がハリス様に渡した魔道具がいきなりキラッと光り、ブワッと風が吹いて彼女のスカートが捲れそうになる。
ハリス様は突然の出来事に目を背けることが出来ず、ミラの方を向いてしまっていた。
(嫌だ!!見ないでっ!)
私が強くそう思った瞬間。体の奥底が燃えるように熱くなり、竜巻のような強い風が吹く。
ゴオオオオオオオオオッ
(やばいっ。…魔力暴走だっ!!)
「きゃっ!」
「きゃっ!」
「きゃっ!」
「きゃっ!」
「ワンッ!」
私が風魔法を暴走させたせいで教室内の女子、ほぼ全員のスカートを捲ってしまった。
ついでにジローの尻尾も捲れ上がった。
「…何やってんの!!!君っ!!!!!」
ルーク様が焦って私の手を掴み、竜巻は消えた。
「す、すみませっ…」
どうやら怪我人はいないようで、ミラのクラスの男子は
「やったー!パンチラ最高っ!」
と言いながらハイタッチして盛り上がっている。
良かった。私がいたのが廊下だったからせいぜい貼られていたプリントが何枚か剥がれ落ちるだけで済んだようだ。
ハリス様は目を見開いたまま、ポカーンとしている。
…ど、どうしようっ。これは、洗脳されたのか?されてないのか?
「はいっ!キャンディですぅー。」
そんなハリス様にミラはしなだれかかりながらキャンディを渡している。
放心していた私は、ハッとして、ハリス様に声をかける。
「ハリス様…?大丈夫ですか…?!」
すると、ハリス様は訝しげに私の方を見る。
「…すまない。君は、誰だ…?」
…は?
「…ハリス。君、トラボルタ嬢がわからないのかい?」
ルーク様がハリス様を覗き込むと、ハリス様は頷く。
「頭に靄がかかっているようで、目の前にいる彼女のことだけが誰かわからない。」
…そんなっ。嘘でしょ?
「いやーん、もしかして私の魅力にやられちゃいました?」
そう言ってミラがくねくねする。
すると、ルーク様がゴミを見るような目でミラ・エマーズを見た。
「魅力、じゃないよ。どうやら君の魅了の術が中途半端に効いて、恋人だった彼女のことを忘れてしまったようだ。」
「は?」
ミラは真顔で固まった。
「おい。捕縛しろ。」
ルーク様が合図すると、潜んでいた王家の護衛がゾロゾロと出てきて、ミラはあっという間に拘束されてしまった。
さっきまでテンションが高めだった教室内は戸惑いで静まり返っている。
私達とハリス様は医務室に向かう事になったのだった。




