【12枚目】『楽しい』と感じる時間〜ハリス•パディントン公爵令息視点
◇◇ハリス•パディントン公爵令息視点
その日の放課後、ルチア•トラボルタ嬢が何故か教室で大勢のクラスメイトとスイカを割っているのを見かけた。
(彼女は何故スイカを割っているんだ…?)
思わず呆然としてしまう。
だが、クラスメイトと騒ぎながら笑う彼女はとても可愛かった。
ジッと見ていると、なんと彼女が気付いてスイカを持ってこちらにやってくるではないか。
「あ、こんにちは。スイカ、食べます…?」
おもわず『頂く…。』と答えると一切れ分けてくれた。
スイカはとても美味かった。彼女が切ってくれたのだと思うとさらに旨く感じる。
そして、私がスイカを食べるのを見てルチア嬢は優しい目でニコニコ笑っていた。
もちろん、スイカは残さず食べ切った。
―次の日。
私は馬車で登校する際に、何故か彼女が食パンを咥えて曲がり角の方まで走っているのを目撃した。
彼女はとても楽しそうだった。そして、用務員が餌付けした犬、ジローが食パンを物欲しそうに見ながら追いかけていた。
(…ルチア嬢は何故あんな事をしている?めちゃくちゃ気になる…。だが、私と彼女に直接の接点はないし…。)
そして、一週間が過ぎた。
私は彼女が食パンを咥えて走っているのが気になって仕方なかった。
遂に好奇心が勝った私は御者に言った。
「…停めてくれ。」
そう言って馬車を降りて、勇気を出して彼女に話しかける。
「…貴女は何故いつもパンを咥えて走っている?」
「おはようございます!
パンを咥えて走っていたら良い出会いがあるかなぁと思って!
私、婚約解消されたので婚活中なんです!」
なん、だと。婚約を解消されたのか?
気の毒な事なのだが私のテンションは上がった。
それなら、私との出会いでも問題ないではないか!
そして、気づいたら馬車に乗らないか、と誘っていたのだが。
「あ、大丈夫ですー!
だって曲がり角まで走らないと意味ないですもん!」
そう言って走っていってしまった。
(な、なんだ?曲がり角に何かあるのか?)
私は少し呆然とした後、曲がり角に何があるかを調べるために、一度馬車を降りてみた。
すると、ジローという犬が『ハッハッハッ』と言いながら尻を私のズボンに擦り付けてきた。
やめろ!私のズボンをトイレットペーパー代わりにするんじゃないっ!
私は馬車の中で替えのズボンに着替えることを余儀なくされるのだった。
◇◇
その日の放課後、土で出来たかまくらで勉強するルチア嬢とクラスメイトを見た。
あれはレモネードだろうか。美味そうだな。
正直言って羨ましい。私も混ざりたいっ。
「…何をしているんだ?」
思わずソワソワしながら聞くと、なんと、ルチア嬢に、
「あ!『氷の貴公子』様だ!」
と言われてしまった。
(は、恥ずかしいいいいいいい!好きな子に、こんなふざけたあだ名で呼ばれるとはっ!!!)
恥ずかし過ぎて心の中で悶えていたが、なんとか平静を装い、
「…構わない。ルチア・トラボルタ嬢。だが、普通に名前で呼んでもらえると。」
と言って去っていった。すると、
「はーい!」
と言って笑っているルチア嬢が見えた。
そして、頷き返すと手を振ってくれた。
うおおおおおお、これから下の名前で呼んでもらえるのだろうかっ!嬉しいっ!嬉し過ぎて悶え死ぬっ!!!
だが、それで顔がデレッとしてしまうと恥ずかしいので私はより一層顔を引き締めた。
―教室の中でクラスメイトが、
「な、なんかパディントン様今日、キレてない?」
「…今日は話しかけないようにしよう。」
「めっちゃ先生のことガン付けてるじゃん。」
と言っていたのは知る由もない。
◇◇
それから出来るだけ私は馬車を降りて、ルチア嬢に話しかけるようになった。
朝のこの時間が楽しくて思わず口角が上がってしまう。
(ああ、楽しい、嬉しい。好きな女性との朝のひと時がこんなに楽しいとはっ!!)
両親が亡くなって以来、こんなにウキウキした気分で毎日を過ごすのは初めてだった。
(…ああっ。恋というものは素晴らしいっ!!)
そして、デビュタントではダンスの勝負にかこつけて、ドサクサに紛れて踊る事まで出来た。
手を繋いで一緒に踊ると途轍もなくいい匂いがした。
そして、ルーク王子主催の『ミラ•エマーズ被害者の会』の集まりで、彼女が可愛らしい唇から『チョメチョメ』やら『ぱふぱふ』やら言っているのを見て、一言で言うと興奮した。思わず鼻血を出してしまった。
―6日後、放課後に私はルーク王子に王族専用特別室に呼び出しをされた。
「ねえ、君さー。ルチア•トラボルタ嬢のこと好きだろ?」
「な、何故それを!」
思わず口をパクパクさせていると、ルーク王子が声を顰める。
「そんなの見てたら分かるよ。君、彼女にだけ笑うじゃん。僕のさ、お願い聞いてくれたら婚約させてあげよっか?」
そう言われて私は思わず目をカッと見開く。
(もし彼女と婚約出来たら…。)
白いドレスを着て私の隣を歩く彼女。
そして、その日の夜は、スケスケの服を着た上目遣いの彼女と初めてのあんなこと、こんなこと…。
「つ、謹んでお受けいたします。」
思わず鼻血を出しそうになっていると、ルーク王子がニヤッと笑う。
「それじゃ、決まりだ。
悪いけど、君にはミラ•エマーズの『ラッキー⭐︎スケベ』の囮になってもらうよ。」
「…は?」
今ルーク王子はなんと言った?
「それが彼女の使う魅了魔法なんだよ。ただ、誰かに発動してもらわないと魔力を検知できなくてね。
検知出来次第、退学処分に出来そうなんだよ。
きちんと強い意思があればかからないから大丈夫!」
少々不安だが、ルチア嬢との婚約がかかっているのであれば、と私はルーク王子の目を見て頷いたのだった。




