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【11枚目】笑顔を忘れた私と、おかしな令嬢〜ハリス•パディントン公爵令息視点


◇◇ハリス•パディントン公爵令息視点


 パディントン家の寄家である伯爵家に生まれた私は、幼い頃は何不自由なく幸せに暮らしていた。


 両親も、優しく教育熱心だった。


 あの頃の自分はよく笑っていた、と思う。


 だが私が7歳になったある日、両親が領地の視察に行った帰り、馬車が滑落した。


 2人は亡くなり、屋敷で1人使用人達と留守番をしていた私だけが生き残ることとなった。


 まだ7歳の私では伯爵家を継ぐことが出来ないので、叔父が伯爵代理として父の仕事を引き継ぐ事になった。


 その為、叔父一家が私が両親と住んでいた屋敷に引っ越してくることとなった。




 ―それから周囲の環境は目まぐるしく変わっていった。


 今までは一番落ち着く場所であった自分の家は。


 両親が亡くなって以来、疎外感を感じる場所になってしまった。


 叔父夫婦と、彼らの子供である2歳年上のトムと一つ年下のデイビッドが、かつて私が両親と笑い合った部屋で団欒している。


 全く違う家族の中にたった1人で放り込まれてしまった私は『居場所がない』と感じていた。


 叔父夫婦は表面上は両親が生きていた時と同じように接してくれていた。


 だが、夜中にふと喉が乾いて、廊下を歩いている時にたまたま2人の会話を聞いてしまった。


「もし、あの子も死んでくれていたら、私達が正式に伯爵位を貰って、トムを後継にすることが出来たのにな。」


「本当よ。どうにかして円満に追い出す方法はないかしら。」


 思わず、呆然としてしまった。


 しかし、物音で我に返った私は、2人に気付かれる前に音を立てないようにして自分の部屋へ逃げた。


 


 その日の夜は、ほとんど寝ることが出来なかった。


 

 次の日の朝。


 私は2人と顔を合わせるのが怖かったが、朝食を取らなければならない為、仕方なくダイニングへと顔を出した。


 だが、私に会話を聞かれていたことなど知らない2人は、笑顔でこう言った。


 まるで、何もなかったのかのように。


「おはよう。よく眠れた?」と。


 

 その時から私は人間不信になり、うまく笑えなくなってしまった。


 

 ―パディントン公爵家から『一人娘のエリザベスが王太子に嫁ぐ事になってしまったので、養子にならないか』と打診を受けたのはその半年後の事だった。


 叔父夫婦は喜んで私の事を手放したし、私も良い機会だと思った。きちんと教育を与えてくれた両親に感謝した。


 出発の日の朝、パディントン公爵が私の事を迎えに来てくれた。


 恐縮していると、


「当たり前だ。今日から君は私の息子になるのだからね。」


と言って、馬車で向かいに座って色々と話しかけてくれた。


 私は会話が途切れたタイミングで、馬車から遠ざかっていく伯爵家をジッと見つめていた。


 父と母と過ごした思い出の家。


 きっともう戻ってくる事は出来ないのだろうな、と思うと目頭が熱くなった。


 すると、パディントン公爵は眉を下げてこう言った。


「ハリス。君は両親の葬儀でも確か泣いていなかったね。


 無理に笑う必要はないけれど、子供なんだから、悲しい時はせめて泣きなさい。」


そう言われた瞬間、涙がとめどなく溢れて来て私は嗚咽を漏らした。


 そんな私の背中を公爵はずっと撫でていてくれた。


 この時、私は両親が亡くなってから初めて泣く事が出来たのだった。


◇◇


 新しい家族はあたたかかった。


 心を閉ざした私に根気よく話しかけてくれたし、家族で何処かに出掛ける時もきちんと誘ってくれた。


 義理の妹であるエリザベスも


「リズと呼んでくださいませ。

 同い年だけど、あなたの方が半年お誕生日が早いからお兄様ね。私兄弟って憧れていたから嬉しいわ。


 宜しくね。」


と言って懐いてくれた。


 だが、本当の血の繋がりがある家族である3人に対して、私はどこかで勝手に引け目を感じていた。


 その為3人が善良な人達だというのはわかっていたし感謝はしていたが、なんとなく心から笑う事が出来ずにいた。


 月日が流れ、貴族学院の初等科を卒業した私は貴族学院の本科に入学した。


 ちなみに、リズは王妃になる予定だが、王太子の死亡等万が一何かあった時、身の振り方が変わってしまう為、私には婚約者がいなかった。

 

 だが、人間不信の私はその方が都合がいいとホッとしていた。


 義父からは、たとえリズに何かあったとしても、きちんと伯爵以上の地位を継げるよう準備しているし、もし好きな人が出来たら婚約しても良いとは言われていた。


 ある日、私の魔法属性が氷で、尚且つ殆ど表情が動かない事から『氷の貴公子』という二つ名で呼ばれている、と義妹のリズが面白がって教えてくれた。


 …なんだ、その恥ずかしいあだ名は。


 僕が恥ずかしくて耳が真っ赤になってのを見て、さらに揶揄われてしまった。


 そんな中、隣のクラスと合同のダンスの授業で、とても美しく舞う令嬢がいた。


 確か隣のクラスのルチア•トラボルタ子爵令嬢だ。


 クラスの令息達が密かに


「彼女、めちゃくちゃ可愛いよな。ちょっと天然で、ダンスも上手いし。あー、婚約者さえいなければお近づきになりたかったのになぁ。」


と言いながら彼女に見惚れている。


 すると、彼女がふとこちらを振り返り、花が咲くように顔を綻ばせたのだ。


 近くでミラ•エマーズという令嬢がパンツを出してこけていたと、クラスの令息が興奮気味で話していたが、彼女を見ていたので私は見ていなかった。


 それから何故か周りの令息達はミラ•エマーズばかり持ち上げるようになった。


 だが、私は何となくルチア•トラボルタを見かけると、目で追うようになってしまった。


 ある日、食堂で歩いていると人だかりの中に彼女の姿を見つけた。


 すると、何故か彼女は私の方を見ておもむろに渾身の変顔をしてきたのだった。


 あれではせっかくの美しい顔が台無しである。

 

(…あれは何だ?何かの暗号か?)


 気になったので昼食を食べながら彼女と友人の会話に聞き耳を立てていた。


「ちょっ…!!ルチアあんた何やってんの?!バカじゃない?!」


「あ、バレてた?」


「多分パディントン様ご本人と私くらいにしか見えてなかっただろうけど。」


「えへへー。いや、びっくりするほど無表情だったから笑って欲しかったんだー。」


 そう言って照れくさそうに笑いながら、チキンを頬張っている。


(…可愛い。)


私が恋に落ちた瞬間だった。



 

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